魔法科高校の変人(仮)   作:クロイナニカ

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しば みゆき してん


39 歪な木の木陰 後編

 時間は少しだけ進み。

 私達は今、エリカによって逃走を阻まれ、右腕を負傷した壬生先輩と共に保健室にいた。

 

 お兄様が治療の為に校医に壬生先輩を任せようと簡単に壬生先輩の容態を伝えている間。

 私は何故か先に保健室に来ていた服部副会長と、現状について情報交換をしていた。

 

 既にテロリストによる襲撃は鎮圧されているらしく。

 彼等を手引し、そしてこっそりと逃亡しようとしていた剣道部の主将。

 政治結社『ブランシュ』のリーダーの義弟でもある(つかさ) (きのえ)先輩の身柄も確保してるらしい。

 

 そして今は、被害状況の確認等の事後処理の最中なのだそうだ。

 

「ちょっといいですか?」

「どうかしたか? 月山」

 

 一通り会話を終えたのを見計らっていたツクヨミさんは、服部副会長に話しかけると、保健室に並べられたベッドの一つに指をさす。

 

「彼女、どうしたんです?」

 

 私は保健室に行くことがあまり無いので、普段の状況は詳しくない。

 それに今は状況が状況なので、最初私はベッドに生徒が居る事について、何の疑問もわかなかった。

 

 だけど、そこに寝ていたのが文芸部員の秦野さんだと気がついて、私は心臓が凍るような感覚に襲われる。

 

 想像したのだ、秦野さんが私達と別れた後、テロリスト達に襲われたのではないかと。

 そして考えてしまう。

 その可能性を考慮しなかったことに対する責任。

 彼女がベッドに倒れているのは、自分たちのせいなのではないかと……。

 

 

「あぁ、彼女か……

 確か月山は彼女と同じ部活に所属していたな。

 なら何となく想像できると思うが、俺が不用意に近づいて気絶させてしまって。

 それで俺が責任をもってここまで運んで来たんだ」

 

 そう語ると、服部副会長は、遠い目をしながら自傷気味に笑った。

 

「今回で四回目なんだ」

 

 しかも会長の目の前で、という彼の思いが、何処かからか聞こえた気がした。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして。

 

 保健室にて、壬生先輩の事情聴取が行われることになった。

 本来であれば、右腕を骨折しているので治療の為に後日、保健室ではなく別の部屋で。

 少なくとも、そういった聴取は日をまたいでから行われる筈だった。

 

 だけど壬生先輩が、今直ぐに全てを話したいと強く希望したため、急遽この場で事情聴取が行われることになったのだ。

 

 集まったのは生徒首脳陣である生徒会会長、風紀委員長、部活連会頭。

 つまりは、七草会長と渡辺先輩。

 

 そして十師族の一つであり十の数字を苗字に持つ家。

 部活連会頭である、十文字(じゅうもんじ) 克人(かつと)先輩の三人だ。

 

 より正確には、この場にはあとお兄様とツクヨミさん。

 それからエリカと西城君の二人も同席している。

 

 服部副会長は他にやることがあるらしく、七草会長達が来る前に保健室から退出していた。

 

 そしてこれは後に聞いた話だけれど。

 秦野さんを追っていた時村君は、体育館で七草会長達と出会った後に。

 

「なんか、もう、色々疲れたんで、帰ります」

 

 と言ってすで帰宅していたそうだ。

 また、秦野さんが倒したと思われるテロリスト達は、ハッキング用の端末や記録媒体を持ち込んでいたらしい。

 彼等が倒された周辺にはそれが必要になる物、或いは重要視されるような物が設置された施設はなかった。

 なのでもしかしたら、図書館にて、ツクヨミさんがどこかに飛ばしたテロリスト達は、彼等だったのかもしれない。

 

 閑話休題。

 

 壬生先輩の話は、彼女が入学してすぐ、剣道部の司先輩に声を掛けられたことから始まった。

 そして、彼女は語る。

 

 壬生先輩が、渡辺先輩に練習試合を申し込んだが、酷い断られ方をされたこと。

 司先輩の同調者はその頃から剣道部には数多くいたこと。

 さらに、それは部という枠を超え、魔法の自主訓練サークルを装った思想教育が行われたこと。

 

 有志同盟者が全て、という訳ではない。

 しかし、それでも今回の事件に関わる多くの生徒達。

 彼等彼女等が、かなりの時間をかけ、それらが水面下にて周到に行われていた。

 その事実は、『ブランシュ』の存在を既に知っていた七草会長達にも驚愕を与えた。

 

 その中でも、名前があがった渡辺先輩は最も驚いたと同時に、ひどく困惑していた。

 何故なら渡辺先輩には、『練習試合を申し込んだが、酷い断られ方をされた』という出来事に、心当たりがなかったからだ。

 

 否。

 

 正確には練習試合を申し込まれたことについては、渡辺先輩にも思い当たる出来事はあった。

 その時、断った事も事実だった。

 心当たりがなかったのは、断り方であり。

 文字通り、その時の心境だった。

 

 壬生先輩の視点では、渡辺先輩は、『お前では私の相手にならないから無駄だ』と言われている。

 しかし、渡辺先輩の視点では、『私の力量ではお前の相手にはなれないから無駄だ』と答えたのだそうだ。

 

 剣術と剣道の主な違いは、魔法を使うか、使わないか。

 一科生でも上位にいる渡辺先輩は、剣術であれば、壬生先輩に勝つことが出来る。

 ただし、負ける可能性はある。

 純粋な剣術、剣道であれば、壬生先輩に渡辺先輩は勝つことが出来ないからだそうだ。

 

 そして、その時の記憶は、渡辺先輩の方が正しかった。

 

 渡辺先輩の言い分は、ほんの少し言い方を変えてしまえば(・・・・・・・・・・・・・・・・)、誤った伝わり方をする内容だった。

 だけど、その時の話を聞いた壬生先輩は、たしかに聞いた、確かに言われたのだと。

 何故今までわからなかったのかと、顔を青白くさせながら、その事実を認める。

 

「じゃあ……、あたしの誤解……だったんですか……?」

 

 壬生先輩は、顔を伏せ、涙を落とす。

 始まりは彼女の誤解だった。

 それは事実で、彼女もそれを認めた。

 だけど私達は、彼女に何も言えなかった。

 

 私達は彼女の話を聞いている。

 だからこそ知っている。

 壬生先輩が、その誤解から始まった思いを胸に、どれ程の時間を費やしたのか。

 

「逆恨みで、一年も無駄にして……」

 

 その言葉を聞かずとも、その思いを容易に想像できてしまったからだ。

 だけど、ただ一人。

 

「無駄ではないと、思います」

 

 お兄様だけは、それを否定した。

 そして、お兄様は語る。

 エリカが、壬生先輩の剣技を見て、中学時代に大会で準優勝したときの剣技とは別人のように強くなっていたと話していたことを。

 確かに、切っ掛けは哀しいものだったかもしれない。

 だけど、その思いを胸に留まることなく、自分の力を磨き上げた一年は無駄になっていない。

 もし、それが無駄になるのだとしたら、それは磨き上げた一年を否定した時なのだと。

 

 その言葉を聞いた壬生先輩は、救われたように、ほんの少し笑みを浮かべる。

 そして、お兄様に近くに来るように頼むと、許可を得て、胸に縋り付いて、大声で泣き始めた。

 

 私は、自分の兄を見て。

 その行動を見て。

 この人が私の兄だと知ってもらえて。

 私は、お兄様を誇らしく思った。

 

 そして同時に。例え今、救われたのだとしても、こんな目に遭わされた壬生先輩を見て義憤を抱く。

 

 だからこそ、壬生先輩がある程度落ち着きを取り戻してから、私は問いかける。

 

「ツクヨミさん」

「……なに?」

 

 きっと、事のあらましを知っているであろう隣人に。

 

「壬生先輩は、何をされたんですか?」

 

 その場にいる皆が私とツクヨミさんに目を向け、問いかけられたツクヨミさんはほんの少し私を見つめる。

 今の話の中では、壬生先輩の誤解から始まったようにしか、きっと聞こえなかっただろう。

 

『ルーチン』

 あの時、ツクヨミさんが図書館の廊下で放った言葉。

 あの時の壬生先輩の行動は、殆ど諦めていた状態だったにも関わらず。

 まるで、何度も練習した行動が無意識に、癖のように出てきてしまったように見えた。

 もし、あの一連の動きが植え付けられた(・・・・・・・)ものだとしたら。

 そんなことが出来たとしたら、彼女にされたことが、それだけだとは思えなかった。

 

「今聞いても無駄だと思うけどねぇ……」

 

 決して小さくない言葉。

 独り言より少し大きな声。

 きっと私に言った言葉は、静かになった保健室の中ではその場の皆に聞こえていた。

 

「そうだな……。じゃあまず『シャンデリア』って十回言ってみてくれ」

 

 何の前触れもなく、彼は私にそう言った。

 

「……何故ですか?」

「まぁいいから」

 

 そう言われ、私は嫌だという感情を隠さず仕方なく『シャンデリア』と十回唱える。

 静かな保健室で響く私の声は先程の空気を隠すように、塗り潰すように響いた。

 そして、十回唱えた後、彼は私に問いかける。

 

「童話で毒リンゴを食べた姫の名前は何でしょう?」

「……シンデレラ?」

「残念、白雪姫だ」

 

 保健室の気温が下がり、窓には霜が付き始める。

 

「落ち着け、深雪」

「大丈夫ですよ、お兄様」

 

 その状況下で、ツクヨミさんは語り始めた。

 

「これは所謂『10回クイズ』の一つだ。

 同じ言葉を十回言ってもらった後にクイズを出す。

 正解の言葉は全く違う、或いは一文字違いだけど、最初に言った言葉のせいで思考が誘導されて誤答してしまうっていうものだ」

 

「……それで?」

 

「まぁ、落ち着け。

 一年前の話……だったか?

 風紀委員長が先輩に言った言葉は、ほんの少し言い方を変えてしまえば(・・・・・・・・・・・・・・・・)、大きく意味を変えていただろ?

 いや、実際に、変わっていた」

 

 窓の霜が溶け、露に変わる。

 彼の言わんとすることが何となく理解できた。

 そして少しずつ、恐怖のような物が、悪寒が走った。

 

「たった十回、同じ言葉を言わせただけで、思考回路や記憶を変えたんだ。

 魔法も使わずに。

 なら、魔法を使えば、どこまで人の思考や記憶を変えられると思う?」

 

 その場で、彼の言葉を聞いた誰もが、顔を強張らせる。

 誰もが理解した。

 壬生先輩が、思い出を歪められ、積もる事のなかった恨みを抱いて。

 

 行動させられていた、ということを。

 

 当然、私も理解する。

 否、本当は、心のどこかでは既に判っていた事だった。

 だからこそ、今の私は冷静だった。

 

「ツクヨミ、俺からも一ついいか?」

「本当に一つか?」

「まぁ、取りあえず、だ」

 

 お兄様は。

 お兄様とツクヨミさんは、まるで何を語るのか決めていたかのように、問いかけて、そして答える。

 

「どうしてそれが、『今聞いても無駄』なんだ?」

 

 ツクヨミさんは、掌を上に向け、人差し指をお兄様に向けた。

 

「どうせ後で聞きに行くんだろう?」

 

 

***

 

 

 保健室でその後にあった出来事は、少し割愛する。

 と言っても起きた出来事は、お兄様がテロリスト達の潜伏場所をツクヨミさんに聞いたら。

 

「あっち」

 

 と言って壁を指さし、周囲を困惑させたくらいだろう。

 ちなみに潜伏場所は、最終的にお兄様が、気配を消して扉越しに隠れていた小野先生を引っ張り出して教えてもらった。

 

 さて、現在、私達はテロリストの潜伏場所、もといブランシュの潜伏場所へと、十文字先輩が用意した大型車に乗って向かっている。

 その場所は、環境テロリストが隠れ蓑にしていることが発覚し、そのテロリスト達からも放棄された廃工場だった。

 

 車の乗客は六人。

 車を用意した十文字先輩。

 私とお兄様。

 エリカと西城君。

 

 そしてツクヨミさん。ではなく、そこには別の人。

 保健室の事情聴取に参加していた人でもなく。

 道案内の為に、或いは教員として、小野先生が来ていたわけでもなく。

 

 そこに座っていたのは、部活動勧誘期間のおり。

 剣道部である壬生先輩と騒動を起こした剣術部の生徒。

 そして、お兄様が風紀委員となって、大きく注目を集める切っ掛けとなった事件を起こした人物。

 

 桐原(きりはら) 武明(たけあき)先輩だった。

 

 具体的に何故彼がここにいるのかは知らない。

 十文字先輩が車を用意する間に説得してついてくる事になったのだろう。

 

 ただ、件の事件で、彼の口述書の内容は、『壬生先輩が変えられていた事を察し、それに対する個人的な怒り』というものだった。

 もし彼が口述書の通りの想いを抱いて、この事件の事を知ったのだとしたら。

 

 なるほど、彼が付いてくることも納得できる。

 という物だった。

 

 ちなみにツクヨミさんは、先に家に帰っている訳ではなく。先に潜伏場所へと向かっている。

 本人曰く。

 

「あぁ、じゃあ先に行って門を開けとくよ」

 

 だそうだ。

 その時は私とお兄様は、まぁツクヨミさんなら一人でも大丈夫だから問題ないだろうと思っていたけれど。

 よく考えたら、彼が潜伏場所の門が今なお閉まっている事を知っていることに何か一言いった方が良かったかもしれない。

 

 ちなみに、生徒会長達には了承を得らずに先行したため、後で説教を貰う事が確定している。

 

 公道は当然整備されていたが、廃工場へと続く道は利用する人が表向きでないせいか、酷い悪路へと変わっていた。

 そして廃工場が見えて、いざ門を通るという所で、車は一度停止する。

 急停止ではないので、この時点でテロリスト達が防衛のため襲撃に来た、という訳ではないらしい。

 お兄様は、運転席に向けて頭を出し、運転手である十文字先輩に問いかけた。

 

「どうしたんですか?」

「……門が閉まっている」

 

 普通に考えれば、門が閉まっていることは当たり前かもしれないが。

 しかし、今はツクヨミさんが先行して門を開けておいてあるという話だった。

 

 にも拘らず、未だ門が閉まっている。

 なので、何かあったのかもしれないと、十文字先輩は警戒して一度車を止めたのだ。

 

 私もシートの隙間から進行方向を覗き込む。

 廃工場の門は確かに、十文字先輩の言う通り閉まっていた。

 

 ツクヨミさんは何処に行ったのだろう?

 まさか場所を間違えたのではないだろうか。

 

「……あぁ、いました」

 

 目を凝らし、私は何とか彼を見つけ出す。

 不思議だ、門の横の銘板の前に堂々と立っているのにも関わらず、一瞬気がつかなかった。

 よく見れば、お兄様がツクヨミさんに差し上げた合成樹脂で刀身が造られた刀型のCADを抱えている。

 そして彼はこちらに気がついた様子はなく、視線は空に向かっていた。

 

「えっ、どこどこ?

 ……あっ、いた! すごいわね、背景と同化してる。

 迷彩でも着てるのかしら?」

 

 私と同じように覗いていたエリカも見つけたらしい。

 ちなみにツクヨミさんが今着ているのは一高の制服だ。

 

「さて、ツクヨミがこちらに気がついてないようだが……。

 どうするか……」

 

 お兄様呟くように言った。

 しかし語り終わるとほぼ同時に、ツクヨミさんがこちらに気がつく。

 そして軽く手を振ったのち、門を蹴り飛ばした。

 

 廃工場の門は、横に引いて開くタイプの鉄格子だ。

 本来であれば、彼のやり方では門が開くことは無い。

 しかし彼は、どうやら私達が来る前に、門が想定外の動きをしないよう設計された部分を切断していたらしく。

 

 蹴られた門は、重力加速度に沿って、大きな音を立てて倒された。

 

 

***

 

 

 私とお兄様、そしてツクヨミさんの三人で正面から廃工場に踏み込む。

 全員で、ではなく三人である理由は、そもそも潜伏場所に乗り込むことを言い出したお兄様が考えた作戦であり。

 私達が正面から乗り込む理由は、ツクヨミさんの報告を聞いたからだった。

 

「工場の中では逃げようとしてる人もいるみたいだけど、まだ誰も外には出てないよ。

 待ち人がいるようだね」

 

 そう言うツクヨミさんの視線は、お兄様をとらえて離さない。

 それだけで『待ち人』が誰なのかが判ってしまった。

 

 十文字先輩と桐原先輩は裏から周って、テロリストを挟み撃ちに。

 逃げようとする人がいるという事で、その人物達の始末、そして退路を確保するためにエリカと西城君は車の近くで待機することになった。

 

 今回の事件の黒幕との遭遇は、侵入してから数分と経たない中での出来事だった。

 

 その場所が何の為の場所なのかは分からないけれど、私はホール状のフロアにて整列する彼等を見て。

 待ち人であるお兄様が正面から入ってくると知って、数分でこの舞台にわざわざ整列したのだと考えると。

 彼等の姿が、なんとも滑稽に思えた。

 

「ようこそ! 初めまして、司波 達也君。

 そちらのお二人は、妹の司波 深雪君と。

 ……ふむ、そのお友達と言ったところかな?」

 

 芝居がかった歓迎をするよくある伊達眼鏡を掛けた男に対して、お前がリーダーなのかとお兄様は問いかける。

 その質問に対し、その大物ぶった男性、ブランシュ日本支部のリーダー(つかさ)(はじめ)は肯定した。

 

 お兄様は、ホルスターからCADを抜き出すと、その場にいる全員に投降するように促す。

 もちろんそれは形式上の物だ。

 

 投降するとは思っていない。

 何故なら状況だけ見れば、俄然、テロリスト側ほうが有利だったからだ。

 

 現代魔法は技術の進歩によって、発動できる速度は五〇〇ミリ秒を切ることもできるようになった。

 しかしそれでも、銃器を持った人を目の前に勝てるような人はそれほど多くは無い。

 一対一での場合でも勝てるかどうかわからない状況なのに、今私達の前には二十人以上の銃器を持った敵がいたからだ。

 

 そして、司 一は、お兄様を勧誘する。

 仲間になれ、と。

 

 彼等がお兄様を待っていた理由。

 彼等がお兄様に目を付けた理由。

 それらは全て、お兄様が持つ技能。

 アンティナイトを使わないでキャスト・ジャミングを発動する、という技術が目的だったのだ。

 部活動勧誘期間中に、やけにお兄様の周りで騒動が起きたのも、彼等が学生を使ってその技術を探るためだったのだ。

 

 お兄様はもちろん、その勧誘を断る。

 当然だった。

 

 それは勧誘した側である司 一にも想定内の事だった。

 どんなに勝ち目が無くても、きっとお前は断るのだろう、と。

 

 そしてお兄様は問いかける。

 

「だったら、どうする?」

 

 司 一は、こらえるように笑いながら答えた。

 

「では、こうしよう」

 

 そう語ると、彼は自分の眼鏡を外して放り投げる。

 そして自らの顔に手を当てて、その動きを止めた。

 

 落下し、床に落ちた眼鏡の音が、ホールの中に広がった。

 

 何をする気なのか、何をしても無駄なのに。

 そう思っていても、用心の為に身構えた私の視界の端で、ツクヨミさんがタブレットタイプのCADを持っているのが見えた。

 

 身構える為にCADを持つことは、別におかしなことではない。

 だけどツクヨミさんがCADを使う事には、違和感を拭えなかった。

 

 何故なら彼はCAD、術式補助演算機による補助を必要としない。

 

 新しい魔法を覚える際には、確かに必要になる。

 しかし、一度その魔法を極めてしまうと、CADの存在はどちらかと言えば彼にとって、補助ではなく足枷になってしまうのだ。

 本来の魔法力では、私とツクヨミさんの能力はほんの少しだけ私が上だというぐらい。

 だけど、魔法を学び始めたばかりのツクヨミさんにとって、CADの扱いはあまり容易ではなく。

 受験での成績では、私とツクヨミさんは二十位近くの成績の差が出来てしまっていたのだ。

 

 そんなツクヨミさんが今、何故かCADを持っている。

 そして未だに何もしない司 一。

 

 あ、これは何かやったんだなと。

 

 お兄様の死角にいたこともあって、私が真っ先に、その事実を理解した。

 そして、ツクヨミさんは静かに、淡々と語り始める。

 

「サブリミナル効果、だったかな?

 意識と潜在意識の境界領域に特定の刺激を与えて、思考等に影響を与える物だ。

 貴方のそれは魔法で作り上げた光の信号によって催眠状態にしたり、或いは直接記憶を歪めたりできるようですね。

 ……ところでCADはあくまでも補助で、無くても訓練次第で魔法は使えるそうですけど。

 貴方はCAD(これ)がないと、たかが光も発せられないんですか?」

 

 彼の持つCADを、そして彼の黒い瞳を見て、司 一は先程までの余裕を少しずつ失っていく。

 確認していたはずなのだ。

 忘れるわけにはいかない物だと。

 ここに来る前に、使う直前まで。

 自分がしっかりとCADを持っていたのだと。

 

 きっと、気がついたのだろう。

 

 私達について来たどこにでも居そうな一人の男子生徒が、実はこの場で一番の『ブラックボックス』だという事に。

 

 そして司 一は部下たちに射殺の指示を出す。

 

「なるほど、その魔法で、壬生先輩の記憶を書き換えたというわけか」

 

 もちろん、彼等が引き金を引くことは適わない。

 お兄様が、彼等の持つ銃器をバラバラに『分解』したのだから。

 淡々と語りながら息をするように。

 

 魔法をろくに使えないとしたら、魔法について余り知識がないとしたら。

 二人の魔法は、普通の魔法に見えただろう。

 しかし魔法を知っている者からすれば、苦も無く使われた魔法の異常性に気づいたはずだ。

 

 だからこそ、司 一は逃げ出したのだろう。

 たった一人で、部下たちを置いて行って。

 

「お兄様、ツクヨミさん。

 追ってください、ここは私が引き受けます」

 

 私がそう言ったのは、それが一番合理的だと思ったからだ。

 だけど、お兄様はそれに対して、ほんの少し異をとなえる。

 

「いや、俺一人でいい。

 もう少しすれば十文字会頭達とも合流するはずだ」

 

 そう言って、お兄様はツクヨミさんを一瞥する。

 

「お前はここで深雪といてくれ。

 まぁ、念の為だ。……頼む」

 

 私はお兄様を知っている。

 お兄様が何をされたかを知っている。

 そうだ、本来であれば、きっとお兄様が私を一人にすることは本意ではないのだろう。

 もっと言えば、お兄様がテロリスト達がいる場所に私を置いてはなれることが、不本意のはずだ。

 

「まぁ、俺はどちらでもいいけどね」

 

 そう言って彼が指を鳴らすと、周囲に幾つかのナイフが散らばり落ちた。

 お兄様は少しだけ笑って、司 一の後を追う。

 歩いて、既に詰んでいる獲物に対して、無駄な労力を使わないよう堂々と。

 

 

***

 

 

「後悔すると判ってるなら、やらなければ良いのに……」

 

 ツクヨミさんは、呆れるようにそう言った。

 残されたテロリストの部下たちは、一人残らず、細胞の芯まで凍り付いている。

 

 それをやったのは、誰であろう私だ。

 

 彼のいうように後悔しているわけではない。

 ただ、私は未だに人を殺すことに慣れていない、それだけの事だった。

 慣れない事なら、自分の心を痛めるのなら、やはりやるべきではなかったのかもしれない。

 

 だけど、壬生先輩の事を思うと。

 彼女が不意にしたかもしれない時間と、一年の間に過ごした青春を思うと。

 それでも私は、やらずにはいられなかった。

 

 それでも、やはり、殺す必要は無かったのではないだろうか?

 訂正しよう、彼の言う通り、私は後悔をしている。

 

 胸がほんの少し苦しくなったので、私は手を胸に沿えて目を閉じる。

 そんな私に、ツクヨミさんは語った。

 

「人を殺すことは、悪い事ではないよ」

 

 慰めるように、非倫理的な事を。

 

「人を殺すことが悪い事で、それが絶対の罪だとしたら。正当防衛なんて許されない。

 だけど、正当防衛として、その他にも別の理由で許されている殺人がある。

 だとしたら人を殺すことが悪い事ではなく。

 本当に悪い事は、『ルールを犯す事』だ」

 

 彼はそう語る。

 いつの間にか、私は目を開いて、ツクヨミさんを見つめていた。

 そして私は、彼に問いかける。

 判りきった答えを予想して。

 

「ツクヨミさんは、人を殺したことがあるんですか?」

 

 ない、と答えると思っていた。

 だって彼は一般人だったから。

 

「あるよ」

 

 だからそう言われて素直に驚いたけど、すぐに冷静になった。

 上手くは言えないけど、きっと私は異常だったから、不思議だとも思えなかった。

 

 何でもなく、彼は人を殺したことを肯定した。

 彼は言いたくないことは言わないが、少なくとも嘘は言わない。

 もしかしたら、ただの比喩表現だったのかもしれないけど。

 

 ただ彼の語った人殺しに対する感性は、本来は私が持っているべきなのだと思った。

 合理的な思考も、法に対する姿勢も、私が持つべき感性なのだと思った。

 だって、私は『四葉家の人間』なのだから。

 

 そう、慣れないといけないのだ。

 成れないといけないのだ。

 だけど……。

 

「だけど」

 

 彼は不意にまた口を開く。

 

「話の続きだけど、思う事に、きっと間違いはないんだ。

 何を想ってもいいんだ。

 どうせ他人の評価なんて、行動でしか測られないんだから。

 お前が人を殺すことに罪悪感を抱いたのなら、それは間違いじゃない。

 ……いや、きっと、その方が正しいんだ。人として」

 

 そう言って、彼は肯定する。

 私の行動も、私の思いも、そういうものだと受け入れる。

 

 あぁ、そうだ。

 偶に私は、何故彼の傍を離れがたいと思うのか。

 それを疑問に思う事もあるけれど。

 

「だから、お前は何も間違ってないんじゃないか? たぶん」

 

 だからきっと、私は彼の傍に居たいと思えるのだ。

 

 罪悪感が消えたわけではないけれど。

 過去が変わった訳ではないけれど。

 少しだけ、私を肯定されて。

 また私は、彼に救われたのだ。

 

 ただもし、

 

 

 彼の言い分にもし、一つだけ、

 

 

 私が一つだけ、文句を言うとしたら。

 

 

「それに上手く冷凍されてるようだし、まだ蘇生できる範疇だろ?

 人を殺すことに罪悪感を覚えるのはまだ早いんじゃないか?」 

 

 それはもう少し、早く言ってくれても良かったのではないだろうか。

 




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