俺が司波妹を見捨てようと思ったのは、そもそも俺個人の思想に基づいた結果である。
その思想というのは、自分の不幸を何とかできない人間が人助けをするのは間違っているというものだ。
実を言うと目の前で撃たれる司波妹達を助けることは簡単だったりする。
問題なのはその後どうするか。
『未来予測』
『未来予知』
二つの能力にはある共通した弱点のようなものがある。
それは未来を実際に変えるまで、あるいは変わったと確定できるまで別の未来を知ることができないということ。
司波妹達を助けた後どうなるか分からない。
だが、司波妹達が助かった後、その銃口はどこを向くか? それは少し考えれば分かる。
ならその後どうなる。
俺は不死身ではない。
頭や心臓がなくなれば、大量に血を流せば、俺は死ぬ。
俺が撃たれて死ぬか。
俺が撃たれる前に国防軍によって敵兵が鎮圧されるか。
その未来を現時点で予測することはできない。
そんなハイリスクを冒してまで人を助けるなんて馬鹿げている。
今はただ、このまま傍観していたほうがいい。
そうすれば少なくとも、敵兵の銃口が俺を向くことはない。
ただそれでも俺は人間だ。
怒りもすれば嘆きもする。
故にこれは自暴自棄であり、八つ当たりである。
俺は、ここまで足掻いたにも関わらず、それでも変わることのなかった未来に腹が立ったのだ。
***
そもそも俺の能力の『千里眼』は
介入して得た情報に含まれている因果を読み取ることで、俺は未来や過去を予測することができる。
では、
それはあまり大きなことはできない。
自分の体一つで出来る事。
例えば
その次の瞬間にはテーブルの上に齧られたリンゴが置いてあるという結果が残る。
行動できる時間は約七秒分。
俺はその能力の応用を『疑似時間停止』と名付けた。
***
停止した時間の中で、俺は目を開く。
まだ情報の加入はされていないので、正確にはその光景はまだ俺の頭の中の物だ。
銃口から飛び出た弾丸はちょうど敵兵と司波妹達の間辺りで止まっている。
これは後コンマ数秒能力の発動が遅れてたら手遅れだったな。
とりあえず、司波妹達を銃撃から絶対当たらない位置まで移動させる必要があるわけなのだが、ただ持ち上げて運ぶというわけにはいかない。
何故かというと、『疑似時間停止』を発動している間の物体は本来より少し脆くなっているのだ。
小学校の頃、実験感覚で疑似時間停止中に、当時通っていた小学校敷地内にあったコンクリートの階段に拾った石を全力で叩きつけたら叩きつけた部分と拾った石が粉々になったことがある。
幸い事件発覚が遅れたことと、その日の午後から次の日の朝まで雨が降ったことにより、コンクリートの階段の一部分が粉々になっていた怪奇事件は迷宮入りになった。
閑話休題。
本当に時間が止まっているわけではないのに何故物体が脆くなるのかは分からないが、とにかく無理に素手で移動させようとすれば骨折などの怪我を負わせてしまうかもしれない。
ではどうするかというと、『疑似時間停止』を発動している間にのみ使える魔法を使う。
魔法名は『空間置換』。
指定した同じ大きさ、同じ形をした二つの領域の中身を入れ替えるという魔法である。
名前は自分で考えた。
『空間置換』の発動には幾つか制限がある。
まず絶対条件として、空間置換開始から完了までの間は、『疑似時間停止』を発動していること。
これは仮説だが、次の瞬間に結果を残す『疑似時間停止』の特徴と空間が入れ替わるという大規模な改変は、過去の状態に戻る力より事実としての定着したほうがこの「世界」にとって自然なのかもしれない。
それから、指定した領域の境界に一定以上の分子間力を持つ物質がないこと。
仮に領域の境界上に蜘蛛の糸一本あれば、それだけで発動に失敗する。
ただし状態変化により物質が液体になっていれば境界上にあっても切り離せることがある。
最後に、『疑似時間停止』を発動している間に空間置換を使えるのは一度だけであるということだ。
この魔法を失敗せずに使用するには指定した二つの領域内の情報が正確に解る必要がある。
そして領域の境界に物質があればそれを避けるように領域の形を変える必要がある。
一見難しそうな条件だが、俺の『千里眼』はそれを可能にした。
空間置換は発動から終了まで最低二秒はかかる
さらに条件次第では置換が完了する前に『疑似時間停止』が終わってしまう。
俺は演算補助術式機(?) とかいう魔法師が使うデバイスを持っていないし、そもそも疑似時間停止中は機械の類を使えない。
今回の場合は置換対象がほぼ一ヶ所に固まっていたので比較的に楽にできた。
問題はもう一つの領域の場所だ。
最初は今通っている中学校の校庭にでも投げ落とそうかと考えたのだが、どういうわけかシェルター外の情報がうまく取得できなかった。
何もわからないわけではない、ただ魔法の発動に必要な細かい領域の指定ができない位の妨害を感じた。
しょうがないので、俺は自分の近くの開いているスペースに来るように領域を指定して魔法を発動させた。
「きゃ!」
司波親子を守るために立っていたお手伝いさんと魔法を発動させるために立ち上がった司波妹はうまく着地したが、椅子に座っていた司波兄妹の母親は面白い声を出して尻餅をついていた。
周りの人々は何が起きたのか判らず一瞬動きを止める。
真っ先に動いたのは俺ではなく敵兵だった。
俺は自分が魔法を発動させたことに気づかれたくなくて何も知らない振りをしていた。
敵兵が真っ先に動けた理由は魔法師を相手にしているからという先入観を持っていたからだった。
魔法師ならば自分たちの前から一瞬で消えて移動していても不思議ではない。
それは敵兵自身が魔法師でなかった故の判断だった。
再び銃口がこちらを向く。
未来予測を発動させていた俺は、何も考えず司波妹に体当たりしていた。
この後敵兵は軍の人から完全に目を離してしまった事が原因で直ぐに鎮圧される。
だけどその前に、敵兵は三発の弾丸を放つ。
その内の一発は誰も当たることはなかった。
しかし、その他の二発は司波妹へ……
疑似時間停止は一度使用するともう一度発動できるまで
再発動までの時間が、司波妹に銃弾が届くまでにわずかに足りなかったのだ。
銃弾の軌道は判っている。
一発は避けられる、もう一発は当たってしまうが急所はギリギリ避けられる。
そう思っていた。
やはり俺も馬鹿だった。
心臓には当たらないように避けられたが、当たることが判っていた弾丸は俺の肺を貫いた。
俺はその場に崩れるように倒れる。
無意識に行っていた呼吸がこんなに苦しく感じる日が来るとは思わなかった。
ただ、俺が死なないことは判っているので恐怖のようなものを感じてはいない。
走馬灯と錯覚させる未来予知が俺には見えていたからだ。
俺は胸を押さえて、さっさと意識を失えるように目を閉じた。
「月山さんッ! 月山さんッ!」
司波妹の声が聞こえ、体が揺すられている感覚がした。
怪我人を揺するな、傷口が広がるだろうが。
意識を手放す前にそう言ってやろうと目を少し開き、煩わしく騒ぐ司波妹を見る。
……未来はままならない物だな。
俺が体当たりしたせいで誰にも当たるはずのなかった弾丸が司波妹の腕に当たっていた。
心の中でため息をついて、俺は意識を失った。