The Paper in Hellsalem's Lot   作:碧海かせな

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始まりの手紙

始まりは一枚の手紙だった。

 

「I’m very excitedか……」

彼女は今日もそれを読んでいた。内容は、普通の手紙だ。

本当であればいつも通り段ボール箱にしまいこんでそれっきりだったろう。

彼女にとってはある意味読み慣れた手紙だから。

 

作家生活を何年もしていれば、それもデビュー時には天才中学生作家としてもてはやされた彼女にしてみれば、ファンレターなんてそれこそ溺れるほど届く。

昨年出した新作もまた、どこぞの文学賞を受賞するとかしないとか話題に上がっている。

本屋では今も最前列に新作が置いてあるし、重版も何度もかかっている。

このご時世には珍しく若者からお年寄りまで人気のある実力派なのだ。

もっとも昨年の新作は6年ぶりの新作、というのも話題になった理由かもしれないが。

 

しかし彼女にしてみれば、多くの人の感想よりも、たった一人のかけがえのない人の感想の方が大事だったりする。

笑えてしまうことに、新作を出した時に1番緊張したのは、出来上がって家のプリンターで印刷したA4の紙束を、あの人に渡した瞬間だったりする。

呆れる話だが、あの人はその日のうちにそれを読み切って、私の家に来て、普通の人であればドン引きするくらいの感想を私にぶつけてくれたが。

 

でもその時、私はまだ作家としてやっていける、って思ったのだ。

 

 

 

「先生おはようございますぅ」

午後1時過ぎた時間に、おはようもクソもないが、同居人は眠そうな顔で居間に現れた。

「おはようじゃないわよ、居間何時だと思ってんの?」

「えへへ、昨日もちょっと先生の本を読み返してたら、あっという間に」

ボサボサに寝癖だらけの黒髪、だらしなく着崩したパジャマ、彼女の小さな顔には不釣り合いな大きな黒縁メガネ。

ズレ落ちそうなメガネを持ち上げて同居人は笑っている。

その時、どちらともなくお腹が鳴った。

 

お互い顔を見合わせて笑う。

「お昼何食べたい?」

「先生の作るものなら何でもいいですよー」

同居人は私の座っているソファに腰掛けた。

にへら、とした顔を見て、この同居人が実は国際的エージェントとであることを信じる人が、いったいどれだけいるであろうか。

 

「あ、先生またそれ読んでるんですね」

「うん」

彼女は改めてその手紙の封筒を手に取る。

お世辞にも上手いとは言えないアルファベット文字、仰々しく大きくスタンプされた〈検査済〉の文字。

差出人の住所は、ヘルサレムズロット。

かつてニューヨークと呼ばれた大都市に突如現れた異世界都市である。

 

「先生の本が、異世界存在(ビヨンド)の人にも感動してもらえるなんて、凄いことですよね」

「私も、私の書いた本は人種も超えるって自信もらってたけど、まさか種族まで超えちゃうなんてねー」

彼女の本は今まで何冊も翻訳され多くの国で出版されている。

アジア圏のみならず海外でもそこそこ売れているそうだし、映画化したことだって一度や二度ではない。

そんな一冊がきっと国を超え、渡り渡って異世界存在(ビヨンド)の彼にも渡ったのだろう。

彼がどんな気持ちで手に取ったのかはわからない。

だが読み終わった時に、遠い極東の国に住む作者に手紙を書こうと思ったという熱量に、彼女は感動していた。

 

ーーI can’t see you, but I do read your other book!

そして彼女の心に引っかかっているのはこの一文だった。

『私はあなたに会えないけれど、あなたの他の本を絶対読みます』と。

 

異世界存在(ビヨンド)はヘルサレムズロットを出られない。

自国一の都市をある夜、突如失ったアメリカは、すぐにその方針を打ち出した。

ニューヨークの中の人間ではない彼らは、決して外には出られい。

世界の混沌をこれ以上加速されるわけにはいかない、という人間の意思によって。

 

「ねぇ、先生はヘルサレムズロット行ったことないの?」

彼女が聞くと、同居人は首を横に振った。

「とーっても危ないところだって聞いてますし、ここ数年は先生とずっと一緒だったでしょ?」

「そういや、あれが出来たのは3年前だっけ。まだそれしか経ってないのかぁ」

今でも彼女は思い出す。

ある日テレビをつけると、世界は異世界と遭遇していたのだ。

世界の果てを見たつもりだった彼女も、その世界の外側にあんな世界があったとは知らなかった。

興味がないと言えば嘘になる。

でも、危ないし、行く用事もないし、新作も書かなきゃならないし……。

そうやって3年。

 

 

「行こっか、ヘルサレムズロット」

彼女は、同居人に、そう言った。

「え?」

「先生、一緒に行こう? きっと異世界の本とか、きっと読んだこともない本あるよ?」

「え?」

「前々から行きませんかって、出版社から言われてたのよねぇ。なんかやたら報酬もよかったし」

「え?」

「次の作品にもきっといい経験になるわ! だからーー」

そういうと、彼女ーー菫川ねねねは、同居人ーー読子・リードマンにとびっきりの笑顔を見せた。

「一緒に行こう、先生」

「えええええええええええええええええええ!」




思い付いたら書くしかない

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