深夜3時、人々が丑三つ時と呼ぶ時間。その時間に睡眠を妨げられるうえ、人の言葉を話すことができる猫の勧めで、闇の支配する世界に足を踏み入れることになってしまった。それまでの時間はかすかな休息の時間ということになるのであろう。この夏を園田家で過ごすことになった零夜は今、お風呂が開くのを待っている。現在時刻は約22時、叔母から先にお風呂をどうかと勧められたが反射的に後でと言ってしまった。家にいる時も大胆先に兄たちが先に入ってしまうので、基本後回しにされてしまう。そのくせみたいなものが表れたのか、順番を譲りに譲り、結局最後になってしまった。このような細かいところにも消極的な性格は影響を及ぼすのだろうか。これだから自分の性格を嫌に感じることが多々あるのだ。
10分ほど過ぎた頃、お風呂上がりの海未が零夜のもとを訪れた。どうやら順番は叔父、叔母、海未という順番だったらしく、先ほどまで浴場にいたのは。海未だったようだ。その証拠に、肌が赤くなっていたり、髪はまだかすかに湿っていたりと彼女の体のいたるところにその証拠となる箇所が見受けられる。これは自分に備わっている観察眼のお陰なのか、それとも犯罪者としての才能が開花しそうなのか、本気で悩みそうになったがそのような考えが頭の中でまともに考えられないほどに目の前の彼女は魅力的だった。今までに見ていた、一点の曇りのない真っ白な肌とは違いほのかに赤くなった肌は昼に見た時とはまた違う魅力だった。しかしその姿に魅了されたからと言ってまじまじと見つめることは彼女にも失礼だし、妙な誤解が生まれる可能性がなきにしもあらず。必死に視線をそらそうと努力はするが同時に零夜の頬も海未の肌と同じように赤くなってしまった。その様子を不思議そうに見つめる海未だったが、零夜の部屋に置かれた摩訶不思議な道具たちを見渡すとさらに不思議そうな顔になった。どれもこれもどうゆう要素で使うのかは海未にも理解できなかった。部屋から視線を戻した海未は零夜に浴場が開いたこと、浴場までの生き方、上がるときは湯船を抜いておいてほしいということを伝えると、横で丸くなってあくびをしている子猫を抱いて零夜の部屋を後にした。何でも叔父と叔母がこの猫を連れてこいと言ったそうだ。子猫を抱っこして部屋を出る海未の背中を見送ると、零夜は着替えとタオルをもって浴場へと向かった。
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園田家の浴場は成神家の浴場とどこか似ているものがあり、つくりは大きく木製の浴槽が一つ置いていった。浴槽からはかすかにヒノキの香りが漂ってきている。足先を少し湯船につけると、温かいくも少し熱いともとれる温度がつま先から伝わってきた。ゆっくりと湯船につかると、体の所々がじんじんと痛み出した。きっと昼に叔父から受けた箇所がお湯に当たって痛み出したのだろう。しばらく湯船につかっているとその痛みも段々と薄れてきてただ温かいという感覚だけが残った。その感覚は人の考えごとの渦に巻き込む特性を持っているのか零夜の頭の中は今日一日の出来事を振り返り始めた。
人の言葉を理解して頭に直接話しかけてくることのできる猫、謎の白い空間、部屋に置かれた意味不明など道具、初恋の相手とも再開、叔父への反撃の時に少し意識が飛びそうになったこと、一日だけでこれほどのことを体験したのかと、自分でも驚いているほどだ。普通に何事もなくここについていたら今頃は再会を果たした思い人に思いをはせている頃であろう。しかしそういう訳にもいかず、零夜の頭の中には別の女性のことが頭に浮かんでいた。その女性とは、猫の言葉の中に出てきた今は亡き零夜の母のことだった。零夜の母は6年ほど前に亡くなっていて、猫が言うには陰陽師の末裔だとかなんだとか。いきなりそんな事を言われても頭が付いていける気がしない。だからこそ深夜に出掛けるともいえるのかもしれない。もしかしたら、暗闇の世界には母の死因の手がかりがあるかもしれない。謎が謎を呼び何も考えたくなるほどまでになると、鼻の頭まで湯船につかって、ブクブクと泡を立てた。空気に触れると消えていく泡のように、頭の中にある悩みも消えてしまわないだろうか。
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零夜がお風呂に入っている間、海未は自分の両親の部屋に零夜が連れてきた子猫を連れて行った。しかし海未にもなぜこの子猫が両親に呼び出されたのかは聞いていない。ただ、連れてこいと言われただけだった。今自分の腕の中で小さなあくびをしている子猫には何か特別な意味があるのだろうか。
しばらく廊下を歩いた海未は一つの部屋の前で足を止めた。ここは自分の両親の部屋であり、この子猫を連れてこいと言われた部屋でもある。
「失礼します。お父様、お母様、子猫を連れてきました。」
そういった海未は二人が座っているところの前に眠そうにしている子猫をそっと置いた。両親は表情一つ変えずに言った。
「ご苦労。」
「海未、あなたは席を外しなさい。」
「・・・はい、失礼します。」
静かに障子を閉じると、自室へと戻っていた。もちろん、子猫は親の部屋に置いて。海未の姿が完全に見えなくなったことを確認すると、叔父は口を開いた。
「お久しぶりですね、斑目様。」
『園田のせがれか、久々じゃの。そっちは、お前のつがいのものか?』
「ええ、私の妻です。」
その言葉と同時に横で叔母が一礼をした。その後に叔父は再び斑目と呼ばれた子猫に視線を戻した。
「ところで斑目様、どうしてお戻りになられたのです。あなたはとうの昔に死んだはずでは?」
『うむ、そのことじゃが、あいつに言われて、輪廻の輪に乗って転生をした。』
「何か理由があったのですか?」
『・・・厄災が復活する。』
~*~
お風呂から上がり自室に戻ると既に海の手によって戻されたのか、あるいわ叔父か叔母の手によって戻されたのかはたまた自分で戻ってきたのか、子猫が丸くなって眠っていた。ふとしたところにちゃんと猫としての姿が垣間見えるというか、深夜には出かけるというのに、頼りないというかなんというか。しかし、緊張も不安も何も感じていないかのような子猫の姿を見ていると、必死に悩んでいた自分のことがバカバカしく思えてきてしまった。そのおかげなのか、急な眠気に襲われた。深夜を迎えるまで少し仮眠を取ろうと思い、布団にもぐった。
~*~
「・・・ろ、・・きろ、・・起きろ零夜。」
遠くから自分の名前を呼ぶ声がする。その声はだんだんと大きくなっていった。しかしまだ瞼が重くもう少し寝ていようとしたとき、瞼の上から何かの衝撃が加わった。その感触は柔らかいようだが強く押しつけられているので痛くも感じた。
「・・・なんだよ、もう・・・」
「丑三つ時じゃ。外の世界へ行くぞ。」
「・・・お前、普通に喋れてないか?」
「この時間は魔力が高まるからの、これくらいは容易くできるようになるし、誰かに聞かれる心配も少ないからの。」
それだけ告げると、子猫はすくっと立ち上がると廊下から庭にと出ると、外の世界の空を見上げた。その姿はどこか懐かしいものを見るような、何かを探しているようにも見えた。
「いくぞ、主の母が何をしていたのか、教えてやる。ほれ、そこにおいてあるカバンを持っていけ。」
子猫の視線の先にはいつの間にか部屋に置かれていた荷物の中に紛れ込んでいたカバンを壁に立てかけていた。そのカバンの中にはこれまたいくつかの不思議な道具が入っていた。もちろン何に使うかは理解不能である。
「ほれ、さっさとせい。」
子猫の焦らせによって中身の詳しい確認もしないでカバンを持つと、子猫の後を追った。廊下にいる子猫の隣に立つと何か見えるのかと思い空を見上げた。しかしそこには暗闇に光る星の姿だけがあった。こいつは星を見ていたのだろうか。
「何をしている?」
子猫はいつの間にか塀の上まで移動していた。この家の塀は2メートル近くはあるはずなのにどうやって上ったのだろうか。疑問が頭に浮かんだが後を追うため玄関に向かおうとすると後ろから子猫の声がした。
「どこへ行こうとしている?」
「ここから出るんだろ、玄関だよ。」
「そんなことせずとも今は魔力が高まっとるんじゃからこれくらい飛べるじゃろ。」
そういえば、昼よりも体が軽いような気がする。試しに軽くジャンプをしてみると、普通に飛ぶよりもずっと高く、1m近く飛びあがった。まるで自分の体に羽が生えているかのようだ。本気で飛べばこの塀くらいは簡単に飛べそうだった。
「ほれ、やってみんか。」
少し助走をつけてから飛び上がると、その高さは簡単に塀をも超える高さになった。やすやすと塀にのぼるとそこからは昼とは違う世界が広がっていた。ただ明るさというだけでなく、空気も、そこに住まう者たちも違っていた。そこから見えたのは、普通の町などでは決してなかった。そこは、深淵の闇が支配する妖魔が住む世界へと変貌していた。屋根の上に、公園に、庭に、学校の屋上に、そこらかしこに異形な形をした大小さまざまな妖魔たちがうろついていて、その世界はまさに妖魔界と呼ぶにふさわしい景色になっていた。
「何だよ、ここ・・・。」
「これが、主の母が見ていた世界じゃ。」
「これが?」
「そう、主の母はこの世界で現実に影響を及ぼす者たちを封印して回っていたのじゃ。」
「封印ってあいつらをか?」
「うむ。今主が持っているカバンの中にはそのための道具がはいっておる。」
カバンの中に手を入れるとそこにはいくつかの道具が入っていた。その中でいかにもな道具はこの古そうな紙の束だった。これだろうかと思い何となく取り出すと、隣りから声が聞こえた。
「正解。それを使う。」
「こんなもの、どうやって。」
「その中から適当に一枚ちぎってみるといい。」
言われた通り札を一枚とると、その紙にはまったく意味の分からない文字が並んでいた。この紙が何を意味するのか全く理解ができなかった。そんな様子の零夜に助言をするかのように隣で座っている猫は園田家の玄関に手、というよりも前足を突き出した。その前足の先にいたのは影のような色をした形がはっきりとしない、得体のしれない物体だった。
「あれは、闇に潜む生き物でな、元の世界に不幸を持ち運ぶ。だから今のうちにあの上げごと封印するのじゃ。それが主の母、先代の祓い屋の仕事じゃ。きっと主にもできる、やってみんか。」
「そんなこと言ったってやりかたがわからないよ。」
「その札を体のどこかに張り付ければいいだけじゃ。一から説明するのは面倒じゃな。」
猫から説明を受けた後、もう一度自分の手元にある札に目をやった。今自分の手の上でひらひらと風に吹かれている紙は、何か特別な力を持っているようには到底思えない。こんな古紙とも見分けがつかないような紙にそこで漂う亡霊のようなものを封じる力があるのだろうか。疑心暗鬼で札を見つめている間に玄関前で漂っていた影は園田家の庭に侵入してきた。そのまま庭をしばらく歩くと、一つの部屋の前で立ち止まった。その部屋の雨戸の奥には、深い眠りについている海未の姿が見えた。その影は海未の姿を確認するとそのまま部屋に侵入しようとした。
「いいのか?あのままでは若き園田が呪われるぞ。」
「?! 先に言えよ!」
いそいで海未の部屋の前までかけていった零夜は、さっきまで持っていた札を影の背中に張り付けた。すると札から黒い霧のようなものが発すると影を囲うかのように渦を巻き始めた。影の全身を包んだ黒い渦はだんだんと弱弱しくなると縮小していき最後には小さな黒い石になってしまった。地面に落ちた石を拾い上げて自分の頭上に掲げて月の光で石を照らすと、その石の中にはまだ小さいが黒い渦が存在していた。どうやらこれは渦を囲んだ周りが石化したもののようだ。月の光に照らされた石はガラス細工のようにも宝石のようにも見えた。この世のものとは思えないほどの美しさだった。石に見とれていたら、いつの間にか隣に座っていた子猫に声をかけられるまで気が付かなかった。
「あまり、その石に見とれるでない。魔に惹かれると戻れなくなるぞ。」
「この石にそんな効果があるのか?」
「過去に何度も魔に落ちた者がいたぞ。その者たちは全員戻ってはこなかった。」
「・・・だから先に言えよ。」
零夜は頭上に掲げていた石を急いで下げていたカバンの中へしまった。
「それで、感想は?」
「何、感想求めてくるの?」
「うむ、いいからさっさと答えろ。これは主の母もしていた仕事じゃ。初めて自分の親がしていた仕事をしてみた気分はいかがなものかの?」
「・・どうなんだろうな。あんまり実感がわかないな。自分が何したのか。」
「まあ、最初はそうじゃろうな。しかし主は行動したじゃろう。それは母への思いではなかったな。若き園田が大事か?」
「大事っていうか、不幸にはなってほしくないなって思っただけさ。」
「ほほう、恋愛沙汰か。主の母が喜びそうな話題じゃな。」
「知らないよ、そんなこと。」
猫から目をそらした零夜は眠りについている海未に視線を向けた。
「なんていうか、海未さんを守りたかったのかな。」
「ほう、ならばこれからもこの仕事を続けることになるぞ。この家には妖魔が寄り付くようじゃ。」
「なんで?」
「そんな事わっちもわからない。わっちは全知全能ではないのだからの。」
「ふーん、まあ別にいいさ。彼女を不幸にはしたくないしね。」
「何かを守ろうとするものはそれだけで力を増す。期待しているぞ。」
何だか斑目様がキュ◯ベエに思えてきました。お、恐ろしい。受験勉強していても、自分の手は本棚に向かってしまって、気が付くと漫画を読んでいるんですよねえ。精神が弱い!海未先輩に叱ってもらえたらやる気出る気がするなあ。なんて、考えてる暇があれば単語を一つでも覚えろって話ですよね。
読んでいただいた皆様に神々の祝福があらんことを