メレメレ島──ハウリオシティ──ショッピングモール。
停電から五分と少し。
「うーん、さっきリアちゃん居たと思ったんだけどなぁ」
知人を見付けたと思ったのだが、どうやら見失ってしまったシルヴィは首を横に傾ける。
トイレの方に向かっていった所までは見えていたのだが。そんな残念そうに項垂れる少女の肩を、一人の男性が叩いた。
「お嬢ちゃん、ワシのヤングースを知らんかね?」
「あなたは確かバトルバイキングで戦った人……。ぇ、どうかしたんですか?」
話しかけてきた人物は、シルヴィがバトルバイキングで初めに戦った老人である。
老人は困ったような、心配しているような表情で口を開いた。
「停電の後、ヤングースの姿が見えないんだ。避難指示でこのライブステージがある場所に人が集まってるから、人混みに揉まれたりしていないか心配でねぇ」
「それは心配ですね……。ごめんなさい、見てないです。私も探しましょうか?」
「いやいや良いんだよ。君には負けたがワシのヤングースは強いんだ。きっと大丈夫さ」
笑顔を見せる老人に、シルヴィは「分かりました。でも見付けたら直ぐに連れて行きますね!」と声を掛ける。
とは言ったもののやはり心配で辺りを見渡すシルヴィだが、やはりヤングースは見当たらなかった。
「どこに行っちゃったんだろうね?」
「クチィ」
手持ちのポケモン達に話しかけるが、クチートもデデンネも首を横に振る。
どこに行ってしまったのだろうか?
人のポケモンだと言うのに、シルヴィは老人のヤングースがとても心配だった。
───もう誰にも、悲しい想いはして欲しくないから。
「───ぇ」
ふとライブステージに眼を向けると、何処かで見た不自然な円形が視界に入る。
光を飲み込むような、空間がねじ曲がったようなその円形は円というよりは───穴だ。
「さぁ、始めるよぉ〜。……おいで、可愛いウルトラビースト達」
その空間は捻じ曲がり、この世界とは別の世界への扉となる。
「なんだあれ?」
「なんだろうねぇ、アレは」
「なんじゃなんじゃ?」
「カガミちゃん、また何かしたの?!」
「えぇ、私じゃないよぉ?!」
ウルトラホール。別世界への入り口。
「あの穴、どこかで……」
「フラィ……」
───そうだ、あの時飛行機で。
シルヴィが思い出したと同時に、その穴から半透明な生命体が身体を覗かせた。
逆さにした金魚鉢から数本の触手が生えたようなその姿は、一見帽子を被った少女のような姿にも見えるだろう。
ユラユラと揺れながらその生命体は、ライブステージに開いた穴から───無数に姿を現した。
「な、なんだ? ポケモン?」
「あら可愛い」
「え、怖いわよ。気持ち悪いわ」
「お母さんアレ何ー?」
モールの客が様々な反応を見せる中、シルヴィは不安を覚えて後ずさる。
以前あの穴を見た時に飛行機を襲ったポケモンを、思い出さずにはいられない。
あの黒い影とは違う筈だが、同じような何かを本能的に感じ取っていた。
嫌な予感は的中する。
「な、なんだ、何をす───うわぁぁ?!」
現れた生命体が近くにいた成人男性を上から軽々しく持ち上げた。
それに続くように、大量に現れた同種の生命体が辺りの人々を襲い始める。
「嘘……ッ?!」
その事実に後退りしていたシルヴィは逃げ惑う人に足を引っ掛けて転んでしまった。
そこに向かってくる二匹の生命体。デデンネがでんきショックで、フライゴンがドラゴンクローで迎え撃つ。
「デネェ!」
「フラィ!」
「あ、ありがとう二人共。でも、どうしよう、なんとかしないと……っ!」
周りの人々は無数に現れた謎の生命体に何人も捕まってしまっていた。
助け出そうにも手の届かない空中まで連れて行かれている人もいる。
でんきショック等の特殊攻撃では捕まっている人も巻き添いにしかねない。
かといって今は空を飛ぶ事の出来ないフライゴンの物理攻撃は届かない。
ポケモンバトルという物から逃げてきた少女は、こんな時どうすれば良いか分からなかった。
少女のポケモンも指示がなければ、自らのトレーナーを守る事しか出来ない。
───私は何も出来ない?
それが分かってしまうと、そう思い込んでしまうと、人は本当に何も出来なくなる。
自らの可能性を奪うその考えは、少女をその場に縛り付けた。
「───アレはUB01
停電が起きてから十分と少し。事務室で倒れていた従業員を助け出したクリスは、息を吐く暇もなくライブステージに戻る。
そこで待っていたのは、ハンサムが調べていたウルトラビーストというポケモン。国際警察内でコードネーム──UB01PARASITE──と呼ばれてるポケモンだった。
現在は学会にて──ウツロイド──という正式名称が付けられているそのポケモンが、機器の故障でシャッターが閉じ閉鎖空間となったショッピングモールに多数現れている。
ライブステージの中央に開いているのはウルトラホールだ。あの先は別の世界へと繋がっている。
ウルトラホールがこんな状態でこんな場所に発生するのは不自然だ。
これは人工的に発生させられた物だろう。
やはり
だが目的はなんだ?
自らを───あの放送で動くだろう人物をこの場所から遠ざけた理由はウルトラホールの発生を邪魔させない為だろう。
だがそれまでの足止めであの男は満足した。
その理由として考えられる事は三つ。
一つ、ウルトラビーストに閉鎖空間となったモールを襲わせる。
もう一つ、この混乱に乗じてモール内の物品を盗み取る。
もう一つは、ウルトラビーストの捕獲だ。
そして、そのどれもがウルトラホールを開いた時点で実現可能となる。
この時点で勝敗は決まっていた。
今彼に出来る事は被害を最小限に抑える事である。クリスは直ぐに頭を切り替えて、辺りの状態を確認した。
「自分の非力さを呪うのは後だ……っ!」
今は一人でも、一匹でも多くの命を救う事を考える。
R団がウツロイドを捕獲しようが、何か物品を盗もうが後でどうにかする事は出来る筈だ。
だが生き物の命だけは後でどうする事も出来ない。クリスは手に握る太い骨を強く握りしめる。
───何も失ってたまるものか。
「ロトム、シャッターが直ぐに開けられる状態を作っておいてくれ。ニダンギル、PARASITEに囚われた人に当てないようにつばめがえしで出来るだけ救い出せ!」
クリスは指示を出しながら、ニダンギルを戻しておいたボールの着いた太い骨を投げつけた。
ボールから放たれたニダンギルはウツロイドの背後からつばめがえしで攻撃し、囚われていた男性を解放する。
地面に落ちる男性を地表で影に入り込んだゲンガーが身体を傷めないように受け止めた。
滅びの歌を使う手もあるが、この広範囲では効果は薄いだろう。今はゲンガーにはこの仕事をしてもらうしかない。
クリスの他にも自分のポケモンでウツロイドから身を守るトレーナーは何人か居た。
しかし、その殆どが苦戦を強いられており捕まってしまうトレーナーも少なくはない。
ウツロイドは捕らえた生物に神経毒を打ち込み、自我と身体能力を極限まで解放させ自らを守らせる生態を持っている。
トレーナーが寄生されてしまえば、そのポケモンすら敵に回る厄介な生体だがウツロイド自身は自らを守る為に行なっているだけだ。
だから悪いのはその生態を利用するR団。それでも、クリスは指示を出す声に力が入る。
このままではジリ貧だ。
ロトムが戻ってきた所で、クリスは次にするべき事を思考する。
この現状を打破するには全てのウツロイドを弱らせて撃退する必要があるが、圧倒的に数が不利だ。
クリスの主戦力であるニダンギルは人々を守るので手一杯。それどころか手が回らなくなっている。
ゲンガーが使える技はほろびのうただけだ。
ロトムは手元に残しておかなければ非常事態に対処できない。
───自分の力で出来る事はこれ以上ないか?
それが分かってしまうと、そう思い込んでしまうと、人は本当に何も出来なくなる。
自らの可能性を奪うその考えをクリスは───捨てた。
自分が出来ないのなら、他の誰かに任せれば良い。
自分は一人で何でも出来る訳じゃない。
そんな事は国際警察で嫌という程学んでいる。
自分の非力さ等知っている。
それを補うのが仲間だ。それは国際警察という縛りだけの話じゃない。
この場で何かを守ろうとしているポケモンやトレーナーは、同じ志を持つ仲間だ。
この場で最適なのは───
「───あの娘は?!」
クリスの視線に止まったのは、蹲る一人の少女。
そして彼女を守る為に戦う三匹のポケモン。
ここに来る前に調査対象として調べていたシルヴィである。
四匹のウツロイドに囲まれる少女を、三匹のポケモンが必死に威嚇しながら守っていた。
デデンネの電撃で動きを止めたウツロイドをクチートがアイアンヘッドで仕留める。
その隙にクチートの背後に回り込むウツロイドをフライゴンがアイアンテールで叩き落とした。
ウツロイドはどくタイプといわタイプを持つポケモンである。はがねタイプの技は効果抜群で、倒されたウツロイド二匹はウルトラホールに戻っていった。
三匹の連携と力量は申し分ない。
問題は少女の方だが、何故蹲っている?
そもそもクリスは彼女をR団の関係者なのではないかと疑っていた。
だがこの現状になって少女は一人で蹲っている。この事件の発端がR団にあるのは確定的だ。
───ならあの少女は白なのか?
彼女を守る必死の形相のポケモン達を見て、クリスは最後の判断をする。
彼女ではない。あのポケモン達を信じると。
「ロトム、援護を頼む」
思考を終えたクリスはロトムに指示を出して走った。辺りにさっきの男やR団らしき人物は見当たらない。
「君、シルヴィだな?! 国際警察のクリスだ。力を貸して欲しい」
フライゴンを襲うウツロイドにロトムがシャドーボールを放って動きを止め、クリスはその脇を滑り抜けてシルヴィに話し掛ける。
俯いていた少女は頭を上げて、心底驚いた表情を見せた。ウツロイドへの恐怖か───それとも。
「こ、国際警察……? なんで、名前───ぇ、私に、力を?」
「たまたま居合わせた。この状態を打破するために力を貸して欲しい」
「で、でも私なんかじゃ……」
「少しで良いんだ。僕だけの力じゃ、全ての命を守る事は出来ない。……頼む!」
その言葉にシルヴィは思い出したような表情で立ち上がった。
守らなければいけない。
もう目の前で命を失うのは嫌だった筈。
なんで目を背けている?
なんでこんな所で蹲っている?
自分のポケモンは戦える。後は自分が意思を見せるだけだ。
───もう何も失わないと決めたじゃないか。
「───分かりました。やります。……何をしたら良いですか?!」
「ありがとう。……周りのPARASITE───あの浮いているポケモンを全て倒してウルトラホールに返したい。シャッターは直ぐにでも開けるようにしてあるけれど、あのポケモン達を外に出す訳にはいかないんだ」
もしウツロイドが街に放り出されれば、それこそ事態を収める方法がなくなってしまう。
それを防ぐには今この場でウツロイドを全て撃退するしかなかった。
それも、R団に捕獲されれば同じ事が起きるだけだが今はそれを止める方法がない。
「分かりました。出来るよね、クチート、デデンネ。フライゴンも!」
少女の声に、三匹が声を上げる。デデンネは眼鏡を取り出し、それを掛けながら決めポーズを取っていた。
「ありがとう。PARASITEに捕らえられた人は僕のニダンギルが助け出す。無理に攻撃して怪我をさせないようにしてくれ!」
「は、はい! 分かりました!」
背筋を伸ばして敬礼をするシルヴィを見て、クリスは不覚にも苦笑する。
こんな少女が悪事を働くだろうか? いや、否だ。
しかし───状況は一転。悪い方に一気に転がる。
「───ンギッ」
クリス達の背後に落ちてくるニダンギル。ひんしの状態で、もう戦える状態ではなかった。
「───しまった?! ニダンギル!!」
単純に自らのポケモンへの過信。そして目を離し、指示を放置したトレーナーとしての致命的な失敗である。
ニダンギルを倒したのは他でもないウツロイドだ。どくタイプといわタイプしか持ち合わせていないウツロイドだが、シャドーボールを覚える事が出来る。
決定打がないと、少し目を離しただけではニダンギルは倒されないと過信したクリスの小さなミス。
だがポケモントレーナーとしてはそれは致命的なミスだった。
そしてそれはニダンギルが──囚われた人を傷付けずに救い出す──という役割を果たせなくなったという事実に繋がる。
この先一人でもウツロイドに捕まれば、その人物を巻き添えにする覚悟で攻撃しなければならない。
それは言葉だけで言えば、命の前に言えば非常に簡単に思える行為であると同時に───指示をする覚悟は非常に重い物だ。
クリスは自らのミスにニダンギルのボールを強く握りしめ、罪のない自らのポケモンに謝罪しながらボールに戻す。
そして恐れていた事は簡単に、なんの前触れもなく、当たり前のように起こった。
「───ひぃ?! こ、来ないで! 嫌だぁ〜!!」
今日のライブのゲストとしてこのモールに来ていたアイドルの少女が、ウツロイドに捕まり空中に連れ去られる。
一瞬ロトムに指示を出そうとしたクリスだが、少女を傷付けてしまう事を思い判断を遅らせてしまった。
少女のポケモンであるライチュウ二匹も、同じ考えで攻撃が出来ない。
その一瞬だけで、事態は悪化し手遅れになると知っているのに。
「くそ!! ロトム、シャ───」
「バカかお前! 人に当たったらどうする!」
そんなクリスの指示を、一人の男が止める。
その男の顔を見て、クリスは目を見開いた。その男は───
「確実に、そして堅実に。狙いを定めるは両の目でなく──こころのめ──仕留めるは──いちげきひっさつ──の奥義!!」
男の口上と共に、隣に立っていたドーブルが尻尾の先を少女を攫ったウツロイドに向ける。
「───くらえ、ハサミギロチン!!!」
刹那、鋏のような形状のエネルギーが少女を捕らえたウツロイドに向けて放たれた。
閉じる鋏は少女を避けて、ウツロイドだけを正確に射抜く。
いちげきひっさつ。
倒されたウツロイドは少女を離しウルトラホールに向かい、落とされた少女をライチュウ達が受け止めた。
「───お前は」
クリスは自分の目を疑う。
何故か。
「Z技なんて糞食らえ、こっちの方が強いし何発でも撃てらぁ!!」
───その男は紛れもなく、前日に船着場で戦ったあの。
R団の男だったからだ。
タイトルバレ。
さて、いきなりですがウツロイドに登場してもらいました。やっぱりウルトラビーストといえばウツロイドですよね。
ところでイラストの紹介です。
【挿絵表示】
今回は唯一出番が無かったリアを描いてきました。ちゃんと活躍の場はあるから、待っててくれ()
スカル弾のユニフォームですが11歳の彼女には少しブカブカらしいです。あとグラサンはグズマと戦う前に屋敷でパクったらしい。
頑張れ一人真スカル団。
それでは次回もお会い出来ると嬉しいです。