とある日。
一日の授業が全て終ったときのことだ。
体を伸ばすという動作があるが、俺の動作は他の人とはおそらく違う。
というのも、人前で体を伸ばすために腕を広げたりすることが、俺はあまり好きではなく。
最低限の動作で必要部分を伸ばす為に考えた物が、俺の体を伸ばすやり方だったからだ。
まず、腕を組むような状態にして、その腕を机の上に置く。
それから胸と背中を膨らませるように大きく息を吸う。
膨らんだ背中を利用して、腕や腰を伸ばす。
これが俺の体の伸ばし方だった。
欠伸をしたとき、隣人がまるで猫のようだと言ったことがあったが、参考にしたのが猫なので決して間違いではない。
「全校生徒の皆さん!!」
ハウリング寸前の、むしろハウリング特有の高い音が聞こえないのが不思議に思えるほどの大音声がスピーカーから飛び出す。
放課後の始まりとほぼ同時だったためか、或いは授業中ではなかったためか。
教室内では生徒達が、なんだなんだと慌てだした。
しかし来ることが判っていた身としては、それほど驚くことではないので、俺はさっさと教室を出て部室に向かう。
そして、廊下に設置されたスピーカーから流れる音声を聞きながら、今後の事を考えはじめた。
特定の人間を喜ばせるためのサプライズ。
不特定多数を恐怖に陥れるテロ事件。
相反する二つの事柄に共通する重要な要素はタイミングだ。
スピーカーから聞こえてくる内容を聞く限り、どうやら彼等は一部の生徒達を集めて討論会を開きたいらしい。
唯の直感ではあったけど、何時か起きるテロリストの襲撃と、そのテロリスト達に洗脳されている生徒たちによる討論会は、無関係だとは思えなかった。
この学校には様々な委員会がある。
その中でも、生徒会、風紀委員会、課外活動連合会の三つは校内で様々な権限を持っているらしい。
それぞれの委員長、及び会長達は三巨頭等と呼ばれているらしいが、はっきりと言って、俺は具体的にそれがどういうものかよく解っていない。
取りあえず三権分立の縮図みたいなものなのだろうとは思っている。
今、放送室を乗っ取っている生徒達が討論の相手に指名しているのは課外活動連合会、略して部活連と生徒会だ。
放送室を乗っ取るという過激な活動を行う生徒達との討論会で、風紀委員会がその場に居合わせないとは思えない。
もし、その三つ委員会が同じ場所にいるとき、テロ事件が起きたとしたら。
おそらく、テロ行為自体はそれ程被害が少なく終わるだろう。
三つの委員会が固まっているときより、それぞれ分かれた場所にいる状態の方が互いの状況把握が出来ない分、テロリスト達が有利になるからだ。
その有利性を捨てた状態で行われるテロ行為は、きっと失敗に終わる。
目的が単純なテロ行為であれば、だ。
『未来予知』で見えた光景は、図書館の特別閲覧室の前にてテロリスト達と、そのテロリスト達を招き入れた女子生徒と遭遇するという物だった。
討論会が行われる場所は判らないが、少なくとも図書館で行われるとは思えない。
記憶違いでなければ、達也の魔法科高校の入学理由に、図書館で閲覧できる貴重な資料が目的の一つだという話を聞いた気がする。
もし、テロリスト達の目的がその情報だとして、テロ行為が陽動だとしたら。
三つの委員会が集まる討論会時の襲撃は、周囲の目を図書館から逸らすことに関して言えばとんでもなく適しているといえる。
仮に討論会が決定したとして、その討論会が行われるのはたぶん長くても今日から一週間以内の何処かであろう。
俺も予想外ではあったが。
残念達也、お前に休息はなさそうだ。
***
「おっすー、お前ら放送室の前見た?」
部室に入るのと同時に、時村はそう問いかけた。
何となく秦野に目を向けると、彼女は本で顔の半分を隠し、ついでに体も隠そうとしているかのように背中を丸めていた。
特に見ようと思わなかったので目は見えなかったが、向こうからは目が合ったらしく、一瞬体がピクリと反応していた。
「いや、見てないな。
というか放送室の場所も知らない」
「いやいや、この校舎の下の階層にあるから」
マジで?
『千里眼』を通して下の階を覗くと、放送室と思われる設備が整った教室に立て籠もる生徒達。
そして、その放送室の前で屯っている生徒達がいた。
その屯っている生徒達の中には見覚えのある生徒達が何人かいる。
司波兄妹を始め、風紀委員長、服部刑部少丞範蔵副会長含めた生徒会メンバー、さらに十文字先輩だ。
十文字先輩というのは、部活連の会頭を務めている人だ。
俺は部活の運営に携わったことが無かったので、十文字先輩は本人が運動部の人間だったにも関わらず、書類の作成等で色々と世話をしてくれた人だった。
そういった理由で、彼への『学生服を着た事務のおじさんのような人』という第一印象は今も大して変わっていない。
生徒会長が見当たらないが、きっと彼女は彼女で、色々と手を回しているのだろう。
「しかし、差別の撤廃ねー。
学校の運営方法を変えるだけでそんなことできるもんかね?」
時村はそう言いながら、干してあった人形のパーツと思われる部品を手に取る。
彼自身、きっとそういう事柄には興味ないのだろう。
それでも話題を作ったのは、それがこの部活の一応の目的の為だったからだ。
「まぁそれぞれの価値観の問題だから難しいだろうな」
もちろん、俺自身もあまり興味がある話題ではない。
これは実のない会話だ。
それでも、彼女にはきっと必要な事なのだろう。
「……何の、話ですか?」
これはそんな彼女の返答である。
「何って、放送だよ。
聞いてなかったの?」
「聞いて、ませんでした。
興味なかったので。……はい」
お前、あの音量で流れはじめた放送を聞いてなかったのか。
俺がそう思いながら流し目で彼女を見ると、時村は小さな声で呟いた。
「お前ら浮世離れし過ぎだろ」
時村といい秦野といい。
全く持って確かにその通りだと、俺は心の中で同意する。
……ん?
お前、『
***
部活が終わり、俺は部室の戸締りを確認する。
これは俺の仕事と決まっているわけではなく当番制だ。
今日は偶々俺が最後に戸締りを確認する日だった。
部室内に既に部員は居ない。
時村たちは既に帰宅している。
俺達部活メンバーが帰りに何処かに寄って帰るという交流は、今のところない。
互いに深く交流しようという考えが、部員全員に無いのだ。
なので、俺以外の部員が戸締りの当番のときは、その当番を残して先に帰っている。
俺はそれに対して何も思わない。
薄情だとか、寂しいとか。
そういう風に繋がる価値観を、俺は持ち合わせていない。
ただ、時々面倒だなと、思うときはある。
戸締りとはまた別の話で、こういう時、あの二人はよく俺を迎えに来る。
「よかった。ツクヨミさん。
ちゃんと待っていてくれたんですね」
そう語る深雪の意図を、俺は全く察していない。
実は今日、司波兄妹はそれぞれの活動が特になく。
それでも、俺と一緒に帰るために。
部活が終わった後、迎えに行くから部室で待っててくれというメールを送っていたのだそうだ。
もちろん俺はそのメールに気がついていなかったのだが。
後が面倒なので、俺がそれを彼女に語ることはなかった。
誤字報告ありがとうございます。
深雪「放送に気を取られていたら隣人が消えていた」