魔法科高校の変人(仮)   作:クロイナニカ

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 扉を開く。

 部室の中には、居眠りをするように机に突っ伏して気絶している少女。

 そして、俺が入ってきたことに驚いて振り向くフレンドリーな少年がいた。

 

 その光景は一見すると、眠っている女子生徒に悪戯しそうな男子生徒という所。

 

 しかし俺としては、何故少女が気絶しているのかは知っているし、フレンドリーな少年が何故そこまで焦っているのかも大体想像がつく。

 

 故に、掌を俺に向けて制止を促す少年が、この後に何と言い訳しても、それは無意味な発言なのだ。

 

「誤解だ」

「ここは四階だ」

「そうじゃねぇ」

 

 

***

 

 

 

「なるほど、つまりこの部活はそいつ(気絶している少女)が更生するための部活っていう訳ね。

……先に言えよ」

 

 机越しの椅子に座るフレンドリーな少年は納得するように頷き、そして小声で文句を垂れ流す。

 俺としては聞かれたことに答えただけなので、事情が理解できなかったのは彼の言葉運びが悪かったのだろう。

 

 フレンドリーな少年は顎に手を当て考え込む。

 その視線は、俺を捉えて離さない。

 まぁ、俺はその様子に興味が無くその場で読書をしていたので、動いてはいなかったのだが。

 

「……なぁ、この部活の主な目的は、読書や執筆とかじゃなくて、そいつの更生ってことでいいんだよな」

 

 フレンドリーな少年は考えがまとまったのか、俺にそう問いかけ、俺の返事を待たずに続きを語る。

 

「じゃあさ、ここで人形を作っていいか?」

 

 彼はまるで悪巧みでもしているかのように、ニコリと笑った。

 

 

 さて、少し前にもフレンドリーな少年こと、時村(ときむら) 一重(ひとえ)がこの部活に入ろうと考える経緯について語っていたが、今回はもう少し詳しく説明されたので、その内容を一部簡略化して語ることによう。

 

 彼曰く、最初は美術部に入部して人形を作ろうと思っていたのだそうだ。

 しかし、美術部員の中には彼の同志になれるような趣味趣向を持っている人は居らず。

 いくら部員を募集しているとはいっても、彼一人の為に部費を割く余裕はもちろんない。

 

 美術部の活動範囲で彼の趣味に一番近いものは彫刻らしい。

 だが彼がやりたいのは人形の制作であって、それの代わりになるようなものがやりたいわけではなく。

 自分の作りたいものが作れないならと、美術部の入部はやめたのだそうだ。

 

 それ以外の部活で人形が作れそうなのは手芸部らしいのだが、『作りたい人形』と『作れる人形』のカテゴリーが違うので、手芸部の入部もやめてしまう。

 

 この様に趣味に近かそうな部活を探すも、あれがダメ、これがダメと決められず。

 もう運動部でなければどこでもいいかとふらふらして、偶々出会ったのが俺らしい。

 

 そして、俺から文芸部について聞いたのだが、その内容を聞いても活動風景がイメージできず。

 少し興味が湧いたので、直接活動を見学しようとして部室に入り、目の前で少女がパニックを起こして気絶するという現場に遭遇したのだそうだ。

 

 どうしたものかとあたふたしてるところで、遅れてきた俺と再会し、詳しい説明を再度受けることになる。

 

 部活動の内容についてようやく理解した彼は、こう考えたのだそうだ。

 ここで人形を作れないだろうか、と。

 

 彼としては、最悪昼休み等の空いた時間に少し人形の作成に勤しんだり、作った人形を一時的にでも保管できるところがあればどこでもよかったのだそうだ。

 そして最良は、部費で人形の材料を買える事。

 

 彼の作りたい人形にはちょっとした機材がいるらしいのだが、その機材は魔法で代用できるようにしたいらしく。

 その魔法自体はある程度既に出来ていて、彼の魔法科高校の入学目的の一つがその魔法の改良、最適化らしい。

 

 彼の入学目的は置いておくとして、以上の条件と、文芸部の環境を照らし合わせてみる。

 

 この部室は空き教室で、使用目的は今のところなく、授業の為に使われることは今のところない。

 部員は俺と気絶している少女の二人だけなので、スペースは有り余っている。

 なので彼が人形を作成して、作った人形を保存できる場所はいくらでもある。

 つまりこの時点で、彼の最低条件は満たしている。

 

 文芸部としては彼の活動内容は明らかに畑違いであるが、この部活の主な目的は、気絶している少女こと秦野 絃音の対人、及び男性恐怖症を治すことなので、部室に来るだけで活動自体は問題ない。

 むしろ一人黙々と人形を作るだけでいいというのは彼にとって都合がいい。

 

 と、彼の説明は一度このあたりで止まったのだが、

 話を聞く限り、おそらく余った部費で人形の材料を買えないかと画策しているのだろう。

 

「いや、ほら、僕は絶対に眠っている女子に悪戯しようとかしないよ、マジで。

 僕は生きている人の事なんて興味ないし。

 人形にしか興味ないし。

 むしろ人形にしか性欲なんて湧かないよ、いや、本当に」

 

 一瞬止まったことを隠すように彼はそう語ったが、その内容は部費を趣味に使いたいと暴露するより悪手な気がする。

 そのことに気が付いたのか、もしくは一通り話し終えたので本題に入るためなのか。

 フレンドリーな少年は咳ばらいをしてこう言った。

 

「で、どうかな。

 ちょっと邪魔する形になるかもしれないけど、

 

 ここで人形を……じゃなかった。

 

 ここに入部しちゃダメか?」

 

 

 

***

 

 

 というわけで、フレンドリーな少年に入部させてくれないかと頼まれたのだが、残念ながら(いや、残念でもないのだが)、俺にその権限が無い。

 

「まぁ、取りあえず生徒会長に確認してみるか」

 

 是非とも聞いてみてくれと、語る入部希望者を横目に端末を開く。

 

 さて、

 

 えーっと、電話って受話器のマークを押せばよかったんだよな。

 電話番号は……知らん。

 というか電話番号なんて数字を覚える奴いるのか?

 達也ぐらいだろ。

 

 確か着信履歴とか発信履歴から電話できたはずだ。

 あ、ダメだ、生徒会長と電話で話したことが無い。

 

 まて、たしか連絡先をまとめた物が最初の画面から行けたはず。

 これか? メモ帳だった。

 

 ……! そうだ、確認をとるだけなら別に電話でなくてもいいじゃないか。

 たしか、メールのやりとりは生徒会長としていたので、先日のメールを利用して返信できるはず。

 

 メールボックスはどこだ?

 これか? アドレス帳だった。

 

 えーっと、メールボックスは……。

 まてまて、今のアドレス帳から生徒会長に電話すればいいだろ。

 

「何やってんだ?」

「普段使ってないから手間取ってるだけだ、気にするな」

 

 フレンドリーな少年の茶々入れを無視して、俺は五十音順から生徒会長の連絡先を探す。

 

 さ、

 し、

 す、

 せ……。

 

 おい、生徒会長(せいとかいちょう)の連絡先が無いぞ。

 

 いや、落ち着け、生徒会長は名前ではないからそれで探しても意味がない。

 確か生徒会長の名前は……。

 

 な、

 

 なな、

 

 おい、名前で探しても連絡先が無いぞ。

 

「……生徒会長の苗字って七草(ななくさ)だよな?」

「は? 七草(さえぐさ)だろ?」

 

 さえぐさ……、あった。

 さ行枠の一番上に、しかも漢字で。

 

「なんていうか、お前ってバ……変な奴だな」

 

 いつの間にか端末の画面を覗いていたフレンドリーな少年に、お前が言うなと心の中で返して電話をかける。

 そういえば、部活動の勧誘期間中ということでかなり忙しそうだったが、電話なんてしても大丈夫なのだろうか。

 五コール目で電話に出なければメールで確認しようと思っていると、三コール目で電話が繋がる。

 

「はい、七草(さえぐさ)です。

 何かありましたか? 月山さん」

 

 妙に苗字を強調して聞こえたが、それはよく使うことになる名前だからいい加減憶えろという啓示と受け取ることにした。

 

「入部希望者がいるのですが、どうすればいいですか?」

「え? 入部って、文芸部に?」

 

 他にどの部活があるというのか。

 

「あー……その人って、月山さんのお友達?」

「いえ、違います」

 

 暫し無言になった生徒会長は、とても言い辛いように俺に問いかける。

 

「なんていうか、その人って……。

 その、大丈夫、なのかなぁ……なんて」

 

 生徒会長は何を心配しているのか、それは理解できない事だ。

 だけど、想像は付く。

 

 男性が苦手で、場合によっては気絶してしまう少女。

 

 幾通りか予測できる生徒会長の心配事。

 おそらく、俺が何を言ってもその心配事は解消されることは無いだろう。

 なのでこれから語る俺の言葉は、決して何の役にも立たない事だと判っている。

 

 それでも、それはきっと重要な情報だから。

 ろくに知らず、本当か嘘かも判らない彼から聞いた言葉。

 役に立たないかもしれない直感が、信じていいと思えたので、俺はそれを語ることにした。

 

 

「人形にしか性欲なんて湧かないらしいですから大丈夫じゃないですか?」

「その人、大丈夫?」

 

 


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