それは勧誘期間三日目の放課後。
俺と深雪、そして七草会長は、とある空き教室に向かっていた。
その教室は文芸部の部室らしい。
何故その教室に向かっているのか。
俺達三人は実のところ、別々の理由でその教室に向かっている。
七草会長は、文芸部の新入部員に対して簡単な個人面談をするために。
深雪は、剣道部が起こした事件について少し聞きたいことがある。
と、言う名目で、ツクヨミを家に招くついでに一緒に下校しようと考えている様だった。
そして、俺は深雪と同じ名目で、ただし内心では妹の付き添いのような感覚で同行していた。
剣道部については俺も幾つか聞きたいことがあり。
さらに言えば、光井ほのかと北山雫がどういう人物なのかについても聞きたいことがあった。
だが、それらの話をツクヨミから聞くのは、おそらく無駄だろう。
そう考えていた。
あいつに対しては何を想定しても無駄なのだ。
俺の知る限り、ツクヨミこと
深雪には話したことはないが、俺はあいつに詰問しようとした事が何度かあった。
周囲を調べ、本人を観察することで、ある程度、幾つかの仮説を立てることが出来る。
そして俺は、それを証明する為にツクヨミと二人で対話をしようと何度も試みた。
その場に深雪を呼ばないようにした理由は、仮説の幾つかが想定通りだった場合、深雪を傷つける結果になると思ったからだ。
もし仮にその仮説が正しければ、例え深雪が拒んでも、俺はツクヨミを消すつもりでいた。
しかし、結局のところツクヨミとの対話は一度も成功した事がない。
呼び出そうと思えば連絡がつかない。
話しかけようと思えばそもそも出会えない。
会話を切り出そうと思えばいつの間にか消える。
用事があるときは全く会うことが出来ず、対話以前の問題なのだ。
だが、用のないときには予想外な出会いをすることもある。
一度、フォア・リーブス・テクノロジーの開発センターに向かう道中で偶然出会ったツクヨミに、
「(用があるときは居ないのに)何故こんなところに居るんだ?」
と、俺が呟くと、首を傾げるツクヨミが、
「互いに存在はしているんだから地球の裏で偶々出くわしても不思議ではないだろ」
と、旅行先の沖縄でばったり遭遇してしまった実例から、反論の余地を失ってしまったのは記憶に新しい。
これらの経験から、
一緒に帰ろうという内容の通知が彼の端末に送られているであろうにも拘わらず。
ツクヨミは、既に帰宅済みなのだろうと、俺は予想していた。
……だからだろうか。
文芸部の部室の中で、ツクヨミが優雅に読書をしていたのは。
***
下校時刻。
俺と深雪に挟まれているツクヨミは、俺達の出自を知っているのにも関わらず。
魔法師の世界をそれなりに学んだ今となっても恐ろしいほど変わらない。
身長は俺よりは低く、深雪より僅かに高い。
本人はだいたい一六五センチと言っているが、記録を見ても、俺が観ても一六二センチ。
ただ、細い体格と、姿勢が良いせいか、無意識に背丈が俺と同じぐらいなのではないかと錯覚してしまう。
顔立ちは整っていてかなり中性的。
少し化粧をすれば女性に見えるかもしれないが、不思議と男性と認識してしまう。
ただ、それは”よく言えば”という話であって、悪く言ってしまうと特徴がない。
ツクヨミを認知していなければ、俺は人通りの少ない道ですれ違っても学友だと気が付かないだろう。
髪型は癖も膨らみも少ないショートカット。
色は黒く日焼けで変色した所が見つからない。
基本的に無口だが、受け答えに淀みが少なく、すらすらと出る言葉からは会話になれていないと思わせる要素がない。
よく言えば儚げで、悪く言えば影が薄い。
そこに居ようが居まいが関係なく忘れられることが多々あり。
癖なのか、よく見せる首を傾げるその姿は幽霊を連想させる。
しかし彼を知るようになると、そんな姿が周囲から浮いて見えて違和感を覚えてしまい。
その佇まいには妙な存在感があった。
普段の生活態度は模範的だが、時折奇行が目立つ。
矛盾的に聞こえるかもしれないが、前後の境界線は
口にしたことはないが、俺はそんなツクヨミのことを、『表社会に潜む妖怪』だと思っている。
だからこそ、俺達はきっとツクヨミの全容を知ることが出来ない。
表と裏の境界は確かに存在する。
表の住人が裏の住人の領域を乱せば、表の住人はいともたやすく消されるだろう。
しかしそれは逆も然り。
表に潜む彼を幾ら裏から探りを入れたところで、彼の素性に辿りつけるわけもない。
裏の顔を持たないツクヨミが、裏側に痕跡を残すようなことなどないからだ。
そして無理に彼の領域を乱そうとすれば、裏側が痛い目を見る。
その結果を知っているからこそ、四葉はツクヨミに対して監視以上の手出しはしない。
謎の多い彼だが、それでも近くに居るからこそ、分かることもある。
空間置換、時間停止、透視、未来予知。
今まで見たことがある幾つかの異能を持つツクヨミだが、その能力の本質はおそらく一つなのだろう。
俺の『分解』が、分解の範疇であれば、機械を部品ごとに分けたり、分子レベルでバラバラに出来るように。
異能の副産物で『
ツクヨミの幾つかの能力は、本質の能力の副産物だと推測できる。
それはBS魔法師でありながら平均以上の魔法技能を有していることからも考えられることだ。
そしてその本質は、特定の系統魔法に偏る能力ではなく。
羨ましい事に現代魔法と相性が良いのだと考えられる。
問題はその本質だが、これが全く予想できない。
例えば仮に、ツクヨミの能力の本質が『空間置換』であれば、彼が応用で『透視』を使える理由も納得ができる。
しかしそれだと、予知能力と時間停止が使える理由の説明ができなくなってしまう。
『透視』が本質であれば、『未来予知』の説明がつくが、『空間置換』と『時間停止』の説明ができない。
時間や空間、もしくは何らかの概念に干渉する能力だとしても、特定の系統魔法に偏らない概念が思いつかない。
例をあげると限がないが、要約すると彼の能力に共通点が見つからないのだ。
不確定要素は、不安要素になる。
ツクヨミに直接能力を聞いても答えは返ってこない。
あいつは口調に淀みが無くても返答を濁すことはよくある。
だからこそ、俺はツクヨミを観察して、警戒する。
たとえ、本人が自分の能力を把握していない可能性が頭を過ってもだ。
そんな表現をすれば、俺はツクヨミに対して悪感情を抱いていると思われるかもしれないだろう。
しかし俺にはそんな思いを抱くような感情はそもそも無く。
むしろツクヨミには感謝しているぐらいだった。
沖縄の事件で、身を挺して深雪の命を救ってくれたことも。
ツクヨミが日本刀を持って四葉に襲撃するという前代未聞の事態を起こした中で、
拘束か、最悪処分しろと命令が出ていた俺に文句を一言も言わずその行為を肯定してくれたことも。
世間話をするように俺に感情が何なのかを教えてくれて、その結果、俺が疑似的に人並みの感情を知ることが出来たことも。
多くの衝動的感情を失い、『兄弟愛』しか残っていないはずの俺だが、それでも深くツクヨミに感謝している。
……いや、空間置換の影響で『
気絶させるためにという理由で切り刻まれたり。
高校受験で散々苦労させられた挙句、最終的にはほぼ無駄に終わったなどの事を踏まえると、やはり
「お兄様」
様々な思いが一通り過り、思わずため息をつくと、
深雪が隣にいる時点で、その内容は大体想像つく。
それはよくある事なので、実は一つの恒例行事としてひっそりと楽しんでいたりしていた。
「どうかしたか? 深雪」
だからだろうか、俺が微笑みながら深雪に問い返すのは。
「ツクヨミさんがいません」
だからだろうか、隣にいる深雪が同じよう微笑んでいるのは。
既存キャラの視点難しい。