魔法科高校の変人(仮)   作:クロイナニカ

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 少女としての肉体に於いて、一番魅力的な部分は何処だろうか?

 ちなみに顔は良いのは前提としての話だ。

 胸、或いは尻か?

 

 否。

 

 確かにそれは魅力的なのかもしれないが、それは果たして『少女の肉体として』と言えるだろうか。

 

 これはそういう女性の魅力の話ではなく、少女が少女らしく、それこそが少女だと認識できる魅力とは何かという話らしい。

 

 世間の共通認識としては、肢体、もしくは造形とは別にその無邪気な表情だという答えになるのだろう。

 過去の著名人には二の腕だと答えた人物もいるらしい。

 

 では、彼の意見はどうであろうか?

 

 彼曰く、最も魅力的に見えるのは『背中』であり、その中でも肩甲骨のある周辺なのだそうだ。

 幼さ故か肉付きが少なく、だからこそ浮き出て見える骨はまさしく少女の象徴と言える。

 

 そして、その象徴をより魅力的に見せるのは骨と皮が生み出す黄金比だ。

 

 背中を丸めるようにすれば、背骨が浮き出て見え、両間隔が広がる肩甲骨。

 その造形は、歪で、怪しく、弱々しく見え、見る者の庇護欲を掻き立てる。

 

 背筋を伸ばせば背骨は肉へと埋まり、中央に一本の彫を生む。

 そして胸を張ることで狭まる二つ肩甲骨の間隔からは凛とした高潔さを感じさせ、無垢であろうにも関わらず強い意志を魅せる神秘的な雰囲気を作り出す。

 

 

「さて」

 

 そんな自分の性癖を隠そうともせず、多くの生徒が行きかう放課後のカフェで、時村(ときむら) 一重(ひとえ)は真剣な瞳で俺に問いかける。

 

「月山、お前はどう思う?」

「すげぇどうでもいい」

 

 

***

 

 

 とある日の放課後。

 その日は文芸部が休みの日だった。

 

 何もせず帰るか。

 

 売店で最近よく飲んでいる飲料を買って帰るか。

 

 入学してから一月も経っていないが、部活が無い日の放課後の行動は、大体がこの二つのパターンで決まる。

 ただやはり例外というのはある物で、その日俺が校内の設備の一つであるカフェを利用しようと思ったのは、一種の気まぐれだった。

 趣味の開拓という訳ではないが、場合によっては、放課後にカフェで何かしらを食べてから帰るという選択肢が増えるかもしれない。

 

 そう思う程度に、最近買っていた飲料にも飽きてきたのだ。

 

 その日、俺がカフェで買ったのは、カフェオレとミルクレープだった。

 ミルクレープには新商品というレッテルが貼られており、それが目に入ったので購入してみたのだ。

 何枚ものクレープとクリームを交互に重ねるミルクレープは想像するだけでも作るのが大変そうである。

 店がどのようにそれを作っているのかは判らないが、人気次第では取り扱われることがなくなってしまうだろう。

 今のところそういう予知は見えないが、無くなる可能性があるのならば一度は試食してみようと、俺は考えたのだ。

 

 ケーキとカフェオレが乗ったトレーを持って、俺はカフェの内部を見渡す。

 何となく席が空いているように見えた店内は、よくよく見れば満席のような状態だった。

 

 四人用の席には二人の生徒が、二人用の席には一人の生徒が。

 カウンター席は四席あるのだが、その両端にはそれぞれ生徒が座っており、その間のどちらかに座るというのが、心理的に憚れるような状態だった。

 

 しかし、このままトレーを持って立ち尽くしているというわけにもいかない。

 仕方がなくカウンター席を利用しようとしたとき、不意に視線を感じる。

 

 視線を辿ってみると、その相手は二人用の席に座っている達也だった。

 

 俺は達也に近づいて話しかける。

 視線が合ってしまったので無視という訳にもいくまいし、場合によっては相席できるかもしれないと思ったからだ。

 

「待ち合わせか?」

「別件だがその通りだ」

「そうか」

 

 どうやら達也は深雪を待っているのではなく、別の人と会う予定があるらしい。

 そういう事ならば、相席は無理だろう。

 

 そう思って、俺は別の席を探す。

 達也が誰とどのような話をするのかは知らないが、目の届く範囲で個人的な会話をされれば食事に集中できない。

 肴になるような話題なら良いのだが、そうならない可能性もある。

 

 一長一短。

 

 だったら最初から関わらなければ、得ではないが損ではないはずだ。

 そうなってくると、カウンター席はお互いの目が届く範囲になってしまう。

 

 だから俺は、別の席を利用することにした。

 

 知り合いが利用している席なら相席できる。

 そう考えたとき、カフェの店内には、他にも知り合いがいるのに気が付いたのだ。

 店内にはある程度のプライベートを守るためか、二人用の席の間には仕切りや壁がある。

 達也からは物理的な死角の位置に、その知り合いは居た。

 

 俺は道中にいた生徒会の役員に軽い会釈をしてから、その人物に近づき話しかける。

 

「相席いいか?」

「構わないよ」

 

 とくに拒絶的な意志や表情を出さずにそう答えたのは、只々店内を眺めていた時村 一重だった。

 

 俺はテーブルにトレーを置いて、何となく時村の前に置かれた紙コップを見る。

 飲み口から指一つ分ほど空けて注がれた水は、一口でも飲んでいるようには見えない。

 

「ん? あぁ、僕あんまり人前で食事するのが好きじゃないんだ」

 

 その視線に気が付いたのか、彼は言い訳をするようにそう言った。

 

「何ていうか、恥ずかしいんだよね。

 食べ方とか、口に入れる瞬間を見られてるかもしれないって想像したり。

 もしかしたら咀嚼したときの音が聞こえたかもしれないって考えちゃうと、食事が進まないんだ」

 

 彼の趣味趣向が変わっているのは知っているが、それはそれとして何故彼はカフェ(ここ)にいるのだろう?

 

 まぁ、特別気にすることでもないので、俺は無言でミルクレープ特有の段階的にクレープの生地が切れる感触を感じながらフォークを入れる。

 

 一口サイズに切ったミルクレープを口に入れ、上顎と舌の面を使ってトランプでスプレッドするように形を崩し、生地の間に挟まったクリームの甘みを楽しむ。

 

 噛むときの感触は、べた付かない餅菓子のようですっきりとしており、タルトのクッキーやスポンジケーキとはまた違う触感だった。

 

 こだわりを感じるようなクリームの風味はなく、カットされた果物の類が入っているわけでもない。

 至って普通のミルクレープ。

 だからこそ、シンプルで美味しい。

 

「こんな感動もなく無表情でケーキ食ってるやつ初めて見た」

 

 そんな俺の食事姿を見ていた時村は呟く。

 別に俺は食べている姿を見られても恥ずかしいとは思わないが、そんなことを言われては普通に食事を続ける気になれない。

 無視しても構わないが、その後は相手が怒るのが目に見えている。

 話しかけなかったIfは見えないが、それぐらいは経験則でわかるのだ。

 

 俺はカフェオレを一口飲んで、時村にここで何をしていたかを問いかける。

 

「ヘアスタイルを見てた」

 

 何やってんだこいつ。

 

「いや、次回作の髪型が中々決まらなくてね。

 十才位の少女をイメージしているんだ。

 出来るだけ奇抜な髪型が良いんだけど、新しく考えようと思うと中々難しいんだ」

 

 さて、俺はこの会話を続けるべきなのだろうか?

 正直もう切り上げていい気もするのだが、上手い会話の流れが思いつかない。

 言い訳をして席を立つという手は考えられるのだが、まだケーキが残っているのでその手は使えない。

 

「そうか」

 

 俺は相槌を打ち、考えるのが面倒になったので『未来予測』を発動して、自分の台詞を先取りしてそのまま語ることにした。

 

 

***

 

 

「待って……待って!」

 

 真面目に考えなかったことを後悔している時、店内で女性の声が響いた。

 会話に夢中になっていたわけではないが、気が付くと周囲には生徒がほとんどいなくなっており。

 店内には俺と時村、生徒会の役員。

 そして達也と、いつの間にか来ていた達也の待ち合わせ相手だけだった。

 

「……痴情のもつれ的なやつか?」

「絶対にないとは言わないけど、時期とか考えると違うんじゃないか?」

 

 会話の流れが変わったのをこれ幸いに、俺はそれっぽく同調した。

 達也の事情(・・)を考えればおそらくそれは無いだろうが、それはあくまでも俺の知る範囲での話だ。

 可能性がゼロでない限り、否定していい事柄ではないだろう。……たぶん。

 

「司波君は一体、何を支えにしているの?」

 

 店内には雰囲気を和らげるためのBGMが流れていた。

 しかし他の生徒の会話がなくなっていたこの場には、女子生徒の必死な問いかけも、達也の宣言も、しっかりと俺のいる場所まで届いていた。

 

「俺は重力制御型熱核融合炉を実現したいと思っています。

 魔法学を学んでいるのは、その為の手段にすぎません」

 

 達也と女子生徒がどんな会話をしていたのかはわからない。

『過去観測』を使えば見えるかもしれないが、そこまでするほど興味もない。

 ただ、それでも俺には一つ言えることがあった。

 

「痴情のもつれではなさそうだな」

 

 最後に残った乾いたケーキの一切れを口に入れ、冷めきったカフェオレを一気飲みする。

 丁度いい頃合いだ、俺も席を立つとしよう。

 そんな準備を始める俺に、時村は呟くように問いかける。

 

「重力型核融合ってなんだ?」

 

 受験時の筆記問題にも名前だけ出るくらいには有名な話だった気がするのだが、どうやら彼は知らないらしい。

 しかも略称されて微妙に間違ってる。

 

「重力制御型熱核融合炉。

 加重系魔法の技術的三大難関の一つだ」

「……あぁ、そんなのあったな」

 

 知らないわけではないようだ。

 

「たしかあれだろ? 飛行魔法の実現と慣性を無限大化した疑似永久機関」

汎用的(・・・)飛行魔法の実現だな」

「細かいな」

「飛行魔法自体は存在する。ただ誰でも使えるような魔法がないから難題なんだろ」

「ふーん。

 ……何が難しいんだ?

 要は移動するか空中で維持するかだけだろ?」

「加重系魔法で再現するのが難しいんじゃないか?

 それに難しい理由は、発動中の魔法を終了する前に発動するから干渉力のインフレーションを起こすからだったはずだ」

「……終了してから魔法を発動すればいいじゃん」

「現代魔法は大体CADを使った魔法だ。

 どんな簡単な魔法でも人間の脳の機能上起動式の読み取り、魔法式の構築、魔法の発動で二〇〇ミリ秒以上かかる。

 それに加えて変数の代入を行うから、さらに時間がかかるだろうな。

 それらを誰もが落下中にできるなら問題ないんじゃないか?」

「ループ・キャストだっけ? 同じ魔法を発動するやつ。

 あれじゃダメなの?」

「さぁ? プログラミングに関しては詳しくないからな。

 どうやって魔法を作ってるかは俺も知らない。

 だから魔法を終了した後に発動する部分を機械の方で出来ない理由は判らない」

「出来ないのか?」

「世界には頭のいい人は大勢いる。

 なのにその発想をした人間が一人もいなかったと思うか?」

「……出来ないのかぁ」

 

 

「随分と面白いお話をしていますね」

 

 長々と会話をしている最中、そう言って割って入ったのは、近くの席でお茶を飲んでいた生徒会の役員さんだった。

 

「知り合いか?」

 

 時村の問いに対して、俺は一考した。

 知っている相手ではある。

 相手も知っているであろう。

 ただ、それだけで知り合いと言えるのだろうか?

 

 いや、今はそれを考える必要は無いな。

 俺は適当に知っている事だけを語ればいいのだ。

 

「生徒会の書記(・・)の人だ」

「初めまして、会計(・・)市原(いちはら) 鈴音(すずね)と申します」

 

 あれ、会計だっけ?

 

「……あ、初めまして、時村 一重です」

 

 一瞬俺を睨んだ後、時村は会計の人に自己紹介をした。

 まぁ、会計だろうと書記だろうと生徒会役員であることに変わらないので然したる問題ではない。

 俺は話題を戻すために会計の人に問いかける。

 

「それで、どうかされましたか?」

「いやいや、俺達の会話を聞いて話しかけたんだから話題は一つだろ?」

 

 もちろんそれぐらいわかっている。

 ただ、会話を戻すための運び方が他に思いつかなかったのだ。

 

「どういう造形が美しいかという話ですよね?」

 

 戻し過ぎである。

 というかその話はもうやめたい。

 

「確かに面白そうな会話でしたがそちらではなく、汎用的な飛行魔法の実現方法の話です」

 

 そう言うと会計の人は、別の席から椅子をとり、俺と時村が使っている机に着く。

 そして手を膝の上に置き、まるで面接でもするかのように俺に問いかける。

 

「月山君、でしたよね? 加重系魔法の技術的三大難関について中々に詳しいのですね」

「……受け売りみたいな物ですよ」

「受け売りというと、もしかして司波君からですか?」

「もともと俺は中三ぐらいまで魔法とはあまり縁がなかったので、入学するにあたって、彼等に受験勉強を手伝ってもらったんです」

「中学三年生まで、ですか……」

「えぇ、ですから、彼の事を聞かれてもあまり答えられませんよ」

「!」

 

 少し考えればわかることだ。

 他の生徒が居なくなる中、何故この場に残っていたのか。

 

 俺は相手がいたからこそ、無駄に食事の時間が伸びた。

 では何故、彼女は一杯のお茶だけでずっとこの場に残っていたのか。

 

 達也が話していた相手は宗教団体により洗脳されている生徒だった。

 十師族と呼ばれる家系の一つ。

 その家系の人間が上に立つ生徒会が、この学校で起きていることを、果たして何も知らないのだろうか。

 

 達也からは死角であり、達也の近くに座っていた彼女なら、おそらく最初から最後まで二人の会話を聞いている。

 

 もし、それが目的だったとしたら。

 

 

 きっと、彼女は達也を知ろうとしているのだろう。

 

 

「貴方はもしかして精神感応(テレパシー)能力者ですか?」

「いいえ、そういったことは判りません」

 

 感情や思っている事は、残念ながら俺の『千里眼』では見えない。

 いや、残念とも思っていないけど。

 

「……そうですか。

 では、一つだけ、お聞きしてもよろしいですか」

「答えれるとは限りませんが」

 

「『重力制御型熱核融合炉を実現する』という司波君の目標。

 あの言葉が口先だけでの物ではないのは判ります。

 そして、その動機も何となく想像できます。

 ……貴方は、司波君の目標について、何か知っていますか?」

 

「さぁ? 知りません」

 

 達也がそういったものを作りたいという話は聞いたことがある。

 だけど、聞いただけだ。

 それ程興味のない話題だった。

 

「ただ、動機は何となく想像できます」

 

 それも、少し考えればわかることだ。

 

 達也は妹しか大事に出来ない。

 だからこそ、周辺が平穏であることを望んでいる。

 しかし、あの兄妹の未来は魔法師だ。

 魔法師の仕事の内容は殆ど決まっている。

 そんな人間が掲げる目標。

 

 感情を交えなくても、合理的に見れば簡単に結びつく理由だ。

 

「……そうですか」

 

 酷く曖昧であろう答えを聞いた会計の人は、何故か嬉しそうに笑っていた気がした。

 

 

 




 誤字報告ありがとうございます。

 性癖の表現って難しいですね。
 文章が考えていたよりマイルドになってしまって、オリキャラの変態感が薄くなってしまいました。

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