魔法科高校の変人(仮)   作:クロイナニカ

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 ヒーローは遅れてやってくる。

 闘争が含まれる物語にはよく使われる手法だ。

 

 パターンにも色々あるが、よくあるものの一つで危機に陥った仲間が敵の止めの一撃を受ける瞬間に、主人公が助けに入るというものがある。

 

 それは物語の中だけの話だろう、と思われるかもしれない。

 

 だけど俺だって男の子だ。

 

 幾つもの物語に触れ、好奇心に溢れ。

 いつかは自分も、奇妙な出来事に巻き込まれることを願う。

 

 随分と昔の話だが、そんな子供だったことだって俺にはあるのだ。

 

 という訳で、今回俺が路地に入る前に踏みとどまっているのは、『俺が男の子故に助けに入るタイミングを見計らっている』という人間らしい理由だと言い訳しよう。

 

 少女達、及び少女達を囲ってる襲撃者達よ。

 

 どうかもう少しだけ待ってもらえないだろうか。

 

 まだ道中で買ったクレープを食べ終わっていないのだ。

 

 

***

 

 

 頭の悪い冗談はさて置いて、そこに至る経緯を少しだけ語ろう。

 

 深雪と別れた後、俺は街の中にある人目や防犯カメラが無い僅かな死角に移動した。

 理由はもちろん『空間置換』を行うためである。

 それは深雪の頼みを無視して帰るためではなく、もっと個人的な理由での処置だ。

 

 俺の周囲は、ある日を境に様々な監視が付いている。

 それは司波兄妹の実家である四谷家であったり、国防軍だったり、公安だったり、忍者だったり。

 それこそ冗談に聞こえるかもしれないが、それだけの監視が俺の周りにはある。

 

 しかもこれでも減っている方なのだ。

 

 これから起きる出来事は、そういった監視を行っている人たちにはあまり見られたくはない。

 まぁ、これは未来が見えたとか経験があるからとかではなくただの勘なので、上手く言えないが見られた場合に嫌な予感がするのだ。

 

 そういった訳で、俺は一度その監視をまく必要がある。

 

 少女達からは、距離的に見れば一度離れるわけだが、それはそれで都合がいい。

 俺はこれでも常識人だと自負している。

 女子生徒達を男性が後からつけるというのがどういう目で見られるかは判っているつもりだ。

 

 それに『千里眼』を使えば、例え少女達が地球の裏側まで尾行を続けていようと、俺は自室の中で快適に観測し続けることが出来る。

 まぁ、それでは守りに入る際にかなりの労力がいるので、俺は彼女達が襲撃されると思われる路地裏に向かう必要があるのだけど。

 

 さて、それは俺が『空間置換』を行った後、目的地に向かう最中である。

 俺は、見つけてしまったのだ。

 

 

 クレープの移動販売車。

 

 混む時間が過ぎたのか、あるいは開店したばかりなのか比較的に少ない客。

 

 そして近くに立つ旗に書かれた文字。

 

『期間限定! 大粒イチゴが丸々入った極上クレープ!!』

 

 

 ……いや。

 

 いやいや、今は買っている場合でない。

 確かに引かれるものはあるが、別に今買う必要は無いものだ。

 やることをやった後で、また買いにくればいいではないか。

 

 そして俺は歩を進めた。

 

 それにしても、だ。

 やれやれ、このクレープ屋は何を考えているのやら。

 文章の時点で気づいていたが、クレープのメインが完全にイチゴだ。

 しかもクリームで滑って肝心のイチゴがとても食べ難いではないか。

 これならイチゴ大福の方が良い。

 いや、まぁ……。

 イチゴの酸味とクリームの甘みがとても合っていて美味しいのだが。

 

 

***

 

 

 さて、そんな訳で、俺は今クレープと格闘中である。

 俺は悪くない。

 クレープが美味しくて、食べ難くて、やめられないのが悪い。

 

 つまり俺が悪いな。

 

 しかし、今のところ問題はない。

 確かに少女達は囲まれているが、本当に危険な状態になるのにはまだ時間がある。

 俺はそれまでにクレープを食べ終わればいいのだ。

 

 それに俺は何も考えずに買ったわけではない。

 俺が見た予知の中でクレープを食べているという場面は無かった。

 僅かな未来の改変だが、これが決定打になるかもしれない。

 

 例えば食べきるのが間に合わず、少女達が殺されてしまうとか……。

 いや、それではダメだな。

 

 それでも俺は食べるのを止められない。

 背徳感というやつだろうか、きっとそれがクレープのスパイスになっている。

 

 しかし、今のところ問題ない。

 襲撃者達がキャスト・ジャミングを使い、その結果、頭の中で酷い騒音が鳴り響く。

 だが、その効果は過去にも俺は受けたことがあるし、来ると判っていれば耐えられる。

 まぁ、多少驚いて指に力が入り、クレープから僅かに残っていたイチゴの欠片とクリームが音を立てて落ちたが被害はそれぐらいだ。

 

 現代魔法は難しいが、能力の方は問題なく使うことが出来る。

 

 俺は最後の一切れを口に放り込み、気合を入れて裏路地に向かうことにした。

 

 

 さて、殺るか。

 

 

***

 

 

 人間が一代の内に何段階も進化することはない。

 それでも、人は学んで、思考して、試行して、変化する。

 

 俺はもちろん人間だ。

 だから、その例から、俺が例外として漏れることはない。

 

 体感の話なのだが、能力の応用である『空間置換』は、その工程がかなり長い。

 

 まず疑似時間停止を行い。

 その後、入れ替える二つの座標を決め。

 座標が決まったら二つの領域内の構成を解析する。

 解析した情報を元に改変後の状態をイメージして。

 疑似時間停止後の情報に加入させる。

 

 以上が『空間置換』の工程だ。

 

 現代魔法の多くが一秒以内で発動できる。

 疑似時間停止は短時間だけ発動することもできるが、最大で七秒ほど止められる。

 現実時間では那由他の彼方ほどの秒数もかかっていないが、七秒かけて魔法を発動するというのがどれほど長いかは一目瞭然だろう。

 

 そんな訳で、せめて体感だけでも早くできないかと、俺は試行錯誤してみた。

 

 それは現代魔法を学んだから出来たことだ。

 現代魔法に於いて、使い慣れた魔法は口頭での呪文による自己暗示で魔法を発動することが出来る。

 

 俺は、口頭による呪文を一定の動作による自己暗示で魔法が発動できないかと考えた。

 

 本来であれば、領域を決めてから疑似時間停止を行う事は出来ない。

 空間の切り取りはかなり精密である必要があるからだ。

 例え目に見えなくても空気中にチリなどのゴミなどがあれば領域の指定は完成しない。

 全てが止まっていなければ出来ないのだ。

 

 だけど、対象物と移動先を大雑把に指定して、疑似時間停止後に細かい領域の修正を経験や直感で無意識に行えれば、それが解決できないかと考えた。

 

 工程は三つ。

 

 対象物を決める。

 移動先を決める。

 最後に、指を鳴らす。

 

 俺は出来た魔法に簡易版空間置換、略して『簡易置換』と名付けることにした。

 

 

***

 

 

 保護者の少女を地面に押し付ける襲撃者はナイフを手に叫ぶ。

 

「この世界に魔法使いは必要ない!!」

「そうかもね」

 

 普段なら返答しないのだが、『簡易置換』を使おうとしていた俺はほぼ無意識に返答してしまう。

 第三者がいると思わなかったからか、あるいは肯定されると思わなかったからか、襲撃者達の動きが一瞬止まった。

 

 その隙を縫うように、俺は襲撃者達が持つ武器やアンティナイトが埋め込まれた指輪を指定し。

 移動先を俺の周囲に落ちるように指定して指を鳴らす。

 

 高く軽い金属音を立てて落ちる対象物を見て、俺は一息ついた。

 

 咄嗟にも使えるこの能力。

 使えるようにしているが、実はまともに使うのは初めてなのだ。

 というのも『簡易置換』は、長距離の移動には使えず、目視できる範囲でしか使えない。

 しかも自分を対象にしては使えないと、少し不便な部分があるのだ。

 

 多少物を取るときなどで使うようにしているが、それでも確実性は不明な魔法。

 

 では何故使ったのかというと、単純に俺のミスである。

 

 簡易置換の良い所の一つで、負担が少ないというのがある。

 似たような手段が二つあり、楽で簡単な方があれば思わず使ってしまっても誰が咎めるというのだ。

 

 まぁ、成功しているので失敗していた場合を考えるのはやめよう。

 それよりも、今は目の前の事に集中するべきだ。

 

 If(もし)の結果を忘れるように、俺は言葉を紡ぐ。

 

「確かに魔法なんてなくても、物事はなるようになるんだろう」

 

 いや、なるようにしかならない。

 過ぎたIfなんて考えるだけ無駄なのだ。

 俺は膝を曲げて落ちたナイフを拾う。

 

「でも、在れば便利だ」

 

 そうして俺は、見せつけるようにナイフの柄尻を指先で持ち、刃先を空に向けた。

 




誤字報告ありがとうございます。

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