海峡の洞窟の奥深く。ある日そこで、死霊が咆哮した。
○
~海賊の洞窟、最深部~
宝箱のある祭壇を中心に闇が発生していた。その周りを、通常ならここにはいないはずのモンスターたちが取り囲んでいる。
闇はだんだんと人の形をとっていく。そして内側から眩く光ったかと思うと、そこには一人の男が立っていた。
キャプテン・クロウ「む、ここは…………」
あやしいかげ「おお、復活した…………皆、キャプテンが復活したぞお!」
メラゴースト「この日をどれだけ待っていたことか」
くさった死体「キャプテン、お加減はいかが?お水でも持ってきますのんね」
がいこつ「バカお前、幽霊は水なんかいらねえだろ」
唐突に現れた男は混乱しているようで辺りを見回した。
キャプテン・クロウ「お前たちは、我のかつての仲間、か? 一体どうなっているんだ。我は確かやつらに敗北し、光の海図を託してこの世から消えたはずだが…………」
さまようたましい「それは俺たちにも分からん。しかしキャプテンが復活するという確信があってここに集まったのだ。いつからか一人、また一人と自我を取り戻し、俺たちはあんたの帰りを待っていたんだ」
よほど期待していたのだろう。寄り集まった魑魅魍魎は自分たちのリーダーへ熱い視線を注いでいる。
キャプテン・クロウはしばらく黙考した。かつて七つの海を制したその頭の冴えは健在である。復活したばかりで情報が充足していないにも関わらず、彼はあらかたの状況を把握し始めていた。
キャプテン・クロウ「なるほど。再び亡霊として蘇ったということは、我はまだこの世に未練がある、もしくは新たな未練を持ってしまったらしいな」
さまようたましい「では、その未練とは」
キャプテン・クロウ「我は以前、ここで光の海図を守護していた。いつかこのキャプテン・クロウの野望を継ぐに足る者が現れるのを待ってな。それが叶えられてもなお蘇った理由…………考えられるのは一つだろう」
亡者たちがざわざわと騒ぐ。察しの良い者は「おおっ、おおっ」と感嘆の声を上げる。
キャプテン・クロウはカッと目を見開き、鋭い眼光で部下たちを睥睨した。
キャプテン・クロウ「誰かに野望を譲るというのがそもそもの間違いだったのだ。我としたことが軟弱な考え方だった。我らは海賊だ。戦い、奪い、支配する。これが本質だ。略奪こそ王道、強欲こそ正義よ」
亡者たち「おおおおっ」
キャプテン・クロウ「今度こそお前たちに誓おう。幻の大地レティシアへ至ると。いや、世界中の海を股にかけこの世の全てを手に入れると。大海賊キャプテン・クロウ伝説、その第二幕を特等席で拝ませてやろうではないか!」
じごくのよろいが剣を掲げた。くさった死体が両腕を振り上げて「万歳」と叫ぶ。海賊の魂が乗り移ったマーマンは歓喜に舞い踊り、メラゴーストが興奮のあまりメラをやたらと吐き散らした。
キャプテン・クロウ「我は蘇った。蘇ったぞ、同胞諸君。剣を携え銃を持て。樽には火薬を詰めて大砲に砲弾をこめろ。微睡んだ連中に思い出させてやるのだ。我らの恐ろしさを。ドクロの旗の恐怖を」
野郎ども、錨を上げろ。
偉大なる船長はそう言い放った。
キャプテン・クロウ「船出の時だ」
死霊の海賊団が咆哮した。
○
~海賊の洞窟、船長室~
キャプテン・クロウ「思った通りだ。我は自由に外へ出られるようになっている。先ほどこの洞窟から出たが、何も問題はなかった」
さまようたましい「今までのキャプテンはこのアジトに縛られた地縛霊だったからな。野望の大きさに引っ張られて浮遊霊に進化したといったところかい」
キャプテン・クロウ「そうなるな。これで大手を振って侵略できるというもの」
さまようたましい「で、早速どこかを攻めるのか」
キャプテン・クロウ「いや時期尚早だろう。我らは長く眠りについていた。今の世界の状況を知る必要がある。表舞台に立つのは下準備が済んでからだ」
さまようたましい「残念だぜ。皆血に飢えてやる気十分だってのに」
キャプテン・クロウ「ふふ、そう言うな。すぐに美味しい思いをさせてやる。まずは船の修理に専念しろ。急拵えで構わん。我らは海賊、船がなければ情報収集にも乗り出せん。船、次に情報、そして金と力だ。順次揃えていく」
さまようたましい「そうは言うけどよぉキャプテン。俺たちにまともな面の奴はいないぞ。あんたは浮いてる上に透けてるし、生身がある奴なんて腐った死体くらいのもんだ。情報を得るにも人間社会に紛れるなんざ無理だぜ」
キャプテン・クロウ「まだ寝惚けてるのか。言っただろう。我らは海賊だ。海賊には海賊のやり方というものがある。分かるよな?」ニヤリ
さまようたましい「ク、クククッ。いいねぇいいねぇ。楽しくなってきたねぇ」
○
がいこつ「お頭ぁ、大変だあ!」
キャプテン・クロウ「ああ。想像以上に何も残っていなかったな。我らがいない間、アジトにこそ泥が入り込んだらしい」
口髭を弄りながらキャプテン・クロウは考える。思い付く節はあった。光の海図を渡したバンダナの青年と共にここへやって来た女盗賊。たしかゲルダといったか。いかにも手癖の悪そうな女だった。奴だけではないだろうが、かなりの財産を持っていかれたに違いない。
がいこつ「どうしようお頭。我たちが溜め込んだ金銀財宝が無くなっちまったよ。盗った奴を血祭りにあげなきゃ気が済まねえよ」
キャプテン・クロウ「焦るな。報復なんぞいつでも出来る。財宝よりも大事なものは残っているのだから今は良しとしろ」
がいこつ「大事なものぉ?」
キャプテン・クロウ「海図に決まっているだろう。いくつか劣化していたり無くなったりしているが、この辺りを航行するには不便しないな」
がいこつ「へええ、そりゃあ良かった」
キャプテン・クロウ「ところでお前、航海士だったか?」
がいこつ「いや、おいらは雑用係だけど」
キャプテン・クロウ「それは運が良かったな。航海士だったら海図の重要さも分からないその頭をかち割っていたところだ」
がいこつ「」
○
次の日、アジト内に残されていた小船四艘の修理が終わった。睡眠も食事も必要ないアンデッドだからこそ出来る早業だった。
キャプテン・クロウは初陣のメンバーを選抜し、自らも出向くことにした。リーダーであり、海賊団の頭脳でもある自分が直接赴いて見聞きすることが肝要だと考えたからだ。
アジトにしている洞窟はトロデーン地方を南北に分断する長大な海峡にある。場所によっては底が浅いので帆船が通るには満ち潮の時を狙う必要があるが、小舟ならば関係ない。大王イカ避けの藻草を船底に繁らせておくのは船乗りの知恵だ。
東側から大洋に出て南下する。羅針盤と海図を照らし合わせて進む。
キャプテン・クロウの生前の記憶では、この先にポルトリンクという田舎の漁村があったはずだ。立地は良かった覚えがある。そこが発展していて貿易港となっているのなら狙い目の商船も見つけやすいと考えての行動だ。
するとすぐに一艘の船に出会した。進路を妨げているうちに別の小舟を横付けして侵入し、乗組員をとっちめる。死してなおその手際は衰えておらず、実に手早い仕事だった。
くさった死体「楽勝でしたのねん」
キャプテン・クロウ「ああ、だがこいつは商船じゃないな。海賊船だ。ずいぶん軟弱な連中だが、平和ボケでもしているのか? 同業とは思いたくないな。この時代はどうなってるんだ」
甲板で一網打尽にされている海賊たちは顔を青くして震えている。普段襲う側の彼らは、日中に海の真ん中でアンデッドに襲われるなどと思っても見なかったのだろう。
キャプテン・クロウ「さて、貴様が船長だな」
船長「や、止めてくれ。言うことなら聞くし金も全部やる。だから食わないでくれぇ」
キャプテン・クロウ「海の男がそう簡単にペコペコするものではない。安心しろ、いくつか聞きたいことがあるだけさ」
捕らえられた海賊の船長はキャプテン・クロウに別室へと連れていかれた。「もうダメだ」と言ってメソメソと泣く。くさった死体と他に数名のアンデッドも、呼ばれて二人の後ろをついていく。
しばらくして聞こえてきた絶叫と嗚咽に、捕らわれている下っ端の海賊たちも泣き出した。
○
~海上、海賊船の船長室~
キャプテン・クロウ「あらかた必要なことは分かったな。素晴らしく早い仕事だったぞ。初陣にしては上々だ」
あやしいかげ「一つ聞けば十話すような腑抜けでしたからね」
キャプテン・クロウ「こいつの作ったシチューはいつの時代でも優秀な拷問器具になるということが証明されたわけだ」
くさった死体「えへん」
あやしいかげ「金品は少なかったですが、この船があればさらに長距離の航海に耐えます。捕らえた連中はどうしますか。シーメーダーの餌にするのが手っ取り早いと思いますが」
キャプテン・クロウ「生かしておけ。心の弱い人間ほど利用しやすいものはない」
あやしいかげ「アイアイサー」
キャプテン・クロウ「最初に襲ったのが海賊船だったことも都合がいい。世間からいなくなっても困らない連中だ。まだこちらも戦力が揃ってはいないから足が着くのは避けたいところだ」
キャプテン・クロウ「ふふふ。さて、次はどの手を打つか」
船長室の机に足を投げ出して海図を眺めていると連絡が入ってきた。マーマンを偵察に送り出していたのだ。すぐそばに中型の商船がいると云う。
キャプテン・クロウはニヤリと笑い、捕虜を収容している船内倉庫へと向かった。
キャプテン・クロウ「ちょうどいい。奴等に襲わせようじゃないか」
○
飛ぶ鳥を落とす勢いというのは、まさしく彼らのことだった。キャプテン・クロウ率いる不死の海賊団はすさまじい早さで進出範囲を広げていった。
手始めにポルトリンクとアスカンタ領の間にある航路に目をつけた。狙うのは商船ではなく同業のはずの海賊船である。彼らを次々に打ち倒しては自分の従順な駒としたのだ。
商船など堅気の船を彼らに襲わせ、金品を巻き上げる。そうしてアンデッドである自分たちの存在を隠しながら活動した。
情報収集も抜かりなく、捕虜である海賊たちを旅人に装わせ町に出入りさせた。
港の倉庫番や城の兵士見習い、能力のある者には銀行員などの職に就くよう命じ、それぞれで得られる情報を集める。時には適当な理由を作り、陳情を述べる体でアスカンタなどの王に謁見させに行った。
それらを管理するのはキャプテン・クロウの忠臣であるアンデッドで、並みの人間よりも遥かに優れたその武力によって恐怖を与え、支配していた。
今やクロウ海賊団は、裏社会の一部で超新星と渾名されるほどに勢力を拡大し始めたのだった。
キャプテン・クロウ「幽体とはなんと便利なのだ。疲れ知らずで能力もただの人間を凌駕している。我は運が良い。人生に追い風が吹いているのをひしひしと感じるぞ」
キャプテン・クロウ「目的だった光の海図の在処もすでに分かった。トロデーン城だ。よもやあの時のバンダナの青年が国王になっているとは。しかも暗黒神を討ち滅ぼした英雄だと? ふふっ、十年もしない内にこうも世界が変わっているとは、面白いじゃないか」
キャプテン・クロウ「ぜひ奴も我が海賊団に迎え入れたい。ゆくゆくはアンデッドにし、私の右腕として仕えさせよう」
壮大な夢を掲げつつも、実際にはそれが非常に困難であることを、キャプテン・クロウは自覚していた。
理由は単純。戦力が圧倒的に足りていないのだ。
刃を交えた当時と違い、あの青年は今では雲の上のような存在となっている。神鳥から信頼され、暗黒神を倒すほどの強さなど想像もつかない。彼がその気になれば今のクロウ海賊団など一人で壊滅させられるだろう。
そうでなくとも、どの国の軍隊が相手でも厳しい。キャプテン・クロウはまだ寄せ集めでしかない自分の組織の弱さをはっきりと認めていた。
しかしおいそれと戦力や財力を増強できないのにも理由があった。あまりにも事を急くと国家に目を付けられかねない。今でこそチマチマとした実績を積み重ねているから助かっているのだ。
例えばポルトリンク航路の貿易船を襲おうものなら、即座に一級の討伐対象となるに決まっている。そして裏にいるのが強力なアンデッドだと知られたが最後、出張ってくるのはあのバンダナの青年率いる世界最強の水軍だ。勝てるわけがない。
キャプテン・クロウ「いいや、諦めてなるものか。我は欲しいものは必ず手に入れる。トロデーンの水軍も、サザンビークの広大な土地も、サヴェッラの権威も、あのバンダナの青年も」
キャプテン・クロウ「そうでなくてはいかんのだ。そうでなくては蘇った意味がない。強欲こそが正義だ。支配してやるぞ、この世の全てを」
再び自身に向かってそう誓う。だがどういうわけか、キャプテン・クロウは気持ちが晴れなかった。何処かにモヤモヤとした言い様のない違和感を抱えている。それが何なのか見当もつかなかった。
キャプテン・クロウ「まあいい。ゆくゆくは全てが我の手中に収まる。些細な問題よ」
現在持っているなかで一番大きな船を旗艦として、そこに自分専用の船長室を設けてある。室内には財宝と書物が溢れ、壁一面に様々な海図や地図が張り付けてある。その一つを眺めながら、キャプテン・クロウは面白がるように口角を上げた。
キャプテン・クロウ「しかしそろそろ椅子に座っているのも飽きてきたな。やはり海賊の本質は冒険に尽きる」
机に置いてある箱からダーツを一つ取り、気軽にひょいと投げる。無造作な投げ方だったが、ダーツの矢は鋭くまっすぐに飛び、世界地図のとある地点を穿った。
そこはトロデーン城だった。キャプテン・クロウが最も警戒している国の中心であり、そして光の海図が保管されている場所。
キャプテン・クロウ「征くか。夢にまで見た伝説の大地へ」
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~トロデーン城、応接室~
ゼシカ「どうしたのよエイト。緊急の呼び出しなんて。それも謁見の間じゃなくて応接室で会うって何だかおかしくない?」
エイト「悪いね、ゼシカも領主の仕事が忙しいのに」
ゼシカ「まったくよ。今度はあなたをうちに遊びに来させるんだから。リーザス自慢のワインとあばれうしどりの肉料理で一晩中パーティー開いてやるわ」
エイト「それは困ったなあ。ぼく王様なのに」
ゼシカ「嬉しそうにしてんじゃないわよ」
エイト「あれ?というかリーザスにいるあばれうしどりって、スカウトモンスターのうっしーなんじゃ…………」
しばらくして雑談を終え、茶を一口飲み、場の空気を変える。
ゼシカ「で、用件は?」
領主となってより一層責任感の強くなったゼシカが発する言葉には、どれだけ短くとも重みがある。
しかしエイトは優しい微笑みを絶やさない。はるかな旅で鍛えられた彼の精神力は、冒険を終えてなお衰えていない。ゼシカの質問に、まるで昼下がりの茶会へ誘うかのような気軽さで、エイトは答えた。
エイト「結論から言うと、海賊の討伐依頼さ」
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続く
ふとネタを思い付いたので久しぶりの投稿になります。
しばらく離れていたため執筆の感覚が上手く掴めず、地の文が多かったりと以前の作品より雰囲気が違っていると思います。
もしもその点で疑問や希望などがありましたら是非お気軽に、ご感想をお寄せください。