さて、未だ未だ日付は変わらず。
それは下校時にあった出来事だ。
メンバーは、校門で合流した時と変わらず、俺を含めた八人。
先頭に赤髪の少女と、活発そうな青少年。
少し下がった位置に眼鏡の少女。
その後ろに達也と転んでいた少女。
達也から見て、転んでいた少女とは逆方向の、そこから一歩分ほど下がった位置に深雪。
達也の後ろに俺と保護者の少女。
並び方は以上である。
すれ違う人々からすれば、かなり道の邪魔になりそうな構成だが、駅までの歩道は広いので、幸いその心配はない。
深雪は最初、達也の真横にいたのだが。
俺が小道を通ろうとしたり、気になった店を覗こうとして逸れそうになるので、監視できる位置に移動してきたようだった。
別に放置してくれてもいいのだけど。
いつもなら、本を読みながらこういった会話は聞き流している。
しかし、今それをすると、「歩きながら本を読むな」と叱られるのが目に見えていたので。
俺はしょうがなく、彼等彼女等の会話を聞きながら下校していた。
いや、別に会話を聞き流しても良いのだが、それはそれで暇になるのだ。
***
「じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」
転んでいた少女の問いかけに、深雪は得意げに肯定する。
CAD、アシスタンス、デバイス、法機。
色々な呼ばれ方をしているが、全て術式補助演算機の事を指している。
名前を統一してほしいと思うが、人によって呼びやすい名前があるのでこれは仕方がない事なのだろう。
今の話題は、深雪のCADを達也が調整しているという話題だった。
この話題で注目されているのは、達也がCADの調整をできるという事だ。
CADの調整は、数種類ありその構造が異なるOSを理解できる知識と、共通しているシステムにアクセスできる技能が必要になる。
親の仕事が魔法工学技師故に幼い頃から学んでいるならともかく。
表向きは一般家庭からの入学という形でいる達也が、今の時点でそこまで出来るという事は、やはり凄い事なのだろう。
まぁ、司波家の親の仕事はそれ関係な上に、実家は四谷とかいう二十八家に数えられる家柄なのだが。
ちなみに俺が使っているCADの調整は、妹こと文香がやっている。
俺の持っている幾つかのCADは、司波兄妹の会社で作った試作品らしいのだが、最初にそれを貰ったその日から、妹が興味本位でCADの調整方法を学び(達也にも少し教えてもらったらしい)、今は妹が遊び半分で作った魔法が幾つか入っている。
閑話休題。
達也がCADの調節ができると聞いて、赤髪の少女が自分のCADの調整をしてほしいと頼みこむ。
彼の答えは、拒否だった。
達也曰く、赤髪の少女の持つ刻印型術式が刻まれた警棒型CADは調整できる自信が無いのだそうだ。
あれ? 俺は昔、達也から貰った刀には刻印型術式が施されていた気がするのだが、あれは彼がやったものではないのだろうか?
そんな達也の答えを聞いた赤髪の少女は、何故か彼を賞賛し始める。
達也がその理由を問うと、赤髪の少女は警棒型CADを取り出した。
「これが
赤髪の少女はそう語ると、警棒型CADに付いているストラップを持って陽気に笑いながら回す。
二人の会話を聞いていた眼鏡の少女は、赤髪の少女の持つ警棒がCADなのかと問いかける。
赤髪の少女は、その問いの答えは語らず、その問いをした少女の反応が普通だと語った。
「ひょっとして、ツクヨミさんも気づいていたのではないですか?」
そのやり取りを聞いていた深雪は、俺にそう問いかける。
司波兄妹には『千里眼』の事を話していない。
それでも二人は、俺が普通の人とは違うものが見えていることを知っている。
深雪は、俺がどういうものを見ているのか知りたいのか、偶にこういったことを聞いてくるのだ。
素直に答える義理はないが、教えない理由もない。
とりあえず俺は、簡潔に答えることにした。
「刻印型術式が施されたCADだってぐらいなら俺もわかるが、あいつみたいに術式まではわからんぞ」
「そうなのですか?」
「起動式を見ただけで魔法を判別できるほど、俺は魔法のプログラミングはできないよ」
データの塊である起動式を、その一つ一つを理解できるほど魔法には詳しくない。
というか、多分この先、魔法を学んでいったとしてもそれを覚えられることはないだろう。
ちなみに読み取りだけならできる。
「いえ、そちらではなく。
エリカのCADが刻印型術式が施されているという方です」
「それは、別に少し考えて見れば分かるだろ?」
「見れば、ではなく考えれば、ですか?」
「違う。考えて、見れば、だ」
そこで会話を終わらせようとすると、いつの間にか周囲の視線は俺の方を向いていた。
どうやら話の続きを催促されているようだが、それは俺が語るほどの事ではない気がする。
答えを知っているはずの赤髪の少女まで俺の話を聞きたがっている理由が分からない。
……まぁいいか。
「赤髪のそいつがCADを使ったとき、使われた魔法は警棒に対してだけで身体強化には使われていなかった。
弾かれたCADの状態から考えて、使ったのは威力強化系ではなく、物体の強度を上げる硬化系の魔法だ。
魔法の展開速度や瞬間的なサイオンの流れ、身体強化のような複雑な魔法ではないことから考えて。
警棒には機械的なものが組み込まれているのではなく、予め殆ど決まった魔法を瞬間時に発動するのに適した刻印型術式が施されている。
……それぐらいは考えるだろ?」
そこまで説明すると、納得の声が上がった。
「さすが一科生ね、大正解。
……ところで私のことは普通にエリカって呼んでくれていいよ」
「……気が向いたらな」
こう言っておけば、きっと名前を呼ぶのが恥ずかしかったと思われるはずだ。
「ツクヨミさん、まさかエリカの名前が分からなかったという事はありませんよね?」
そんなことはない。
昔、親父が持っていた漫画にあった地下王国の通貨みたいな名前だとは憶えていた。
口には出せない言葉を飲み込み、俺は遠くの空を見上げる。
「はぁ……。エリカの名前は先程からずっと出ていたのに何故憶えていないのですか?」
そうは言われても、憶えていないのは仕方がない。
語る言葉は数式だ。
聞き手はその式から、意味という答えを出す。
一度答えが出てしまえば、式を憶えている必要なんてないだろう。
俺からすれば、式を覚えている方が不思議でしょうがない。