魔法科高校の変人(仮)   作:クロイナニカ

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しずくしてん。


34 逃げ水

 四月。

 

 春だというのに、まだ何となく肌寒い日のことだった。

 

 そういう気温の日だったせいか。

 

 私には、先頭を歩く彼の後ろ姿が、どこか寒々しくみえていた。

 

 

***

 

 

 深雪と別れた駅まで向かう帰り道。

 私とほのか、エイミィの三人は、前を歩く月山さんに置いてかれないように歩いていた。

 

 決して、彼の歩く速度が速いわけではない。

 ただ、彼と歩調を合わせようとするのが難しいのだ。

 

 最初、私達三人は先程の事件の話をしていた。

 そんな話の輪から外れるように、月山さんは私達の後ろを歩いていたはずだった(・・・・・)

 

 その会話の最中、ほのかが月山さんに話しかけようとして振り向いたときに気が付く。

 

 月山さんが居ないのだ。

 

 私達は慌てて立ち止まり周囲を探す。

 エイミィとほのかは後方を必死に探していた。

 だから、何となく前方を見直した私が一番最初に気が付いた。

 

 月山さんは、私達の前を歩いていたのだ。

 

 私達は誰か月山さんが追い抜いたことに気が付いたかと顔を見合わせる。

 全員が疑問に思う。

 それはつまり誰も月山さんが追い抜くのを(・・・・・・・・・・・・・)見ていないという事だ。

 

 そうやって立ち止まっていると、前を歩いていた月山さんも立ち止まり、どうかしたのかと言わんばかりに振り替える。

 

 私達三人はまたちらりと互いの顔を見合わせて、小走りで月山さんに近づく。

 帰途を再開した私達は、先程と違って会話がない。

 そうやって無言で歩いていると、月山さんが段々と近づいてくる。

 月山さんが歩く速度を落としたわけではない。

 

 単純に、月山さんの歩く速度が遅いのだ。

 

 そうやって段々と近づいて来る月山さんは、濾過フィルターに落とされた水のように自然と私達を通り抜け、後方へと下がって行く。

 その一連の流れからは、不自然なほど違和感を感じなかった。

 

「ねぇ、二人って月山さんの知り合いなんだよね?」

 

 そう話しかけてきたエイミィの目は、達也さんに嫌がらせをしている生徒の証拠を探そうと言い出した時のような、何処か好奇心を含んだ目をしている気がした。

 

 エイミィの質問に対して、私とほのかは答えに詰まってしまう。

 

 お互いを知っている。

 そういえるほど、私とほのかは月山さんの事を知らない。

 

 ただ、不思議と彼について知ろうと考えたことが無かった。

 深雪と会話をしているときはとても目立つのに、二人が会話しないときは、深雪の傍にいても目立たないのだ。

 

 深雪と達也さん、そして月山さんが、何となく付き合いが長い関係だというのは分かる。

 しかし、それがどういう関係なのかと色々と勘繰りたくなる題目だというのに、私達はあまり考えたことが無いのだ。

 

 一度その話題が上がれば、その会話はどんどんと膨らんでいくのだろう。

 何せ、誰もが認める美少女。

 そして、そんな美少女と仲が良く、兄妹とはまた違う関係である男子生徒。

 何故今まで話題に上がらなかったのかと不思議に思えるほどの話の種。

 

 しかし、その話題が花を咲かせることは無かった。

 

 ふと前を見て、「あっ」と、私は声を上げる。

 月山さんが、私達から少し離れた前を歩いていたのだ。

 

 つまり、今起きている現象を解析すると以下のようになる。

 

 仮に、私達が自分のペースで歩こうと思えば、私達は月山さんを置いて行ってしまう。

 しかし、月山さんから意識を離して会話を始めると、いつの間にか月山さんは、私達から距離を大きく空けて前を歩いているという奇妙な事が起きる。

 

 私達は何故このような事が起きるのかと、小声で話ながら歩いていた。

 なので気が付くと、月山さんは私達からどんどんと離れていくのだ。

 

 

***

 

 

 そんな出来事に好奇心を押さえられなかったのか、エイミィは不思議な人物(月山さん)に近づいて話しかける。

 

 

「えっと、初めまして……だよね? 私、明智(あけち) 英美(えいみ)

 日英のクォーターで、正式にはアメリア=英美=明智=ゴールディっていうんだ。

 だから呼ぶときは気軽に『エイミィ』って呼んで」

 

 そういえば、まだ月山さんとエイミィは自己紹介をしていなかった。

 そういうことは最初にやるべきだろうと思うべきなのだけど、私は仕方のないことだと思えた。

 

 私とほのかは、月山さんと個人的に会話をしたことがあまりない。

 

 精々彼が登校してきたときに挨拶をするぐらいだ。

 その挨拶の後、月山さんはまるで話しかけるなと言わんばかりに本を開く。

 少し前にどう考えても読書向きではない本を持ってきたことがあり、それを熟読するように開いたページを眺めていたので、たぶん彼の態度に対する解釈は間違っていないはずだ。

 

 そんな人物に話しかける人は、A組に於いて深雪以外に他にはいない。

 

 深雪と仲が良さそうだという理由で、彼の名前を知らない人物はクラスには居ないが、彼と個人で自己紹介を交わした人は、私とほのか以外にはいないだろう。

 

 そんな無口で不愛想な彼の対応は、

 

月山(つきやま) 読也(よみなり)。……蔑称でなければすきに呼んでいいよ」

 

 近づき難い、とは言えない至って普通の対応だった。

 

 高揚のような物は感じないトーンで語り、無表情なのは終始変わらない。

 しかし、それは悪い意味ではなく。

 

 迷惑だと怒るような無表情ではなく。

 会話が苦手だと感じさせて、こちら側が遠慮してしまうような口調でもなく。

 良い意味でもないが、不快だとは一切感じさせず。

 プラスではないが、マイナスを感じないせいか、優しさを感じるような対応だった。

 

 それに安心したのか、エイミィはいつものペースで会話を続けた。

 

「おーけー。

 司波さんが呼んでたみたいにツクヨミって呼んでもいい?」

「別に構わないよ」

 

「んー。……じゃあ『ツッキー』で」

 

「……まぁ、いいけど」

 

 何故その流れで新たな渾名が付くのだろう。

 そのことには月山さんも疑問に思っていたようだったけど、彼がそれを追及することはなかった。

 

「あ、じゃあ私は読也さんって呼んでいい?」

「えっ!」

 

 そろそろ私も会話に参加するとしよう。

 ただ私は、本人がそう呼んでと言ったならともかく、自分から渾名で呼ぶというのが少し恥ずかしかった。

 なのでシンプルに下の名前で呼んだだけなのだけど、ほのかからは何故か驚かれてしまった。

 

「え? えっと、じゃあ私は! ……あー……えーっと。

 ううーん……」

 

 その場の雰囲気に合わせようと、ほのかは慌てて月山さんの渾名を考え始める。

 

「呼び方なんて何でもいいよ。識別できれば。

 意味なんて、そこに必要はないだろ」

 

 そんなほのかに助け船を出したのは、意外にも月山さんだった。

 

 無理に考える必要は無い。

 

 そう言われたほのかは、落ち着きを取り戻して困ったように微笑みながら言った。

 

「えっと、じゃあ私は今まで通り月山さんで」

 

 他の人とは別の呼び方を探した結果。

 ほのかによる月山さんの呼び方は、そこに落ち着くことになったらしい。

 

 

***

 

 

「ツッキーってさ、司波さんとどういう関係なの?」

 

 エイミィにそう問いかけられた読也さんは、左手を顎に当て、人差し指と中指で口を隠すようにして頭を傾ける。

 一目見て考えていると分かるポーズだけど、その表情は全く変わらない。

 

「……さぁ?」

 

 誰もが気になるであろう質問の答えは、まさかの疑問だった。

 無表情だからわからないけど、決してはぐらかして答えているわけではなような気がした。

 

「あまり気にしたことがないからな。

 強いて言えば『知り合い』かな?」

 

 深雪と読也さんの会話は何度か見たことがあるけど、どう考えても気が置けない仲なのは明らかだ。

 なので最低でも『友達』ぐらいには踏み込んでもいい気がする。

 

「じゃあ、二人って昔から仲が良かったりするの?」

「……いや?」

 

 私の質問に読也さんは、また少し考えてから否定する。

 先程と同じように首を傾げたので、また曖昧に答えるかと思っていたけど。

 少なくとも彼は、私達の質問に対し、誤魔化して答えるつもりは無いようだ。

 

「中学一年の夏休み明けくらいまでは殆ど会話しなかったから、良くは無かったと思うぞ?」

 

 続けて語られる答えからは、それなりに長い付き合いだと伝わる。

 もしかして幼馴染とかではないのだろうか?

 

「初めて会ったのっていつ頃なんですか?」

「小一」

 

 幼馴染だった。

 ほのかの質問の答えを聞いたエイミィは、読也さんのように首を傾げて問いかける。

 

「それって幼馴染って言わない?」 

「さぁ? その辺りのさじ加減はあまり判らないな」

 

 嘘か本当かはわからないけど、何となく、本当に判らないのだと思えた。

 彼と会話を交わしたことはあまりない。

 深雪との会話を、何度か聞いたことがある。

 その会話にそれとなく混ざったことが何度かある。

 

 だから何となく思っていたことだけど、彼は周りに無関心すぎる。

 周りの人にどう思われようと、興味を持たない。

 きっと自分も含めて。

 

 そういう人だと思っていた。

 

「じゃあさ」

 

 エイミィはそんな周りに無関心で、無表情な読也さんの顔を覗き込むようにし、悪い笑顔で問いかける。

 

 

「司波さんのこと好き?」

「好きだな」

 

 

 悪戯心が含まれていた笑顔から悪戯心が抜けて、固まった笑顔が残った。

 

 あまりに予想外だったのか、エイミィはその表情のまま立ち止まり、読也さんの視界から抜けていく。

 エイミィだけでなく、ほのかも目を白黒させて固まっている。

 

 私はというと、何となく彼の意図していることが判っていたので、二人にかけられた硬化魔法を解くために読也さんに問いかけた。

 

 

「それってLoveとして? それともLike?」

「……どっちだろうな」

 

 私も固まった。

 

「少なくとも人なりは好ましいと思ってる。

 俺は恋とかはしたことが無いし、共感もしたことが無い。

 だから恋愛感情なんて物もよくわからない。

 ……ただ、出会った人の中では一番好きだな」

 

 無表情で淡々と言い切って先行する彼の後ろを、私達は何とも言えない雰囲気のままついて行く。

 

 ……これは、なんと表現すればいいのだろう。

 私は、二種類の好きという感情を知っているつもりでいた。

 

 しかし、彼の好きという感情はどう区分すればいいのだろう。

 

 前を歩く彼の後姿は、さっきまでと変わらない。

 だからきっと、彼の歩く速度は変わっていないはずだ。

 

 だというのに、今度は彼に追いつけない。

 

 エイミィは、そんな私とほのか前に立ち、前を歩く読也さんに聞こえないよう振り返って語った。

 

「何ていうか……うん、変わった人だね」

 

 変わった人。

 きっと私の語彙が少ないのだろう。

 それ以外の表現が出来なかった。

 

 エイミィの意見に内心同意していると、視界の端に見覚えのある制服が見えた。

 そんな表現をすれば他校の生徒に思われるかもしれないが、見えた制服はもちろん一高の制服だ。

 

 今いる場所は一高の最寄り駅とは学校から見て別方向にある。

 しかし、生徒全員が最寄り駅を利用しているとは限らない。

 

 駅よりも徒歩で通う方が近い生徒もいるはずなので、きっとその生徒はそういった生徒なのだろう。

 ただ気になったのは、その生徒が周りの目を気にせず、ケーキ屋に置かれているケースの中の商品を覗いていたことだ。

 

 魔法科高校には普通の人はいない。

 

 つい最近、そう語ったのは誰であろう私だ。

 学校帰りに周りの目を気にせず物欲しそうにケーキ屋を覗く生徒だっているのだ。

 様々な価値観を持った生徒がいる。

 読也さんのような人がいる事は別に不思議でも何でもない。

 ただ私の想像力が足りなかっただけの事なのだ。

 

 そう考えて一歩踏み出した私の足は、一歩だけ進み、そのまま止まってしまう。

 

「雫! 月山さんがいない!!」

 

 ケーキ屋を覗いていたのは読也さんだった。

 

 




北山 雫視点です。

次回は変態が出せるといいなと思ってます。

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