いつだったか簡単に『未来予測』がどういう能力なのかという説明をしたが、今回はもう少し詳しく説明する。
まず能力を発動したとき、知ろうと思った目的の時間まで、現実に流れている時間のだいたい十倍ぐらいの速度で演算処理をするという工程が必要になる。
つまりどういうことかというと、十秒先の未来を見るのに一秒かかるという事だ。
また、一度目的の
そんなことができるなら常に十秒後、あるいは一日先の未来を見て行動していればいいのでは?
と、思われるかもしれないが、そういうわけにはいかない理由が二つある。
まず一つ目に演算処理という工程自体に負荷がある。
具体的には脳に心臓を埋め込まれて心臓が膨らむたびに、頭蓋骨と脳の回路が軋み弾けるようなそんな感じの痛みだ。
一日先を見ようものなら気が狂いそうになるので見ようとしても一時間先までだ。
あんな目に遭うのは好奇心でやった一度で十分である。
等倍の速度でならば負荷が多少軽いので長く処理を維持できるが、それでもできる事ならあまりやりたくない。
そして二つ目、処理中に変えた未来は処理結果に反映されないということだ。
例を挙げよう。
左右二手に分かれた道で未来予測を使ったとする。
予測した未来では右に曲がったので、実際にはそれとは反対の左に曲がって進む。
実際に起きた未来は左に曲がったが、処理を維持して見ている未来予測内では処理内容が更新されず、そのまま右に曲がって進み続けた未来を予測し続ける。
これだけなら常に数秒先を見て行動して、いざ危険な目に遭うときに未来を変えるという使い方も考えられるが、上手くそうもいかない。
未来予知では、予知した未来にたどり着くまでの間に俺の行動する内容の中で未来予測を使用するという事が前提として含まれる場合がある。
それに対して未来予測は未来予測を使ったという前提が処理に含まれない。
未来を予測しようと立ち止まり、演算処理が始まったので行動を再開するという場合。
立ち止まったというタイムラグが演算に含まれないのだ。
そのバタフライエフェクトがどのように影響するかはわからない。
それは好転するかもしれないし、悪化するかもしれない。
つまり未来予測は、ある意味では使った時点で未来が変わってしまう能力と言える。
***
俺は予知した未来がいつ起きるのかを探るため『未来予測』を使う。
幸か不幸か予知していた事件が起きるのは、十分と経たない未来の出来事だった。
というか撃たれた理由は、何もせずとも何とかなったであろう状況で司波妹が無暗に抵抗した事が原因だったらしい。
これならば未来を変えるのはそれ程難しい事ではないかもしれない。
何故なら司波妹を庇う振りでもして抵抗しないように見張っていればいいだけなのだからだ。
そんなことを考えているとドタドタとこの部屋に誰かが近づく足音が聞こえ、その足音は扉の前で止まった。
司波家のお手伝いさんは魔法師だったらしい。
司波親子を守るように立ち、扉の向こうにいると思われる人物達を警戒して、ブレスレットのようなものに
「失礼します! 空挺第二中隊の金城一等兵であります!」
ネタバレして悪いが、これから入ってくる人達が敵である。
開かれた扉の向こうにいる四人の軍人達の佇まいが怪しくみえているのは俺だけだろうか。
彼らの説明を聞くと、シェルターにいる人々をより安全な地下シェルターに案内する、という名目で来たらしい。
未来予測を使って既に見た光景ならだいたい内容は知っているだろうと思われるかもしれないが、実は演算処理の速度を上げていると、予測結果で分かる未来の音声もその速度で流れるのでうまく聞き取れないのだ。
ちなみに俺は聖徳太子のような耳も持っていないので状況によっては等倍で分かる音声も聞き流している。
閑話休題
彼らが怪しく見えているは俺だけかと思っていたが、どうやら司波兄妹の母親も怪しいと思っていたらしい。
息子がいないのでここで待つと言って彼らの申し出を断っている。
良い勘してるな。
と、思っていると何故か司波妹が首を傾げながら俺を見ていた。
その表情は彼女の頭の上に疑問符が浮いているのを幻視してしまうような表情だった。
何か俺に違和感でも感じたのだろうか? 特に不審なところはないと思うが。
「ディック!」
そう言って呼び掛けてきた声の主に対して一人の敵兵が銃を発砲した。
そしてワンテンポを置いて頭の中で酷い騒音が鳴り響く。
未来予測では怪我をしたという予測はできてもその痛みは実感できない。
まともに動けない目に遭う事は判っていたが、ここまでとは思わなかった。
銃撃戦の合間に最初に発砲した敵兵と呼び掛けてきた軍人の人が何かを話していた。
お互い必死なのは見れば分かるが、俺としてはどうでもいいので早くこの騒音を止めてほしい。
軍人の人の説得によるものなのか騒音が弱まる。
これで少しは楽になると思っていると、誰かが魔法を発動した。
その結果、敵兵四人の内の一人が、まるで石にでもなったかのように動かなくなってしまった。
この現象を起こした人物を、俺は知っていた。
さっきまで俺は、これが起きることを止めようと思っていたのに。
騒音があまりに酷過ぎてそれどころではなかったのだ。
魔法を使ったのはもちろん司波妹。
気づいた時には、敵兵の持つ銃の照準が司波妹とその母親、そして司波家のお手伝いさんを捉えていた。