ツクヨミさんの事をどう思っているか。
そう質問したのは、ツクヨミさんの妹の文香ちゃんだった。
彼女の年齢から考えて、色恋沙汰に興味を持った故の質問だったのだろう。
しかし、彼女は周りにそういった話をする相手が居なかったためか、恥ずかしがって一つの条件を付け足した。
それは、出来るだけ詩的な表現で、という物だった。
私はツクヨミさんの事を好意的に思っている。
だけど、私は彼と違って、それを素直に語れるような人間ではなかった。
その上で、詩的な表現で彼のイメージを伝えるという事が中々に難しく。
悩んだ末の答えは『歪な木の木陰のような人』というものだった。
それを聞いた文香ちゃんとお兄様は苦笑いをしていて。
その表情を見た私は咄嗟に訂正しようとしたけど、時すでに遅しという状態だった。
ツクヨミさんが居ない間に問いかけられた質問だったので、彼が聞いていなかったことは、不幸中の幸いだったのだろう。
私は後になって思い返す。
あの時の私が答えた彼のイメージは、かなり的を射た表現だったのではないだろうかと。
きっと、木が原因だったのだと。
***
壬生先輩を始めとした生徒達が放送室を占拠した、二日後の放課後の始まり。
この日、生徒会と学内の差別撤廃を掲げえる有志同盟者達による討論会が行われる。
一日の授業が終わり、生徒会の一員として講堂に向かう前に、私は隣の席に座るツクヨミさんに問いかけた。
「ツクヨミさん。本日は確か部活動の日でしたよね?」
私がそれを確認したのは、私達が高校に入学してからの、一種の日課のような物だった。
近づきたいわけではないけど、離れたいわけではない。
そんな複雑な感情から、私は殆ど毎日のように、ツクヨミさんの予定を確認していた。
さて、今日ツクヨミさんにそのことを聞いたのは、実はもう一つ別の理由があった。
討論会に於いて、同盟者達の背景には、反魔法活動を行っている政治結社『ブランシュ』の存在がある。
『ブランシュ』は魔法の社会的差別の撤廃を掲げており。
内容としては、魔法師たちの所得水準が高い事を非難している。
市民運動と自称はしているけど、その実態は過激活動を厭わないテロリストだ。
そんな団体が背後で操っている同盟者達との討論会。
何事もなければいいと思う事は本心だけど、何も起きないとは思えなかった。
だからこそ、私はツクヨミさんに問いかける。
もし仮に、この後の討論会で何かしらの事件が起きるとするのなら、きっと彼はそれを知っている。
それをツクヨミさんが面倒だと思ったのなら、きっと今日は部活動に参加せずそのまま帰宅するのだろう。
何も無いのであれば、きっと彼の一日は変わらない。
そんな花占いにも似た思惑を込めた問いに対する彼の答えは。
「そうだけど、今日は図書館に用がある」
というものだった。
「図書館、ですか?」
「あぁ、調べ物みたいなものだよ」
そう語る彼の目はいつもと少し違っていた。
いつものツクヨミさんは、目と目が合い、焦点も定まっているのに、何処か別の物を見ているような目をしている。
それはまるで、彼が別の次元で、或いは別の世界で生きているような錯覚をさせていた。
しかし、今のツクヨミさんの目は、私達と同じ場所に立っていて、それこそ『今』を見ているような目をしていた。
そして、その姿は二年前の沖縄の事件。
シェルターの中で、ツクヨミさんが醸し出した違和感を彷彿とさせた。
「どうかしたか?」
嫌な予感がした。
一瞬思考が停止するほど。
「いえ、何でもないですよ」
それでも私はそう答えた。
何事もなかったかのように。
察してしまった事を覚られないように。
私達は一緒に教室を出る。
お互い向かう場所は違うけど、すべての道中が別々という訳ではない。
そして案の定、ツクヨミさんは私が気がつかないうちに消えていた。
いつもの事に呆れていたけど、何となく、私は安心していた。
彼の日常に関すること以外の行動は、意味不明な物が多いが、きっと無意味な事はない。
ツクヨミさんは、私に何も言わなかった。
それはきっと、言う必要が無かったから。
だからきっと大丈夫。
そう思えるぐらいには、私は彼の事を信用していた。
***
私は認識を改めるべきかもしれない。
討論会は、七草会長の演説により満場の拍手で閉められようとしたそのとき。
突如の轟音、それを合図に講堂の窓が破りながら榴弾が飛び込み。
同時に防毒マスクを被った闖入者達が、その一つ一つの奇襲全てが無為に収束したあと。私はそんなことを考えていた。
何かは起こるのだろうとは思っていたけど、何とかなるとわかっていたためか、私にはこの内容が予想以上に過激に思えた。
「大丈夫か? 深雪」
憂いていた表情をお兄様に見つかったことを恥じた私は、気を持ち直す。
「問題ありません、お兄様」
私の安否を確認したお兄様は、何かを察したのか、慰めるように私の軽く頭をなでる。
そして、渡辺先輩に実技棟の確認しに行くと語り。
私は当然、お兄様について行くことにした。
***
実技棟に向かう道中。
私とお兄様は、彼女に出会った。
「止まって。
……貴方達は、どちら側?」
そう語った彼女は制止を促すように掌を私達に向け、周囲には白く輝く謎の球体を浮かべていた。
彼女から数メートル離れた場所には、電気工事の作業員のような恰好をした襲撃者たちが倒れている。
彼女は、ツクヨミさんの部活の同輩であり、会長の身内だという生徒。
『秦野 絃音』さんだった。
彼女と会うのは初めてではない。
私とお兄様が、初めてツクヨミさんの部室に足を踏み入れた時に、既に会話を交わしていた。
対人恐怖症であり、特に男性が苦手だと予め聞いていた私達は、そのときは簡単な自己紹介で済ませている。
だけど、初めて会った時の彼女と今の彼女は、纏っている雰囲気をガラリと変えている。
その姿は、『私』に関わる理由が出来たときのお兄様と、何処か重なって見えた。
それこそ、人を殺めることに戸惑わず、殺めた後に罪悪感を見せないような。
お兄様もそれを感じ取ったのか、私を庇うように前に立ち、彼女に語り掛ける。
「風紀委員の司波達也だ。テロリストの襲撃による状況把握の為、今は実技棟に向かっているところだ」
「……そう。
いえ、そうね。そうだったわ……」
それで彼女は私達の事を思い出したのか、警戒を解き伸ばしていた手を下ろす。
同時に、彼女の周りに浮いていた謎の球体も消滅した。
「ごめんなさい。
その……今さっき、他の生徒に襲われたところだったから。
あっ、いや、大丈夫。ちゃんと生きてる」
そういうと彼女は、対人恐怖症であることは変わらないためか、怯えるように右手を胸に当て、左手でスカートを握りしめる。
「実技棟は、よく見てない。
ごめんなさい。
その、……真由美さんは今、何処にいるの?」
「……会長なら、まだ講堂にいるはずだ」
「そう。……ありがとう」
会長の所在地を聞いた秦野さんは、小さく頷くと、チラチラと私達を見ながら感謝を述べた。
それはきっと目を合わせようとした誠意を表す、精一杯の行為だったのだろう。
それから一度大きく頭を下げて、私達の横をすり抜けて走り出す。
「ちょっと! 秦野さーん、ストーップ!!」
遠くで彼女に制止を促す声が聞こえたにも関わらず、まるで風になったかのような速度で、彼女は講堂に向かっていった。
そして、彼女に制止を促し、後を追ってきた男子生徒『時村 一重』君は私達の前で立ち止まる。
「はぁ、はぁ……えっとこんにちは。ってそんな場合じゃないか。
彼女、秦野が何処に向かったかわかる?」
私とお兄様は互いに顔を見合わせたあと、彼女が講堂に向かった事を伝える。
「講堂? ……そういえば『なんちゃら会』があるみたいな話があったな。
ていうか何が起きてるの?
実技棟の方で爆発音がしたと思ったら、外に変な格好した奴らはいるし。
それ見た秦野は部室の窓から飛び出すし」
どうやら彼は、何が起きているか理解もしないまま、飛び出した秦野さんを追ってきたらしい。
ところで、秦野さんは部室の窓から飛び出したと言っていたが、文芸部の部室は四階ではなかっただろうか?
「テロリストが学校に侵入した。
今俺達は実技棟の様子を見に行くところだ」
「はぁ? テロ? 物騒過ぎるだろ。
……っと、悪い、急ぎだよな。
僕は秦野を追わねぇと。
んじゃ! 気ぃ付けてな」
そう叫びながら、時村君は秦野さんを追って走り出した。
ツクヨミさんを迎えに部室に入ったとき、時村君が人形のパーツを作っている姿を何度か見たことがあった。
文芸部の中で人形制作に没頭する彼の姿は、部員の中でもかなり異質ではあったけど。
もしかしたら、文芸部の中で一番まともなのは彼なのかもしれない。
***
実技棟の下でエリカたちと合流した私達は、互いに情報を交換し合う。
轟音の正体はテロリストが放った小型化された炸裂焼夷弾の爆発音だったらしい。
校舎の壁面は今も僅かに燃えているが、消火までは時間の問題だろう。
事務室の方にも襲撃はあったらしいが、そちらも既に鎮圧済みだそうだ。
それらの情報を聞いたお兄様は、何か疑問を感じたらしく考え始めた。
「お兄様?」
「……何故実技棟が狙われたんだ? 事務室はともかく、実技棟にはそこまでの価値は無い。
破壊されれば授業に支障が出るだろうがそれだけだ。戦力を分散させる程の価値は無いはずだ」
独り言のような呟きを聞きながら私も考える。
というより、実はお兄様の推察で、私は大体の事情は予想出来てしまっていた。
――そうだけど、今日は図書館に用がある。
「……陽動か! だとしたら目的は、破壊されれば再調達の難しい重要な装置が置かれている実験棟。
もしくはこの学校で貴重な資料を閲覧できる図書館!」
お兄様の推理を聞いた私は、思わずため息を吐いてしまう。
気が抜けるようなその姿を見られることは恥じるべきなのでしょうけど、それでも私はそうせずにはいられなかった。
「……深雪?」
「お兄様…ツクヨミさんは今日は用事があるとかで図書館に向かうと言っていました。 」
一瞬、お兄様の思考が止まったのが目に見えた。
そして、顔に手を当て、私と同じように、しかし私よりも大きくため息を吐く。
「えっ、なに? もしかしてツクヨミくん、テロリストが来ることをわかってて図書館に向かったってこと!?」
エリカ、あなた何時からその渾名で呼ぶように……。
「まぁ、そうだろうな。
しかし、それはそれとして、問題はこれからどうするかだ」
「そうだな。月山がいるとは言っても、流石に集団から防衛するのはきついだろうし。
かといって、実験棟の方を無視していくわけにもいかないからな」
「……いや、レオ。
ツクヨミが防衛をしているなら、図書館は放置で問題ない」
「ん? どういうことだ?」
お兄様はそういうと、真剣な顔つきで説明した。
「ツクヨミは、『はい』と『いいえ』の二択を迫られて、誰もが『はい』を選択するだろうと予測したら『NO』か『それ以外』を選ぶ奴だ。
図書館で防衛をしていると思っているならその可能性は捨てた方が良いだろう」
誰もが怪訝な顔をし、図書館に対する不安感を積もらせる。
そして、さらにそれを後押しする情報がもたらされた。
「……彼等の狙いは図書館よ」
魔法科高校に在籍しているカウンセラー『
***
二階にある特別閲覧室の前に続く通路で、私とお兄様は立ち止まった。
図書館の前で西城君が、図書館一階でエリカが。
テロリストと、テロリストと共に行動していた当校の生徒達と戦っている。
お兄様曰く、特別閲覧室の扉を防ぐように、ツクヨミさんは椅子(生徒会室の)に座っているらしく。
そして向かい合うように、一人の女子生徒が同じく椅子(生徒会室の)に座っているらしい。
その女子生徒は、同盟の中核に近い位置にいて、放送室の占拠の際にもメンバーの一人として参加しており。
そして、お兄様に何らかの思惑を持って接触を行い。
一科生に対し、かなりの憎悪を抱いた女子生徒『壬生 沙耶香』先輩だった。
ツクヨミさん達の周り、及び特別閲覧室の中には、テロリストの姿は無いらしい。
これだけの人員を動かしながらたった一人の生徒に貴重な文献を盗りに行かせるとは思えない。
おそらく、ツクヨミさんが空間置換で他のテロリストを何処か別の場所に移動させたのだろう。
私達が直ぐに踏み込まなかったのは、ツクヨミさんの目的を探るためだった。
ここまでの流れからして、ツクヨミさんが壬生先輩と偶然遭遇したとは考えられない。
これは明らかに何らかの目的を持ったうえでの行動だ。
ツクヨミさんが壬生先輩と交流を持ったという話は聞いたことが無い。
お兄様は、壬生先輩とカフェで話し合いをしたとき、近くにツクヨミさんが居たらしく。
もしかしたらそのとき、壬生先輩に何らかの興味を持ったのかもしれないと言っていた。
しかし、お兄様がそのときの会話を思い返してみてもそれ以上の心当たりはないそうだ
だから私達は通路の影に隠れて、二人の会話に聞き耳をたてる。
あまり大きな声で会話をしていたわけではなかったけど、何となく壬生先輩の声を聞き取ることが出来た。
ツクヨミさん、あなたは一体、何を考えているのですか?
「マシュマロを、焼くの?」
「ええ、焼き方にもよりますけど、クリームブリュレみたいになって中身がドロッとするのですが。
結構美味しいですよ」
力が抜けて私は座り込んでしまう。
その時に発生した音が原因で、ツクヨミさんが何の話をしていたのか聞くことが出来なくなってしまった。
誤字報告ありがとうございます。
司波 深雪視点でした。
前後編ですが、たぶん三話ぐらい深雪視点です。
主人公の渾名ですが投降後読み直してる時に気がついたので修正してます。
感想は読んでます。
ただ、私の語彙が少ないので。
「頑張ってください」
に対して、
「ありがとうございます。頑張ります」
位しか書けないのに気がついて。
その後、主人公等の推察とかに対して、返答するのは控えた方が私が面白いなと思えたので。
申し訳ありませんが、返答は勝手ながらやめさせていただきました。