信じられない光景が視界に映った。
正直、心の奥底では二人も二匹も助からないと思っていたからである。
クリスの視界に映るのは、気絶したリアとニャビー、そしてアシマリを背負って砂浜を歩くシルヴィの姿だった。
「シルヴィ!」
クリスが駆け寄ると同時に、彼女は砂浜に倒れる。
一人で全員助け出したのだろうか?
あの高さから飛び降りて?
「……ぅ、っ……はぁ……はぁ……クリスさん、アシマリが息してない……の……っ。手伝……って!」
それでもシルヴィはリアとニャビーの呼吸を確認してから、アシマリを仰向けに寝かせて脈を見た。
心臓も動いていない。怯えたまま不用意な体勢で水面に叩き付けられたからだろう。
「……アシマリ…………ごめんね……っ。今、助けるから……っ!」
シルヴィだって無事という訳ではない。それでも、彼女は泣きそうになりながらアシマリに呼び掛けた。
絶対に助ける。そんな強い意志を持って。
「……アシマリ……ぼ、僕が───」
あの時冷静じゃなかったから、アシマリは怯えて逃げてしまった。
崖の上でだって、あの状況でロトム達に攻撃を仕掛けたのは失態以外の何でもない。
アシマリは自分が殺したような物だと、クリスはその場に崩れ落ちる。
「僕は……」
「クリスさん! 手伝って!」
シルヴィが声を上げるが、クリスはただ呆然とその場に座り込んでいた。
声なんて聞こえていない。頭の中で大切な友達を失った日の事が何度も繰り返される。
───僕のせいで死んだんだ。
「クリスさん……っ! 辛いのは分かるけど、今は───」
「……っ、何が分かるだ! 君に何が分かる?! 自分のせいで目の前の命が犠牲になるなんて気持ちが君に分かるのか?! 自分に責任を感じてないからそんな事が言えるんだ!!」
そこまで言ってからクリスはやっと後悔する。
目の前の少女は今必死に命を助けようとしているのに、自分はこのザマだ。
もはや自分に掛ける言葉すら見付からない。
「……。……分かりますよ」
ただ、シルヴィは小さくそう呟く。
そして、意を決したような表情をして口を開いた。
「私は……R団のボスの娘なんです。目の前で色んなポケモンが命を落とすのを見て来ました。止める事だって出来たかもしれない、でも私は何もしなかった。何も出来なかった。……それに、トキワシティの停電を起こしたのは私です」
「……シルヴィ? な、何を言って───」
理解が出来ない。
「私のせいで数えられないくらいポケモンが死んでる。あの時から逃げてここに来たけど、でもやっぱり忘れられないよ。後悔も謝罪も意味無くて、考えたら頭の中ぐちゃぐちゃになりそうで……っ! だからクリスさんの気持ち、分かるから。だけど、今はまだ助けられるかもしれないんだよ?! 私馬鹿だから、どうしたら良いか分からないの……っ。だから、助けて……アシマリを助けて! ……お願い!!」
大粒の涙を流しながらシルヴィはクリスにそう語り掛ける。
何かを隠しているとは予測していた。
しかし、彼女がまさかR団のボスの娘だったとは思いもしない。
一つ重大な勘違いをしているようだが、彼女自身はそう思っているのだろう。
だから、クリスはやはり自分が恥ずかしかった。
「……君のデデンネ、でんきショックが使えたよね?」
クリスの後を追いかけて来たシルヴィのポケモンを見ながら、クリスは冷静に問い掛ける。
考えろ。
確実にアシマリを助ける方法を。
「え、あ……うん!」
「よし。僕は心臓マッサージをするから、シルヴィは気道の確保と人工呼吸をして欲しい。タイミングは教える。デデンネにはでんきショックで除細動器の代わりになってもらうから、僕の言う事をよく聞いてくれ」
そう言いながらも、クリスはアシマリの脇に立って次の行動を見極めた。
「大丈夫だぞアシマリ───」
諦めるな。
諦めなければきっと助けられる。
───きっと、あの時だって。
「───絶対に助けるから」
☆ ☆ ☆
「……うーん、お兄───あれ? ここは……?」
「リアちゃん起きたー! 良かったー!」
朦朧とするリアの意識を覚醒させたのは、シルヴィによる腹への頭突きだった。
「グブォッハッ! ゲホッ、ゲホッ───この石頭?!」
「あ、ごめん。嬉しくてつい」
「死ぬかと思ったんだけど」
頭を掻いて謝るシルヴィ。しかし状況がまだ掴めず、リアは周りを見渡す。
一面海岸の砂浜。海の向こうに沈みそうになっている太陽が、空を赤色に染め上げていた。
「……私、確かニャビーを助ける為に───って、ニャビーは?!」
思い出して、自分が助けようとした存在を探すリア。
振り向くとそこには丸まって座りながらリアを横目で見るニャビーの姿があった。
「おー! 無事だったかニャビー! 良かったぁ……」
「……ニャゥ」
喜ぶリアに対して、ニャビーはまるで「助けてくれとは言っていない」とでも言うようにそっぽを向く。
「ま、まぁ……私落ちただけで何もしてないけど……」
「そんな事ないよ、リアちゃん!」
表情を引攣らせるリアに、シルヴィはそんな言葉を落とした。
リアは首を横に傾けてシルヴィの言葉を待つ。
「リアちゃん達が海に落ちてから私も飛び降りたんだけど」
「え、飛び降りたの」
「飛び降りたよ?」
「あの高さから?」
「うん」
平然と答えるシルヴィを見ながら、リアはまた表情を引攣らせた。ポケモンかお前は。
「それで、リアちゃんと二匹を助けようとしたんだけど……リアちゃんがニャビーの事を離さずにいてくれたからニャビーの事も助けられたんだよ! もしリアちゃんがニャビーの事を離してたら、私ニャビーの事見付けられなかったかもしれないから」
「待て、飛び込んで私とニャビーとアシマリを助けたのかお前は」
「うん、そうだよ?」
「ポケモンかお前は」
「え?」
どんな身体能力してるんだコイツ。
そう思っていると、起き上がった事に安心したのか彼女のポケモン達が集まってくる。
少しの間じゃれあった後、リアは振り向いてニャビーの方を見て口を開いた。
「落石から助けてくれてありがとな、ニャビー」
「……ニャゥ」
丸まったまま横目でリアを見るだけのニャビー。
リアは「そっけない奴だなぁ」とその頭を撫でる。
「そのニャビーが誰かに気を許すなんて……」
その光景に驚いたのは、ドデカバシを追い返して降りて来たククイだった。
途中、遅れてやって来た救助隊に事情を説明してから海岸に降りて来たククイが見たのは全員の無事な姿。
アシマリもかなり怯えて震えているが、命に別状はなさそうである。
「あ、ククイ博士。……アシマリなんですが、一時心肺停止状態だったのでポケモンセンターに連れて行く事を提案したいです」
すっかり冷静さを取り戻していたクリスは、ククイにそう提案した。
なんとか息を吹き返したアシマリだが、それでも心配が無い訳ではない。
目覚めた瞬間クリスに怯えてシルヴィの背後に隠れてしまったのは、彼自身ショックが大きかったが。
「そうか、後で連れて行く事にしよう。……まぁ、見た感じ大丈夫そうだがな」
ククイは笑いながらも「ニャビーもリアもシルヴィも、な」と付け足す。
あの高さから落ちたのだ。全員無事だというのは奇跡だろう。
「……ニャビーがなんだって?」
そう聞いたのは未だにニャビーの頭を撫で続けるリアだった。
「……そのニャビーは元々七年前に主人に捨てられたポケモンなんだ。……あまり人に懐かなかったんだよ。僕が間違えて用意しちゃっていたようだけど」
「七年前……」
リアはニャビーを見下ろしながら「だから、かえんほうしゃをおぼえてたのか」と、ひとつだけ納得した。
「……お前、捨てられたのか?」
「……ニャゥ」
「なんだったらどうだい? そのニャビーをパートナーに選んでみないか?」
唐突にククイはそう提案する。
目を丸くしてニャビーとククイを見比べるリアだったが、途中でククイと彼女の間に入ったのはクリスだった。
「……まだポケモン泥棒の件は解決してないよ」
「……なんだよ、捕まえるのかよ」
クリスの言葉にリアは反抗的な声を上げる。
「ニャゥァ……ッ」
そんなリアを守るように、ニャビーがクリスと彼女の間に入った。
これにはククイが「どうしたんだ……? ニャビー」と驚く。
「ま、待ってクリスさん。リアちゃんより先に捕まえるべき人が居るんじゃない……?」
その話に割り込むシルヴィ。
「何? お前なんかしたの?」
「え、えとぉ……あはは」
そんな言葉にデデンネは顔を丸くして、クチートはシルヴィとクリスの間に入って両手を広げた。
フライゴンは訳が分からず、ただその様子を眺めている。
自らを救う為に身体を張った少女。
今日だってあの高さの崖から飛び降りてまで、誰かを救おうと真剣だった。
そんな彼女が、今は俯いて苦しそうにしている。
……何故?
「……はぁ。僕は別に二人をどうこうしようとは思ってないよ」
ただ、クリスは溜め息を吐いてそう口にした。
そもそも被害届が出ていないので、事実がどうあれそんな権利はクリスにはないのである。
「じゃあなんだよ」
クリスを睨み付けるリア。
「一つだけ聞きたい事があってね」
そんな彼女を優しい表情で見ながら、彼はこう口を開いた。
「聞きたい事……?」
「うん。……君は、ポケモンが好き?」
ただ端的に、クリスはそう聞く。
ポケモンを奪う事は、やはり許せない。
人とポケモンの絆を裂き、そして奪ったポケモンを私利私欲の為に使う、ポケモンの命をなんとも思っていない奴はそのままポケモンを殺してしまう事だってあるんだ。
でも、もし本当に彼女が──貰える筈だった三匹のポケモンと、ただ旅がしたかった──だけだとしたら。
十一歳の少女には誤ちを教えて、これからもポケモンを大切にして欲しいと伝えたい。その気持ちを大切にして欲しいと伝えたい。
「……おっさんと同じ事聞くんだな。当たり前だろ。てか、ポケモン嫌いな奴いんの?」
「……そうだね、そんな奴居る訳がない」
そう思いたい。
「わ、私……は、逮捕かな……? え、えと、その、フライゴンは私の手持ちじゃないから許して欲しいのと……あと、出来たらデデンネとクチートは助けて欲しいというか……」
「デネ! デネデネデネ!!」
「クチィッ!」
反発する二匹。フライゴンは状況が掴めずに両者を見比べる。
「君も逮捕はしないよ。……そもそもあのトキワの事件、停電は君のせいじゃない」
「え……ぇ、どういう───」
「ただ、君があのサカキの娘だというなら少し事情が変わってくる。今後は観察処分として、僕と行動を共にしてもらいたい」
クリスはそうとだけ言って、彼女に同意を求めた。
───あの停電は私のせいじゃない?
突然そんな事を言われたシルヴィは、混乱してただ頷く事しか出来ない。
あの被害が自分のせいじゃない?
理解が追い付かない。
人とポケモンが大勢犠牲になったあの事件。被害が広がったのは自分のせいだと思っていたのである。
それが……違う?
「私……じゃないの……?」
「うん。……君はあの日から逃げている間、ずっと勘違いしてたんだね。……さっきはキツイ事言ってごめん。君の方がきっと、辛かった筈だ」
違う。私は……ただ───
「……ぅ、っ……ひっ、く、……私……ずっと…………トキワの人やポケモン達を…………殺しちゃったんだと……思って、て…………ぁ、ぁぁ……っ」
「詳しい事は後の方が良いかな……。君がサカキの娘だというなら、君はそれなりにするべき事がある。……けれど、少なくとも君はあの事件で誰も殺してないよ。今はそれだけを聞いて、安心して欲しい」
クリスは大粒の涙を流すシルヴィを抱きしめて、背中を叩く。
彼女のポケモン達は安堵の表情を浮かべ、彼女自身は彼の胸の中で思う存分涙を流した。
これまで溜めてきた分の、これまで溜めてきてしまった分の涙を。
太陽は姿を半分隠し、空には薄く月が見え始める。
夕焼けはより一層深く、砂浜を鮮やかに染めていた。
書けバトルでの更新ついに終了。まさかの六日連続更新でした。当分更新しないです(大嘘)。
一月程開けてしまっていたので、戒めになったかな。もう少しコンスタントに更新したい。
そんな訳で短かいですが、多分次のお話で三節は終わりです。次回もお会いできれば幸い。読了ありがとうございました。