ドラクエVIIIよ、永遠なれ   作:ふーてんもどき

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ちょっと長いです。

『注意』本作は競馬を題材に扱っていますが、演出のために現実の競馬とは多少の違いがある描写があります。読者諸賢の中に競馬ファンの方がいらしたら申し訳ありませんが、違和感を感じさせてしまうかもしれません。何卒、ご了承ください。


ダービークエスト

 暗黒神ラプソーンが討ち果たされてから早数年。世界は平和となり──────。

 

 

 

 競馬に熱狂していた。

 

 

 

 

 

 平和が長続きすれば、人は退屈を覚える。それが引き金となり、つまらない犯罪に手を染めさせることもある。少なからず刺激を求めてしまうのは、人間として仕方のないことだ。

 そんな退屈の受け皿となったのが、競馬であった。

 トロデーンが国営の競馬場を開設して以来、サザンビークやアスカンタなどでも続々と競馬場が建てられ、連日客で賑わっている。経済は活発化。農耕馬や荷馬なども充実し、今や馬こそが人の世を支える縁の下の力持ちであると言える。

 

 そうした近年の馬ブームを受けてこの度、初の世界大会が行われることとなった。

 各国からの代表はもちろんのこと、一般からの参加も自由となっている。世界中の名馬が集まるだけでなく、どんなダークホースが来るかも分からない未明の大舞台に、人々は強く期待を寄せている。

 レースの遥か前から着順予想が何度も塗り替えられ、非公式の馬券が売られるほどの盛り上がりだ。

 

 しかし、そんな世界大会を目前にして、主催国のトロデーンには暗雲が立ち込めていた…………。

 

 

 

 

~トロデーン城、会議室~

 

 それは、大会を控えた馬の様子をエイトが視察しに行った直後のことだった。競馬場から戻ってきたエイトは血相を変えて緊急会議を開いたのである。

 

エイト「皆、今回は急な呼び出しに応じてくれてありがとう」

 

大臣「ううむ、それはいいのですが」

 

ミーティア「大丈夫ですか、エイト。調子が悪そうですよ」

 

トロデ「おしまいじゃあ……我がトロデーンはおしまいなんじゃ……」

 

ミーティア「お父様まで」

 

 エイトだけでなく、トロデも顔面を蒼白にしてうわ言を呟いている。

 陰鬱な空気を放って俯いていたエイトはのっそりと顔を上げた。その表情にはラプソーンの復活を目の当たりにした時よりも固い緊張が浮かんでいる。

 

エイト「今度の競馬の世界大会についてのことなんだ」

 

 拳を握りしめ、気持ちを押さえつけるように一呼吸の間を開けてから、エイトは告げた。

 

エイト「トロデーンデラックスが、肺出血を起こしました」

 

 会議室にどよめきが走る。大臣が「そんな馬鹿な」と頭を抱え、トロデ王などはダムが決壊したように滂沱の涙を流している。

 一人だけ、事情を理解できていないミーティアが恐る恐る手を上げた。

 

ミーティア「あの、どういうことでしょう」

 

エイト「うちの代表馬がレースに出られなくなったってことだよ」

 

 トロデーンデラックスとは体格、スタミナ、脚力など全ての能力において他を圧倒する名馬である。勝率は七割を越え、世界大会での人気も頭一つ分抜きん出ていた。

 それが大会を目前にして、欠場することとなってしまったのだ。

 

トロデ「あびゃびゃびゃびゃ」

 

大臣「……トロデ様はどうされたんですか」

 

 トロデの壊れっぷりに引きながら大臣が聞いた。

 

エイト「視察に行ってた僕に付いて競馬場に来たんだけど、馬券を外しちゃったみたいで」

 

大臣「また賭けに行ってたのかあ……」

 

ミーティア「お父様、あれだけ度を超えた賭け事は止めてくださいと言いましたのに……」

 

大臣「お小遣いを使い果たして兵士やメイドにまで無心したこともありましたな」

 

ミーティア「でも前借りも無心も禁止していたのに、今回はどうしたのですか」

 

エイト「最近入った新兵たちにカンパさせて三万ゴールドかき集めたらしいよ。勝ったら配当を山分けする予定だったんだって」

 

大臣「分かりました。彼らにはキツイお灸を据えておきます」

 

エイト「あはは……まあ結果はご覧通り、その三万ゴールドをトロデーンデラックスに注ぎ込んで惨敗。その上、さっきの大会欠場の話を聞いたらこうなっちゃったんだ」

 

トロデ「はっ、エイトよ、騎手はどこじゃ! 馬の不調にも気付けん阿呆など即刻クビにしてくれるわ!」

 

エイト「落ち着いて下さい。誰も悪くないってことで納得したじゃないですか」

 

トロデ「嫌じゃ嫌じゃ! トロデーンデラックスじゃないと嫌なんじゃ!」

 

 わんわんと泣いて駄々をこねるトロデを無視して、エイトたちは話を進めた。

 

大臣「それで、どうなさるおつもりですか」

 

エイト「ゼシカが馬主の責任をとって、二番目に強い馬を調整してくれるって話になっている。でも、サザンビークやアスカンタの馬も強いから、どうなるかは分からない」

 

 エイトの言葉に皆が呻いた。

 トロデーンデラックスへの期待が大きかった分、落胆の色も濃い。何より、最高のパフォーマンスで栄えある大会に挑めないのは、国の威信にすら関わることだった。

 

 会議室が一段と重苦しい空気に包まれる。

 

ミーティア「エイト……」

 

 そのなかで一際、心労を抱えているだろうエイトをミーティアは心配そうに見つめた。

 エイトは近衛兵隊長だった実力を買われ、また国の象徴として、本番の騎手を勤めることになっている。そんな彼が担っている重圧は押して知るべしである。

 旅でもあまり見せたことのない憂鬱そうなエイトの表情に、ミーティアはただただ、自分の無力を呪うばかりだった。

 

 そして希望を見出だせぬまま時間だけが過ぎていき、ついに世界大会の幕が開けた。

 

 

 

 

~トロデーン国営競馬場~

 

 大会当日は好天に恵まれた。青空は高く澄んで、会場の地面も程よく締まっている。

 だというのに、トロデーンの陣営は歓声を上げる周囲と比べて温度差があり、見えない雨雲が覆い被さっているようであった。

 

エイト「ついに来ちゃったなあ、この日が」

 

 開会式を終え、前座となるパレードが行われている中、エイトは馬の様子を見ようと厩舎まで足を運んでいた。

 

ヤンガス「おや、兄貴。こんなところでどうしやした」

 

 すると馬を連れたヤンガスが通りかかった。 

 旅の仲間との久しぶりの再開を喜ぼうとしたエイトだったが、ヤンガス側にいる馬を見て唖然とした。

 

エイト「うわあ、ヤンガス、その馬凄いね」

 

 白く艶やかな毛並みと、皮膚越しでも分かる引き締まったしなやかな筋肉の束。佇まいは落ち着いており、知性に溢れた瞳の奥には荒々しい闘志が見て取れる。

 エイトたちの本命だったトロデーンデラックスにも劣らない稀代の名馬がそこにいた。

 

ヤンガス「ああ、こいつでがすか。この大会のためにゲルダが捕まえて来たんでがすよ。森に棲んでいて、手の付けられない暴れ馬だって噂になってたんでげすが、ゲルダが手懐けちまいまして」

 

 エイトは参加選手の名簿を思い出した。確かに騎手の中にゲルダの名前があった。

 しかし、こんな素晴らしい馬を持ってくるとは予想外である。

 

ヤンガス「名前はファルシオンっていうんでがす。ゲルダにしちゃあ、なかなか洒落た名前でがしょう」

 

エイト「うん、本当に強そうだ……勝てるかなあ」

 

 エイトの弱気な発言の理由を知らないようで、ヤンガスは「げすげすげす」と大いに笑った。

 

ヤンガス「何言ってんです。兄貴なら優勝間違いなしでがすよ。こんなことゲルダに知られたら大目玉だけど、あっしは兄貴の方を応援してますからね」

 

エイト「あはは、ありがとう」

 

 エイトとヤンガスが話していると、そこにもう一人の人物が馬を引き連れて現れた。

 

チャゴス「がはははっ、な~にが優勝だ」

 

 高笑いをしてやって来たのは、ササンビーク国王子のチャゴスだった。

 

ヤンガス「げっ、チャゴス……王子」

 

チャゴス「げっ、とは何だ!まったく相も変わらず失礼な平民だな。まあいい。今日の僕は気分がいいのだ。なにせ貴様らに吠え面をかかせてやれるのだからなあ」

 

ヤンガス「なにおう! その言葉、そっくりそのままお返しするでがす!」

 

チャゴス「ふんっ、お前らがいくら頑張ったところで、このチャゴス・スペシャルには勝てんぞ」

 

 チャゴスは自慢するように、従者に連れさせていた馬に触れようとする。

 そして避けられた。チャゴスが一歩寄ると、たっぷり二歩は遠ざかる。手綱を握ろうとするも首を振ってひょいひょい避けられる。

 チャゴスは明らかに馬に嫌われていた。

 

チャゴス「くそ、何なんだこの駄馬め!」

 

 地団駄を踏むチャゴスを従者が宥める。

 

従者「王子、やはり騎手は他の者に任せませんか。もし王子の身に何かあれば……」

 

チャゴス「うるさいっ、僕が乗るんだ! お前は余計な口出しをせずに馬を連れてこい」

 

 どうやら、チャゴスが騎手として参戦するようである。それを知っていたエイトはただただ苦笑して、呆れたヤンガスは冷めた視線をチャゴスに向けた。

 

ヤンガス「ああー……これはまあ、予想の範疇でがすな。ともかくライバルが一人減りやしたね、兄貴」

 

エイト「そうだねえ」

 

チャゴス「貴様ら僕を馬鹿にするのか! ええい、もう許さないぞ!」

 

ヤンガス「へえ。どう許さないんでがすかねえ」

 

チャゴス「こうしてくれる!」

 

 沸点の低い怒りでもって、チャゴスが馬用の鞭を振り上げた。

 その時だった。

 

馬「ヒヒィーーーン」

 

 どこからともなく現れた白馬が嘶き、チャゴスとエイトたちの間に割って入った。驚いたチャゴスが尻餅をつく。

 

 馬はチャゴスを一瞥してから、エイトの方に首を向けた。隣のファルシオンにも負けていない綺麗な毛艶の白馬は、優しい瞳でエイトを見つめる。

 

ヤンガス「あれ? この馬、どっかで見た覚えがあるでがすな」

 

エイト「……ま、まさか」

 

 エイトの呟きに応じるように、白馬は鼻頭をエイトに擦り寄せた。

 

ミーティア『エイト、エイト、聞こえますか』

 

 するとエイトの脳内に直接、ミーティアの声が響いた。

 

エイト『や、やっぱりミーティアだったんだ。どうしたんだい、その姿は。まさかまた呪いが……』

 

 白馬のミーティアが長い首を横に振る。

 

ミーティア『いいえ。私が自ら望んで竜神王様に姿を変えてもらったのです』

 

エイト『そんな、なんで……君はあんなにも呪いで苦しんでいたのに』

 

ミーティア『エイトを助けたかったの。旅の間も私は無力で、あなたに苦労ばかりかけていました。けれど、今なら力になれます』

 

 よく見れば、ミーティアの体格は旅の頃のものとは段違いであった。ドルマゲスの呪いにかけられていた時は馬車引きなどに適していたはずだが、今は理想的な競走馬の姿となっている。

 

ミーティア『ねえエイト。旅をしていたとき、私が夢の中で言ったことを覚えている?』

 

エイト『え、なんだったっけ』

 

ミーティア『もし、このまま呪いが解けなかったらという話よ。ラプソーンを倒しても私が馬のままだった時は、貴方を私の背中に乗せて、貴方の行きたい場所へどこまでも連れていってあげると』

 

エイト『うん、うん。そうだったね。そんな約束をしたね』

 

ミーティア『呪いは解けてしまったけれど、私は貴方と苦労を共にし、どこまでも歩んでいくと誓ったわ。だから今こそ、その誓いを果たす時だと思ったの』

 

エイト『ミーティア……そこまでして僕を……』

 

ミーティア『当たり前じゃない。だってミーティアは、エイト、貴方の伴侶だもの』

 

 ミーティアは口調を軽くして、優しく心で告げた。

 

ミーティア『さあエイト。今日は私に乗って。そしてどうか、二人で勝ちましょう』

 

 エイトとミーティアが脳内で会話をしている最中、置いてけぼりのヤンガスは頭をかしげながら言った。

 

ヤンガス「兄貴、どうしたんでがすか。この馬を見つめて急に黙りしちゃって」

 

エイト「ああ、いや、何でもないよ」

 

チャゴス「おい! 思い出したぞ! こいつお前たちが旅の時に連れていた馬にそっくりじゃないか!」

 

ヤンガス「え? ううん、確かに言われてみれば雰囲気も見た目も馬姫様にそっくりでがすが、背格好が違うでがすよ」

 

チャゴス「いいや、こいつはあの時の馬だね! やい貴様、王家の山ではよくもこの僕を振り落としてくれたな! 今度こそ馬肉に変えてやるぞ」

 

従者「お、王子……どうかお気を沈めてください」

 

 恨みを根に持っているチャゴスは従者の言うことも聞かず、鞭をしならせる。

 しかし今度は、エイトがチャゴスの前に立った。

 

エイト「乱暴は止して欲しいな、チャゴス。この馬は僕の相棒なんだ。つまりトロデーンの代表馬だ。それに酷いことをしたら、国際問題になるよ」

 

 エイトが毅然として言うと、チャゴスは舌打ちをして鞭を引っ込めた。

 

チャゴス「ちっ、まあ今のうちにせいぜい調子に乗っておくんだな。レースでは貴様らなんぞ足元にも及ばない速さでゴールしてやる」

 

 そう捨て台詞を吐いて、自分の馬を厩舎に引っ張って行こうとする。もちろん避けられて、チャゴスはぷんすか怒りながら向こうへ行った。

 

ヤンガス「……何年経っても、どうしようもない奴でがすねえ」

 

エイト「まあ、チャゴスだからね」

 

 エイトはヤンガスと揃って苦笑してから、握手を交わした。

 

エイト「ゲルダさんに伝えておいて。お互いに頑張ろうって」

 

ヤンガス「がってんでがす。ゲルダの奴はあたしが勝つ、としか言わないでしょうけどね」

 

 そんな二人の横で、ミーティアはファルシオンと視線を交錯させる。

 ミーティアは『絶対に負けません』という意思を込めて。

 ファルシオンは何を考えているのか、涼しげな瞳をして。

 二頭は、ライバルの存在を強く認識した。

 

 

 

 

司会「レディース・アーンド・ジェントルメン! ついにこの日がやって参りました! 世界一の馬が今日、このトロデーン国営競馬場で決まるのです!」

 

 馬の入場を知らせるラッパの演奏が鳴り響き、司会の男が声を張り上げる。

 

司会「レースの解説を勤めますのはバトルロードでお馴染みの私と」

 

トロデ「トロデーンの元国王、トロデじゃ。よろしくな」

 

司会「あれ、トロデ様。おかげんが優れないようですが、どうかされましたか」

 

トロデ「ううむ。実は、我が国の最高の馬が不調でのう。今回のレースが不安で仕方ないのだ」

 

司会「トロデーンデラックスですね。競馬ファンなら誰もが知るあの名馬が欠場とのことです。ご存知の方も多いでしょう。私個人も非常に残念ですが、気を取り直して他の馬たちを応援したいと思います」

 

トロデ「お、競争馬がパドックに入ってくるぞ」

 

 パドック─(レースの前に、馬が客に顔見せをして歩く場所)─に続々と今回のスターである馬たちが入ってくる。その絢爛な顔ぶれに、観客たちは大興奮だ。

 しかしその中の、一頭の馬を見て、トロデは驚きのあまり目を見開いた。

 

トロデ「え? み、みみ、ミーティア……?」

 

司会「ミーティア……ああ、トロデーンデラックスの代わりに出場することになった馬ですね。あれ、おかしいな。名簿では昨日まで違う名前の馬だったはずだけど……」

 

トロデ「ぬうう、貸せい!」

 

 トロデが司会から大会の名簿表を引ったくる。

 

トロデ「なになに。ホワイトミーティア、じゃと……」

 

トロデ(旅でのミーティアの姿とはまた違うが、やはりあれはわしの可愛い娘じゃ。見間違えるはずがない)

 

トロデ「むむむ、エイトのやつめ、どうなっておるんじゃ」

 

司会「あの、トロデ様、次の馬の説明に入りたいので返して下さいませんか」

 

トロデ「おお、すまんすまん」

 

 自分の手元にも同じ冊子があるのを思い出し、トロデは名簿表を司会に返した。

 

司会「さて、二番ゼッケンはサザンビークより、チャゴス・スペシャルです────」

 

 

 

 パドックでゆっくり馬を歩かせている最中に、エイトは後ろから声をかけられた。

 

ゲルダ「やあ、ヤンガスの兄貴分……いや、今は国王陛下って呼ばなきゃ失礼かい」

 

 ファルシオンに乗ったゲルダが軽く手を振ってエイトの横に並んだ。

 

エイト「ゲルダさん。お久しぶりです」

 

ゲルダ「トロデーンデラックスが欠場って聞いてたから楽勝だと思ってたんだけどね」

 

 ゲルダはちらりとミーティアのことを見た。ミーティアは彼女を見つめ返し、一つ会釈をする。

 

ゲルダ「……その馬、あんたらがビーナスの涙と引き換えに私から取り戻した馬だろう」

 

エイト「分かりますか」

 

ゲルダ「気に入ってたんでね、忘れないさ。なぜか背や足の太さがあの時とはずいぶん違うようだけど……まあ、ごちゃごちゃ言っても仕方ないか」

 

 ふっと息を吐いて、ゲルダはミーティアに微笑んだ。女盗賊として恐れられる彼女にしては珍しい、優しげな笑顔だった。

 

ゲルダ「勝つのはあたしとファルシオンだよ。こいつはそこいらの有象無象とは違う、とっておきの馬なんだ。その力、たんと味わうがいいよ」

 

エイト「こちらこそ、負けません。トロデーンと、何より僕たちの誇りにかけて」

 

ゲルダ「世界を救った英雄様にそう言われちゃあ、嫌でも燃えるね」

 

 パドックでの顔見せの時間が終わり、スタート地点への道が開かれる。

 「先に行ってるよ」ゲルダはそう言い残し、馬を駆って行った。

 

ミーティア『……ゲルダさんは、やっぱり優しい方ですね』

 

エイト『うん。正々堂々、頑張ろう』

 

ミーティア『もちろんですわ』

 

 客の歓声を全身に浴びながら、エイトとミーティアも、スタートに向けて蹄を前に進めた。

 

 

 

 

司会「さあ、馬がスタートゲートに入っていきます。このレース、トロデ様はどのように展開すると考えますか」

 

トロデ「初めての世界戦じゃからのう。蓋を開けて見んことには分からんが……あの十二番の馬に要注意じゃな」

 

司会「たしか、ファルシオンですね。無名の馬ですが、ゲート入りも落ち着いていて余裕を感じさせます」

 

トロデ「騎手のゲルダはわしも知っているが相当頭がキレる。どこで勝負を仕掛けてくるか分からんぞ」

 

司会「すでに思わぬダークホースの登場です。おっと、ホワイトミーティアも無事にゲートに入りました。試合経験は無いとのことですが、トロデーンの秘密兵器といったところでしょうか」

 

トロデ「うむ、まあ、そんなところじゃ」

 

トロデ(詳細はわしの方が知りたいわ!)

 

司会「トロデーンの王妃様と同じ名前を冠する馬がどのような走りを見せるか、気になるところです」

 

トロデ「おお、ミーティア。わしは心配で堪らんぞ……」

 

司会「しかし、オークニスからはトナカイが参戦していますね」

 

トロデ「まあ自由と平和が主題の大会じゃからのう」

 

司会「トナカイが走ることは規則でも禁止されていません。皆様、北国からの来訪ですが、温かい目で見守りましょう」

 

トロデ「それよりも、モリーの奴が乗っている馬の方が問題なんじゃが……いや、あれは馬なのか?」

 

司会「どう見てもモンスターのあばれうしどりですね」

 

トロデ「もう何でもありじゃな」

 

司会「二足歩行でどれほど健闘できるのか見物です」

 

 名馬から珍獣まで、あらゆる生き物が練り歩くパドックは異様な光景である。もはや競馬の体を成しているかも怪しい。

 しかし楽しければそれで良いのか、観客はひたすら盛り上がっている。

 

司会「さて、ほとんどの馬が出揃いましたが……おや? 二番ゲートにだけまだ入っていませんね」

 

 ゲートから少し離れた所に、二番ゼッケンを着けた馬がノロノロと歩いていた。その手綱を握り、どうにか動かそうとしているのはチャゴスである。

 明らかに嫌がっている馬を見かねて従者が手伝い、やっとのことでゲートまで辿り着く。

 

司会「これは出走前から不安ですね。チャゴス王子はちゃんとゴールまで走れるのでしょうか」

 

トロデ「もし出来なくても問題あるまい。誰もやつには賭けていないから、見たこともない高倍率を誇っておるわ」

 

 トロデの言葉に、会場中から笑いが起こる。

 

チャゴス「くそっ、くそっ、どいつもこいつも馬鹿にして! 目にもの見せてやる!」

 

司会「ようやく揃いましたね。改めて並んでいるところを見ると錚々(そうそう)たる顔ぶれであると実感します」

 

 

 

 今度は試合開始を告げるファンファーレが吹き鳴らされる。

 緊張の一瞬。

 そして、一斉にゲートが開かれた。

 

司会「さあ、世界大会の幕が切られました。横並びのスタート。果たしてどの馬が制するのか」

 

 華麗なる出走であったが、すぐに観客席からどよめきが上がった。

 

司会「おおっと、何ということでしょう! 二番ゲート、チャゴス・スペシャルがまだスタートしておりません」

 

 チャゴスが乗る馬は、合図を受けたにも関わらず一歩もゲートから出ていなかった。チャゴスが「この、この」と叫んで必死に鞭を打つも、意に介さないどころか足元の草を食べ始めている。

 

チャゴス「貴様、なぜ走らん! ふざけるな、おい、こらっ!」

 

 自棄になったチャゴスが、馬の尻ではなく頭に鞭を振るった。

 それですこぶる機嫌を悪くしたらしく、馬が甲高く鳴いて暴れだす。

 

チャゴス「うわ、何をする! 暴れるな!」

 

 チャゴスを乗せることがどれほどストレスだったのか、馬は狂ったように前へ後ろへと跳ねまくり、チャゴスの丸い体を振り落とす。

 背中から落馬したチャゴスは「げごっ」と蛙が潰れるような悲鳴をあげた。

 

従者「大丈夫。大丈夫だよー」

 

 すぐさまチャゴスの従者が飛び出したかと思うと、彼は両手を広げてゆっくり馬に歩み寄った。

 一瞬にして落ち着いた馬は、従者に手綱を引かれながらチャゴスを振り返ることなく退場していく。

 それから少し遅れて、衛生兵がチャゴスを助けに向かった。

 

司会「ええーっと、開始早々、大変なハプニングが起こってしまいました。チャゴス王子の安否は心配ですが、今はレースに集中しましょう」

 

 汗を拭きながら言う司会に、それもそうだと皆納得してレースの方に向き直った。

 

司会「最初を見逃してしまいましたが……先頭はアスカンタのスイートシセルですね」

 

トロデ「逃げに回っているようじゃの」

 

司会「体力はある馬なのですが、本大会は長距離ですからね。吉と出るか凶と出るか」

 

トロデ「むっ、ゲルダとファルシオンが迫って来たぞ!」

 

司会「中段に控えていたファルシオン、まさかここで躍り出てくるとは予想できませんでした。速い速い! スイートシセルを追い越し、みるみるうちに後続との差を広げます!」

 

トロデ「稀に見る大逃げじゃな。熱いのう」

 

トロデ「それで、ミーティアはいったいどこに……ああ!? 最後尾ではないか!」

 

 第一コーナーを曲がる馬群。先頭をひた走るファルシオンとは真逆で、ミーティアは最後尾にて苦しんでいた。

 

 

 

ミーティア『はあ、はあ』

 

ミーティア『どうしよう、差が縮まらない……! こんなに一生懸命なのにどうして?』

 

 すぐ前方にはモリー騎乗のあばれうしどりが尻を振りながら走っている。二足歩行のモンスターは意外に速かった。

 

モリー「ははは、どうだねボーイ。これが私とうっしー君の力だ!」

 

うっしー君「ウモオオオ」

 

 ミーティアは悔しそうに歯噛みした。

 

ミーティア『お馬さんの姿に慣れていないから? ミーティアはまた、エイトの力になれないの?』

 

ミーティア『嫌……そんなの嫌……!』

 

 思い詰めるほどにやる気は空回りする。

 ミーティアは焦りでいっぱいいっぱいになり、どうにかして前に出なければと思った。

 

ミーティア『あ、外が、外側が空いてますわ!』

 

 抜かしたい一心で、ミーティアは馬群からコーナーの大外に出ようとする。

 しかしそれを、エイトが軽く手綱を引いて止めた。

 

ミーティア『え、エイト……?』

 

 困惑するミーティアの首筋に寄り添い、エイトは念話で優しく言った。

 

エイト『ミーティア、落ち着いて』

 

ミーティア『でも、このままじゃ負けてしまうわ』

 

エイト『大丈夫さ。焦らず、出来ることを一つずつやっていこう。自分を、そして背中にいる僕を信じてくれ。今、僕と君は一心同体で走っているんだから』

 

ミーティア『…………』

 

ミーティア『ごめんなさい。勝たなきゃって、一人で意固地になって。そうよね。エイトの言う通りだわ』

 

エイト『いいんだよ。足はまだ余裕あるよね?』

 

ミーティア『ええ。落ち着いたら、すっかり軽くなった気がしますわ』

 

エイト『そろそろ第二コーナーが終わる。直線に入る手前で、内側から一気に加速するんだ。出来るかい』

 

ミーティア『任せてください。エイトがいるなら、何も怖くないわ』

 

エイト『じゃあ、心の準備をして。行くよ。1、2の…………3!』

 

 

 

司会「さあ第二コーナーを曲がり終えて直線へ……ああっと!? 後ろにいたホワイトミーティアがインコースから出てきました!」

 

トロデ「うおおー! ええぞええぞ、その調子じゃあ!」

 

司会「先ほどのぎこちない走りはどこへやら、紙一重で他の馬をかわし、無駄のない走りで前へ上がって行きます!」

 

 

 

エイト『ミーティア、前の馬がこっちを警戒してる。一瞬速度を緩めてから、一気にかわすよ』

 

ミーティア『わかりました』

 

モブ「くっ、王族が何だって言うんだよ。レース上では対等だ! 姑息な手だろうが使わせてもらうぜ」

 

 前方の馬がミーティアの行方を阻むように移動する。

 しかし真後ろに着けたミーティアは、緩急を使って翻弄し、楽々と追い抜いてみせた。

 

 

 

司会「鮮やかな切り返しぃ! 見事としか言いようがありません!」

 

トロデ「わはははっ、どうじゃ見たか! 最後尾からもう先頭のファルシオンに追い付きそうじゃぞ!」

 

司会「人と馬が通じ合って初めて至れる境地、これぞ人馬一体です! まさか世界戦でその理想形が見られるとは!」

 

トロデ(当たり前じゃ。幼い頃から一緒にいて、夢の中でも励まし合い艱難辛苦を乗り越えてきたのじゃ。二人がどれだけ心を通わせていることか)

 

トロデ(頑張れ。エイト、ミーティア。お前たちがナンバーワンじゃ!)

 

 

 

エイト『どうだい、調子は。まだいけそう?』

 

ミーティア『ええ! すごいわ、体が軽くてすごく気持ちがいいの。今ならどこまでも走れる気がするわ』

 

エイト『よし……じゃあその力は最後までとっておこう。今はラストスパートのタイミングをじっくり狙うんだ』

 

ミーティア『はいっ』

 

 ついに馬群からも抜け出し、逃げていたファルシオンの背中を捕らえる。エイトはその後ろにべったりと張り付き、風を避けて体力を温存する作戦に出た。

 

 その様子を、ゲルダがちらりと確認する。

 第三コーナーを曲がり終え、変わらぬ位置取りで第四コーナーに差し掛かる。そこを抜けたら、あとはゴールまでの直線に坂があるのみだ。

 その坂でミーティアとの一騎討ちになることは明白であった。

 

ゲルダ(ふん、やるねえ。あれだけ離していたのに追い付いて来るなんて)

 

ゲルダ(しかもアタシ達を風避けに使うなんて、見た目とは裏腹にずいぶんと強かじゃないか。きっと、これはあの騎手の力だね。それに応える馬も相当なもんだ)

 

ゲルダ「さすがはヤンガスが慕っているだけのことはある、か」

 

 どことなく嬉しそうに呟いたゲルダは、一転して表情を引き締める。誰が相手だろうが勝負事で手は抜かない。それがゲルダという女であった。

 

ゲルダ「正直、使うつもりはなかったんだけど、相手がここまでやるんじゃ仕方ない」

 

ゲルダ「悪いね。盗賊は目的のためなら何でもやるのさ」

 

ゲルダ「さあファルシオン! あんたの真の姿を見せてやりな!」

 

 ゲルダが手綱をしならせる。彼女の力強いかけ声に、ファルシオンが嘶いた。

 レース中にも関わらず馬の雄叫びが響き渡ったが、観客たちが驚いたのはそこではなかった。

 なんとファルシオンが神秘的な光りを放ち始めたのだ。その光は徐々に集まり、形を作っていく。薄く広く、地面と水平に伸びていく。

 ファルシオンの肩辺りで具現化したそれは、まさしく────。

 

 

 

司会「つ、翼だあ! ファルシオンの背中に、天使のような翼が生えています!」

 

トロデ「ば、馬鹿な…………あれは神話の、ペガサスではないか!」

 

司会「これは大変なことになりました。ファルシオンは天馬、ペガサスだったのです! それもレースの終盤になってその正体を現すとは、なんというどんでん返しでしょう!」

 

トロデ「司会よ! あれは反則だろう!?」

 

司会「ええっと……いえ、規則にはピオラやほしふる腕輪によるドーピングが禁止されているだけですので、セーフですね」

 

トロデ「くううっ、空など飛ばれては坂の意味が無いではないか。あれではどう頑張っても追い付けんぞ……」

 

司会「ペガサスとなったファルシオン。力強く羽ばたいて、ホワイトミーティアを突き放します」

 

司会「そして今、第四コーナーを回り、最後の直線へと向かいます。トロデーン競馬場の直線は長く、心臓破りとされる急な上り坂がありますが、今のファルシオンには関係ありません」

 

トロデ「こんなことなら坂なんて作るんじゃなかった……」

 

司会「さあ、どう食らいつくかホワイトミーティア。それともこのまま勝負がついてしまうのかー!」

 

トロデ「ぬおおっ、うるさい! ミーティアが勝つ! 勝つんじゃあ~!」

 

 

 

エイト「くそ、ここまできて……!」

 

 空気抵抗を少しでも減らすため姿勢を低く保っているし、出来る限りミーティアに負荷がかからない姿勢も取っている。

 だが、そんなもので太刀打ちできるような相手ではなかった。

 

 翼を生やしたファルシオンは、天空を駆って遥か前にいる。もはやその差は絶望的なほどであった。

 エイトは悔しさから、下唇を噛み締めた。自分の無力を呪ったのである。

 国の誇りを背負っているのに、これだけミーティアが頑張っているのに、肝心なところで何もできない自分が腹立たしかった。ミーティアは己を無力だと卑下していたが、今この大一番で力がないのは自分の方だとエイトは思った。

 

 負けてしまうのだろうか。このまま、相手の背中が遠ざかるばかりで。何もできずにただ見ているしかないのか。

 

ミーティア『……エイト』

 

 そうして陰っていたエイトの心に、ミーティアの声がした。

 

エイト『ミーティア……ごめん。なんとかしたいんだけど、僕はもう』

 

ミーティア『自分を責めないで、エイト。貴方は誰よりも頑張っているわ。今も、これまでも。それは私が保証します』

 

エイト『でも、いくら頑張っても、どうしようもないことはあるよ……』

 

ミーティア『あら、エイトらしくもない』

 

エイト『えっ?』

 

ミーティア『貴方はどんな辛いときでも諦めなかったわ。最後まで諦めない。それが頑張るということでしょう』

 

エイト『……そう、だね』

 

ミーティア『どんな時でも、私はエイトからたくさんの勇気を貰いました。さっきもそうです。焦っている私を、エイトは優しく宥めてくれました』

 

エイト『…………』

 

ミーティア『だから今度はミーティアが励ます番ね。エイト、どうか最後まで諦めないで。貴方が乗っているミーティアと、何よりも貴方自身を、しっかりと信じてあげて』

 

ミーティア『何があっても大丈夫よ。私がついているわ』

 

 

 

 ミーティアが坂を登り始めるが、ファルシオンは何馬身も前にいる。

 着順は決定的か。

 誰もがそう思った瞬間、それは起こった。

 

司会「ど、どうしたことでしょう。今度はホワイトミーティアが光を放っています!」

 

トロデ「な、なんじゃ。何が起こっているんじゃ」

 

司会「ファルシオンの淡い光とは違う、眩しく神々しい光です!」

 

 観客たちは応援も忘れて息を詰める。

 突如、ミーティアとエイトが輝いたかと思うと、そこには一頭の竜が出現していた。胴の長い、白く巨大な竜が。

 光の尾を引き、猛々しく身体をしならせる。その様はまるで、稲妻が地を這っているような圧巻の光景だった。

 

 

 

ヤンガス「ど、ドラゴンソウルだ! 兄貴の奥義、ドラゴンソウルでがす!」

 

ゼシカ「いつ見ても綺麗ね」

 

ククール「だが以前より竜の姿が安定してないか。一体どうしたんだ、あいつ」

 

竜神王「おそらくだが」

 

ヤンガス「竜神王! いつのまに!?」

 

竜神王「ごほんっ。お前たちも知っての通り、竜の気は発するだけでも精神を著しく消耗する。竜化を持続すればその分だけ心は蝕まれてしまうのだ」

 

ククール「あんたが暴走しちまったようにか」

 

竜神王「……そうだ。しかし竜の血に狂わないよう心を安定させれば、その限りではない」

 

ゼシカ「けど、竜神王様でさえ無理だったんだから、実質不可能に近いわよね?」

 

竜神王「誰であろうと、一人ではとても無理だろう。竜の血に抗えるほど強い心の支えがなければな」

 

ククール「ということは…………」

 

竜神王「ああ。今のエイトの支えとして考えられるのはただ一人。私の力で馬になっている、エイトの伴侶の存在に他ならん」

 

ゼシカ「愛の成せる技ってわけね。ロマンチックだわ」

 

ヤンガス「うーん、難しいことは分かんねえが、とにかく兄貴たちはすげえってことでがすな! 行け行けーっ、兄貴ー!」

 

 

 

ゲルダ「な、なんだいあれは!?」

 

ミーティア『すごい、すごいわエイト!』

 

エイト『ミーティアのおかげだよ。僕たち二人の力だ。さあ、全力で行くよ!』

 

ミーティア『はいっ!』

 

ゲルダ「ぐっ……負けてたまるかあああ!」

 

 

 

司会「迫る迫る! 白い光の竜が、弓から放たれた矢のように飛んでいく! まさに純白の流れ星!」

 

トロデ「おお、ファルシオンに追い付くぞ!」

 

司会「ゴールまであと少し! 伝説が二頭、ここに並ぶのか!?」

 

司会「いや、並ばない! 並ばないっ!! ホワイトミーティアがファルシオンを追い抜き、栄光へ向かって一直線!!!」

 

 ゴールの僅か手前。竜と化したミーティアはついに先頭へ突出する。もう目の前を遮るものは何も無い。

 

 そして誰よりも早く、二人は世界初のゴールラインを乗り越えたのだった。

 

 

 

 

 レース後、馬の身体検査も終わってから、ミーティアはこっそり竜神王に元の姿に戻してもらった。

 

ヤンガス「優勝おめでとうごぜえますお二人とも。あっし、感動したでがすよ!」

 

エイト「うん。ありがとう」

 

ミーティア「ふふ。応援してくださってありがとうございました、皆さん」

 

ゼシカ「最後までハラハラしちゃったわ。でも、ミーティアもエイトもすごく格好良かったわよ」

 

ククール「そういやゲルダさんは何処に行ったんだ? レースが終わってからはもう姿を見かけなかったが」

 

ヤンガス「ああ、ゲルダなら『敗者は潔く去るよ』なんて言って帰っちまったでがすよ」

 

ククール「嵐のような人だな」

 

ヤンガス「そうそう。それから、兄貴たちに『今度は負けないよ』と伝えてくれと言ってたでがす」

 

エイト「まあ、今度は普通の馬で、特殊能力とか無しでやりたいね」

 

ゼシカ「しかし難儀な話よね。このレースでホワイトミーティアのファンになった人も多いでしょうに。一生に一度きり、もう二度と見られない幻の名馬になっちゃうんだから」

 

ミーティア「あら、そうとは限りませんよ?」

 

ゼシカ「え?」

 

ミーティア「私はまたやってみてもいいですわ」

 

ゼシカ「ええー!」

 

ヤンガス「どういう心境の変化でがすか。馬姫様だった頃は、いつも人間に戻りたそうにしていたのに」

 

ミーティア「確かに四六時中、馬のままなのは辛かったですけどね。でも、エイトを乗せて一緒に走れるのはとても楽しかったんです。それに走り終わった時の爽快感……うふふ、少しクセになっちゃうかもしれません」

 

ククール「マジか……おいエイト、お馬さんプレイとかそんな変態趣味があるのか、お前んとこは。羨ましいなおい」

 

エイト「いや違うよ!? どう解釈したらそうなるんだよ!」

 

ヤンガス「まあ羨ましいのは同感でがす」

 

ゼシカ「この変態共は…………」

 

ヤンガス「あっしはゲルダの尻に敷かれっぱなしでがすからね。兄貴とミーティア様の関係が羨ましいでがすよ」

 

ゼシカ「な、なんだ。そういうね」

 

ヤンガス「もちろんお馬さんプレイもしたいでがす」

 

ミーティア「あ、あはは…………」

 

 

トロデ「…………」コソコソ

 

 

ククール「あれ。あそこでコソコソしてるのって、トロデのおっさんじゃねえか」

 

ヤンガス「本当でがす。一人で何をやってるんだ、あのおっさん」

 

ミーティア「お父様ー、どうかされましたかー」

 

トロデ「げっ、み、ミーティア!」ビクッ

 

ゼシカ「んん? なーんか怪しいわね」

 

トロデ「な、何のことかな?」

 

エイト「トロデ様、アナウンスのお仕事、お疲れ様でした」

 

トロデ「うむ。まあお前たちを応援しすぎるがあまり、ほとんど司会の男に任せてしまったがな」

 

エイト「いえいえ、その応援があったから勝てたんですよ。それでトロデ様、今回はどの馬券を買ったんですか?」

 

トロデ「うーん。スイートシセルの辺りを一通り買ったのじゃが、見事に外れてしまってのう…………」

 

 がっくり項垂れて口走るトロデ。一瞬の後に、自分が失言したことを知り、慌てて口を押さえる。

 

トロデ「はっ!? しまった!」

 

エイト「やっぱりかぁ」

 

ククール「口では応援しているとか言いながら、ちゃっかり馬券は本当に勝ちそうなところを選んでたわけか」

 

ゼシカ「うわー、最悪だ、この人」

 

ヤンガス「おっさん、嘘つきは泥棒の始まりって言うんだぜ」

 

トロデ「ち、違う! わしは本当に、ほんっとーにミーティアを信じておった! だが万が一ということもあるから、だから、その、あの」

 

 何とか言い訳を捻り出そうとしているトロデに、ミーティアがにっこり笑って話しかけた。

 

ミーティア「お父様」

 

トロデ「お、おお、ミーティア……ひっ!?」

 

 しかしその目は笑っていなかった。

 

ミーティア「私はね、別に応援してくださらなかったことを怒っているわけではありませんのよ」

 

トロデ「そ、そうかそうか。優しいのう。さすがは自慢の娘じゃ」

 

ミーティア「そもそも禁止されていたはずの賭け事をしていたことに怒っているのです」

 

トロデ「」

 

ミーティア「あれだけ大臣にも叱ってもらいましたのに、全然反省されていないだなんて。さあ、これからはお小遣い無し、外出は許可必須の修行生活に入っていただきますわ」

 

トロデ「う、うわあああん! 許してくれえ、ミーティア!」

 

ミーティア「なりません。これからはビシバシ鞭を入れますからね!」

 

トロデ「あひいいいぃぃ」

 

 

 

エイト「わあ、あんなミーティア見るの久々かも」

 

ヤンガス「やっぱり何処へ行っても、男より女の方が強いんでがすなあ」

 

ククール「世の真理だな。男は常にレディを敬い、顔を立てるものさ。それこそ馬を愛でるようにな」

 

ゼシカ「あら、ククールがたまには良いこというじゃない」

 

ククール「たまにって何だよ。俺はいつも良いこと言ってるよなあ、エイト?」

 

エイト「あははは。うん、そうだね。ククールの言葉はためになるよ」

 

エイト「取り敢えず、僕はこれからも、ミーティアに手綱を握ってもらうとしようかな」

 

 

 

 

 

 

おわり

 




お読みいただきありがとうございました。
本作にはドラクエ6の要素や、ドラクエ8の3DS 版で追加された要素などが入っているため、その両方を知らない方だと、話の展開に疑問を感じてしまわれたかもしれませんね。
ですから、この場を借りて少し説明をさせていただこうと思います。

まずドラクエ6要素ですが、今回ゲルダが乗っていたファルシオンという馬が、公式ではドラクエ6に登場するキャラクターとなっております。ストーリー終盤で天馬になります。『神鳥のたましい』と同じ飛行役ですね。

そして3DS 版の要素は、最後にエイトとミーティアが光の竜となった『ドラゴンソウル』という特技です。元は海外版が初出で、逆輸入した設定らしいです。簡単に概要を解説しますと『竜の魂を解き放つ、竜神族の秘技』であります。格好いいですね。気になった方は是非、調べてみて下さい。

さて、今回の話を書くきっかけとなったのは、前シーズン放送のアニメ『ウマ娘 ~ プリティーダービー ~』です。今更ながら視聴しました。女の子が皆可愛くて最高です。馬を擬人化するにも、元にした史実の馬の特徴をしっかり随所に盛り込んでおり、萌えだけではない骨太な作品だったと思います。
このアニメのおかげで人生で初めて競馬場に行き、ギャンブルに負けました。楽しかったです(半ギレ)

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