今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ   作:皇我リキ

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【一章一節】今宵──少女は砂漠の精霊と邂逅する
砂漠の精霊は砂嵐の中うたう


『えー、アテンションプリーズ。アテンションプリーズ。長い空の旅、お楽しみ頂けたでしょうか? ジャラランガ航空A85便は、まもなくアローラ地方メレメレ島空港に着陸致します』

 カントー地方を離陸し、現在アローラ地方上空を飛行する飛行機の内部で機械音によるアナウンスが流れた。

 

 

「……っぅぅ、着くねぇ。もう少しで、アローラ」

 それを聴いた乗客の一人──赤い髪を短く後ろで纏めた少女──は、腕を伸ばしてその場で座ったまま背伸びをする。

 

「見て見てクチート、デデンネ! キャモメの群れ!」

 少女が窓から飛行機の外を覗くと、うみねこポケモンのキャモメが飛行機と並行して空を飛ぶ姿が目に映った。

 

 

「クチ?」

「デネ、デネネェ!」

 二匹のポケモンが釣られて少女と仲良く窓を覗く。満月が照らす夜空を飛ぶのは、鳥ポケモン達の群れだ。

 カントー地方では見ないポケモン、一面に広がる夜空やそれを反射する海を見て少女は歓喜の声を漏らす。

 

 

 見慣れない空の風景はこれまで見てきたどの夜空よりも光り輝いていて、夜なのを忘れる程の明るさだった。

 

 

「……なんだろう? あれ」

 そんな夜空に見た事のない光景が映り、少女は目を細めて首を横に傾ける。

 写真だけで見た事のあるオーロラのような。しかし、それはオーロラにしては不自然に綺麗な円形をしていた。

 

 

 月───ではない。満月の月はその円形から離れた所で輝いている。

 

 

 そして一瞬の閃光。円形の中心から何かが飛び出したかと思えば、その不自然な光はまるで吸い込まれるように形を小さくしていった。

 

 

 

「なんだったんだろう……」

『ここで、次のニュースです』

 呟く少女の傍らで、座席に設置されたモニターが光を発して音を出す。

 少女のポケモン──デデンネ──が誤ってテレビのリモコンを押してしまったらしい。

 

 

『カントー地方──トキワシティ──を襲った大震災から一ヶ月が過ぎ、被害者や犠牲になったポケモンに黙祷を捧げる人も見受けられました。未曾有の大震災から一月。環境省は自然現象だと結論を付けるも未だに原因は分かっておりません───』

「このニュース、アローラでもやってたんだ……。(ロケット)団の名前は出てないから大丈夫だとは思うけど……」

 少女はそのニュースを複雑な気持ちで見続ける気にもならず、デデンネが踏んでいたリモコンを持ち上げて消そうとした。

 

 

 一ヶ月前にカントー地方──トキワシティ──で起きた大震災。

 二次災害を含め、犠牲となった人々やポケモンは三桁に及ぶ地盤沈下や地震。

 

 少女にとってその事件は他人事ではなく、ニュースを見ているのも辛かったのだろう。

 

 

 ───しかし、リモコンのボタンを押す前にモニターは光を消した。

 

 モニターだけではない。飛行機内部の光が全て消え、乗客が一斉に悲鳴をあげる。

 

 

 停電?

 驚いた少女はふと夜空の光を頼りに自分のポケモンの安否を確認しようと窓の外に視線を送った。

 

「───嘘?」

 しかし、窓の外にはこれまで輝いていた星々の光は見えない。

 まるで闇に飲み込まれた感覚。唯一光る月の光だけが、暗くなってしまった夜空を照らす。

 

 

 

『───この事件の全貌について国際警察は独自の調査を進めており───』

「何……こ───きゃぁ?!」

 底知れぬ恐怖は突然の衝撃で跳ね上げられた。

 まるで飛行機に何かがぶつかったかのような衝撃。

 

 外を見ていなくても分かる程に、飛行機が急降下を始める。

 

 

「な、何が起きて……っ?!」

「お客様! お客様! 落ち着いて下さい。今すぐに非常電源に切り替えます。落ち着いて下さい!」

 乗員の一人が運転室から出て来て声を上げるが、突然の停電と急降下からくる乗客の恐怖はそんな物では紛れる訳がなかった。

 

 

「くっそ、まずい……。お客様! もしでんきタイプのポケモンをお持ちのお客様が乗客の中におられましたら力を貸して下さい! 非常電源の作動に必要な電力を貯めて貰いたいのです」

「……デデンネ、出来る?」

 乗員の声を聞いた少女はデデンネを抱き上げながらそう聞く。

 デデンネは勿論だともと言うように、持っていた眼鏡を掛けて親指を立てた。

 

 頼りになる相棒だ。

 少女は頷きながら乗員の前に向かう。突然揺れた機内で悲鳴が飛び交い、倒れそうになった少女をもう一匹の相棒──クチート──が支えた。

 

 

「私のデデンネ、電気ならピカイチです!」

「お、ありがたい。一緒に来てくれ!」

 乗員に導かれ、少女はさらに揺れる機内の中を走る。

 

 まるで飛行機の上で大きな何かが暴れているようだ。

 

 

 

「ここだ。ここに電力を供給したい。いけ、デンジムシ! でんきショック!」

「デデンネもお願い。でんきショック!」

 乗員がモンスターボールを投げ、中からバッテリーポケモンのデンジムシが姿を現わす。

 デデンネと共に放った技──でんきショック──は予備電源に電力を供給する事に成功した。

 

 

「よし、メモリはマックスだ。これで……。……なんでだ?」

 しかし、一向に機内が明るくなる気配がない。予備電源の電力は最大値。

 しっかりと音を出して動いているのも確認出来る。

 

 何かがおかしい。

 

 

 少女の頭には何かが引っかかっていた。

 

 

 これは本当に停電なのだろうか?

 

 停電だとしたら───

 

 

 ──この事件の全貌について国際警察は独自の調査を進めており──

 少女はモニターが消えた後も聞こえたテレビの音を思い出す。

 

 

 ───停電だとしたら、テレビの音は聞こえない筈。

 

 

「副機長!! おかしいんです、操縦室に来て下さい」

 少女が考える横で、もう一人の乗員が少女の隣にいた乗員を呼び付けた。

 何となく付いて行くと、少女の疑問はさらに加速する。

 

 

『こちら空間研究所。こちら空間研究所。ジャラランガ航空A85便応答願う。繰り返す。こちら空間研究所。ジャラランガ航空A85便応答願う』

 停電しているというのに、機械からは通信の音声が流れていた。

 

 アーカラ島──カンタイシティ──にある空間研究所からの通信である。

 副機長と呼ばれたデンジムシのトレーナーの男は、試しにと通信機を取って停電で使えない筈の受話器に話しかけた。

 

 

「こちらジャラランガ航空A85便。こちらジャラランガ航空A85便。応答した。機材トラブルだ。何が起きているか知りたい。どうぞ」

「こちら空間研究所。そちらの飛行経路のすぐ近くにてウルトラホールの出現を感知したわ。もしかしたらウルトラビーストに襲撃される可能性が───」

「それならもう多分手遅れだ。機体の上にデカいのが乗ってるのを確認した。機材はソイツのせいでトラブルが起きてるんだろう。……本機は不時着を決行する。そっちでベストな場所を案内してくれ」

 事態は少女が思っていたよりも深刻である。

 

 

 機材トラブルによって、電気的な安定した飛行は不可能。全てのメーターは機能せず、外部モニターにも何も映らない。

 そんな中での不時着だ。ベテランの飛行士でも成功する可能性は低い。

 

 

 

「……オーケー。その高度からだと急いで旋回すればハイナ砂漠に迎えるわ。ウラウラ島に連絡を入れて、直ぐに救助隊を派遣する」

「砂漠か……。岩の多い砂の上だが、海に突っ込んでバラバラになるよりはマシか。……上に乗ってるのはどうしたら良い?」

「救助隊に何とかさせる。……でも、計算したらそちらの不時着から救助隊の到着まで最低でも一時間掛かるわ。……持ち堪えられる?」

「……こっちは商売だからな。やってみせるさ。出来るだけ早く助けに来てくれよ。それじゃ、運転に集中する為通信を切る」

 そう言って受話器を乱暴に戻した副機長は操縦席に座り込む。

 

「ったく、機長は気絶するし変なポケモンに取り憑かれるし。最低な飛行(フライト)だな」

 この手一つに乗客乗員全ての命が掛かっている。こんな飛行は生まれてこの方初めてだ。

 

 

「あ、あの……私に出来る事は……?」

 一部話を聞いていた少女が、震えながら言葉を落とす。

 真に他人事でない状態に、また(・・)人々やポケモンが目の前で命を落とすかもしれない。

 

「皆を助けたい。誰も死なせたくない……」

 その中に自分が入っているのも忘れて、少女は無意識に発したその言葉の一心で、小さな身体を乗り出した。

 

 

「大丈夫だ、子供を守るのが大人の仕事さ。というよりは副機長的な仕事の意味合いでも、乗客乗員を守るのが俺の仕事だしな」

「で、でも……」

「嬢ちゃん、さっきのデデンネの電撃は中々だったぜ。不時着が成功したら別の所で力を借りたい。……だから今は席に着いてシートベルトをしてくれないか?」

 少女の頭に手を置きながら、副機長は彼女と共に客席に向かう。

 

 そして戸惑う少女を座らせてから、副機長が息を大きく吸ってから吐いた。

 

 

「えー皆さん。当機はこれより緊急の不時着を行います。不時着先はウラウラ島、ハイナ砂漠。安全な砂地を選び着陸いたしますので、何の心配もございません。衝撃に備え、シートベルトの着用をお願い致します。不時着後、救助隊の到着まで少しだけ時間が掛かりますが何の問題もありませんのでご安心と、ご理解ご協力の程を宜しくお願い致します」

 深々と頭を下げる副機長の話を聞いて乗客の反応は様々だったが、彼の熱い想いが届いたのか全ての乗客が席に座ってシートベルトを着用する。

 

 

 後は、彼の腕次第だ。

 

 

 副機長はもう一度深く頭を下げ、操縦室に戻って行く。

 

 明かりがなく、電子機器のメーターが表示されない中。

 彼は己の経験と勘を頼りに、乗客乗員総勢百名以上を乗せた旅客機の操縦桿を握った。

 

 

 

 

 

 ウラウラ島──ハイナ砂漠──は13番道路の北に広がる岩場の多い砂漠である。

 

 目印に出来そうな巨大な岩もあるが、似たような岩が無数に存在するので迷いやすくアローラ地方でも危険な地域だ。

 

 

 この砂漠の奥地には、アローラ地方の守り神を祀る遺跡の一つ──実りの遺跡──が建てられている。

 そこに鎮座する一匹のポケモンの眼に映ったのは、人々を乗せて今この地に向かってくる巨大な飛行機であった。

 

 守り神は目を細め、自らの行動を思考する。

 

 

 飛行機に組み付いた一匹の生き物。それが守り神──カプ・ブルル──の思考の決め手になった。

 

 

 

 

 飛行機は砂漠地帯に順調とは言えない状態で接近する。

 副機長の操縦は確かなものだったが、機器のメーターは使い物にならず視界も悪くモニターも何も映さない。

 

 砂嵐が窓を叩く操縦室の中で、副機長はモニターを叩き割りたい衝動を堪えながら必死に操縦桿を握っていた。

 

 

「視界は最悪、足場も最悪、状況は何もかも最悪。人生でこれ以上ないくらい最悪だ。これ以上最悪な事はこの先一生ないだろうな?! ───っぉ?!」

 せめてものストレス発散で声を上げる副機長の操縦する機体が大きく揺れる。

 

 これ以上もあったか。

 自分の不運を呪いながら、傾いた機体を戻そうとするが、また大きな揺れがその手を阻んだ。

 

 

「上に乗ってる奴が暴れてやがるのか?!」

 操縦室の窓からは薄っすらと鋭い影が見える。

 

 どうしてこうも視界が悪いのか? いくら夜だからといっても、暗過ぎないか?

 まるで光を奪われているような───窓には星の光すらも映らない。明らかに異常な光景だった。

 

 

 

「畜生、次攻撃を貰ったら不時着とかそういう話ですらなくなるぞ?!」

 そんな副機長の悲痛な叫びを聞いてか聞かずにか、黒い影は巨大な何かを振り上げる。

 

 それは客室から見ても分かる光景で、まるで闇が迫って来るかのような───人によっては飲み込まれる感覚を覚える者も居た。

 

 

 

 悲鳴が上がる。

 

 

 副機長も、これは流石にダメだと眼を瞑った。

 

 

 少女は窓の外に影を見る。

 

 

 赤い残光が走り、砂嵐の中を何かが飛翔する姿が一瞬だけ視界に走った。

 

 

 

 精霊は歌う。

 その翼を羽ばたかせ、砂嵐の中音を奏でる。

 

 

 まるで歌声のような音と、黒い影と赤い残光が重なったのはその歌の様な音が機内に広がったのとほぼ同時だった。

 

 

 

「な、なんだ?!」

 次の瞬間、機体が軽くなる。操縦室のモニターやメーターが光を放ち客室の光源も同時に復活した。

 

 

 機体が揺れるも、機器が頼りになるならば副機長にとってなんら問題ではない。

 直ぐに姿勢を戻し、機体は不時着の体制を整える。

 

 

「明かりが着いた?!」

「……やっぱりネクロズマか」

 少女の背後で一人の男が小さく呟いた。そんな言葉は機内の喧騒に妨げられて少女には届かない。

 

 

 

 未だに精霊の歌は機内に鳴り響く。

 

 それを不安がる人もいれば、その歌で安心する人も居た。

 

 

 その歌はまるで機体を誘導するかのように流れ続ける。副機長は何も疑わずに、己の勘と腕を信じて操縦桿を握った。

 

 

 

『「不時着致します!! 乗客乗員は衝撃に備えて下さい!!」』

 

 砂漠のポケモン達、退いていてくれよ。

 副機長がそう願った次の瞬間、機体は砂漠の砂と接触しそれを大量に巻き上げる。

 

 

 鳴り響く轟音。岩と鉄の響き合う音、砂を引き摺る音、爆発音。

 

 

 

 ───星々の光が照らす夜の砂漠に、巨大な黒い影が降り落ちた。




一話目からクライマックス。
それと、あけましておめでとうございます。


本日から七日間。一日一話ずつこの作品を更新しようと思います。無理かもしれませんが()。
もしよろしければ冬休みのお供にお読み下さい。それでは、またお会い出来る事を楽しみにしております。
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