001 悪巧み1/4
>>> 統一暦一九二三年 5月16日 ニューヨーク州/ウォール街のとあるバーにある秘密の個室 <<<
「あのような愚図で、損得すら推し量れないくせに、”協商”連合などと名乗っているアホ共のせいで世界大戦へ至るのは避けられない情勢となったのかね?」
紫煙を吐き出しながら、忌々しげに言ったのは40代にさしかかろうかという男性だった。 全身を、良い仕立てと分かるスーツに身を包み、豊かな金髪をオールバックにまとめている。もみ上げと繋がる顎鬚は整えられており、不潔な印象は一切受けない。そして、その精悍にして鋭い顔から、「合州国経済界の獅子」の異名を取る。
彼の名は、フラウホーン・センターフィールド。
合州国の弱電製品業界を牛耳る男で、政財界に多大な影響力を持つ男だ。
彼が支配する”グランド・エレクトロニクス(通称:GE)”は、世界各国にて特許を取得し、自社の製品を現地企業を買収し、現地で製品を組み立てさせる形式で、グローバルな企業展開を行っている。
秋津島皇国に10年ほど前から大幅な投資を行い、亜細亜圏においても徐々に影響力を伸ばし始めており、「世界の弱電にGEの影響を受けていない製品は存在しない」と揶揄されたりもしている。
「ウチとしては、武器が売れて儲かるんだがね。問題は、戦略と戦術に脳のリソースを使い果たしているポテト連中は、大概やめどきを見落とすことだろう。まったく勘弁してほしいものだよ。金は儲かるかもしれないが、ビジネスで経済基盤が崩壊しては元も子もないんだ」
そういって、ウィスキーで口を潤すのは、黒縁眼鏡から覗く怜悧な蒼い目が印象的な男性だ。
彼はリラックスした服装をしており、セーターにジーパンというまるで私室でくつろぐかのような印象を持たせてる。彼は、フラウホーンよりも若い印象を受ける。長い黒髪を、後ろで纏めているせいかもしれない。
彼の名は、クリランス・デイヴィッド・ディロン。
武器商人。そう一言で表すには、あまりにも影響力がありすぎる男だ。
合州国において、今後設立されるであろう義勇軍への武器提供は、おそらくこの男が全てを仲介することになるだろうし、その関係から陸軍の予算にすら影響を与える怪物である。
近年では、緊張感の増す欧州にも食指を伸ばしており、協商連合のナショナリストという愚か者達が台頭したのには彼の影があるともっぱらの噂である。
「あー。フラウホーンが言いたいのはね。デイヴ。君が協商連合を煽ったんじゃないかという皮肉だと思うんだがね。ちなみに、私も君が煽ったんじゃないかと疑ってる。武器などという消耗品のために大量の国債を買わされる可能性のある銀行の立場を考えてもらえないかね?」
はぁー。と苦労人を絵に描いたような気弱そうな男は深いため息をついた。
ピッチリと七三で分けた金髪に、バンカーらしい堅苦しさと、苦労人によくある気安さをかもし出す不思議な雰囲気の男だ。眉間には皺がよっており、いままでずいぶんと苦労しているのだろうと一目で分かる。
二人よりも幾分か歳をとっているように見えるのは、その苦労性ゆえかもしれない。
彼の名は、ジョージ・スペンサー・モーガン。
若くして魑魅魍魎の跋扈するウォール街を、「庭」と言い切る経済界の怪物。
見た目からは、考えられない程の辣腕を振るって、元々強い立場にあったJPモーガン・カンパニーの総帥としての地位を絶対のモノとした。
「おいちょっと待てよ。私が、仕掛け人だとかいうあの三文記事を信用しているのか」
「あんな三文記事は信用していないが、君が今までやってきた実績を俺は信用しているんだよ」
「フラウホーンに同じくだ。君が今まで、一体いくつの小競り合いを”演出”してきたと思っているんだい?ジャーナリストよりも君に詳しい僕たちが疑うのは当然だろう?」
「さすがに、世界大戦の引き金を引くほど馬鹿じゃない。むしろ、前政権を支援していたぐらいだ。”例の演算宝珠”のデータを得るために帝国の技術工廠の関連企業にどれだけ投資したと思ってるんだ」
身を乗り出し、威嚇するよう大またを開いて、二人に視線を向けたのデイヴィッドだ。
彼ら三人は、お互いが前世持ちであり”この世界”の真実をしっている人間であると共有してから”セカンドライフ”という組織を作った。
他にも、自動車産業と政界にも同じ境遇の人間を見つけてメンバーに加えた。
少人数でありながら各業界のトップクラスの人材が揃うこの組織は、事実上合州国経済の実権を握っている存在である。
この”セカンドライフ”は、この世界がとある少女の存在によって間違いなく世界大戦に向かうことが確定していたために、戦争のコントロールを目的として、帝国に対しての影響力を高めようと様々な工作をしていた。
しかし、彼らはあくまでも営利企業のトップであり、さすがに好き勝手に企業を動かすことは不可能である。
そこで、自分達の利益を確保しつつ帝国をコントロールするために軍需産業に食い込むことを画策した。その過程で、天文学的な投資を行ったのである。
額面にすると、100億ドル程度になるのだ。
そして、それを主導する役目を担ったのがデイヴィッドである。
その投資をふいにするようなことは、ビジネスマンとしてありえないことなのだ。
彼が、文句を言ったのはそれを理解している二人が自分を疑っているという事に、多少のショックを受けたからだった。
「おいおい。冗談だよデイヴ。そう怒るな。とはいえ、このままあのアホ共がとりあえず保たれている秩序をぶっ壊すとなると、あれだけの投資が全て吹っ飛ぶ可能性すらある。その問題に対する動きは事前に話し合っておきたい」
「原作では、あと二ヶ月ぐらい先だったか?」
「帝国の士官学校のスケジュールが例年通りならそうなる。全く。この世界が幼女戦記の世界だということにあと10年はやく気がつけていれば……。年表も暗記していたから、もっと楽ができたはずだったのになぁ。はぁーー」
「ああ、ジョージの前世は日本人だったな。まあ、世界情勢から状況を事前に把握できるだけでも幸運さ。フラウホーン。お前は、どの程度情報を掴んでいる?」
デイヴは、声の調子を元に戻しながらフラウホーンに問いかけた。
「こっちでは、二ヶ月後にピクニックへ行くらしいという話しを聞いてる。ほぼ決まっているともな。エレニウム95式とやらの情報だけ引っこ抜いて資産は全てさっさと引き上げたいものだ
」
「それは早計だ。投資の回収がまだできていない。銀行の立場としては、その意見には断固として反対するぞ」
「ウチとしても同意見だな。それから、ウチで手に入れた情報だと帝国軍内部では、協商連合に攻められた場合の迎撃作戦と逆襲作戦について議論が紛糾しているらしい」
「なに?」
フラウホーンは明らかに不機嫌そうに聞き返し。ジョージはため息をついた。
デイヴはお構いなしに続けた。
「どうやら、帝国軍内部の主流派内ではもし協商連合が進軍してきた場合には、逆撃によってそのまま北方の憂いを取り払いたいと考えている勢力の意見が強くなっているらしい。一部の将軍たちは反対の立場をとっているそうだが……。戦略上、常に目の上のたんこぶである、”四方を敵に囲まれている”という状況の打開は甘美にすぎる響きがあるらしい。それに、有能な若手や将軍達を出し抜きたいというコンプレックスの解消というのもある。派閥争いみたいなもんさ」
「大戦略の初志貫徹は、帝国軍の防衛戦略の骨子だと聞いていたのだがね。くだらない軍内部の綱引きでそれを崩すとは呆れたな」
「今は余裕があるという証拠だろうねぇ。僕としては、投資分の回収が可能ならば、あとは野となれ山となれというところだ。個人的には、原作の登場人物を生で見てみたいっていう野次馬程度の好奇心はあるけどね」
「あー。ハリウッド俳優に会ってみたいファン心理みたいなものか?」
「そんな感じだね。まあ。そんなことは終戦後にでもやればいいさ。今は僕らがどう動くべきか決めよう」
そこで、ジョージが数枚に渡る企画書を差し出してきた。
「とりあえず、原作をある程度知っている僕が、原作の流れと今後の我々の行動案を考えてきた。とりあえずよんでくれ」
二人はジョージから企画書を受け取ると、目を通し始める。
「いくつか問題点はあるが、おおむねこの行動案に沿って行動して問題ないだろう」
「そうだな。武器を売る側としては、ほぼコレで問題ないようにも思える」
「では、フラウホーンの考えている問題点から聞いていこう」
問題を提起したのはフラウホーンだった。そして、一息溜めると少し呆れたような態度で言い放つ。
「これでは、帝国への輸出が止まる。つまり、我が社の利益にダメージがある!!これは到底認められない暴挙だ!!」
机にドンと右拳を叩きつけて立ち上がるフラウホーン。
ジョージは頭を抱えた。