魔法科高校の変人(仮)   作:クロイナニカ

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たいくつなおはなしです。


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 俺の部屋は、部屋というよりは道なのではないかと思える様な部屋で、その原因は妹が俺の部屋に置いている大量の本のせいだ。

 

 部屋の出入り口から延びるその道は、途中でクローゼットとベッドに向かう道へと分かれており。

 置かれているはずの本棚や、壁すら覆い隠して本の壁が出来ている。

 

 正直、床が抜けないか心配になる。

 過去に達也と深雪が俺の部屋を覗いた感想は、要約すると「地震が起きればお前は死ぬぞ」というものだった。

 

 窓から差す日の光が余りに鬱陶しく感じ、毛布から顔を出す。

 何となくベッドの横に積まれている本を眺めて、俺は毎朝いつの間にか眠っていたのだと気が付く。

 

 よくある退屈な一日はそんな部屋から始まるのだ。

 

 寝惚け眼でベッドから出て、俺は本の山で出来た壁を縫ってクローゼットに向かう。

 俺の家は洗面所がそれなりに広めで、部屋の中には大きな箪笥がある。

 箪笥の中は段ごとに家族の所有場所が決まっていて、部屋着や下着、靴下などが入っている。

 しかしスーツや制服など皴のつくと困る物等は箪笥に入れられないので、自室のクローゼットに保管することになっているのだ。

 

 部屋からブレザー以外の制服を持ちだして、まず最初に向かうのは洗面所。

 寝巻を脱いでシャワーを浴びて目を覚ます。

 その度に、朝のシャワーは体に悪いだとかなんとかという話が頭に過り。

 後で誰かに聞いてみようと思いながら体を拭くが、ドライヤーの温風でその意志は何処かに飛んでいく。

 

 朝食は特に希望があるわけでもないのでゼリー飲料でもいいのだが、母がちゃんとしたものを食べろとご飯と味噌汁を用意しているので、俺はそれを有難くいただく。

 

 ちなみにおかずは作り置きの漬物だ。

 

 俺は漬物があまり好きではない。

 ほしければ自分で取って行けとばかりにテーブルの上に置かれているので、俺はそれに手を付けず食事を終える。

 

 家を出る前に自室に戻り、俺はその日に持っていく本を選ぶ。

 

 空間置換を使えば、何処にいても部屋の本を取り出すことはできる。

 摩擦や上に乗っている本の重みで通常なら取り出すのが難しくなった本でも簡単に取り出せるし、無理に引っ張り出して本を傷めるようなことにもならない。

 

 だが、取り出した本が無事だからと言って、他の本が無事とは限らず。

 滅多に起こりえないが、抜き取った場所によっては本の壁が崩れる可能性があるのだ。

 

 本棚に並べられた本なら壁が崩れる心配は無いのだろう。

 しかし、俺の部屋の本棚はほとんど物置になっており本が二、三冊しかない。

 置かれているのは幾つかのCADや、所持登録をしていない日本刀など身内に見られると困る物だ。

 

 まぁ本棚の内容は置いといて。

 上記のような理由で、本の壁が崩れないように、本を取り出すときは近くで軽く壁を支える必要がある。

 

 勘違いされるので先に言っておくが、俺は別に本が好きなのではなく、読書が趣味というわけでもない。

 それらはただの暇つぶしだ。

 

 能力を使えば、例え授業中であろうと窓の外を眺めるように世界中を見渡すことが出来る。

 だが、見渡したからと言って、面白いものが観れるとも限らない。

 そもそも何を見るというのだ。

 他人の恋路か、無関係な人物によるの浮気現場か、それとも突発的な殺人事件か。

 大自然や野生動物でも観察してみようか。

 それはきっと面黒いのだろう。

 最初から見るならともかく途中からで、しかも最後まで見れるとも限らない長編物語。

 そのうえ、見直すことにかなりの疲労を伴う物の何が面白いというのだ。

 

 まだ漢字辞典の文字列を流し読みしている方がましである。

 

 取り出す本は無作為だ。

 読んだことがあろうとなかろうと、暇つぶしに使えれば何でもいい。

 強いて言えば、気にするのは本の厚みぐらいである。

 

 さて、二十年程前の分冊版六法全書三巻か……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まぁ、読むだけ読むか。

 

 

***

 

 

 その日は部活動勧誘期間の最終日だった。

 

 大体の通学時間を把握した俺は、今では学校のチャイムが鳴る数分前に教室に入れるようになっている。

 今は通学路の途中で、時間的には少し焦らないといけないような時間だったが、今のペースではそこまで焦る必要は無い。

 なので後ろから走って来る男子生徒がどれだけ慌てていようとも、俺はそれに合わせる必要は無いのだ。

 

 そんな男子生徒は俺を少し追い抜くと二度ほど振り返って立ち止まる。

 

「ん? おっす、月山じゃねぇか。

 急がねぇと遅刻しちまうぞ」

 

 そんな風に話しかけてきたのは、達也のクラスメイトの活発そうな青少年だった。

 彼とはそれ程話をしたことがあるわけではないが、無視するほど嫌悪には思っていない。

 

「おはよう。今の時間なら多少ギリギリだけど遅刻にはならないよ」

「まじか? いや~、寝坊したもんで遅刻するかと思って焦ってたわ」

 

 俺の返事を聞いた活発そうな青少年は、何かに納得して、何故か俺の横に並んで歩き始める。

 彼の名前については、相も変わらず覚えていない。

 記憶の片隅にアパートみたいな名前だとか、トラみたいな名前で呼んでくれと言われた事などのヒントは出てくるのだが、関連性の見つからないヒントからでは当然の如く思い出せない。

 

 だがしかし、名前なんて必要以上に覚えておく必要などない。

 会話の中で相手の名前を使うことなんて、そうそうないのだから。

 

「深夜徘徊でもしてたのか?」

「はは、まぁそんなところだ」

 

 冗談を交えた俺の問いかけに対する彼の答えは、意外にも肯定だった。

 

 深夜徘徊は、俺も偶に妹の付き添いでしている。

 基本的に夜遅くまで起きていることが無いので、真夜中で他にすることが思いつかず適当に言ったのだが、まさか正解だとは思わなかった。

 

 校門に着くと、ちらほらと片付けを始めたりする生徒や、未だに勧誘をしている生徒がいる。

 勧誘期間中、少なくとも昨日の放課後までは、各クラブ活動が出すの勧誘の熱が冷えることは無かった。

 

 魔法科高校には体育祭や文化祭のような行事はないらしい。

 なのでもしかしたら、部活動勧誘期間というのはこの高校なりの文化祭だったのかもしれない。

 

 だとしたら、もう少し楽しんでもよかったのだろうか。

 いや、知りもしない人間と会話という行為が好きではないので、結局は俺がこの行事を楽しむことはなかったのだろう。

 

 未だ勧誘している生徒達から逃れるため、俺は自身と、ついでに横にいる青少年に『少しだけ対象の極小範囲をぼやけさせる』という魔法を発動する。

 この魔法は、妹が発案した達也監修済みの魔法だ。

 

 なんでも、

 人間は物を探す状況で、視覚情報に於いて上手くピントが合わなければ無意識に見逃してしまうのでは?

 という発想の下で生まれた魔法らしい。

 

「すげぇな、CADが無くても魔法が使えるのか」

 

 隣を歩く活発そうな少年がそんなことを問いかける。

 

「まぁ、条件付きだけどな」

 

 CADを使わずに魔法を発動できるのは、俺の能力の応用だ。

 現代魔法を学んでいるうちに出来るようになったのだが、どうも俺は過去に幾度かCADから読み取ったことのある起動式を『過去観測』の応用で再現しているらしい。

 

 ただやはりというべきか、判っているだけでも幾つかの欠点や条件などがあった。

 まず欠点として、発動するまでの速度がCADを使った時に比べてかなり劣る。

 ただし、何度も同じ魔法を使ってるうちに慣れるのか、魔法の発動速度が速くなりCADを使った時に近づくことは出来る。

 今のところその速度で使える魔法は『跳躍』だけだ。

 

 その他では、余り広域に作用する大規模な魔法が使えない、起動式の読み取った内容を再現する故かCADに大きく依存する魔法が使えないなどがある。

 

 ループ・キャストに近い事は出来なくはないのだが、安定性が欠けるのだ。

 今使っている魔法も、断続的ではなく持続時間をある程度決めてから発動しているので、実は細部に粗が目立っていたりする。

 

 俺は皆までそれを伝えるようなことはしない。

 だが、別に知られたところで困る物ではないので、俺は幾らでも解釈できる返答をする。

 

 彼に伝えるのはシンプルな答えだ。

 

「簡単な魔法だけだよ」

「いや、それでも十分すげぇよ。お前」 

 

 さて、はたして凄いのは『俺』なのだろうか?

 

 

***

 

 

 放課後、俺は部室で本を開く。

 少し前の話だが、フレンドリーな少年こと時村 一重は文芸部に所属することが決定し。

 文芸部の部長は、様々な理由から俺になった。

 ちなみに副部長は気絶する少女こと秦野 絃音だ。

 

 昨日や一昨日の間で、ある程度の活動内容を決めたり必要な申請を終えた俺達は、勧誘する側になったにも関わらず、部室で静かに本を読んでいた。

 

 時村は部室で人形を作成することに許可を得たにもかかわらず、今は端末で読書をしている。

 なんでもまだ道具や材料を持ち込んでいないらしい。

 

 秦野は少し慣れたのか、俺達を視界に入れないようにしながら読書をしていた。

 実は昨日、部活の申請手続きを出した際、彼女について生徒会長から少しだけ話を聞いていた。

 

 彼女の対人恐怖症兼男性恐怖症は心的外傷後ストレス障害に近いものがあるらしい。

 家庭環境が悪かったのもあったが、とくに男子に頭突きされたことが相当なトラウマになったらしく。

 例え同性でも正面に立たれると、その時のことがフラッシュバックするのだそうだ。

 

 そんな人物がよく学校に通えるものだと思ったが、生徒会長曰く五年ほどかけて治療し、ようやく学校に通えるようになったのだとか。

 

 さて、読んでいた本があまり面白くは無かったので、俺は『千里眼』で風紀委員の活動をしている達也を観測した。

 

 魔法について学んだ際、知覚系魔法は観測した対象にサイオン波が届くということを知ったのだが、どういう訳か俺の『千里眼』はそう言ったものを感じ取れないらしい。

 直接聞いたわけではないが、達也にそれを教えてもらった際に何となく疑問に思ったのが伝わったのか、それとなく推論を立てられた。

 

 曰く、かなり隠密性の高い能力か、あるいは常時イデアにアクセスしているために気づかれない場合はあるかもしれない、のだそうだ。

 ただ後者の場合は一つ一つのあらゆる情報を常に脳に受信している事になるので普通の人間にはまず不可能だろうと言われたので、多分俺の能力はかなり隠密性が高いのだろう。

 

 閑話休題。

 

 風紀委員は決して人数が多い訳ではなく、最終日という事もあってか、校外はかなり混沌と化している。

 その中でも特に過激化しているのは達也の周辺だった。

 

 大体の事件を起こしているのは達也に対して何かしらの悪感情がある一科生に見えるが、その中には見覚えのある顔つきの生徒達がちらほらといる。

 

 彼等彼女等の正体、というか事情については既に判明している。

 それは司波兄妹の家で剣道部と剣術部が起こした騒動の顛末を聞いたときに想像できたことなのだが、どうやら彼等彼女等は洗脳を受けているらしい。

 

 目的を持つという事は表情や顔に出るものだ。

 その目的意識が誰かの洗脳によって植え付けられたとする。

 

 結果。

 全員が同じ目的を持つ。

 その意志が表情に表れ。

 全員が同じ顔つきになる。

 

 言葉遊びのように聞こえるかもしれないが、その状態を俺の千里眼が目に見える形で捉えたようだ。

 どうしてそういった状態で視えるのかという説明は出来ないが、脳が勝手に判りやすく解釈しているのではないかと思う。

 

 彼等彼女等が洗脳されているという事。

 ついでに言えば、それは誰がやっているか、どのような魔法を使っているかは大体知っているが、そのことを司波兄妹には伝えていない。

 

 何故かと言えば、その洗脳された生徒達が起こす事件で少し気になることがあり、その事件を事前に止められると困るからだ。

 

 その事件は洗脳された生徒がテロリストを学校に招き入れるという色々とかなり危険な事件なので、本来ならば事前に止められるのなら止めるべき事件なのだろう。

 それを黙認することはきっと咎められることなのだろうが、そこは上手くいくように立ち回ろう。

 ダメだったらそのときはそのときだ。

 

 まぁ、いつ起きるかわからないがこの学校に入学してからまだ二週間と経っていないし、そんな大規模な事件が起こるのは一、二ヵ月先か、場合によっては一年以上先の可能性もある。

 

 というか、入学早々テロに巻き込まれるなどたまった物ではないだろう。

 主に現在進行形で事件に巻き込まれている達也が。

 

 

***

 

 

 俺の部屋は、部屋というよりは道なのではないかと思える様な部屋で、その原因は妹が俺の部屋に置いている大量の本のせいだ。

 

 部屋の出入り口から延びるその道は、途中でクローゼットとベッドに向かう道へと分かれており。

 置かれているはずの本棚や、壁すら包み込んで本の壁が出来ていた。

 

 正直、床が抜けないか心配になる。

 過去に達也と深雪が俺の部屋を覗いた感想は、要約すると「地震が起きればお前は死ぬぞ」というものだった。

 

 窓から差す日の光が余りに鬱陶しく感じ、毛布から顔を出す。

 何となくベッドの横に積まれている本を眺めて、一番上に置いたはずの二十年程前の分冊版六法全書三巻がないことに気が付く。

 

 たまにある退屈な一日はそんな部屋から始まるのだ。

 

 




誤字報告ありがとうございます。

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