貴族とは趣味人なものです。
誰も彼もがあまりに余った時間を悠々と有意義に使うことに執心しています。
西大陸の北方、リブルアーチの貴族と言えば、ハワード様を措いて誰がいましょうか。
彼も貴族の典型に漏れず、本業の魔術研究の他に様々なご趣味をお持ちです。
数あるその中でも特に熱心なのが、食の道。つまりは食道楽にございます。彼の舌は大変に肥え、ついでに腹回りも肥え、ついにはレシピ本の監修や自費出版にさえ手を出しています。
そう、魔術師ハワード様は、美食家だったのです。
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ハワード「飽きた」
料理長「え?」
ハワード「なんかな、飽きたのだ。今日の夕飯は、もういい」
料理長「えええ、ちょ、待ってください!ハワード様!」
メイド「うそ……あのハワード様が三杯のおかわりで食事を終えられるなんて」
ハワード「離せ、離すのだ料理長よ」
料理長「いやです!そんな、10人前食べないなんて、ハワード様じゃありませんよ!」
ハワード「いいや、わしはハワードだ。ほれ離せ、メラ」
料理長「アッチぃ!」
メイド「あわわ、ハワード様がご乱心なされた……」
料理長「待って!置いていかないで!いや!いやあああ!」
ハワードは気怠そうに食卓を去り、メイドは放心し、中年ちょび髭の料理長はフラれた女のように狂乱した。
~ハワード自室~
ハワード「最近はダメだ。ちっともパッションが沸かん。今まで食事の時間が一番の幸福であったはずなのに」
ハワード「絶品なはずの料理長の食事が色褪せて思える」
ハワード「どれ……」
ハワードは体重計にのった!
体重計の針が振りきれて飛んでいった!
ハワード「なんと、以前より針の飛距離が短い。わしは思った以上にやつれているのだな……」
ハワード「それもこれも暗黒神が倒され、平和になったことが、わしの人生を情熱ごと間延びさせているのだろう」
ハワード「ああ、退屈とはかくも苦しきものか。ゼシカが訪ねて来てくれれば、あのボンキュッボーンで、ちょっとは心も潤いそうなものだが」
ハワード「いや、いかんな焼かれてしまう」
ハワード「何にせよ現状を打破しなければ。先細るだけの人生などまっぴらごめんだ」
ハワード「新しい食レポの企画提案も受けている。さあ、奮い立たねばならん」
ハワード「まだわしの知らない美食を求めに」
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~客間~
編集者「ははあ、確かにそれは大問題ですねえ」
ハワード「わかってくれるか!」
編集者「もちろんですとも先生。人を動かすものは情熱以外にはありませんから。しかし困りましたね。そろそろ先生の新企画を打ち立てたいのですが」
ハワード「うむ、事は急を要する。何か良いアイデアはないか」
編集者「私が考案していたものの中に、『橋の街の知られざる珍味』というものがあります」
ハワード「橋の街。つまりはこのリブルアーチか」
編集者「ええ。都市伝説ではあるんですがね、この街のどこかに幻の食べ物が隠されているらしいんです」
ハワード「馬鹿な、わしでさえ聞いたことがないのだぞ?」
編集者「まあまあ。やってみる価値はあるんじゃないですか。もしかしたらハワード様にとっても、全くの未知なる味覚かもしれませんよ」
ハワード「……」
編集者「いざ行きましょう、お宝探しの旅へ」
~食堂~
ハワード「というわけで、わしが戻るまでは食事を作らなくてよい」
料理長「えあ、あ、え」
メイド「料理長が壊れかけているっ」
ハワード「外で食べてくるから、その間は休暇にでもしておけ」
ハワードは出ていった!
料理長「いひえええええ!」
料理長はこんらんした!
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それからというもの、ハワードはリブルアーチをほっつき歩いた。
街娘「あら?ハワード様。お供も付けずにどうされたのです?」
ハワード「探し物だ。幻の珍味なる噂を聞いたことがないか」
街娘「さあ、私はグルメでないから……食べ物と言えばやっぱり酒場じゃありませんか?」
街行く人に訪ね歩き、人伝いに方々を駆け回った。
ハワード「この店で一番の珍味を出してくれ!」
酒場のマスター「これはこれは、ハワード様。ううむ。貴方にご満足いただけるかは分かりませんが、サイレスの尻尾を漬けたウォッカが当店秘蔵の品となっています」
ハワード「これは飲んだことがある。美味いが、違うようだな」
マスター「申し訳ありません」
ハワード「いや、無理を承知で頼んだのだ。仕方がない……ほれ、そこのバニーガールよ、尻を触らせろ」
バニーガール「いやんエッチ♪1000ゴールドになりま~す」
ハワード「倍プッシュじゃ」2000G
バニーガール「やーん、ハワードパパ大好き~」ムギュ
マスター「ここは風俗じゃないんですがね」
酒場から教会、果ては民家にまで押しかけ、リブルアーチの食という食を貪った。
シスター「お困りなのですね。けれど、神に身を捧げている私どもは、質素なものしかお出しできないのです」
武器屋「ちょうど家族でバーベキューやるところだったんすよ!人間、肉食ってりゃ幸せですぜ!」
宿屋「私がいつも飲んでいる青い草なんでも混ぜ混ぜ健康汁は、珍妙な味ならしますよ」
彫刻家「俺は貧乏すぎて石を食ったことがある」
腐った死体「うちの店でも扱ってませんねぇ」
そして、時間だけが過ぎていった。
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~ハワード邸の庭~
ハワード「ここまでくれば分かる。幻の珍味はガセネタだったのだな」
ハワード「あの編集者め……いや奴は悪くないか。奴もまた運命に翻弄されし者」
ハワード「ああ、どうしろというのだ。勢い余ってクソ不味い青汁を飲んだり、石をかじったりもした。魔物と会話した気もするが、きっと意識が朦朧としていただけだろう」
ハワード「もう……もうないのか?わしが満足できるような、刺激的な美味との出会いは」
ハワード「レオパルドの小屋……思えばチェルスの作ってくれるエッグタルトは最高じゃった。素朴だったが、どんなに心身が疲れておっても、あれならば食すことができたのだ」
ハワード「きっと今のわしでも、少しは喜びを感じられたに違いない」
ハワード「惜しい、なんとも惜しい人間を亡くしたことよ。わしは大馬鹿者じゃ。この無様を見れば、チェルスは悲しむだろうて」
ハワード「しかし一体、どうすれば……」
今は亡き愛犬の小屋の前でうなだれるハワードは、大魔術師ではなく、ただの一人のおじさんだった。少しメタボリックな中年の男だった。
愛犬と忠臣。二つの大切な存在を失ったことが、ハワードの心に暗い影を落としている。
彼が見つめるレオパルドの餌入れは、今や砂埃に汚れ哀愁を漂わせるのみとなっている。
この庭では辛いことがありすぎた。
ハワード「ん?」
悲しみに暮れるハワードは突如、目を見開いた。
ハワード「レオパルドちゃんの、皿……」
ハワード「肉、幸せ、思い出……」
ハワード「こ、こ、これだああああああ!!」
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ハワード「これだ!私はこれを求めていたのだ!」ムシャムシャ
メイド「そんなっ、ハワード様、おやめください!」
ハワード「いいや止まらん!まったく灯台もと暗しとはこのことだ」
ハワード「レオパルドちゃんがいつも食べていた餌……そう、この生ミンチ肉!ああ、たまらぬ美味さだ!」ガツガツ
メイド「だからって何も犬用の餌入れに盛ることないじゃないですか!見てくださいあれ!料理長が放心していますよ!」
料理長「あひっ、この私が、ハワード様に、犬の餌を作ったあ!」
ハワード「でかしたぞ料理長!」
料理長「びゃああああああ」
ハワード「わしは思うのだ。あの時チェルスには酷いことをしたが、それと同時に奴は密かに、わしも知らぬ生肉の美味さを知ったのだな。はっはっは!ただでは起きんなあ」
メイド「笑い事じゃないですってば。ああもう口髭にいっぱい付いてますよ」
ハワード「これはチェルスへの贖罪の意味も込めている。ならば食べ方もあいつと同じように、犬のように口だけで貪るのが筋であろう」
メイド「ええ……?」
ハワード「これも師、クーパス一族と我がハワード家の切っても切り離せぬ運命か。チェルスの墓に感謝を捧げに行かねばならんな」
メイド「迷惑だと思うのでやめた方が良いと思います」
料理長「うへへうへぇ。私の、私の料理人生はおしまいだあ」
ハワード「メイドよ。食事の邪魔だ。あのやかましい男はしばらく外に放り出しておいてくれ」
メイド「そんなことしたら料理長はきっと、運河に投身自殺しちゃいますよ」
ハワード「そうか?まあいい。それなら、もっとじゃんじゃん作らせてくれ」
メイド「鬼ですか貴方は」
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それからというもの、ハワードは犬の餌を食った男としてあちこちで噂されることとなる。荒ぶる創作意欲に任せて書き上げた『生物皆兄弟!仲良く餌を食べよう!』の記事は編集者に一蹴されて新企画の話も流れてしまった。
しかしハワードは満足だった。求道は極めきれないからこそ楽しいのである。彼は己の世界をまた一つ、広げることに成功したのだ。
世界で一番幸せな男が、そこにはいた。
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ハワード「ああ!うまいうまい!おかわりだ!」
メイド「もう20杯目ですよハワード様!?」
ゼシカ「ちーっす。ハワードさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……うわっ、何食べてんのそれ」
ハワード「おお、ゼシカ!良いところに来たな!お前もやっていくか!」
ゼシカ「絶対に嫌」
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ハワードはその夜、腹を壊した。
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おわり
ハワードは大食漢らしいですね。彼とチェルスの話は心にくるものがありました。