ポケモンどろぼうは誰だ!?
「さて、と。そろそろ行こっか。この先のククイ博士っていう人の家に行けばいいんだっけ?」
喫茶店で少し時間を潰して、心を落ち着かせてから少女──シルヴィ──は席を立った。
しかし、会計を済ませる少女の表情は少し暗い。
これからの事、そして
クリスにあの時の事をいつ、どう話すか。話したらどうなってしまうのか? そんな事ばかり考えてしまう。
「……考えても仕方ない!」
それでも、じっとしていたって何も始まらない。
彼女は次の一歩を踏み出す為に、店の外に飛び出した。
「よーし、行───」
「警察だ! シルヴィだな? ククイ研究所からポケモンを奪った罪で逮捕する。ご同行願おう!」
しかしシルヴィが店を出た瞬間、突然現れた警察官に腕を掴まれ手錠を掛けられる。
「───はい?」
シルヴィは警察官の言葉が全く理解出来なくて、その場で固まった。
ポケモンを奪った罪……?
「え?」
全く身に覚えがない。
「逮捕だ!」
「えぇぇええええ?!」
☆ ☆ ☆
「少し休みたいな……」
アーカラ島でのR団とのバトル。翌日にショッピングモールの停電事件に、その報告書。そしてシルヴィの取り調べ。
クリスは頭を抱えながらホテルに足を向ける。
仮眠は取ったが、流石にもう身体が限界だ。
「あ、クリスさん!」
しかし、そんなクリスの事を呼び止める声。
振り向けばそれはアローラの警察官で、困ったような表情でクリスに駆け寄ってくる。
正直逃げ出したかった。もう身体は動かない。勘弁してくれ。
「ど、どうかしましたか?」
「ククイ研究所でポケモンの盗難事件がありまして。……お力を貸して下さいませんか?」
表情を引攣らせて問い掛けるクリスに、警察官は淡々と事情を説明した。
ポケモン泥棒。
人のポケモンを奪うという行為は許されない。
大切な存在を失うという事は、その生死に関わらず辛い事だと彼は知っている。
だから、その事情だけで彼の眠気は吹き飛んだ。
「……案内してください」
犯人を必ず捕まえる。表情を切り替えた彼は、決意を胸に警察官の後を追う。
この事件が終わったら、僕は寝るんだ。そんな決意を胸に。
☆ ☆ ☆
ククイ研究所。
メレメレ島の海岸沿いに建てられたその一軒家は、何があったのか疑問に思う程の修繕された後がいくつもある。
まるで家が何度も破壊されたかのような光景だ。
ククイ博士はポケモンの技について研究している。
研究の為に技を自ら受ける事も多々あり、家の修繕の後は全てコレが原因だった。
「……失礼します。現場はこの研究室でい───」
家の外でも警察官が何人か検分をしていて、彼等に挨拶を済ましたクリスは扉を開けて現場に向かう。
そこで彼が見たのは───
「だ、だから私じゃないんですってぇ!」
───ついさっき別れたばかりのシルヴィだった。
デデンネとクチートはあたふたしていて、フライゴンはどうしたら良いのか分からずにただ窓の外を眺めている。なんだこれは、どういう状態だ。
「証拠は上がってるんだ。この監視カメラに映ってるのは確かにお前だろう?!」
机の上に乗ったパソコンを指差しながら、一人の警察官が怒鳴る。
全く状況が理解出来ないクリスは、手近な所に立っていた警察官に状況説明を求めた。
「昼間、ククイ博士が出掛けている間にモンスターボールに入った三匹のポケモンが盗まれました。犯行時間は十二時から十三時までの一時間。そして監視カメラの映像を見ると、彼女の姿が映っていたんです」
説明を聞いてパソコンの画面を見ると、確かに画面にはシルヴィの姿が写っている。
彼女は室内に侵入すると、なんの躊躇もなく机の上に置いてあった三つのモンスターボールを手にとって研修室を後にしていた。
「これは……」
「クリスさん。彼女、自分はやってない。その時間は国際警察のクリスさんと話をしていたと供述しているんですが、事実ですか?」
「そうですね。事実です」
クリスはただ事実を述べる。
では、この映像に映っている少女は何者なのか?
「クリスさん! 助けて下さーい!」
「大丈夫、君の無実は僕が証明出来るから」
しかし問題は映像の方だ。いくらクリスが口で言った所で、映像として証拠に残っていれば証言は無駄になる。
ならばそれを覆す証拠が必要だ。
さて───
「考えられる可能性は三つか」
一つは、犯人がシルヴィに変装している。
もう一つは、映像が改竄されている。
最後にポケモンの力による幻影。
「ロトム、改竄の可能性を調べてくれ」
モンスターボールから出たロトムは短く笑いながらパソコンの中に入る。
一瞬で出て来たロトムは、身体を横に振って改竄はなかったと主張した。
「となると……映像からはこれ以上情報は得られないな」
変装だとしたら完璧過ぎるというくらいか。
服装も同じ。どう見てもシルヴィにしか見えない。
「部屋に鍵は?」
「いや、それが掛けてなかったんだ。僕とした事が
そう答えたのはこの家の主、ククイ博士。
上半身半裸の上に白衣を着るという特徴的な格好をした褐色肌の男性は、頭を抱えて表情を曇らせる。
「と、なると侵入は簡単な訳か……」
犯人を絞る事が難しい。
もう少しヒントが欲しいが。
「盗まれたポケモンは?」
「ニャビー、モクロー、アシマリの三匹だよ。元々は今日から島巡りに向かう女の子に渡す為に用意した三匹だったんだが……」
アローラ地方の初心者用ポケモンという事か。
それを三匹共奪うとは。
「……その女の子は?」
「朝方来るって話だったんだけど。結局昼になっても来なくて、僕は一旦買い出しに向かったんだ。……そういえば、まだ来てくれてないな」
盗まれたのは用意されていたポケモンだけ。ポケモンが用意されていた事を知っている人物は少ない筈だ。
犯人の目的は初めから三匹のだったのだろう。
……まさか。
「その子、どんな子ですか?」
「ん? えーと、クチナシさんからの推薦で、ウラウラ島に居たリアって名前の女の子としか聞いてないな」
「え、リアちゃん?!」
その言葉に反応したのはシルヴィだった。
「……知り合い?」
「えと、昨日の夜にクリスさんがモールの外で話し掛けてくれましたよね? その時に横にいた女の子なんですけど……」
その後シルヴィは「アローラに来てから始めて友達になった女の子で」と補足する。
クリスの脳裏に映るのは、シルヴィに話し掛けた時に彼女の後ろに隠れてしまった幼い少女の姿だった。
「あの子か……」
流石にあんな小さな子が泥棒を働くとは思えないが……。と、なると何者かに利用されている?
リアという女の子は今朝方来るという話だったが、まだ姿を現していない。
何かの事件に巻き込まれている可能性もある。
彼女が犯人という可能性もあるが、本来貰えるポケモンを態々奪っていく理由も分からない。
「……あの子、どんなポケモンを持っていたか分かるかな?」
「えーと、デルビルに……あと、ゾロアとゾロアークでした」
しかしその名前を聞いて、クリスの中で答えはひっくり返った。
利用されているという可能性もあるが、犯人は───
「───犯人は多分、そのリアって子ですね」
☆ ☆ ☆
「くっふっふ、くはは、かーっはっはっは!!」
メレメレ島。郊外にて、一人の少女が高らかに声を上げる。
「ポケモン盗んでやったぞーーー!」
大声で犯罪宣言を叫ぶのは、件の少女──リア──だった。
片手を上げて満面の笑みを浮かべる少女の後ろには、ククイ研究所から盗んだ三匹のポケモンがいる。
首を九十度横に傾け、状況を全く理解していないのはくさばねポケモン───モクロー。
くさ、ひこうタイプを持つ鳥ポケモンで、薄茶色の体色に胸元の蝶ネクタイのような緑色の模様が特徴的だ。
そのモクローの背中で身体を震わせて怯えているのはあしかポケモン───アシマリ。
青い体色と尾びれのように進化した後ろ脚、水掻きを持つ前脚が特徴のみずタイプのポケモンである。
そして、大声で叫ぶリアを横目で見ながら身体を丸めるのはひねこポケモン───ニャビー。
黒に赤が混じった体色で、ほのおタイプのポケモンだ。
三匹はこのアローラ地方で初心者用ポケモンとして馴染みのポケモンである。
腰に手を置いて、リアは満面の笑みで三匹を見下ろした。
これからどうなってしまうのか?
おくびょうな性格なのだろう。アシマリは号泣しながらモクローに抱き着くが、モクローはただ首を左右に傾けるだけだった。
「真スカル団、初めての悪事はポケモン泥棒! まぁ、元々貰う予定のポケモンだけど、欲張りな悪党は全部貰って行くのが普通だ。うん」
満足気に盗んだポケモンを眺めては、彼女はこれからどうするか考えてみる。
とりあえずこの三匹を強くして、まずは妥当メレメレ島のキャプテン───イリマ。
そう計画して、早速盗んだポケモン達の調子を見ようとしたその時だった。
「国際警察だ、ボールを全部床に置いて両手を上げろ!」
突然背後から聞こえた声にリアが振り向くと、金髪の少年がリアの元に向かって走ってくる。
ゾロアークに幻影を使わせて、犯人をシルヴィに見せ掛けようとしていたのにもうバレたのか?
焦って腰のモンスターボールに手を向けるが、背後からニダンギルがそれを止めた。
いつのまに?
そう思うと同時に、金髪の国際警察──クリス──の手元にモンスターボールの着いたふといほねが回収される。
ほねブーメラン……?
「やべ……どーしよ」
彼女自身のポケモンであるデルビルも、主人の動きが止められている以上動く事は出来ない。
ぞろぞろと向かって来るのは当事者のククイ、国際警察のクリス、そしてリアの知り合いだと言っていたシルヴィだった。
「おー、ニャビーにモクロー、アシマリ。全員無事だったか!」
「リアちゃん、この子達を盗んだのは本当にリアちゃんなの?!」
ククイが三匹の無事を確認する横で、シルヴィはリアにそう問いかける。
リアの事を優しい子だと思っていたシルヴィには、その事実が信じられなかった。
「……まぁ、今更隠しても仕方ないか。……私は真スカル団! 島巡りなんて風習はぶっ壊す為にそいつらを盗んだ! 悪いか!」
「悪いよ?!」
シルヴィが冷静にツッコミを入れる横で、クリスが握った腕を震わせながら足を一歩前に出す。
それにアシマリが怯えて号泣するが、気にせずにクリスは口を開いた。
「悪いか……だって? 元々人に渡すポケモンとはいえ、君はそのポケモン達を奪ったんだぞ。その事実は何も変わらない。君もポケモントレーナーなら、自分のポケモンが奪われたらどう思うか───考えないのか?!」
声を上げるクリス。怒りの篭った声にリアは表情を引攣らせて後ずさる。
十一歳の少女に、そこまでの罪の意識は無かった。
ただ、元々貰える物を余分に貰っただけ。
ちょっと悪い事、狡い事だとは思ったが、そこまで悪い事だとは本気で思っていなかったのだ。
ただ、ちょっと悪さをする自分格好良い。その程度の感覚だったのだろう。
「そ、それは……。い、いや、だって───」
「言い訳は良い。話は署でたっぷりと聞くよ」
「く、クリスさん?!」
ポケットから手錠を取り出したクリスに驚くシルヴィ。
しかし、そんな彼を止めたのは誰でもない───被害者のククイだった。
「まぁまぁ、子供の可愛いイタズラだよ。三匹も無事に戻ってきたんだ、僕は彼女をどうこうしようなんて思わないさ」
「な……博士! 子供だからってやって良い事と悪い事が!!」
「彼女は三匹を悪事に使おうとも売り捌こうとも思っていなかった。ただ、三匹と一緒にこれから高め合って進んでいこうと思っていた。……そうだろう?」
リアに近付いて、彼女の頭を撫でながらククイはそう言う。
「でも、ごめんな。これは決まりでもなんでもないんだが、君に渡せるポケモンは一匹だけなんだ。……どうか慎重に選んで、そいつとゼンリョクで旅をして欲しい」
「わ、私は……う、ぐぬ……ぐぬぬ……」
ククイの言葉を聞いたリアは俯いて、小さく「ごめんなさい」と呟いた。
それを聞いて満足したのか、ククイは道を譲って三匹を彼女に見せる。
モクロー、アシマリ、ニャビー。好きなのを選ぶと良い。
名前を呼んで、君の事が気に入ってくれればポケモンの方から君の所に来るよ。
「待ってくださいククイ博士。ポケモン泥棒は立派な犯罪です!」
「───っ、シャマァ?!」
声を上げるクリス。しかし、それに反応したのはさっきから泣き叫んでいたアシマリだった。
クリスの声に驚いたアシマリは全力で走って逃げてしまう。アシマリを背もたれにいつのまにか寝ていたモクローは、そのままコロコロと地面を転がった。
「おわ?! アシマリ!」
「しまった……」
大声でおくびょうなポケモンを怖がらせてしまった事を後悔しながら、クリスは逃げていくアシマリを追いかける為に歩き出す。
いくらアシマリが本気で走ろうが、どう考えても走るのに適していない身体で、人が走れば簡単に追い付く速さだ。
だから怖がらせないようにゆっくり近付こうとしてしたのだが、そんなクリスの脇を一匹の野生ポケモンが通り過ぎる。
「───ガバッシャァ!」
自らの胴体と同等の大きさを誇るカラフルな巨大な嘴。
黒い体色をしたノーマル、ひこうタイプのポケモン。
おおづつポケモン───ドデカバシ。
ケララッパの進化系である大型の鳥ポケモンだ。
「な───」
「オゥォァッ?!」
「ガバシャ……ッ!」
走っていたアシマリだが、空を飛ぶポケモンには止まっているように見えただろう。
ドデカバシはその巨大な嘴でアシマリを捕まえ、一瞬でアローラの空に消えてしまった。
「あ、アシマリ!! ───っく、ウォーグル頼む!」
「そ、そんな……」
ククイは同じ鳥ポケモン──ウォーグル──を放ち、シルヴィは目の前で起きた事に絶句する。
クリスはただ、何も出来なかった事を後悔した。
「ど、ど、どうしよう?!」
「大丈夫だ、落ち着けシルヴィ。僕のウォーグルが追っている。……とにかく、後を追おう」
ウォーグルが飛んで行った方角を向いてククイはそう言う。
シルヴィも後を追うが、クリスはその場に止まって固まっていた。
「……ぼ、僕のせいで……アシマリが」
ポケモンがポケモンを連れ去る理由なんて数は少ない。
このままではアシマリの命は……。そう考えると何も出来なくなってしまう。
「あんた何してんだよ!」
そんなクリスに声を上げたのはリアだった。
彼女は真剣な表情で、クリスを見上げながら言葉を繋げる。
「このままじゃあいつ、死んじまうかもしれないぞ!」
「───……っ。も、元はといえば君がポケモンを盗んだのが悪いんだぞ!」
「んな事は分かってるけど、今はそういう問題じゃないだろ! 私が悪い事したのは分かったから、捕まえたいなら後で勝手にしろよな! でも今はそうじゃないだろ! 大切なのはあいつの命だろ!」
そう言って、リアはククイを追い掛けた。
ニャビーがその後を追いかけて行く。残っているのは寝ているモクローと、クリスだけだった。
「……そんなにポケモンの事を大事に出来るなら、盗んだりして欲しくなかったよ。……はぁ」
疲れていたのもあるかもしれない。少し冷静じゃなかったと思う。
「ほら、君の友達を助けに行くよ」
溜息を吐いてから、クリスは残されたモクローを抱き抱えて走り出した。
あのアシマリは必ず助ける。そう心に決めて。
さてさて、一章三節開幕でございます。
連れ去られたアシマリはどうなってしまうのか?
展開がポケモンっぽくなってきましたね。
明日も更新します(白眼)