キーボードを叩く音が途切れると同時に、その音を鳴らしていた少年は大きく背伸びする。
沈んだ筈の太陽は再び登っていて、カーテンの隙間から部屋を照らしていた。
経過した時間に驚きつつも、少年──クリス──は立ち上がって飲み掛けのコーヒーを飲み干す。
「……朝か」
既に前日の事となってしまった事件の報告書を書き始めたのは、このホテルに着いてすぐだったか。
一切の休息無しに仕事を進めていた彼は流石に身体の疲れを感じていた。
「ロトム」
力の入らない手で、つい一時間前にポケモンセンターから帰って来たモンスターボールに手を伸ばす。
中から出て来たロトムはポケモンセンターで体力を回復していて、ボールから出た瞬間部屋中を元気に飛び回った。
「ロトッ、ロトッ」
「元気になって良かったよ。ごめんな、僕のせいで。……それと、悪いんだけど三時間だけ寝かせてくれないか?」
三時間後に起こしてくれという意味合いを込めてそう言うと、ロトムは全く間を空けずに机の上のデジタル時計に入り込む。
それを見届けたクリスは小さくお礼を言うと、フラフラと歩いてベッドの脇で止まった。
ベッドのど真ん中で大の字になって寝ている小さなゲンガーを見たクリスは、頭を抱えてからその場に倒れこむ。
……もうここで良いや。
疲れ切った少年はそのまま床に寝転がって目を閉じた。
今の彼なら例え火の中水の中に草の中でも眠る事が出来るだろう。
「……畜生」
一気に薄れていく意識の中で、少年は色々な意味を込めて小さく呟いた。
☆ ☆ ☆
「現状報告は以上です、ハンサムさん」
四時間後。纏めた資料をハンサムに送ってからポケギアで簡単な報告を済ませ、クリスは電話を切る。
一仕事終えたクリスは、次の仕事に取り掛かる前にもう一度作った資料を見直した。
今回の事件はどうも不可解な事が多過ぎる。
まず一連の関係事件を並べると───
───初めにこのアローラで
このRR団はフェスサークルやエーテル財団を乗っ取りなんらかの企みを企てていたが、アローラの現チャンピオンがそれを阻止。
その際サカキと思われる人物が姿を現している。チャンピオンに敗北したサカキは逃亡し、現在も見付かっていない。
───その次にカントーのトキワシティ近郊で謎の大地震が発生。
どのような調査を用いても自然災害であるという確証が取れない事を不自然に感じて、調査を開始。
見付かったのは震源であるトキワの森で行われていたと思われる、激しいポケモンバトルの痕跡だった。
専門家の調査で、戦っていたポケモンはドサイドンを含むじめんタイプのポケモンが複数体。
元トキワジムのジムリーダーだったというサカキのエキスパートタイプはじめんタイプ。
報告されているサカキの使用していたポケモンとも情報が一致している。
それ以外にはオーダイル、リングマ、なんらかの飛行タイプのポケモンの痕跡が見付かったがじめんタイプのポケモンと戦っていたらしき痕跡以外にはなにも見付かっていない。
もしこの地震がこのバトルと関係、或いはバトルで起こされた現象ならオーダイルを使っていたトレーナーは重要な参考人になるのだが消息は不明だ。
これに関してはハンサムさんに心当たりがあるらしく、一任している。
そして同日に地震の影響で起きたトキワシティの停電。
災害が広がった原因の八割がこの停電にあり、ポケモンセンターや医療機関の非常電源すらも被害が出た結果、多数の命が犠牲となった。
当日の監視カメラの映像を全てチェックすると、当時ジムリーダーであるグリーンさんが友人とアローラに旅行中であるために閉鎖されていたジムに侵入者がいた事を発見する。しかも侵入者はジムの関係者しか知りえぬ出入り口を使っていた。
周辺のカメラの記録から侵入者である少女──シルヴィ──の特徴を割り出して、行方を追った結果がこのアローラ地方だった。彼女が事件に関わっているのかは分からないが、どちらにしても不法侵入の件で事情聴取は必要だろう。
非自然的な地震とトキワの森のバトルの痕跡、そしてトキワジムへの侵入者、当日以降から
この事から国際警察は、地震の原因を作ったのはR団首領サカキだと憶測を立てて調査を開始した。
問題はRR団との関係性である。
サカキがアローラに一度姿を表しているにも関わらず、R団の活動がカントーで行われていたのは何故だ?
そしてまたアローラに戻る理由も分からない。なぜカントーのトキワシティを態々経由した。
───そして昨日起きたのがショッピングモールの閉鎖事件。
アローラで活動し始めたクリスの前に、自分をR団と認める男が現れる。その男の逮捕に失敗した翌日に起きた事件だ。
アイドルのコンサート中に停電が発生する。この停電だが、後の調査の結果コンサート中に放たれたスパークの影響ではないという事が判明した。
つまり、何処か裏でタイミングを見計らっていた者が居たという事である。
停電は直ぐに解消されたが、スタッフの放送中に放送室をR団が襲った。
直ぐに救援に向かったが、R団の男は少しだけ時間を稼いで直ぐにクリスを解放している。
その間にウルトラホールが開き、現れた
死亡した人は居ないが、ポケモンが一匹不自然な死体として見付かり犠牲となっている。
しかしR団の目的はモールを襲う事ではなく、ウルトラビーストを捕獲する事だった。
だがそれだけなら、停電と放送室を襲った理由が分からない。
あの時クリスが考えていたのは、あの放送で動くであろう人間──
だがその理由はなんだ? 警察があの場所に居たら起きる不都合があったのか?
考えられる理由は二つ。
一つは、ウルトラホールの生成を邪魔されたくなかった。
もう一つは、発生後に現れるウルトラビーストの捕獲を邪魔されたくなかった。
あの男の行動からして後者ではない。そもそもウツロイドが放たれた時点で、R団の目的は阻止できなくなる。
そうなると生成の邪魔をされたくなかったからか……?
だが何故停電を起こした?
警察を誘き寄せた理由はなんだ?
あの場所に警察が居て不都合な事が何処にある?
他の視点から考えろ。
───なぜポケモンが一匹だけ犠牲になったのか。
司法解剖により分かったのは、ヤングースの死因はウツロイドの攻撃によるものではなかったという事。
何かに生命力を奪われ、生き絶えたというのが調べた結果で、その理由は前例がなく判明しなかった。
ウツロイドによる犠牲ではない。
ヤングースが老人から離れたのは停電の後。
───なぜ停電を起こして警察を誘き寄せた?
「……ヤングースか」
目的はヤングースの命だった?
いや、これじゃまだ理屈が合わない。ウツロイドを捕まえる為にヤングースの命を奪う理由が何処にある?
そもそもヤングースが居なくなったのはウルトラホールが開く前───ウルトラホールが開く前?
「そうか……」
エーテル財団の極秘研究の内、コスモッグというポケモンのエネルギーを使ってウルトラホールを開く実験が行われていた。
実験はコスモッグの生命を脅かす危険性があり中止になったが、密かに研究を続行し成功したという事例もある。
───ヤングースの命を使ったのか?
「……いや、まだ仮説だ。これが間違いなら亡くなったヤングースに申し訳がない。……答えを焦るな」
クリスは一度頭を振ってから思考を辞めて現実に戻った。
気が付けば約束の時間の一時間前。そろそろシルヴィを迎えに行かなければならない。
「とりあえずは目の前の事からかな。……シルヴィの事情聴取。彼女は白だと思うけれども」
コートを着て、ロトムをボールに戻してから少年は寝ているゲンガーを抱き上げる。
今日の仕事の始まりだ。
☆ ☆ ☆
「ところで、あの子は?」
「朝起きたら居なくなっちゃってて……。またな、って置き手紙が置いてあったんですよ。もー、せっかく仲良くなれたと思ったのに」
メレメレ島のとある喫茶店にて、クリスの前でシルヴィは頬を膨らませる。
一緒にポケモンセンターで休息を取ったは良いが、クリスの言うあの子──リア──は朝起きた時には姿を消していた。
普通に考えれば何も間違ってはいない事なのだが、翌日からも一緒に居れると思っていたシルヴィは若干不貞腐れている。
「絶対にお姉ちゃんって呼ばせようと思ってたのに。……もー、フライゴンも起きてたならリアちゃん止めてよー!」
「ラァ……」
少女のポケモンは三匹共ボールには治っていない。というよりは、クリスには彼女がモンスターボールを持っていないようにも見えた。
「あまり深く突っ込んだら怒られそうな話題だね……。……さて、それじゃ本題に入っても良いかな?」
「あ、はい、ど、どうぞ!」
クリスが話をする体勢に入ると、シルヴィは硬くなって姿勢を正す。
不意のその仕草に、クリスは笑いながら「別に硬くならなくても良いよ」とリラックスするように促した。
「まずは昨日の件。協力してくれた事に警察を代表してお礼を言いたい。……ありがとう、シルヴィ。こんな物しか用意出来なかったけど受け取って欲しい」
そう言ってクリスが彼女に渡したのは、アローラの高級ギフトとして名高いとある名店のマラサダである。
一日限定で二十個しか生産されない高級マラサダの値段は計り知れず、その値段以上に人気が高い為地元の住民でも食べた事のある人は少ない。
「えぇ?! こ、これ、高い奴じゃ……」
「デネェェェ!!」
「クチ」
「デネェェエエ?!」
「ほんの気持ちだよ。もし君が良いなら警察署で表彰も貰えるけれど、どうかな?」
「け、警察署ですか……」
その場所の名前を聞いて、シルヴィは表情を引きずった。
「え、遠慮しても良いですか……? 私、そういうの苦手で。……それに、私そんなに褒められるような事はしてないです」
「そっか、分かったよ」
「あ、はい」
「ところで一ヶ月前、トキワジムにはどんな用事で不法侵入したのかな?」
安堵の溜息を吐くシルヴィに、しかしクリスは突然声色を変えて単刀直入に言葉を落とす。
それを聞いたシルヴィは、目を見開いて口を開けたまま固まった。カマをかけたつもりだったが、彼女にはそんな事をする必要はなさそうである。
「ぇ、えと…………あれは……その……」
「監視カメラに君の姿が映っていた。……僕はR団を追っている。君も知っている筈のあの大震災を僕はR団の仕業だと睨んでいるんだ。……君はなぜ彼処にいた? 何を知っている?」
クリスの問答にデデンネとクチートの表情は険しい物となった。
ただシルヴィは俯いて、言葉を話さない。
「……言えないかい?」
「……ちょ、ちょっと待って下さい。……私は、ただ」
「ただ?」
どうしたら良い? どう答えたら良い?
あの事件の被害が広がったのは───
「……ただ、クチートを助けたかっただけなんです。ポケモンセンターに行けなくて……えと、父がジムの、あ、違う、ジムの入り口は、えと、たまたま」
「……落ち着いて」
歯切れ悪く言葉を並べていくシルヴィに、ジュースの入ったコップを寄せてクリスは飲み物を飲むように諭す。
ジュースを飲み終わったシルヴィはただ俯いて震えていた。
「……フラィ」
「待ってくれ、僕は彼女をどうこうするつもりはない。……ただ、R団について何か知ってる事があれば教えて欲しかっただけなんだ」
「……ぇ?」
クリスの言葉にシルヴィは目を丸くして顔を上げる。
彼の表情は穏やかな物で、何かを裁こうという意思は見えてこなかった。
「ポケモンジムは公共施設だし、ジムリーダーが居なくて閉鎖状態とはいえ裏口から入ろうが罪には問われないよ」
本来は注意されるべき事ではあるが、クリスはそこを割愛する。
この少女に限って、悪さを目的に不法侵入をする事はしないという判断だ。
「目的も多分……ポケモンセンターが満員だったか、道が無かったか、ポケモンセンターまで間に合わないと思ったのか、それでもどうにかしてクチートを助けたかったって所かな」
そこまで言ってから彼はシルヴィのクチートの頭を撫でる。
クチートは不満そうにもクリスを睨むが、撫で方が上手かったのか彼女は直ぐに気持ち良さそうに目を瞑った。
「そ、それは……」
「誰にだって言えない事はあるだろうから、それを責めるつもりはないよ。君だってあの災害の被害者の筈だからね」
彼の言葉に少女は自分の胸を掴む。
被害者?
違う、私は───
「心の整理が付いて、何かあったら教えて欲しい」
「───ぇ」
クリスは席を立ちながら一枚の紙を彼女に渡した。
そこには携帯電話端末──ポケギア──の番号が記されている。
「なんで……」
「確かに初めは僕も君を疑ってたし、正直何かを知っているとは確信してる。……でも、僕は君みたいにポケモンを大切に出来る人に悪い人は居ないって信じてるから。……だから落ち着いて、話せる時で良いんだ。その時でいいから、君が知ってる事を教えて欲しい」
そう言ってから彼は財布を取り出しながら「これからの予定は?」と軽く質問した。
「アローラで暮らそうと思ってて……」
「それならホテルを取るか、家を探すか。……後は、島巡りをするのも良いかもね」
「島巡り?」
「この地方で言うカントーのジム巡りみたいな物だよ。詳しくはこの先の海岸にあるククイ博士の家を尋ねてみると良い。後これは、今日のお礼だ。釣りは要らない。僕はもう行くから、君はゆっくりしていってね」
どう考えても有り余るお金を置いて、シルヴィが反応する間もなく店を出て行くクリス。
その横ではデデンネが高級マラサダを独り占めしようとしてクチートに挟まれ、フライゴンは無言の横目でクリスを見る。
唖然としている内に自らの危機が消え去ったシルヴィは、しかし自分の罪に胸を締め付けられる思いだった。
落ち着いたら、話そう。
せめてフライゴンの傷が治って、野生に帰ったら全部話そう。
あの大震災。
被害が広がり、沢山の人やポケモンが犠牲になったのは───
「……ごめんなさい」
「……フラィ?」
───私の所為なのだから。
やっっっと一章二節は終わりです。長々と申し訳ありませんでした。
次節からはほのぼのが始まる……っ!!(かもしれない)
と、いった矢先ですが三節の前に番外編をやろうかと思ってます。二話くらいで終わったらいいかな。
というわけで、次回もお会い出来ると嬉しいです。