その瞳が映すのはつきのひかり
大地が揺れる。
足を取られた二匹の小さなポケモンが、頭に角の付いた大きなポケモンに突き飛ばされた。
トレーナーの少女は悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。
自らの不甲斐なさを嘆き、相手のポケモンへの恐怖で身体が動かなかった。
「二体一でこの程度、これが私の娘とは呆れるな。……立て、まだバトルは終わっていない」
「……っぅ」
黒い服を着た男が、倒れた二匹のトレーナーを睨み付ける。
少女は崩れたまま俯き、ただ瞳から水分を落とした。
「私は……バトルなんてしない」
「ならお前が
唇を噛む少女を見下して、男は自分のポケモンに指示を出す。
頭部に二本の角を持ち、身体に火山のマグマにも耐え得るプロテクターを持つポケモン──ドサイドン──は、一匹の小さなポケモンに狙いを定めた。
「や、辞めて!」
「……やれ───つのドリル」
悲鳴をあげる少女を無視し、ドサイドンが大地を蹴る。
その巨体に反したスピードで空気を貫きながら進む先には、ひんしになり動けなくなった一匹の小さなポケモンが居た。
「デデンネ!!」
少女がそのポケモンの名前を呼ぶ。
しかし、反応はない。次の瞬間訪れるだろう光景を想像して、少女は自分のポケモンから目をそらす。
そうして目をそらしたその先に、必死に立ち上がるもう一匹のポケモンが居た。
後頭部に鋼のアゴを持つポケモン──クチート──は地面を蹴ってもう一匹のポケモンを突き飛ばす。
次の瞬間クチートはドサイドンの回転する角に突き上げられて、血飛沫を上げながら地面を転がった。
少女はただ悲鳴をあげる。涙で視界が閉ざされ、頭は真っ暗になった。
どうしてこんな事に?
始まりがいつだったか思い出せない。
そもそもこのバトルがなんだったのか。何のために大切な友達が傷付いて、倒れているのか。
少女はゆっくりと、おぼつかない視界の中で自らのポケモンに手を伸ばす。
「黙って見ているだけか。……興醒めだ、仕留め損なったその電気ネズミ擬きも潰せ」
男の命令を受けてドサイドンが吠えた。少女の伸ばす手は、どう足掻いてもポケモンには届かない。
そうだ、モンスターボールに戻せば。
モンスターボールに入れてしまえば、ポケットに入ってしまう。だからポケットモンスター縮めて───ポケモン。
倒れている二匹は自分のポケモンだ。だから、モンスターボールに戻せば二匹はこれ以上攻撃を受けずに済む。
急いで自らのモンスターボールを手に取ろうとするも、腰につけていた筈のボールが見当たらない。
ふと振り向くと、地面から頭だけを三つ覗かせているポケモン──ダグトリオ──が少女のモンスターボールをその頭に乗せていた。
「待───」
少女が手を伸ばすと同時に、ダグトリオは地面に潜ってしまう。
───退路は断たれた。
「ポケモンが大事? 結構。大切な物は人それぞれだ。……だが、それを守る力を身に付けずに言葉だけで綺麗事を吐かすな。見ろ、これが現実だ。見ろ、これがその結果だ」
「待って……辞めてぇ!!」
少女が叫ぶ。ドサイドンが足を振り上げる。巨体が小さなポケモンを踏み潰さんとする次の瞬間、この場に見えない第三者の声が轟いた。
「───オーダイル、ハイドロポンプだ!」
刹那、高圧の水流がドサイドンを襲い、突き飛ばす。
遅れてその場に現れた
「……立てるか?」
「……ぇ、あ……おに───」
「誰かと思えば……。全く、久方振りの再会だというのに手荒い顔合わせだな」
男は相手が増えたとしても冷静さを欠かずに、相手の出方を伺うために自らのポケモンを下がらせる。
遅れて木々の間から、頭部から尾まで所々に赤いヒレを持ち大顎に鋭い牙を持つポケモン──オーダイル──が姿を現した。
「……あんたをずっと探していたからな」
「何のためだ? いや、言うまでもない。人から奪ったポケモンを持ち、私の前に現れたのだからな」
「……冗談が言えるようになったのか、それともボケが回って来たのか。寝言は寝て言え!」
オーダイルを前に出しながら声を上げる少年は、一度振り向いて少女の手を取る。
「あいつの相手は俺がする。お前は自分のポケモンを連れて逃げろ」
「で、でも……」
「……俺は強くなれればそれで良かった。だが、ジョウトで旅をして違う考えを持つ奴と出会って、沢山の事に気が付いたんだ。……お前も旅をしてみろ。旅は良いぞ」
そう言いながら、少年は少女の頭を撫でて手に飛行機のチケットを握らせた。
「行け。……早くしないとクチートが手遅れになる」
「……っ。う、うん!」
少年に諭され、少女は自らのポケモンの元に走る。ドサイドンがそれを制そうとするが、オーダイルが立ち塞がった。
「バカめ。今更そのクチートをどうする気だ? お前の顔はもうトキワ中に広まっている。ポケモンセンターを利用出来ると思っているのか?」
「惑わされるな。トキワジムの回復システムを使え! お前の相手は俺だ。オーダイル、おんがえし!!」
オーダイルがドサイドンに攻撃を仕掛ける。それで出来た隙に少女はクチートとデデンネを抱え、森の中を駆けていった。
「何故私は、こうも子供に邪魔をされるのだろうな」
「……何が目的だ? 自分の娘をあれだけ痛め付けて、故郷のトキワを混乱に貶め。何をする気だ?!」
取っ組み合う二匹のポケモンを挟んで、少年は男を睨み付ける。
男はただ口角を吊り上げ、二匹のポケモンを観察した。
「……よく懐いているな」
「答えろ!! 何が目的だ。組織の復活か?! アローラでエーテル財団を占拠した
少年は叫んでオーダイルに指示を出し、それに合わせて男もドサイドンに指示を出して応戦する。
サカキと呼ばれた男はただ薄ら笑った。自分の勝ちを確信しているかのように。
「我が名誉の為に答えよう───」
男は胸に掲げた『R』のバッチに手を添えながら、口を開く。
「───アレは私自身ではない。R団の名に泥を塗った愚か者は必ず粛清する。……だから今日、この日を持ってR団を復活させるのだ! 世界に真のR団を知らしめるために!!」
高々と宣言する男の背後で木々が燃え始めた。
「では始めようか。───R団復活の狼煙を上げる」
「……そうはさせない!!」
彼の背後だけではない。トキワシティ全体で謎の地殻変動が起き、家は崩れ火災が起きている。
二人のトレーナーが激闘を繰り広げ始めたその時、その場から逃げ出した少女はトキワシティの中心に位置するトキワジムに辿り着いていた。
周りの建築物が崩れ火を上げている中で、このトキワジムだけは形を保っている。
少女は関係者だけが知っている裏口から中に入り、ジム内の電源を探してブレーカーを上げた。
しかし、電源は入らない。
町中で停電が起きている為、無事な電力も全て重要な施設──ポケモンセンター等──に送られているからだ。
「で、電気が……」
少女はクチートを仮のベッドに寝かせてから頭を悩ませる。
ポケモンセンターに連れて行けば直ぐにでも治療を施して貰えるのだが、少女は諸事情によりポケモンセンターを利用する事が出来なかった。
「クチート……」
「デネ、デネデネ!」
頰からアンテナのような髭を伸ばしたネズミポケモン──デデンネ──が少女の足にしがみついて鳴き声を上げる。
どうやら考えがあるようだ。電気配線の所まで少女を引っ張ろうとするも、体格差がありデデンネは地面を転がった。
「デデンネが電力を引っ張ってきてくれるの?」
「デネ!」
大きく首を縦に振るデデンネ。自らを守って傷付いたクチートが心配なのだろう。
少女の答えを聞く前に、デデンネは電気配線が集まる設備がある場所まで走る。
「お願いデデンネ、あなたが頼りなの!」
「デネネ!」
任せて、と。自身もボロボロなのに胸を張ったデデンネが配線に触れた次の瞬間、辺り一面が光りジム内に電気が回り始めた。
「やった、やったよデデンネ!」
「……デネ、デネネ」
しかし、そこで力尽きたのか。その場で倒れこむデデンネ。
少女はデデンネを抱き上げて、小さくお礼を言ってからクチートの横に寝かせる。
これからどうしようか?
つい先程、手に握らされたチケットを眺めながら二匹の回復を待つ少女は、ふと外の様子が気になって外に出た。
「ジャラランガ航空、アローラ行き」
聞いた事のない地名。どんな所なのだろうか?
チケットには、南国の暖かな島々のイラストが書かれている。
きっとR団も居ない穏やかな雰囲気の地方に違いない。
──お前も旅をしてみろ。旅は良いぞ──
そんな言葉を思い出しては、少女はしっかりとチケットを握りしめた。
そうだ、このアローラという所に行こう。カントーから逃げて、きっとその場所なら平和に暮らせる筈。
そうして今後の目標を見繕った矢先、ふと辺りが真っ暗になっている事に気が付く。悲鳴が聞こえた気がした。
「大変だ!! 病院もポケモンセンターも電力がダウンして、予備電源だけじゃ足りない」
「助けて! 誰か明かりを付けて! まだ娘と旦那とポケモン達が瓦礫に埋まってるの!!」
「お、俺のコラッタを誰か助けてよ! センターも停電で治療出来ないんだ!」
悲鳴は気のせいではなかった。トキワシティのあちこちで、住人が電力の遮断により助けを求める声を上げる。
「どうして電気が?!」
少女にはその理由が分かっていた。
「このままじゃ、怪我をした人やポケモン達が危ないぞ!」
少女にはその先に起きる被害が分かっていた。
「ち、違う。……私じゃない。……わ、私じゃない。私はただ、クチートを助けたくて……。違う……違うの」
少女は無意識に後退り、回復マシン以外のジムの電気を消す。
「……違う。違う。私じゃない。私じゃない。違う、違う。───違う違う違う違う違う違う違う違う違う」
その日、カントーで最大の被害を記録する大震災がトキワシティを襲った。
原因は不明とされ公のニュースでは自然災害と報じられているが、風の噂ではR団が暗躍していたと言われている。
この件に関して国際警察はカントー各地及び一部アローラ地方に散ったというR団の幹部を追う事を決定。
主にアローラ地方に逃げたと思われる赤髪の少女はR団首領に近しい関係であり、今回の事件の主犯である可能性が高い。
早急に捉え、対処する必要がある。───国際警察ハンサム。
☆ ☆ ☆
そのポケモンは、空に憧れていた。
砂嵐の中。それでも光を届かせる大きな星を、いつかこの瞳に映したいと願う。
願いは翼となったが、まだこの姿ではあの星の所まで届かない。
そのポケモンは空に憧れていた。
砂嵐の奥で、銀色に光るその星を、そのポケモンは瞳に映す。
その為に強くなった。この砂漠のありとあらゆるポケモン達に勝負を挑み、この砂漠で一番強くなった。
ポケモンは進化し、強力な身体と翼を手に入れた。
鬱陶しかった砂嵐は瞳を覆う赤いカバーで気にならない。
この姿なら砂嵐の中も自由に飛び回る事が出来る。
そのポケモンは空に憧れていた。
だから、力を手に入れて、そのポケモンは砂嵐よりも高く飛んだ。
視界に映ったのは銀色の月───では、なかった。
赤いカバーに覆われた視界は真っ赤に塗られ、憧れていた空は赤黒く光る。
そのポケモンは空に憧れていた。
きっと、まだ足りないんだ。
まだ力が足りないから、空が赤いんだ。
そのポケモンは空に憧れていた。
だから、ポケモンはまた自らを育てる。
憧れていた銀色の月を見るために。
☆ ☆ ☆
『えー、アテンションプリーズ。アテンションプリーズ。長い空の旅、お楽しみ頂けたでしょうか? ジャラランガ航空A85便は、まもなくアローラ地方メレメレ島空港に着陸致します』
アローラ地方上空を飛行する飛行機の内部で、機械音によるアナウンスが流れた。
それを聴いた乗客の一人である少女は、腕を伸ばしてその場で座ったまま背伸びをする。
「……っぅぅ、着くねぇ。もう少しで、アローラ」
窓から飛行機の外を覗くと、うみねこポケモンのキャモメが飛行機と並行して空を飛ぶ姿が目に映った。
「見て見てクチート、デデンネ! キャモメの群れ!」
「クチ?」
「デネ、デネネェ!」
仲良く窓の外を覗く、少女と二匹のポケモン。
満月が照らす夜空を飛ぶのはキャモメだけではない。少女の知らない鳥ポケモンもまた、並行して空を飛ぶ。
見下ろす海には、また海に生息するポケモン達がいた。勿論大地にもポケモンは存在する。人がいる所、人がいない所、色んな場所にポケモンは存在する。
「……なんだろう? あれ」
この世界はポケモンの世界だ。
海に、陸に、空に、宇宙に───そして別の世界に。
様々な世界に生きる生き物達は、ボールに入れてしまえばポケットにしまう事が出来る。
ポケットモンスター縮めて───ポケモン。
この世界はポケモンの世界だ。
ようこそポケットモンスターの世界へ。
これは、ポケモンと命の物語。
初めましての方もそうでない方も、おはこんばんちわ。普段はモンハンの作品ばかり書いてる皇我リキです。
今回は新しい連載作品という事で、ポケットモンスターの作品にチャレンジさせて頂く事になりました。不束者ですが、もしお気に召されましたらお付き合い頂けると嬉しいです。
キャラクターの二次創作は苦手ですが、アローラの人々や一話から登場しメインになりそうなあのボスやその息子、色々な原作キャラのイメージを壊さないように頑張りたいと思います。
一方で原作がポケモンという事で、曖昧な独自設定などを含む場合があります。無理矢理な設定などあるかもしれませんが、ご了承して頂けると助かります。
さて、堅苦しいのはここまでにして。
ようこそ、ポケットモンスターの世界へ。
とある組織のボスの娘。その少女と周りの人々、ポケモン達が、アローラ地方で見せる新しいゼンリョクの大冒険。お楽しみ頂けると幸いです。