今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ   作:皇我リキ

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事実は二人の胸をしめつける

 痩せ細った───まるで命を吸い取られたかのような状態で転がる、一匹のポケモンの死体。

 

 

 うろつきポケモン──ヤングース。

 鋭い牙が特徴的なノールタイプのポケモンである。

 

 力なく倒れるヤングースの側には、その場で泣き崩れるシルヴィの姿があった。

 

 

「……っ。……シルヴィ、何があったか教えてくれないかな」

「私が……私がちゃんとあの時、探して、たら、……っ、っぅ、ぁぁ……私が……」

 泣き崩れるシルヴィの姿を見て流石に無理やり聞く事は出来ないと、クリスは一度彼女が落ち着くまで待つ事にする。

 ステージ裏は本来、関係者以外立ち入り禁止の筈だ。何故こんな分かりにくい場所に───いや、分かりにくい場所だからか?

 

 

 ───この場所で何かあったのか?

 

 

 そこまで考えてから、やっと話せるようになったシルヴィがヤングースの死体を見つけた経緯について語り出した。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ウツロイドが出現した事による騒動に収拾が付き、モールを警官達が調べだした頃。

 

 

 シルヴィはトイレに置いてきたリアの様子を見に行く為に、再び同じトイレに向かう。

 クリスに後で話があると言われたのは内心震える気持ちだが、今はリアの様子の方が心配だった。

 

「リアちゃーん。……リアちゃーん? あれ?」

 返事はなし。よく見てみれば、トイレの個室には誰も入っていない。

 どこへ行ってしまったのだろうか? また一人にしてしまうのはダメな気がして、シルヴィはリアを探す事にする。

 

 

「リアちゃーん?」

 広場に戻って彼女の名前を呼んだ。

 

 モール内には怪我人も居て、救急隊員が患者を運んだりその場で治療をしたりする姿が視界に映る。

 亡くなった人は見た所居ない。それに安堵しながらも、やはりリアが心配で少女は歩みを止めない。

 

 

「……デネ」

 そんな中で、肩の上に乗っていたデデンネが突然シルヴィから飛び降りた。

 デデンネは匂いを嗅ぐような仕草をした後、素早い動きで駆けていく。

 

 

「デデンネ? ちょっとー、迷子になっちゃうよー?」

 迷子といえば、あのおじいさんのヤングースはちゃんと見つかったのだろうか?

 バトルバイキングで戦った老人とポケモンを心配しながら、シルヴィはデデンネを追い掛けた。

 

 

「ちょっとデデンネー? ここ入っちゃ行けない場所───ぇ?」

 そうして付いて行くままに辿り着いたのは、ステージの舞台裏。

 

 

 それが一番初めに視界に入ったのは、部屋の真ん中に無造作に転がっていたからか?

 

 ───自分が一番見たくないものだったからか?

 

 

 

「ヤン……グース……?」

 ──お嬢ちゃん、ワシのヤングースを知らんかね?──

 

 ──停電の後、ヤングースの姿が見えないんだ。避難指示でこのライブステージがある場所に人が集まってるから、人混みに揉まれたりしていないか心配でねぇ──

 

 ──いやいや良いんだよ。君には負けたがワシのヤングースは強いんだ。きっと大丈夫さ──

 

 

 思い出すのはバトルバイキングで戦った、老人とヤングース。

 なぜあの時、確りと探さなかったのか。あの時ちゃんとヤングースを探していたら、こんな事にはならなかったんじゃないのか?

 

 

 膝から崩れ落ち、少女は泣き崩れる。

 これまで塞き止められていた感情が溢れ出して、止まらなかった。

 

 

 それはまだウツロイドの神経毒が残っていたからか、彼女の優しさ故か。

 

 

 もう自ら動く事はないヤングースの頬に大粒の涙が落ちる。

 デデンネが警察官を呼んできたのは、その数分後だった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「こちらのヤングースで間違いないですか?」

「……。……あ、あぁ…………そうだね。ワシの、ヤングース……だ」

 警察官に連れてこられた老人は、両手を付いてヤングースの隣に崩れ落ちる。

 

 

 同じポケモンでも、多少の体格や毛並みの差があり。それが自分のポケモンなら、長い付き合いで分かってしまうものだ。

 だから老人は信じたくなくても確信するしかない。その死体が自分のヤングースである事を。

 

 

「……すみません、見付かった時にはもう」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……私、私が……もっと早く……」

 手を握り締め謝罪するクリスの横で、少女はただ泣き崩れる。

 老人は少しだけ目を閉じた後、蹲るシルヴィと視線を合わせた。

 

 

 その横ではクチートがデデンネに怒っている。

 なぜこんな物をシルヴィに見せたのか。シルヴィの事を良く知る彼女だからこそ、それが許せない。

 だがデデンネもデデンネで考えがあるようで、反省の色は見られなかった。ただクチートの言葉を受け流し、シルヴィを横目で見る。

 

 フライゴンはそんな二匹とシルヴィを見比べた。

 彼女の事はそんなに深く知らない。彼女はどうしてこうも他人の不幸に悲しめる程、優しいのだろうか? そんな事を考える。

 

 

「……頭を上げてくれ。……良いんだよ、君が悪い訳じゃない。……ヤングースを見付けてくれて、ありがとう」

「おじいさん……。……でも! でも、私があの時ちゃんとヤングースを探していたらこの子は助かったかもしれない。私が……見殺しに───」

「それは違うよ。……君は、優しいね」

 少女の頭を優しく撫でた老人は、警官に一度許可を貰ってからヤングースを抱き上げた。

 

 

 とても軽い。普段からこうして抱き上げたりしているが、本当に自分のヤングースなのかと疑ってしまうほどに身体が軽くなっている。

 それでも彼には分かるのだ。このヤングースは間違いなく自分のポケモンであると。……それがポケモントレーナーという物なのである。

 

 

「この子はね、ポケモンバトルが大好きだったんだ。毎日のようにバトルバイキングに通い詰めて、常連の中でもこのヤングースに勝てるポケモンはそういなかった。……君のフライゴンに負けるまで、本当に敵無しだったんだよ」

 少女とフライゴンを見比べながら、老人はそう語った。

 

 まるでヤングースとの思い出を噛みしめるように、無意識にヤングースを抱く腕の力が強くなる。

 

 

「負けたのが久し振りだから、とても悔しかったんだろうね。次戦う時は絶対に勝つんだと張り切っていたよ。……だから、きっと、あのポケモン達に人々が襲われた時、ヤングースは誰かを守る為に戦ってたんじゃないかなって思うんだ」

「戦ってた……?」

 聞き返すシルヴィに、老人はヤングースの頭を撫でながら言葉を繋げた。

 

 

「力を付けたかったんじゃないかな。元々優しい子だったのもあるし、誰かが襲われていて、居ても立っても居られなくて、きっと戦っていたんだ……」

 シルヴィの脳裏にウツロイドに勇敢に立ち向かうヤングースが映る。

 一度戦ったから分かるのは、あのポケモンの恐ろしさだった。

 

 きっとあのポケモン達に悪意はない。それでも恐ろしい力を持っているのは確かで、戦う事はとても勇気がいる。

 

 

 もしあの広場でヤングースが戦っていたとして。

 

 

 その時私は何をしていた? 蹲っていただけじゃないか。

 

 

 後悔した。あの時、なんであの時から戦わなかったのか。救えたかもしれない。助けられたかもしれない。

 

 

 

「誰かを守って、力尽きてしまったのかもしれないね……」

「私は……っ!」

「君もヤングースと一緒で優しい。……だから、分かるだろう? ……それにね、責任があるとしたらワシなんだよ。ポケモントレーナーなら、自分のポケモンの事は責任を持って育てないといけない」

「でも……っ。でも───」

「よせシルヴィ……」

 泣き崩れるシルヴィの肩を叩いたのはクリスだった。

 彼は老人に深々と頭を下げる。それ以上はせずに、シルヴィに語りかけた。

 

 

「今一番辛いのは君じゃない。……分かるよね?」

「……っ。ぁ……ぁ、あぁ……私、ごめ……ぁ、ちが、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 気持ちが分からない訳じゃない。自分だって悔しい気持ちでいっぱいなのだから。

 

 でもそれ以上に、クリスは大切なポケモンを失う気持ちを分かっていた。

 

 

 だからこそ、老人にもう一度深く頭を下げるだけにする。

 それ以上はただ苦になるだけだ。

 

 

「ありがとう、二人とも。お巡りさんも、ありがとう。……少しだけ、ヤングースと二人きりにさせてくれないかな? 話したい事が沢山あるんだ……。……話さなきゃいけない事が、沢山あるんだ。……多分この事件の解明のためにヤングースの身体を貸して欲しいんだよね?」

 それを聞いたクリスは頭を下げたまま目を見開く。

 

 

 

 なぜ、どうしてあの停電の時この場所を離れた。

 

 

 ゲンガーだけでも置いていく事は出来た筈。何が最善の選択だ、僕は何も出来ていない。この老人の方が、よっぽど事件の解決に協力してくれている。

 

 

「……申し訳ありません。……お願いします」

 一度頭を上げてから、クリスは前よりも深く頭を下げた。

 

 老人は笑顔で頷いてから「ありがとう」と誰にいうでもなく言葉を落とす。

 警官が用意した個室に向かう老人はとても強い人に見えたが、シルヴィもクリスも部屋に入っていく老人が浮かべる涙を見てしまった。

 

 

 そんな訳がない。

 

 

 自分の大切なポケモンとの別れが辛い訳がない。

 

 

 そんな事は分かっているのに、何も出来なかった自分が情けない。

 

 

 

 二人はただ、老人が満足気な表情で出てくるのを待って頭を下げる。

 それまでに情けなさと悔しさの涙を流しきって、老人には一度だけのしっかりとした謝罪をした。

 

 

 老人は心良くヤングースの身体を警官に預ける。

 

 

 本当はそんな事したくない筈だ。そんな事は百も承知。呪われる覚悟でクリスは姿勢を正し、手を頭に向けて敬礼をする。

 

 

「……ご協力、感謝いたします」

「あぁ、ヤングースの事を少しだけ預けるよ」

 ただ小さく老人はそう呟いて、ショッピングモールを後にした。

 

 

 とっくの昔に日は沈んでいる。

 

 

 夜道を歩く老人を照らす月明かりはまるで何かが側にいるかのように、眩しかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「……なんか、さっきは……その、ごめん」

 モールは二日間閉鎖する事が決まり、外の広場で座り込むシルヴィに一人の少女が話し掛ける。

 彼女の隣に座った少女──リア──は、蹲っているシルヴィの顔を覗き込んだ。

 

 

「……泣いてるのか?」

「……うん。ごめんね、格好悪い所見せて」

「別に、格好良いなんて思ってないし」

「酷いなぁ……」

 リアの言葉に笑顔を見せるシルヴィ。フライゴン達はやっと顔を上げたシルヴィに安堵して、溜息を吐く。

 

 

「……なんか、あったの?」

「……助けられなかった。ポケモンがね、一匹、死んじゃったの」

「それ、お前が悪いのか? 違うだろ」

「分かってても嫌だったんだ。誰かが悲しい思いをするのが。そして、それが分かってたのに私は自分勝手におじいさんの前で一人泣いてたの。最低だよね、一番辛いのはおじいさんなのに。……私、何も出来なかった」

 自虐的な言葉を並べるシルヴィの言葉を聞いて、リアは眉間に皺を寄せた。

 

 

 ただ、少ししてから溜息を吐いて、リアはゆっくりと口を開く。

 

 

「……少なくとも、私はお前に助けられたよ」

「リアちゃん……?」

「あの時あんたが助けてくれなかったら、私はどうなってたか分からない。……だから、その、ありが……とう」

 リアは赤く染まった頬を掻きながら、自分でも理由が分からずに口を開いた。

 

「リア……ちゃん……」

 頬から流れる大粒の涙。

 

 

 そうか、私は───

 

 

 

「な、なんだよ泣くなよ! 褒めてやってるだろ!」

「リアちゃん」

「……な、何?」

「……シルヴィって呼んで?」

「なんでだよ! 別に仲間でもなんでもないだろ!! 調子のんな!!」

「えー! 良いじゃん!! あ、おねーちゃんって呼んでくれても良いよ!!」

「誰が呼ぶかボケぇ!」

 声を上げるリアを見てシルヴィは笑顔を見せる。そんな彼女を見てホッとしたのか、リアは一度俯いてから顔を上げた。

 

 

「……私は、お兄ちゃんが居るんだ」

「……ぇ、ぁ、うん」

 唐突に話し始めたリアの言葉に、シルヴィは表情を曇らせる。

 

 ただ、もしかしたら自分を頼ってくれてるのかもしれない。

 そう思って表情を真剣な物に切り替えて、シルヴィは彼女の言葉に耳を傾けた。

 

 

「でも今はどこかに行っちゃって、独りぼっちになってる」

「だからあの時……」

 

 ──お兄ちゃんは何処?! 嫌だよ、一人にしないでよ。寂しいよ。ねぇ、何処にいるの?! お兄ちゃん……っ!!──

 ウツロイドに取り込まれていた時の彼女の言葉を思い出す。

 本当は寂しかったんだ。独りきりでずっと、我慢していたんじゃないだろうか?

 

 

「ちゃんと聞こえてた」

「え?」

「……聞こえてた、友達になれるって、側にいるって。……あんたの───シルヴィの言葉聞こえてた。ありがとう、助けてくれて……。一緒に居てくれるって、お兄ちゃんを探してくれるって言ってくれて、その……ありがとう」

 顔を真っ赤にしながら、それでもシルヴィの目を確りと見てリアはそう言う。

 名前を呼ばれたシルヴィは枯れるほど泣いたというのにまた涙を流した。それに驚いて、恥ずかしがったのも忘れてあたふたするリアをシルヴィは突然抱擁する。

 

 

「ぇ、ちょ、お、おい?!」

「リアちゃん……私…………私───」

「な、泣くなよぉ……」

「───やっぱりお姉ちゃんって呼んで欲しいよぉぉ!」

「ざけんなテメェぇぇ! どういう神経してんだ! 私の勇気を返せ!! 抱き着くな!! 離れろ!! シルヴィぃぃいいい!!!」

「えっへへー、やーだ! シルヴィお姉ちゃんと呼べー!」

「なんなんだぁぁ!!」

 

 

「……あのー。お取り込み中悪いんだけど、良いかなシルヴィ」

 そんな二人に話し掛けるのは全体的なモールの調査の指示を終えたクリスだった。

 なんだか異様な光景に苦笑いしながら、彼はシルヴィに話し掛ける。

 

「だ、誰……」

「えーと、クリスさん……?」

「クリスで良いよ。国際警察のコードネームだからね」

「ゲェ、国際警察……?」

 スカル団としてはおまわりさんとの相性は悪く、彼女はシルヴィの陰に隠れる形で身を隠した。

 クリスはそんな小さな少女の反応に首を横に傾けながらも、シルヴィに要件を伝えるべく口を開く。

 

 

「明日でいいから近くの喫茶店で話をさせてくれないかな? なんて事はない、今日のお礼の話だよ。勿論、お金は僕が出すから。なんなら、そこの友達も来るかい?」

「と、友達?! 友達なんかじゃ……いや、友達……う、うぅ……」

「えーと、大丈夫です分かりました。……お昼くらいでいいですか?」

「うん、勿論。ポケモンセンターに泊まるんだよね? 明日迎えに行くよ」

 そう言ってからその場を後にするクリス。

 

 

 さっきまでの気恥ずかしい雰囲気は良くも悪くも解消され、二人は同時に立ち上がった。

 

 

 

「ぽ、ポケセン行くけど。……シルヴィは?」

「うん、そうだねリアちゃん。行こっか!」

 二人はモールを後にして、ポケセンセンターへと向かう。

 

 

 

 

 

 ショッピングモールで起きたこの事件は、ひとまず幕を閉じた。




次のお話で二節は終わりになります。いやこの作品完結までどのくらいかかるんでしょうかねぇ……。
この話で既にある通り、この作品は普通にポケモンが死ぬので鬱展開が苦手な人はご注意下さい。


さて、なんとまたまた「虹色の炎」のありあさんからファンアートを頂きました。紹介させて頂きます。

【挿絵表示】

怒ってるクリス君!
男らしくて素敵。私は男の声の輪郭が描けないので、格好良いクリスが見れてほっこりしてます。


それでは、また次回もお会い出来ると嬉しいです。

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