合州国の怪物達   作:あかしあ

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主要人物以外の視点です


番外編
番外編 『フラウホーンという男』


>>> 統一暦一九二二年 1月28日 とある州のとある豪邸の玄関前 <<<

 

 

 フラウホーン・センターフィールドという経営者は、歴史に名を残す偉大な経営者である。

 その評価は、グランド・エレクトロニクスのナンバー2であるフランシス・ウェルチにとっては絶対的な評価だ。

 それを否定する人物に対しては、脳みその構造がおかしいと言い切る程である。

 

 「あなた!その拳銃をどうするつもり!イヤァ!やめて!!」

 

 しかし、その能力に比例して欠点も多い人物だ。特に、頭じ血が上りやすいところは非常に問題で、今までそのせいで二度の離婚を経験している。まあその度に元の鞘に収まっているあたり、夫婦双方似たもの同士なんだろうとフランシスは思っている。

 パァーンという銃声が二発鳴る。それと同時に、何か食器が割れるような音と女性の悲鳴が周囲に響く。

 

 「ざっけんじゃないわよ!その壷買うのにどれだけ苦労したの思っているの!?2年という歳月と3万ドルがかかっているのよ!今日という今日はただじゃおかないわ!!」

 「やめろ!それは私のコレクションの大航海時代のピストルではないか!暴発するかも分からんぞ!」

 「ならば鈍器の代わりにするまで!覚悟しないさいな!フラウホーン!!」

 

 フランシスは、おもむろに煙草を口でくわえて火を点ける。そうして、ゆっくりと紫煙を吐き出して、乗り付けてきた車をベンチ代わりにして寛ぐ態勢になった。

 

 「あれは長引くなぁ?そう思わないか、ブルース」

 「そのようで」

 

 フランシスの問いかけに答えたのは、ブルースという運転手である。口数は少ないが、間違いのない仕事をする堅実で実直な男だ。フランシスは、外にまで響く夫婦喧嘩をBGMにしながら今回のこの喧嘩の原因を予測していた。

 

 おそらく、今朝のタイム・オブ・アメリカの一面記事をよんだせいだ。

 なんでも、ルーシー連邦がかつての帝国時代から現代に至るまでに申請および認められていた特許をすべて接収すると宣言したらしい。その宣言の根拠としては『共産主義においては、特許などのインセンティブ権論から制定された法律によって保障されている知的財産は国家の物』だかららしい。

 難しい話は省くが、共産主義でも生まれた時から人間が持っている権利である自然権を侵すことは一応認められていない。でもインセンティブ権から発生してる権利とか別なんで国家の物ってことになるらしい。

 

 これ、一部の法律家どもには最もらしく聞こえているようで、他の新聞だと「共産主義において間違っていない」という記事が書かれていた場合もある。

 ちなみに、知的財産権の中でも、特許権がインセンティブ権なのか自然権なのかは”現在も議論している最中”である。まさか、そんな暴挙に出るとは思っておらず、GEの持つ最新の特許以外の8割を特許申請してしまっていた。

 

 今日、早朝からフラウホーンの自宅を訪ねたのも、この新聞記事を見た我がGEの最高経営責任者が暴走しないようにと心配したからだ。少々手遅れだったようだが……。

 おそらく、キレて家の中の調度品なんかにあたっていて、奥さんのコレクションに手をだしちまったのだろう。

 

 「今回は、ハーディー達の予想が当たったな。決まり手まで当てたら10ドルだったっけか。それにしても、今回は激しいな。前の時は窓は割れてなかったと思うんだが」

 「……そのようで」

 

 ブルースとフランシスは、家の中から飛んできた、年代物のピストルを回避しながら会話している。まだまだ時間がかかりそうなので、フランシスは秋津島皇国でGEの製品をとりあつかっている企業である『西山製作所』と『芝浦電気』の合併案について考えることにした。

 

 双方とも、合併案にかなり乗り気で、話は既に合併後の人事面の話まで進んでおり、新会社の名前ぐらいしか問題は残っていない。両企業の頭文字と一応西山製作所が母体になることから、『西芝製作所』が良いのではないかと現地から提案されているのだが、こちらでは少々発音しにくいので、合併後の新会社が秋津島皇国以外に進出することを考えるのであれば変えた方がいいだろうと返事をしていえる。

 

 実は、この新会社とは一歩踏み込んだ契約を結ぼうとしている。

 包括的な特許契約だ。今までは、GEからパーツを買ってもらって現地で組み立ててもらっていたのだが、西山製作所と芝浦電気の技術力が高まるのと同時に、最近では米国内での人件費の高騰によって国外に生産の拠点を持つ方針を固めていた。

 そこで、新会社とGEの間でほぼ対等な特許契約を結び、パーツの組み立てだけではなく、パーツの製造と、契約期間中にGEが秋津島皇国で取得した特許を新会社は自由に使用して研究し新しい特許を取得しても良いこととする。なお、その新しい特許はGEのみが優先的に使用可能であるものとする。という契約だ。

 

 「分かった。私が悪かった。だからその包丁を下ろしなさい!お前達!止めないか!主人の命の危機だぞ!」

 「フフフ……使用人は普段家を守る夫人に逆らうことなどできないものなのよ!あなたを殺して、その保険金で壷を買いなおさせてもらうわ!」

 「ぐわあああああああ!」

 

 おそらく。今回のルーシー連邦の決定で秋津島皇国との新規契約に他の役員から待ったがかかるだろう。

 皇国は間違いなく優秀な市場だが、そこを対等な契約を結んだ現地企業に任せるということは、言い方をかえればパートナーシップを結ぶことであって我々の利益が薄まるのは必定。役員が渋るのも分からない話ではない。

 利益だけではない。伝統的に軍事に重きを置いている皇国は軍事政権が誕生する可能性は高い。そうなれば、ルーシー連邦の二の舞になると判断する人間は間違いなく出るはずだ。

 

 「準備を始めてくれ。そろそろ終わるだろうからな。あの調子だと、さっさと逃げ出してくるに違いない」

 「そのようで……!」

 

 テキパキと準備を進めるブルース。タオルに整髪料。そしてクルマのエンジン始動。

 いい手際だ。これでよく喋る男なら、文句は一つもないのだが。基本的に「そのようで」しか言わないはどうにからないのものか。最近は、それに込められた気持ちがなんとなく分かる。

 そんな事を考えていると、玄関のドアが乱暴に開かれ、フラウホーン・センターフィールドが現れた。しかし、頭からワイングラスが逆さまに生えており、髪の毛は乱れまくっている。その上パジャマだ。あれをCEOとは呼びたくないのでわざわざフルネームでよんでやろうとフランシスは思った。

 

 「おお!我が友フランシス!今朝の記事をみたかね?あのような暴挙は許されない!」

 「フラウホーン・センターフィールド。尤もらしいことを言っているが、君は頭からワイングラスを生やしているし、寝巻き姿では威厳は1万分の1だ。追いかけてきている執事殿に身だしなみを整えてもらいなさい」

 「知らん!アイツはあの悪魔に私が殺される時に、呆れた目線を送った上に見捨てたのだぞ!裏切り者め!貴様の主人の下へ帰るがいい!」

 「今アタシの事を悪魔と言ったわね!刀を持ってきなさいセリア。アレの首をウォール街に晒さねば私の気がおさまりません!」

 「に、逃げるぞ!フランシス」

 

 玄関で仁王立ちする絹のような黒髪をメデューサのようにユラユラをさせ怒気を発する色白の美人は、サクラ・センターフィールド夫人。10年程前に、秋津島への増資を検討する際に訪れた旅館で一目惚れしたフラウホーンが4日で口説き落とした女性だ。

 古い侍の家系に生まれ、教養のあるおしとやかな美人なのだが、怒らせると誰よりも怖い。二度目の離婚直前の喧嘩では、一回りは大きな体格をしているフラウホーンを投げ飛ばし、腕の関節を外し、首を落とす一歩手前でさすがに焦った使用人が止めたというパワフルな逸話がある。

 おかげで、我が社のCEOは妻に尻に敷かれているとはよく囁かれている噂であり真実だ。

 

 我々は、大急ぎで車に乗り込み豪邸を後にした。

 背後から、刀を顔の横に構えて鬼気迫る表情で追ってくる女性が、フランシスのトラウマになった瞬間である。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 「壷を的にしたのは悪かったがあそこまで怒らなくても……」

 「いいや。ソレはお前が悪い。帰ったらちゃんと謝れ。あの人は、人間よりも物を大事にするような人物ではないことはお前が一番よく知っているはずだ」

 「う、うむ。いつもすまないなフランシス。私は対人関係が苦手だ。対人関係に関してはお前のアドバイスに従って間違った事はない。そうさせてもらおう」

 「そう背中をまるめるな。折角服も着替えたのに、威厳がまったくないぞ」

 

 フランシスは、そう言いながらこの偉大な男と出会った頃を思い出していた。

 フラウホーン・センターフィールドという男の第一印象は、「他人からの評価をやけに気にする気弱な男」というやや低評価な物だった。仕事を成し遂げても、どこか自信が無く、あれ程の能力を持っているのにも関わらず、どこかリーダーシップを取ることを避けている印象が付きまとう。そういう人間だった。

 

 しかし、その印象が変わったのは、とあるプロジェクトでフラウホーンとの会話がきっかけだった。

 

 「私には……カリスマというモノがない。だから、皆が私についてきてくれるかどうしても自信が持てない。私は、そんな自信のない人間だ。この合衆国において経営に携わる人間としては不適格だろう。だが、このプロジェクトはどうにか成し遂げたい。だからフランシス。力を貸してくれ。私の背中を押してくれ」

 

 フランシスは、フラウホーンの懇願に対して「任せろ。君が失敗しても、俺がケツを拭いてやるし、誰かと揉めたら仲裁してやる。だから好きにやってみてくれ。本当の君の力を見せて欲しい」と答えて、フラウホーンを全力で補佐した。

 本当の君の力を見せて欲しい。それは、励ますための、彼の背中を押すための言葉だったのだが、彼は今まで全力で仕事をしていなかったのに”あれ程”だったのかと絶句する程のパワーを秘めていた。

 

 いつ寝ているのか分からない程に行動し、何かに取り付かれたように資料を読み漁り、計画を纏めてプロジェクトチームに徹底させた。常に陣頭に立ち、誰よりもプロジェクトを理解し、ゼネラリストとはかくあるべしと内外に示すような圧倒的な実力を持った人間だったのである。

 プロジェクトチームの誰かがこう言った。

 

 「彼はこのチームのプレジデントのようである」

 

 気がつけば、そのプロジェクトの為に集められたメンバー達は、それぞれの担当においてスペシャリストと言ってよい実力を身に付け、それを指揮者のように操るフラウホーンはそのチームのプレジデントとして絶対的な存在になっていた。

 

 そして、異例のスピードで出世する彼に大きな転機が訪れたのは統一暦1913年の2月の頃だった。

 グランド・エレクトロニクスは競合他社の価格攻勢に晒され経営を悪化させていた。さらに、グローバル企業として活動する上でコストの増大。この二つの問題に対して、グランド・エレクトロニクスは工場を新しく建てるのと平行して労働組合との交渉を通して人件費の削減を行う方針を役員会で決定しようとしいた。

 

 それに、待ったをかけた男が一人居た。

 経営に役員として参画していたフラウホーンセンターフィールドである。

 

 「貴様らの頭につまっているのはスポンジかね?」

 

 まるで、老人が孫に諭すように囁かれたその言葉は妙に会議室に響いた。

 フラウホーンは、会議室に飾られた、GEの主力商品のプロトタイプ達を一つ一つ指差し、その主力商品にまつわるエピソードを語っていく。電球を開発した、創始者の一人の苦労話。発電機を巡ったイメージ戦略戦争とその勝利に至るまでの過程。新しい飛行機向けのエンジン開発に、文字通り魂をささげた技術者の遺志。

 一通り、それらを語ったフラウホーンの声は震えていた。

 

 「貴様らは、経営を語る時に、これらの製品に込められた想いを、GEという企業の歴史を一つでも思い出したのか?」

 

 その言葉は、徐々に怒気をはらんだモノへと変わっていく。

 

 「これらの製品が、この会議室に何故飾られているか考えたことがあるのか?ただのオブジェクトにするためではない。GEの製品力を誇示するためでもない。GEの歴史とは、常に新しい弱電製品を生み出し人々の生活をより便利に、より快適にすることによって利益を得てきたのだと忘れないためだろう!!GEとはそういう企業なのだ!!GEがその魂を失ったとき、GEはGEでなくなるのだ!!!私はそのような決定を!!GEを愛する一人の人間として認める訳にはいかない!!!」

 

 そう言い放ったフラウホーンは、机に拳を叩き付けた。

 しかし、他の役員達はソレに対して冷めた反応を見せた「感情で経営はできない」「論理的に判断するのが私達の仕事だ」等ひどいモノだである。だが、今まで発言をしないで場を見守っていた当時のCEOだけがフラウホーンに問いかける。

 

 「君には、GEがGEのままでこの危機的な状況を乗り越えられると考えているのかね?」

 「勿論です。私には、このGEを文字通り世界の頂点に立つ企業へと導くプランがあります」

 「是非。聞かせて欲しい」

 

 フラウホーンは存分に語った。彼の話を簡潔に一言で纏めるのならば『収益モデルの変更』である。

 今までのビジネスモデルは、『作ったモノを売る』ことによって利益を得てきたが、これからは『開発したモノを売る』ビジネスモデルを構築する必要があるとフラウホーンは考えていた。製造から販売までを行うのではなく、特許によって儲けるビジネスモデルを追及する形に変更するべきだと訴えたのである。

 

 これには当然、強い反発を受けた。しかし、この日から三日間かけて、様々な角度から議論を繰り返し、控え室に居た社員達に多くの数字を試算させて徹底的に検討を行った。

 

 結果、フラウホーンの意見は認められ彼がCEOの椅子に座ることになった。

 弱冠27歳の若いCEOの誕生である。

 

 その後の彼の功績は、既に伝説となっている。今では、多くの経営者達が、彼に意見を求めて面会を求めるし、GEの製品をどうにか自国で販売したい弱電企業などがGEに足を運ぶようになった。

 

 そこまで思い出した頃に、フラウホーンが閃いた!とでも言いたげな顔で言う。

 

 「そうだ。あのコミュニストの首領の顔岩を掘って、機関銃で蜂の巣にした後に爆弾で爆破しよう。そうすれば、株主達も我々が必ずコミュニスト共に必ず復讐を成し遂げ、その損失を埋める覚悟があるという意思を明確に感じ取れるだろう!」

 「ああ……その話時間がかかるか?」

 

 フランシスはこの時適当に返事をして、話を流したことを後悔することになる。

 後日、このパフォーマンスを株主達を集めて行い、ドン引きされ、その印象を払拭するためにフランシスが奔走するはめになったからだ。

 しかし、フランシスは現在のポジションを譲るつもりは無い。

 彼にとって、この突拍子もない発想をする男と共にGEに生涯をささげるのは、なんの後悔もないことなのだから。

 

 

 




次は本編です。
なるはやで更新します。

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