案内された防空指令室は一見、先程までいた無機質なシェルターに比べると頑丈そうには見えない部屋だった。
ただ、道中に在った分厚い装甲扉は五枚もあり。
その指令室で必死に作業する三十人ほどのオペレーターを見ると、その部屋の重要性を感じ、その重要性がこの部屋の安全を保障している気がした。
俺達一行は、そのオペレーター達が作業するところが見える、前面がガラス張りになった妙に豪華な部屋に案内された。
何故こんな部屋が防空指令室にあるのかと疑問に思っていると、盗聴器や監視カメラがなどが無いか探っていた司波家のお手伝いさんが、この部屋は高級官僚や防衛相の幹部などの偉い人が視察に来た際に使われる部屋だと教えてくれた。
俺も『千里眼』を使って部屋の中を調べる。
しかし、機械があまりにもごちゃごちゃとしているので、何が何なのか判別することはほぼ出来なかった。
それでも唯一分かったことがある。
それはこの部屋にある前面のガラスはただのガラスではなくモニターの機能があるという事だ。
そんな俺の苦労を知らないお手伝いさんは前面にあるガラスがモニターだとあっさり語った。
何でも警視庁に似たようなものがあるらしい。
魔法師であり警察関係の知識を持っているお手伝いさんは、家政婦から警備員などの護衛職に転職した方がいいのではないだろうか?
いや、家政婦の仕事がしたくてやっているのなら口を出すことじゃない事なのだが。
それからお手伝いさんは卓上に設置されているモニターを見ながらコンソールを操作し始める。
司波妹は母親に対して自分の兄のことを訊ねた。
「そうね、そろそろ教えてあげても良い頃かしらね」
司波兄妹の母親は、そう言って司波兄の事を語ろうとしていた。
俺はというと、司波兄の事はあまり興味が無かったので、お手伝いさんの後ろからコンソールの操作を眺めていた。
その操作をどうせ覚えていることはないが、ひょっとしたら多少覚えていて、どこかで役に立つかもしれない。
司波兄の事情よりも、そのコンソールの操作の方が興味を惹かれたのだ。
「でも、その前にまずは貴方の事を教えていただけないかしら? 月山 読也さん」
ピタリ、とコンソールの操作をしていたお手伝いさんは、何の前触れもなくその作業を止めた。
俺は、何かあったのだろうかと何処からか聞こえる咳払いを無視して、その姿を考察した。
操作中に何かミスを起こしてデータでも消してしまったのか、操作方法が機密情報の類で後ろに俺がいるのが気になるのか。
そんなことを考えていると、恐る恐るといった感じにゆっくりと振り返り、お手伝いさんは俺の顔を見つめる。
その表情からは何を伝えたいのかが理解できず、俺は首を傾げた。
「月山 読也さん?」
娘と話をしていたはずの司波兄妹の母親に急に話しかけられたので、少し姿勢を正してからその視線を司波親子へと向けた。
司波妹は、何故か額に手を当てて呆れていた。
***
「では、貴方のことを教えていただけるかしら? 月山 読也さん」
俺のことを、と言われても大して話すことはない。
自己紹介は先ほど済ませたので、今更話すことではない。
誕生日は九月十五日なのだが、これに関してはあまり他人に話したくなかった。
そもそもこういう場合、相手が何を聞きたいのかを考えるべきか。
自分の娘のクラスメイトに聞きたいこと。
年収か? 中学生に? そんなわけがないな。
では、家柄か?
「貴方の家系に関しては、既に調べてあります。祖先に、魔法師との関りがあるということも、こちらはすでに把握しております」
「えっ!?」
驚きの声を上げたのは司波妹だった。
俺も内心驚いていた。
心を読まれたのではないかというタイミングでそんなことを言われたからだ。
「同じクラスメイトというだけならともかく、ずっと深雪さんの隣の座席に座っている人間なのよ。
怪しいと思わない方がおかしいでしょう?」
八回目ぐらいの席替えで、そのことについては考えるのをやめていたが、その事は俺もおかしいと思っていた。
「とは言っても、監視していてもとくに不審なところはなかったようですし。
虚弱なお子さんがいるというだけで、その他の事はごく普通の一般家庭だということしかわからなかったわね。
魔法師との関りも、もはや縁がある、というだけの物みたいでした」
そういえば、小学校二年生ぐらいの頃、一年ぐらいかけて誰かにストーカーされていたことがある。
未来予測で見た結果、たいした害はなかったので無視していたらいつの間にかストーカーはいなくなっていた。
ひょっとして、あのストーカーは司波家が雇っていた探偵だったのかもしれない。
「知っていたつもりでした。
でも、貴方個人のことは何も分かっていなかったようですね」
そういうと、司波兄妹の母親は一度目を閉じて、一拍置いてからまた眼を開く。
何かを覚悟したその視線は、真直ぐに俺を捉えていた。
「まずは、私たちの家系についてお教えしましょう」
その部屋の気温が、少し下がった気がした。
司波妹の衝動を抑えているような表情から考えて、それは本来であれば誰にも知られたくはない事なのだろう。
「私達司波家は四葉家の分家。
そして四葉家の現当主、四葉 真夜は私の双子の妹。
つまり私達は、四葉家の血筋に連なる人間です」
その言葉を聞いて、俺は腕を組み首を傾げる。
四葉家……聞いたことはある気がする。
そんな俺の様子を見た司波妹は、まさかといった表情で俺に問いかけた。
「月山さん、もしかして四葉家をご存じないのですか?」
「聞き覚えはあるな」
その答えを聞いた司波妹は何とも言えない顔をしている。
その表情がまるで俺を馬鹿にしているように感じたので、俺は自分のわかる範囲を補填することにした。
「魔法師の家系だという事はわかる。
それから数字が付いているから百家に関わる家。
いや、百家の苗字につく数字は十一以上の数字だったか?
なら、四葉家は二十四家とかいう魔法師の中でもかなり高い地位の家柄なんだろ。
それぐらいはわかる」
「二十八家です。何故そこまで知っていて四葉家を知らないのですか!?」
「自分と関りのない人の名前なんて、それこそ一から百まで覚えていられるか。
俺は歴代総理大臣の名前は一人も覚えていないぞ」
「誇らないでください、全く自慢になっていないです」
別に誇っていない。
***
司波妹の説教は、俺が四葉家を知らないことに頭を抱えていた司波兄妹の母親によって止められた。
「お騒ぎして申し訳ございません、お母様」
「いいのよ深雪さん。
私も、まさかこのような方がいらっしゃるとは思いませんでしたから」
俺の事を変異種のような表現をするのはやめてほしい。
「貴方のご想像通り、私達四葉は二十八家。
より正確に言わせていただきますと、その中から選ばれる十の家系、十師族の内の一つに数えられる家系です。
表向きには政治的権力を放棄していますが、それでも多方に対して強い影響力を持っています。
もし、貴方が今後もご自分の能力を隠していきたいのでしたら、私達は貴方の力になれますわ」
「……どうして俺が隠そうとしてると?」
「私達を救った魔法。
あの魔法を使った後、貴方は何も知らない振りをしていたでしょう?
後は勘、でしょうか」
本当に良い勘している。
「もちろん、無償で、というわけにはいかないでしょう。
私としては、貴方の正体を隠すことを前提として、貴方のお力を貸していただけないか、と考えています」
能力を隠す云々というのは、別に他の人の力を借りる必要はない。
そもそも俺は司波兄妹の母親を信用してはいなかった。
だから俺は、この誘いを考える間もなく断ろうとしていた。
ただ一つ、俺は気になることがあったので、直ぐにそのことを告げず彼女に質問をした。
「俺のどこに、そこまでする価値を見出したのですか?」
『千里眼』『未来予知』『未来予測』『疑似時間停止』『空間置換』『過去観測』。
彼女達の前で、俺はいくつもの能力を使った。
しかし、俺の能力で第三者が認識できるのは『空間置換』、もしくは『疑似時間停止』だけだ。
なぜならその他の能力はあくまで俺だけが認識する能力だからだ。
今回は『疑似時間停止』を傍から見て理解できるような使い方をしていない。
つまり司波兄妹の母親は、俺の『空間置換』だけを見て価値があると判断したのだと思った。
俺は魔法に関しての知識がほとんどない。
『空間置換』が現代魔法に於いて、それがどれほどの価値があり、どのような扱いなのかを知らない。
物を温め、冷し、離し、繋げ、移動し、留め、重くする。
現代魔法は、少し知っただけでも色々できることが判る。
手洗いで落ちにくい汚れも一瞬で落とすのだ。
であるならば、俺の『空間置換』より制限の少ない瞬間移動があっても不思議ではない。
そんな『空間置換』にもし、他とは違う例外的要素があるなら、俺は一応今後の為に知っておきたいと思ったのだ。
「……四葉家の身内にも疑似瞬間移動を扱える人間はいます。
ですが、貴方の使った魔法はその瞬間移動とは……。
いえ、普通の魔法とは違う点がいくつもありました」
そう前置きすると、司波兄妹の母親は『空間置換』に対する考察を述べた。
「そもそも『疑似瞬間移動』という魔法は、その名の通り一瞬の内に現在地点から目標地点まで移動する魔法です。
それだけを聞くと、疑似瞬間移動はテレポーテーションのように思えますでしょう。
ですが、あくまで移動する魔法。
空間を飛び越えるわけではないので、物理的に侵入不可能な場所へは移動できません。
そして魔法は、どのような形であれ事象に付随する情報体、エイドスを改変するものです。
エイドスの改変にはエイドス側からの不可避の反動が生じ、魔法師であればその波紋を感知できます。
……さて、貴方の魔法はどうだったのでしょうか。
先程も言った通り、あくまで瞬間移動は移動させる魔法です。
ですが貴方の魔法はその移動する過程を、私は全く認識することができませんでした。
まるで最初からそんな過程は存在しないと思えるほどに。
つまり、貴方が使ったのは、『空間を飛び越えるテレポーテーション』ですね?
そして何よりも、貴方の魔法の恐ろしさは、
あの瞬間、誰一人、私ですら魔法が使われたことを認識できませんでした。
それがどれ程の事か、お分かりいただけますか?
現代社会に於いて、今や至る所に想子の活性を感知するレーダーが設置されています。
ですが、貴方の魔法は恐らく、そのレーダーで捉えることはできないでしょう」
説明を聞く限り、俺の魔法はかなり恐ろしい魔法だったらしい。
つまり、仮に地球の裏側の上空一〇〇メートルほど辺りに核ミサイルを空間転移しても誰にも防げず、誰が犯人かも知られることはないという事だ。
ところでエイドスって何?
「はっきりと申してしまいますと、貴方のような特異な人間を見つけてしまった以上、四葉家の人間として、見過ごすことはできません。
出来る事なら、私たちの管理できるところに置いておきたい、という事が本音です」
彼女の事情は理解できた。
俺も聞きたいことを聞くことができた。
ならば、後は彼女に返答をするだけだ。
もちろん、俺の答えは変わらない。
「月山 読也さん。
悪いようにはいたしません。
私達四葉家の傘下に入ってはいただけませんでしょうか?」
「お断りします」
読み直したらこの話の文章があまりにも汚かったので勝手ながら修正しました。(1/12)