記録は忘れないためにある。
野生動物の親から子へと伝えるのは知識だ。
誰かが記した記録に価値を見出すのは人間だけ。
しかし、人の記憶に残らなければ、関心が無ければ、記録を知ろうとする者はいなくなる。
その結果を一つの文にまとめると、『忘れ去られた記録は無価値になる』という少し不思議な文が出来上がる。
前回と今回の間のあらすじ。
模擬戦、勝者・司波 達也。
以上。
***
さて、模擬戦を終えて生徒会室に戻った俺は、生徒会長の話を聞くことになった。
漸くである。
生徒会室に戻るとき、達也は一人別れて事務所にCADを預けに行った。
それは校則で、校内での常時CADの携帯は許されてはいない故だった。
模擬戦の対戦相手だった服部刑部少丞範蔵副会長もCADを持っていたが。
生徒会や特定の委員会は常時携帯を許されているので、服部刑部少丞範蔵副会長は事務所に預ける必要がないらしい。
一々事務所にCADを預けに行くのは面倒なのでその点は羨ましいが、よく考えたら俺はCADを学校に持ち込んではいないので預ける必要が無かった。
というか、今は放課後なので、達也はCADをまた預けにいく必要はないのではないだろうか。
閑話休題。
俺と生徒会長は、服部刑部少丞範蔵副会長に会話を遮られる前と同じ椅子に座っていた。
生徒会長は俺に問いかける。
「まず最初に聞きたいのだけど、月山さんは、部活動は既に決めていますか?」
もちろん答えは否である。
そもそも俺は部活に所属するつもりはない。
と、俺が答えると傍で話を聞いていた会計の人が口を挟んだ。
「月山君。当校では必ずどこかの部活、及び委員会には所属してもらうことになっています。
ですから、無所属という訳にはいきません」
帰宅部の申請通るかな。
「まぁ、名前だけ置いてっていう生徒も何人かいるんだけどね」
生徒会長は苦笑いしながら語り、本題に入った。
「実は私の個人的なお願いというのは、月山さんに、ある部活に所属してほしいということでね。
部活の勧誘期間は明日からなんだけど。
ちょっと事情があって、その部活は今、勧誘できる人がいないの」
「事情、ですか?」
「うん、実はね……」
生徒会長は、目を閉じた。
そして深刻そうに、衝撃の事情を語った。
「去年部員が全員卒業しちゃったから、部員数ゼロなのよ」
廃部にしてしまえ。
きっとそんな俺の思いを知らず、生徒会長は続けて語った。
「その部活、入部希望の一年生が一人いるの。
その子、私の身内で、これまた事情があって放っておくのも可哀想なのよ。
本当は一人の生徒の為に肩入れするのは良くないんだけどね。
うちの高校は、部活動の申請のときは『部員が五人以上いなくてはいけない』って決まってるんだけど。
去年の先輩たちは『五人以下になったら廃部』とは決まっていないっていう理由で二人で活動してたから、一人でも部員が居れば存続はできるの。
ただその子、コミュニケーション能力にちょっと難があって、一人で部活動できないのよ。
他の部活だと、運動と普通の魔法が苦手だからその系統の部活は難しいし。
文化部は数が少なくて人が多いから、あの子たぶん死んでしまうわ。
だから他の部活に所属するのは難しいのよね。
それで、その子と一緒に部活をしてくれる人をそれとなく探してたの。
たださっきも言った事情があってね。
だから、あんまり他人と関わろうとせず最低限の会話で済まそうとして。
それなりに自分の行動に責任感を持っていて。
できれば男の子。
ていう色々な条件で、良い感じの人いないかな~って思ってた時に見つけたのが月山さん」
生徒会長の話を聞き。
一体、何を見てその条件に俺が当てはまりそうと思ったのか、とか。
兎とは別ベクトルなその子とやらは放っておいた方がいいのでは、とか。
色々言いたいことがあるが、それよりも俺はそれを聞くべきだと思った。
先ほどから彼女が俺に入ってほしいという部活が何なのか。
話を聞く限り、それは文化部の系列だとわかる。
そしてあまり人気が無く。
コミュニケーション能力に難がある人物でも活動できる部活。
正直、俺には異色な部活に思えた。
しかし、俺の問いに対して生徒会長が即答した部活の名前は、何かと聞いたことのある部活名だった。
「文芸部よ」
***
文芸部、という名前を聞くと、小説や詩などの執筆や読書等が部活に思われるかもしれない。
他に何があるのかというと、魔法科高校に於いては魔法書と呼ばれる書物などの作成も含まれる。
中々にメジャーな部活が何故廃部しかけているのかというと、それは校風故だった。
第一高校は他の魔法科高校に比べればエリート高校だ。
故にそこに集まる生徒の好みも運動系や芸術系よりも魔法に偏る。
もちろん全員がそういうわけではない。
魔法を使わない部活も中々の成績を出している。
何が言いたいのかというと、第一高校は一芸に長けた、或いは伸ばそうとする生徒が多い。
文芸部は最初、校内ではかなりの部員数だったらしい。
しかし、部活内の活動の内、やりたいことが分かれていき。
文芸部から幾つかの部に分かれたらしい。
芸術部もその一つだったそうだ。
最終的には魔法書と呼ばれる書物などの作成をする人たちと分かれ。
その活動をしていた人たちが部員数が少なくなると文芸部と合併。
目的が違うので、また分かれ。
それを繰り返すうち、どちらの部員もいなくなってしまったのだそうだ。
この話を生徒会長から聞き、俺は少し考えた。
執筆はやったことが無いが読書は好きだ。
故に名前を置くだけと言わず、部員として活動してもいい。
ただしデメリットが大きい。
『その子』という人物には、コミュニケーション能力に難がある。
生徒会長は責任感がある人物を探している。
そして、仮に俺が入った場合、部員は俺と『その子』の二人になる。
さて、この場合、誰が部長をやるのか。
得難い経験かもしれないが、そこまで得たい経験ではない。
いや、そこまで大変でもなさそうだし、どこかの部活に強制入部されるよりは楽か?
考えに迷う。
故に、俺は入部することにした。
断ると決めたら断る。
迷ったら楽そうな方へ。
何があるか分からない各部活よりも、やることや先の出来事がわかる方が気が楽だ。
ダメそうだったらまた考えよう。
お願いできないかしら?
と、何故か少し涙目で問いかける生徒会長の表情を無視して。
俺は入部すると答えた。