「そろそろ本題に入りましょうか」
全員が食事を終えたところで、生徒会長はそう切り出した。
俺は文字列から目を離さず耳だけを傾ける。
本題というのはもちろん俺に関わるものではなく、深雪への話だ。
しかし、本題に入ろうと言った生徒会長がまず語ったのは、この学校の運営方針だった。
何でもこの学校は、教員による管理よりも生徒の自治を重視しており。
生徒代表が集まる生徒会は、学内で強い権限を持っているのだそうだ。
さらにその中でも生徒会の長である生徒会長は、生徒会役員の選任と解任する権利を持っており、一部を除いた各委員会の委員長の任命権があるらしい。
ただ、それだけの権力を持つ生徒会長は、同時に幾つかの制限を持っている。
まず、生徒会長にはなろうと思ってなれるものではない。
就任するには選挙によって選ばれる必要がある。
つまりは、生徒達に『この人なら生徒会長を任せられる』と思われる人物でなければ就任することはできない。
そして、他の生徒会役員と違い任期があるのだそうだ。
例えば生徒会会計に高校一年のときに就任した場合。
極端かもしれないが、任期が無いので高校三年生になっても会計という役職を続けることができる。
しかし生徒会長は、就任した翌年の九月の終わりまでが任期と決まっているのだそうだ。
さて、ここまで説明されてようやく本題。
毎年恒例らしいのだが、新入生総代を務めた一年生には、生徒会に入ってもらっているのだそうだ。
ここ数年は新入生総代になった生徒が生徒会長に選ばれているらしく。
生徒会に入ってもらうのはその後継者の育成らしい。
この辺まで聞いて、まぁそうだろうなと思った。
悪名は広がりやすいが、善行は知られにくい。
唯の優秀な生徒の人柄は、関わる事のない周囲の生徒には分からない。
しかし新入生総代ともなれば、話は変わる。
生徒の代表として行動することが出来るという事を、入学初日からアピールできるのだからだ。
そういう生徒の生活態度は基本模範的だ。
新入生総代でなくても大体の生徒の生活態度は模範的だと思う。
しかし、それが評価されるのに必要なのは、『行動』ではなく『立ち位置』だ。
唯の優秀な生徒の模範的生活態度は誰の印象にも残らない。
優秀でなくても模範的というのは普通だからだ。
印象に残らなければ、それは評価されないに等しい。
その模範的生活態度も新入生総代であれば、優秀な人物と評価されるようになる。
評価されやすい生徒が生徒達に選ばれるのは、考えればあたり前と言えばあたり前の話だ。
閑話休題。
そういう訳で、生徒会長は今年新入生総代を務めた司波深雪に生徒会に入ってもらいたいらしい。
深雪は生徒会長に引き受けて貰えるかと問われると、彼女は不安そうに達也を見つめた。
その達也が頷くことで彼女の背中を押しても、その表情は殆ど変わらない。
なるほど、これは不安だという表情じゃないな。
たしかに深雪は模範的生活態度が出来る人間だ。
しかし、それは模範的な思考の人間とは限らない。
入学式の日に場の気温を低下させるという珍事を起こしたように。
彼女もやらかす時はやらかすのだ。
***
深雪は生徒会に入ることに不安があった訳ではなかった。
しかし、ではどんな感情なのかと問われても、俺はそれが何なのか答えることが出来ない。
俺の語彙が足りないのか、そもそもその感情に名前が無いのか。
それでも該当しそうな名称があるとしたら、彼女が抱いていた感情は不安ではなく不満だと思う。
深雪が不満だったのは自分より優秀だと考えている達也が評価されない事だった。
故に彼女の取った行動は、多分達也を評価される『立ち位置』に移動させようとしたのだと思った。
深雪はまず、達也の成績を知っているかと問いかけた。
生徒会長は知っていると答え、達也の成績を賞賛した。
それは俺が見抜けなかっただけかもしれないが、演技ではなく素直な賞賛だと思った。
達也は制止ようとしたが、深雪は止まらずに語る。
彼女がそこまで必死になるのは滅多にないことだ。
きっと深雪の中では重要な事なのだろう。
「デスクワークならば、実技の成績は関係ないと思います!」
生徒会長と副会長以外の仕事は基本デスクワーク。
魔法は必要ない。
たしかにそれならば、筆記試験で優秀だという達也に向いているだろう。
深雪は自分は生徒会に入ってもいいが、達也も一緒に入ってはダメかと問いかける。
生徒会の答えは否だった。
生徒会、正確には会計の人曰く、生徒会役員は一科生から選ぶことが規則で決まっているのだそうだ。
それは生徒会長の任命権に課せられている唯一の制限で、故に二科生の達也は役員にはなれない。
意図はわからないが、それが規則なら何かしら理由があるのだろう。
捻じ曲げることはできない。
それが分かる深雪は、自分の発言を丁重に謝罪した。
生徒会の詳しい説明は放課後という事になり、話題の矛先は別の人物に移った。
俺、ではなく達也に。
***
提案者は風紀委員長だった。
曰く、風紀委員の人選に生徒会選任枠というのがあるが、任命権に制限が課されているのは生徒会役員のみで、生徒会ではない風紀委員ならば二科生を選んでも規定違反にはならない。
それを聞いた生徒会長は歓声を上げて語った。
「ナイスよ摩利!
そうよ、風紀委員なら問題ないじゃない!
摩利、生徒会は司波達也君を風紀委員に指名します」
なるほど、そういった理由なら達也を風紀委員にすることはできる。
で、こいつらは何を考えているのだろうか?
新入生総代の兄で、新入生総代が信頼しているなら信用できるかもしれない。
しかし、それは出会っておそらく二日と経たない人物にする期待ではないと思う。
「ちょっと待ってください! 俺の意志はどうなるんですか!?」
たしかに、本人の意思は大切だ。
達也は風紀委員の説明すらされていないのに受けられないと答える。
ちなみに俺なら説明を聞く前に断る。
風紀委員なんて聞くだけでも面倒だとわかるものに関わりたくない。
さて、風紀委員の仕事は生徒会長曰く、「学校の風紀を維持する委員会」らしい。
へー。
……で?
「……それだけですか?」
同じことを思ったのか、達也は生徒会長に問いかけた。
しかし生徒会長は風紀委員が大変だがやりがいがあるという答え以外を返さない。
風紀委員の説明をしたのは、達也に睨まれた書記の人だった。
風紀委員の仕事というのは、魔法使用に関する校則違反者の摘発と、魔法を使用した争乱行為を取り締まる委員会で、警察と検察を兼ねたような委員会らしい。
俺のイメージでは風紀委員は服装違反や不要物の取り締まり、遅刻のチェックなどが仕事だと思っていたが、それは自治委員会の仕事なのだそうだ。
風紀委員と自治委員会は名前を交換するべきだと思う。
達也は風紀委員長に魔法が使用されるされないにかかわらず喧嘩が起きれば力ずくで止めるのかと問う。
風紀委員長の答えは肯定だった。
ただし、出来る事なら魔法が使用される前に止められた方が良いらしい。
達也は珍しく大声で抗議した。
「俺は、実技の成績が悪かったから二科生なんですが!」
実技の成績は知らないが、お前は適任だろ。
風紀委員の仕事を聞く限り天職だと思うのだが。
達也はさらに抗議しようとしたが、残念ながら高校の昼休みは有限で短い。
話の続きは放課後という事になった。
***
生徒会室を出て、俺と深雪と達也は別々の教室に分かれるまで同じ道をたどる。
俺は一番後ろで二人を眺めた。
深雪の足取りは軽く、達也は重そうだった。
その光景はあらゆる部分が対比していて面白い。
そういえば、一つ気がかりな事がある。
それは生徒会室であった事なのだが、話題になったことではなく。
話題にならなかった故に、気になった事だった。
俺は何となく立ち止まり、辿った道を振り返って呟いた。
「俺の話は?」
誤字報告ありがとうございます。
(時刻1時過ぎて投稿したのに誤字報告来てすごいなと思いました。)