日付は変わらず、その日の放課後のことである。
「あら、ツクヨミさん、もうお帰りになられるのですか?」
さっさと帰ろうと思って席を立つと、俺は司波深雪に一緒に生徒会室へ行かないのかと話しかけられた。
「行かない。別に放課後にまた来てほしいとは言われてないからな」
「……ツクヨミさん。実は端末に何か連絡が来ていたりしていませんか?」
深雪にそう呼び止められ、俺は端末を開く。
普段端末を使わない俺は、度々司波兄妹からの連絡に気がつかず、よくその事で叱られており。
深雪は、俺が気づいていないだけで、実は連絡が来ているのではないかと問いかけてきたのだ。
端末にはメール通知が一件だけ来ていた。
差出人は不明で、通知のタイトルには『国立魔法大学付属第一高校 生徒会会長 七草 真由美です』と書かれている。
本文にはまず、タイトルと同じ内容が書かれており。
それから昼に用件を伝えなかったことにたいする謝罪と、放課後にもう一度来てほしいと言った内容が書かれていた。
俺は『未来予測』でこの先の出来事を見る。
そして未来を知った後、俺は一考して口を開いた。
「スパムしか来ていないな」
「今時スパムなんてこないと思うけど?」
と、俺に言ったのは深雪ではなく。
近くの席にいて、偶々話を聞いていた保護者の少女だった。
「いや、差出人不明で件名にそれっぽいタイトルが張られているよくわからんメールだ。
これは多分、返信したらウィルスとかに感染する」
「それ多分、生徒会からのメールですよね!?
普通そんなメールをスパム扱いしますか!?」
生徒会長に選ばれる人間は、簡素で伝わりにくい表現だが『凄い人』だ。
それは人格的な意味であり、人望も、勉学の成績も、魔法力も含めて。
あの生徒会長は、あらゆる面で、きっと凄い人なのだろう。
生徒会長に選ばれる生徒会役員もまた凄い人で。
そういった凄い人達は尊敬されて、畏怖されて。
そんな人達からのメールをスパム扱いするべきではないと、転んでいた少女は語った。
「ツクヨミさん。まさか『面倒だから』などとの理由で生徒会からのメールを無視するおつもりではないですよね?」
いぐざくとりー、よく分かったな。
俺は特に意味もなく、視線をそらして窓の外を眺めた。
しかし正直に語ってしまえば、また叱られてしまう気がしたので。
俺は適当にごまかすことにした。
「……いいか。未来っていうのは、どう足掻いても変えられないときは変えられないんだ。
例え俺の端末に来たメールが生徒会だろうとその名を騙るスパムだろうと。
俺が生徒会室に行かない未来は変わらないと思わないか?」
そもそも彼女達はメールの内容を見ていない。
つまり彼女達が観測していない以上、彼女達の世界に於いてはメールはスパムだったという可能性が箱の中に入れられた死にかけた猫の生死ぐらいはあるはず。
観測しているのが俺だけなのだから、俺がスパムと判断すれば、これはスパムメールなのだ。
俺の言い分を聞いた深雪は、納得したように頷く。
そして彼女は笑顔で語った。
「
ほら見ろ、どう足掻いても未来は変えられないときは変えられない。
***
俺と深雪は、途中で合流した達也を先頭に生徒会室に向かって歩いていた。
深雪が達也の隣ではなく俺の隣にいる理由は、俺を逃がさないためである。
ちなみに俺は逃げるつもりはない。
もう諦めた。
それでも足取りが重いのは俺の心情か、それとも先頭者の心情か。
俺はそんな男二人と共に歩く少女、司波深雪を見た。
近頃。
いや、それほど近くはないな。
たしか中学時代、大体の進路が決まった頃ぐらいだったか。
彼女は、俺によく干渉してくるようになった。
軽い世間話だけだったのが、ああした方が良い、こうした方が良いと言うようになった。
いや、そういった会話での干渉なら俺も少しするようになったので。
『言うようになった』というより言い合うようになった。
達也もそれなりに干渉してくるが、彼のそれは暇つぶしに近く。
彼はどちらかと言えば、俺に対しては『勝手にしろ』というような突き放したような感じがする。
俺がそんな疑問を抱いていると、俺の視線に気が付いた深雪は俺にどうかしたのかと問いかけてきた。
なんでもない。
そう答えれば、会話はそれで終わるので一番楽だ。
事実、本当にあった事柄ではないが、俺の見た未来ではそう答えた。
しかし楽なのが一番いいとは限らない。
どうせすぐに忘れてしまうだろうが、疑問をそのままにしてしまうのも何処か不快な気がする。
故に俺は、深雪に自分の疑問に思った事を簡潔に聞くことにした。
「いや、放っといてもいいのにと思っただけだ」
「何の話でしょうか?」
簡潔すぎたようだ。
「俺の事だ。別に俺が何をしてどうなろうと、お前達に迷惑をかけるようなことでもなければ放っておいてもいいだろ」
「……たしかにそうかもしれませんね。
でも私は、自分の友人が、唯の不真面目な人間だと思われてほしくはないんですよ」
そう語った彼女の表情は、妙に苦しそうだった。
彼女が何を思ったのか、何を思っているのかは分からない。
しかし、その表情に合う感情が、俺は単語として知っている気がした。
俺は語彙の少ない知識、頭の中の辞書を開いた。
彼女が抱いているのは責任感。
いや、違う気がする。もう少し悲しそうだ。
だからといって悲壮というわけでもない。
……後悔か?
近い気がする。
しかし何かを悔いているわけではない気もする。
そもそも彼女との間で、彼女が悔いるような『出来事』に心当たりはない。
出来事。
そうか、誰かに何かを思うのは何かが起きたからだ。
ならばそこから考えるべきか。
彼女と俺の間であった出来事。
沖縄の事件か?
たしかにあれは色々な意味で記憶に残る出来事だ。
しかし、俺は彼女を助けようとして、結果助けられなかった。
仮に、その事件に関する切っ掛けがその感情だとしても、きっとそこから生じる感情は、感謝か恩義だ。
それで苦しくなるとは思えない。
そこまでして感謝をしようとしているのなら、俺は罪悪感を抱いてしまいそうだ。
俺の疑問は晴れたようで曇り。
何も分からぬまま、俺達は生徒会室へたどり着いた。