チャゴス王子の国興しにより開催された、世界で一番の美女を決める大会。
たった一日のことながら、その規模はバザーすら越えるものとなった。
サザンビーク湖畔の草原には、遠方から来る一般客用のテントが続々と設置されていき、ゆうに千人は宿泊できる運びである。テント村からサザンビーク城までは、その日限りの荷馬車が国費によって無料で運行しており、至れり尽くせりの用意周到さには大臣の苦労と辣腕が窺える。
そして、ついに当日。
来場者数は前日から既に予想を上回り始めている。天候に恵まれ、遥か向こうの空にも怪しげな雲は一つとして無い。まるで神がこの祭典の後押しをしているかのようである。
厳重に閉められているはずの城門も、今日ばかりは開け放してある。
続々と客が押し寄せ、サザンビーク城下町はあっという間に人で溢れ返っていた。
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~サザンビーク城、会合室~
建ち並ぶ出店と、その合間を埋め尽くすような人混みを眼下に、エイトは感嘆した。
エイト「すごい人だかりですね」
クラビウス「うむ。皆、娯楽に飢えていたのだろう。ここまでの祭りをチャゴスが開いてくれるとは、父親としても鼻が高いぞ」
チャゴス「がはははっ、まだまだこれからですよ、父上。メインイベントが始まれば、もっと凄くなります!」
クラビウス「ボン、キュッ、ボーンか」
チャゴス「いやいや、キュッ、キュッ、ボーンもなかなか」
大臣「でかけりゃ何でもいい……」ボソッ
トロデ「マジかお主」
サザンビークの大臣の性癖にドン引きするトロデ。
その隣では、アスカンタ王のパヴァンが気恥ずかしそうに笑っている。
パヴァン「いやはや、私のような弱小の国の王まで会席させてもらえるとは、感激です」
エイト「弱小だなんて、とんでもありませんよ」
トロデ「そうだとも。アスカンタは治世が領土の隅々まで行き届いておる素晴らしい国じゃ。パヴァン殿と国民が信頼し合っているからこそ成し得ていることじゃろう」
クラビウス「まったくです。パヴァン王、貴方を信じる国民のためにも、ご自分の国を弱小などと貶されてはなりませんぞ」
パヴァン「み、皆さん……!ありがとうございます。若輩者ですが、これからも精進致します」
エイト「あ、こちらこそ」
エイトとパヴァンは頭を下げあう。
腰の低い二人の若き王に、二ノ法皇は大笑した。
二ノ「はっはっはっ、そう畏まりなさるな。ここにいる皆は暗黒神ラプソーンの災厄を経て、絆を深めた同志ではないですか。今日は無礼講、酒を酌み交わしながら心行くまで楽しみましょうぞ」
フォーグ「むむむ、弱ったな。僕はお酒が飲めないのだが……」
メダル王女「それでしたら、メダル船団がリーザスより輸送してきました上等な葡萄のジュースがありますわ」
フォーグ「おお、助かります」
メダル王女「今後ともご贔屓にしてくださいね」
場は和気藹々としている。
クラビウスは平和の象徴にも見える有力者たちの談笑を嬉しそうに眺めてから、拍手を一つ打った。
クラビウス「まあ、何はともあれ乾杯しようではありませんか。さあチャゴス、主催者であるお前が仕切りなさい」
チャゴス「は、はい、父上。ごほんっ。それでは皆様、えーっと……これからの、世界平和と……なんだっけ」
大臣「各国の繁栄、ですぞ」ボソボソ
チャゴス「うむ。えー、各国のさらなる繁栄を願って……かんぱーい!」
一同「かんぱーい!」
チャゴスの音頭に続いて、飲み物が入っているグラスが、高々と掲げられた。
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パヴァン「それにしても~」
たった一杯で酔いが回ったのか、パヴァンの顔は赤くなっている。
パヴァン「私の妻のね、シセルがいればね、優勝間違いなしだったと思うんですよぉ」
クラビウス「確かに、昔の有力者会議の際にシセル王妃にはお会いしましたが、美しい方でしたな」
パヴァン「そーなんですよー!まあ、いいんです。言っても仕方ないし。今回は、うちからはキラが出ますからね。城の全兵士の推薦もあって、優勝候補筆頭ですよ」
二ノ「ぬふふ、審美眼に長けるパヴァン王のイチオシとは、楽しみですな。ちなみにエイト殿。此度はミーティア王妃は出場なさらないのかな?」
チャゴス「げほおっ」
ミーティアの名前が出た瞬間、チャゴスが盛大に飲み物を吹きこぼしたが、誰もが気付かぬフリをした。
エイト「ええ。大切な妻ですから、あまり衆目に見せびらかしたくなくて。本人もそこまで乗り気ではありませんでしたし」
二ノ「なるほど。仲睦まじいようで、結婚式を取り持った甲斐がある」
クラビウス「ま、まあまあ。そうだ、フォーグ君。確か、妹のユッケが出場すると聞いているのだが」
デリケートな国交の問題に触れることを嫌ってか、クラビウスは冷や汗を流しながら話題を強引に変えた。
突然話を振られたフォーグが驚いて振り向く。
フォーグ「あ、ええ、はい。恐れながら。世界には綺麗な女性が沢山いるというのに、あいつは自分の子供っぽさをまだ自覚していないようで困ってしまいます」
クラビウス「良いではないか。そのお転婆さがカジノの人気に一役買っていると、噂になっているぞ。兄妹仲良くやれているようだし、ギャリング氏も天国で喜んでいることだろう」
フォーグ「あはは。王にそう言っていただけるとは、光栄の極みです」
少々の護衛と待女たちが見守る中、権力者たちは意気投合し、女性談義を始めとした話に花を咲かせている。
そんな最中、ふとチャゴス王子は立ち上がり、エイトに近寄ると、こそこそと耳打ちした。
チャゴス「……おい、エイト、例の物はどうした」
エイトはチャゴスと同じく、小声で返事をする。
エイト「錬金釜で仕上げ中。あと一時間もしない内に出来上がるはずだから、完成したら使いの者に送らせる」
チャゴス「よし、間に合うな。報酬は約束通り、今度の定期便に紛れ込ませてやる」
エイト「頼んだよ」
二人の怪し気な会話に聞き耳を立てている者はいない。
目も眩むような豪華な面子での酒宴に、一人のメイドが萎縮しながらも、チャゴスと話していたエイトに歩み寄った。
メイド「エイト王、伝言にございます。どうやら民衆の中に王と対面したいと申す者が多数おりまして、いかがなさいましょう」
エイト「分かった。すぐ行くよ。じゃあ皆さん、ちょっと席を外しますね」
トロデ「おうエイト、人気者じゃのう」
チャゴス「けっ」
メダル王女「あ、私もやることがありますので、そろそろ行きますわね」
そうしてエイトと王女は、会合室を後にした。
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~サザンビーク城、門前~
エイトが城から出ると、一人の女性が駆け足でやって来た。
息を弾ませているその人は、高名な占い師ルイネロの娘、ユリマであった。
ユリマ「エイトさん!お久しぶりです!」
エイト「あ、ユリマさん。久しぶりだね」
ユリマは多少落ち着くと、エイトが着ている王族の衣装をまじまじと見て、身を縮こまらせた。
ユリマ「あ、ご、ごめんなさい。今は王様だから、こんなに気安く話しかけてはいけませんでしたよね」
エイト「そんなことないよ。むしろ嬉しいかな。皆が畏まってくるのって、なんだか変な感じするんだよね。性に合わないや」
ユリマ「まあ、エイトさんったら」
エイト「ユリマさんは今回のコンテスト、参加するの?」
ユリマ「は、はい。父が背中を押してくれまして。優勝できるかは分からないですけど、精一杯、頑張りますねっ」
エイト「うん。応援してるよ」
ユリマ「うふふ。お父さんが言った通り、本当に吉日かも……それじゃあ、他の人もいるから私はこれで。また会場の方でお会いしましょうね」
ユリマは晴れやかに笑って、巨大なステージへと駆けて行った。
それからも、エイトの元にはひっきりなしに握手やサインを求める人々が押し寄せ、ついには衛兵たちが行列を整理し始める事態にまで発展した。
このままでは日が暮れると慄いたエイトは、巧みな体さばきで場を逃れ、目立たぬマントに身を包んで城下町を巡ることにした。
エイト「ふう、身が持たないや。体よく外に出られたんだし、観光していこうかな」
ヤンガス「あれ?アニキ、何やってるんでがすか」
出店を渡り歩いていると、後方から声がかかる。振り向けば、自称子分のヤンガスがいた。さも当然のようにエイトの正体を見破った観察眼は、忠誠心からくるものか。
エイト「ヤンガス。来てたんだ。君はこういうの興味無いと思ってたよ」
ヤンガス「いや、それがゲルダのやつが出場するって言うんで、仕方なく付き添いで来たんでがす。こうしてアニキの元気そうな様子も見れたし、結果オーライですがね」
エイト「ヤンガスもたいてい、尻に敷かれるタイプだよね」
ヤンガス「ぬうう、反論できねえや」
エイト「そうだ、何処かでハワードさん見なかった?城での集まりに来てなかったんだよね」
ヤンガス「ハワードのおっさんなら、町の病院で寝込んでるでがすよ。なんでも、周りが止めるのも聞かずに生肉食って腹壊したらしくて。貴族っていうのは、何考えてるか分からんでがす」
エイト「あの人も大概だなあ。まあ、無事に着いてるならいいんだけど。ヤンガス、せっかくだから一緒に屋台でも見て回ろうよ」
ヤンガス「もちろん!お供するでがす!」
出店の様子は、バザーに輪をかけて活気に満ちている。
きらびやかな武器防具、新作のアクセサリ、各国の郷土料理など、あらゆる物品が揃い踏み、つい財布の紐を緩ませる。
世界樹の葉を売っている少女は、世界樹のしずくやエルフの飲み薬といった加工品まで陳列している力の入れ様である。その横には『ピュア・ギガンテス』なるカクテルを売っている店まである。
祭りの熱気にあてられ目まぐるしく練り歩いていると、女の人だかりが出来ている所があった。
その中心にいる人物は背が高く、特徴的な白髪から、すぐに誰なのか判別がついた。
ヤンガス「ククール」
ククール「おっ、ヤンガスと……なるほどね。すみませんね、お嬢様方。少し野暮用がありまして、またお会いしましょう」
女集団「や~ん、ククール様~!」
取り巻きの女性たちに別れを告げたククールは、エイトたちと合流した。
ククール「よう二人とも。久しぶりだな」
ヤンガス「やいククール、久しぶりに会ったっていうのに、ちっとも変わってないでがすな!この女たらし!」
ククール「なに怒ってんだよ。変わらねえってことは喜ぶべきところだろ。なあ、エイト」
エイト「そうだね。ククールが女たらしじゃなくなったら、少し寂しいかな」
ククール「すまん。その考えはよく分からん」
ヤンガス「まったく……むしゃむしゃ」バクバク
ヤンガスは怒りを発散するように、ほねつき肉を食べている。
ククール「おいヤンガス、それなんだよ。美味そうだな」
ヤンガス「あばれうしどりのグリルでがす。あそこでメダル王女のねーちゃんが売ってるでがすよ」
ヤンガスが指さした方を向くと、屋台の一角で次々と肉を売り捌くメダル王女がいた。笑顔が眩しく、主に男性客がこぞって並んでいる。知名度を経験値化できるならば、急速にレベルアップを果たしているであろう。
ククール「いいね、美女の手渡しか。俺も一つ買ってこよう」
エイト「ククールは他の店は行ったの?オススメとかある?」
ククール「ぼちぼちな。あの出張ぱふぱふ屋は相変わらず凄かったぜ」
今度はククールがテントを指し示す。そのテントは異質で、四方が黒い布ですっぽり覆われている。店の前では『ぱふぱふ屋』と書かれた看板を掲げたあらくれ男が客を呼び込んでいる。いかにも怪しい雰囲気であるが、こちらも男性客の行列ができていた。
エイトとヤンガスも男の例に漏れず、引き寄せられるようにして、ひっそりと列に並んだ。
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ヤンガス「ふいーっ。やっぱり本物にはない魅力があるでがすなあ」
エイト「こんなところミーティアに見つかったら大変だよね……」
ヤンガス「なに、ばれなきゃ問題ないでがす」
エイト「だね。ばれない内に来賓席に戻るとするよ。そろそろコンテストが始まる頃だしね」
ヤンガス「そうでげすな。あっしもゲルダの奴の応援をしに行かなきゃなんねえ。それじゃアニキ、また今度」
エイト「うん。またね」
エイトとヤンガスは手を振って別れた。
広間では前座として、モリーによる魔物のショーが行われている。前座というには些か派手であるが、その分、会場はすっかり温まっていた。三人のバニーも華麗な躍りを見せている。
昼時となり、いよいよ熱気も最高潮に達している。
モリーたちは最後の大技を繰り広げ、拍手喝采の中で退場した。
続いてチャゴスが壇上に登る。
世界中から集まった人々が、この祭りの主催者に注目し、歓声を上げた。
ここまでは上々。チャゴスはにやりと笑った。
かくして、ついに祭典のメインイベント、ミス・コンテストの幕が開けたのである。
祭りの雰囲気を表現したいと思い書いていたら、過発酵したパン生地のように膨らみ過ぎていました。反省しています。