「審判はボクが務めるロト!」
ポケモンセンターの敷地には、ポケモンバトルを行えるバトルフィールドが設置されている。
そこに二人で並んだクリスとシルヴィ。クリスは得意げに、シルヴィは不安げにお互いに向き合っていた。
「ありがとうロトム。……さて、ルールは一対一のシングル。お互いに一匹ずつのバトルにしようか」
「ほ、本当にやるの?」
「勿論」
問い掛けに即答したクリスは、ボールを一つ取り出して開閉スイッチを押す。
バトルフィールドに登場したのはモクローで、クリスに向き直り敬礼する姿は頼もしい印象だ。
「モクローはくさ、ひこうタイプ。クチートやデデンネは有利だね。……えーと、フライゴン。君は遠慮して欲しい」
腕を鳴らして前に歩き出そうとしたフライゴンに向けて、クリスが苦笑いしながら口を開く。
フライゴンと戦うのは悪くないが、それじゃシルヴィがポケモンバトルを体感出来なくなってしまうかもしれないからだ。
不満そうなフライゴンを見ながら苦笑いするクリスの前で、シルヴィはモンスターボールを一つ取り出す。
放り出されたボールから出たのは、クチートでもデデンネでもなく───アシマリだった。
「アシマリ……」
クリスは目を細める。
少しだけ考えた。
クチートやデデンネじゃない理由。
彼女の話では二匹とは長い付き合いの筈だ。ショッピングモールでの連携がそれを物語っている。
しかし、バトルに選んだのはアシマリ。
考えられるのは二つだ。
一つは、付き合いの長い二匹をポケモンが傷付くバトルに使いたくない。
もう一つは、相性の良いポケモンでモクローを傷付けるのを懸念しているか。
「───後者だな」
しかし、それでは今度はアシマリが傷付く事になるだろう。
彼女もそれは分かっているのか、身体は震えていて今にも泣き出しそうだ。
流石に酷だろうか。
そんな事を考えるも、クリスは首を横に振る。
だからこそ、彼女には分かって欲しいのだ。
ポケモンバトルが、相手を傷付ける偶の勝負ではない事を。
「ロトム、始めてくれ」
「い、良いロト?」
「僕に任せろ」
クリスが視線を送ると、ロトムは両手を上げて声を上げる。ポケモンバトル開始の合図を。
「クリス対シルヴィ、バトル開始ロト!」
「さて、始めるか。モクロー、たいあたりだ!」
同時に先手を取るクリス。彼の指示にモクローは翼を広げ、その身体を空に浮かした。
空中からのたいあたり。アシマリはオロオロするだけで指示もなく、直撃を受けて地面を転がる。
「あ、アシマリ!」
「指示をしないとポケモンは動いてくれないよ。アシマリは君の指示を待ってるんだから」
「でも私ポケモンバトルなんて───」
涙ながらに訴えるシルヴィだが、立ち上がるアシマリを見て言葉を失った。
先日はクリスを見ただけで怯えて震えていたアシマリが、シルヴィを真っ直ぐに見て指示を待っている。
シルヴィがアシマリを選んでくれたのは、クリスにとっては嬉しい誤算だった。
研究所で初心者トレーナーに与えられるポケモンは、大抵の場合ポケモンバトルに順応出来るように育てられている。
確かにポケモンバトルが嫌いなポケモンもいるかもしれない。しかし、研究所で渡されるポケモンに限ってはそんな事は殆どありえなかった。
研究所としても、初心者トレーナーにそんなポケモンを渡す訳には行かないからである。
それは、臆病なアシマリにも当てはまっていて。
「シャマ……ッ!」
「アシマリ……戦うの?」
「アシマリは断然やる気だね。……シルヴィ、君はどうする?」
挑戦的な態度でクリスはそう言うが、シルヴィはまだ乗り気ではないようだ。
それでも、アシマリのパートナーとしてそれを無視する訳にもいかない。
シルヴィはアシマリとモクローやクリスを見比べて、唇を噛みながらも前を向く。
「……それで良い」
きっと、ポケモンが大好きなら───その先は教えるより体感させる方が確実だ。
ポケモンバトルがなんなのか、彼女に教える。一度瞳を閉じて、彼は不敵に笑った。
「あ、アシマリ! みずてっぽう!」
シルヴィの指示で、アシマリはモクロー向けて水流を放つ。
「降下して避けろ!」
対するモクローは、飛んでいる状態から翼をしまい滑空する。
みずてっぽうを避けながらアシマリに近付くモクローに、クリスは続けて命令した。
「たいあたり!」
「あ、アシマリ避けて!」
しかし、シルヴィの指示が届くより前に、アシマリはモクローに突き飛ばされる。
「アシマリは足が遅いからね。指示は早めに出さないと」
「そんな事言っても……」
「ロトム、彼女にアシマリの事を教えてあげてくれ」
俯くシルヴィに対して、クリスはロトムにそう指示を出した。
バトルは中断、と。モクローを元の位置に戻させる。
「了解ロト」
「ロトム……?」
そう言ってシルヴィの前へ向かうロトム。
彼女は倒れたアシマリを気遣いながら、そんなロトムを見て首を横に傾けた。
「アシマリの事を知らないと、バトルは出来ないロト」
そう言ったロトム図鑑の画面に、アシマリの写真が映る。同時に表示された記録を、ロトム図鑑は淡々と読み上げた。
「アシマリ。あしかポケモン。みずタイプ。弾力性のある水のバルーンに乗って大ジャンプ。アクロバティックに戦う」
「バルーン?」
シルヴィがそう聞くと、アシマリは声を掛けながら彼女の前で鼻を高く突き上げる。
その天辺から徐々に膨らむ弾力性のある泡。
試しに手で触っても割れないそれは、アシマリの体を包み込める程の大きさになった。
「おぉ……凄い」
「アゥッ、アゥッ」
身体を起こして、モクローに手を向けるアシマリ。
臆病ではあるがバトルには勝ちたいらしい。
ポケモンにとってもトレーナーにとっても、ポケモンバトルが全てではないだろう。
しかし、このアシマリは戦う事に抵抗はないし。それ以上に───大切な主人の為にバトルに勝ちたいのだ。
「戦いたいの……? なんで?」
だが、シルヴィにはそれが分からない。
「アゥ……ッ!」
それでも、アシマリの意思を尊重するなら戦うしかない事だけは分かる。
シルヴィは唇を噛みながらも、前を見た。モクローと、そのトレーナーのクリスを。
「……準備は良いかな?」
「バトル再開ロト!」
ロトムの合図と共に、モクローは飛んだ。続けてクリスは指示を出す。単純で基本的な攻撃──「たいあたり!」──を。
「あ、アシマリ! バルーンで受け止めて!」
咄嗟にシルヴィもアシマリに指示を出した。
アシマリは間髪入れずに自らの正面にバルーンを展開する。
弾力性のあるバルーンはモクローのたいあたりを耐え切って、逆にモクローを弾き飛ばした。
同時にバルーンが割れて、水飛沫が上がる。モクローの視界は水飛沫で遮られた。
───今なら。
「み、みずてっぽう!」
その水飛沫を、水流が貫く。
バルーンに弾かれてバランスを崩し、水飛沫に視界を邪魔されていたモクローにそれを避ける術はなかった。
水流が直撃し、衝撃で弾かれたモクローは地面に叩きつけられる。
シルヴィの表情が少しだけ歪むが、モクローは直ぐに立ち上がり翼を広げて、自分はまだまだやれるとアピールした。
「……どうして」
どうしてそこまでして戦うのか。
分からない。
「面白くなってきた……っ。モクロー、突っ込め!」
クリスの指示に、モクローは再び空を飛ぶ。単純な直進。シルヴィにはそう見えたのだろう。
「アシマリ、バルーン!」
さっきと同じ行動。
同じ手は通用しないという言葉があるが、ポケモンとトレーナーが力を合わせて戦うポケモンバトルにおいてこれは真理でもあった。
ポケモンバトルはポケモンとトレーナーが一体となって戦う競技である。
ポケモンだけでも、トレーナーだけでも、片方では考えられない事も───ポケモンとなら、トレーナーとなら。
「───たいあたりがダメならこうだ。モクロー、つつく攻撃!」
モクローは自らの嘴をバルーンに向けて突進した。
文字通り嘴で相手を突く攻撃は、たいあたりと違ってバルーンに弾かれる事なくそれを貫く。
水飛沫を被りながらも、モクローの嘴がアシマリを突き飛ばした。
悲鳴と共に、アシマリが地面を転がる。
直ぐにシルヴィが駆け寄るが、アシマリは直ぐに立ち上がって臨戦態勢を取った。
「なんで……」
目の前にアシマリに問う。
モクローはクリスの前に戻って、敬礼のポーズでアピールしていた。
アシマリはシルヴィに振り返って、必死に声を上げる。
「……勝ちたいの?」
「アゥッ」
バトルじゃない時は、あんなにも臆病だったのに。
今のアシマリからは強い闘志を感じた。
ふと振り向くと、フライゴンが腕を組んでアシマリを見ている。
そんな彼と目があって。何かを訴えるように、フライゴンはシルヴィを真っ直ぐに見た。
「……私まだ、なんでポケモンバトルをするのか分からないけど。でも、アシマリは私のポケモンだもんね。私はアシマリのパートナーで、あなたのしたい事を私が手伝うのは当たり前だよね」
立ち上がって、クリスを見る。
彼も表情を引き締めて、そんな彼を見てモクローも臨戦態勢に戻った。
「続ける?」
「続ける」
強く頷いて。
まだ分からない。このバトルで分かるかも分からない。
でも、アシマリのこの気持ちを無下にする事だけは出来ない。
「アシマリ、みずてっぽう!」
「モクロー、避けてつつく!」
トレーナーが声を上げて、続けてポケモンが指示に従う。
低空飛行で突貫するモクロー。指示を仰ぐアシマリにシルヴィが出した答えは───
「───アシマリ、バルーン!」
───さっきと同じ答えだった。
しかしアシマリは彼女の言葉を信じて、バルーンを展開する。
接近するモクローが、バルーンの水面に映った。
「何度しても同じだよ! 貫けモクロー!」
「アシマリ、バルーンを使って後ろに跳んで!」
モクローがバルーンを貫く前に、アシマリは鼻からバルーンを孤立させてソレを両手ではたく。
たいあたりを弾かれたモクローのように、アシマリは弾かれるように後ろに跳んだ。
続いてモクローがバルーンを貫く。水面に映るアシマリとの距離感が掴めずに、モクローは何もない空気をつついた。
「クロ……ッ?!」
「何……っ?!」
「アシマリ、はたく攻撃!」
驚く二人の正面で、シルヴィはモクローを指差しながら指示を続ける。その言葉に迷いはなかった。
つつくを外したモクローに、アシマリが接近してはたくを繰り出す。
単なる平手打ちだが、威力は十分だ。バランスを崩している事もあって、モクローは簡単に地面を転がる。
みずてっぽうはくさタイプのモクローには相性が悪い。接近してでもはたくを選ぶのは間違っていなかった。
この短時間でそこまで頭を回転させ、アシマリのバルーンを上手く利用したシルヴィを見てクリスは唇を舐める。
想像以上に自分が楽しい。
シルヴィにバトルを楽しませる以前に、負けたくないという気持ちが上回った。
「アシマリ、もう一度はたく!」
「飛べ、モクロー!」
地面を転がるモクローは、唐突に地面を蹴って羽ばたく。空を飛ぶモクローに、はたくを当てる事は叶わない。
「アゥ……」
「大丈夫!」
攻撃を失敗したアシマリが俯くが、シルヴィは大きな声でそう言った。
ただ、シルヴィ自身意識していなかった言葉に自分で驚く。
バトルなんてしたくない筈なのに、頑張るアシマリを見て応援したくなったのか。アシマリと共に頑張りたいと思ったのか。
───ただ、負けたくなかった。
彼女達の想いが繋がる。
「バルーンでジャンプだよ、アシマリ!」
言われて、真下にバルーンを作りその弾力で空高く飛ぶアシマリ。
それにはモクローも驚いて、目を丸くした。アシマリが飛んでいる。正しくは跳んでいる、だが。
──弾力性のある水のバルーンに乗って大ジャンプ。アクロバティックに戦う──
凄いな、と。
ただクリスは感心した。それでも、負けたくない。
「落ち着けモクロー、相手は空で動けない。つつく!」
「バルーン!」
「二度目はない。空中で止まる必要はない。貫け!!」
直前の攻防でモクローがつつくを外したのは、目標が地面にいて勢いを殺さなければ自分が地面に激突するからである。
相手が空中に居る今、その事を気にする必要はない。ただ全力で突き進むのみだ。
「アシマリ、今度は横に跳んで!」
しかし、アシマリはバルーンを使って横に跳ぶ。
モクローはバルーンを貫いて視界が奪われるが、それも気にせず直進した。
目の前にアシマリがいる筈。その錯覚が、モクローの背後をガラ空きにする。
空中戦で後ろを取るという事がどれだけ大切な事か。ポケモンバトルを知る者なら分からない訳がなかった。
「しま───モクロー、後ろだ!」
「みずてっぽう!」
モクローが振り向くのが間に合う訳がない。攻撃が直撃したモクローはバランスを崩して地面に叩きつけられる。
「やった───」
───だが、モクローは立ち上がった。
「───え」
「流石に僕も焦ったけど、タイプ相性はそう簡単に覆る物じゃなかったね。───モクロー、このは!」
アシマリがまだ空中にいる間にモクローは翼を広げ、大量の葉っぱを飛ばす。
くさタイプの技───このは。
「あ、アシマリ……っ!!」
空を覆うそれを、アシマリが避ける術はなかった。
効果は抜群。
ダメージを受けたアシマリはそのまま地面に叩きつけられ、気を失う。
「勝者、クリスロト!」
決着が着いた。
同時にクリスはやり過ぎた、と後悔する。
これでは逆効果だったかもしれないと、シルヴィとアシマリを見比べた。
「アシマリ!」
直ぐ様アシマリに駆け寄って、その身体を抱き上げる。
アシマリは悔しそうな表情でそんなシルヴィを見上げた。クリスには彼女の表情が見えない。
「え、えーと……ごめんシルヴィ。ここまでやるつも───」
「うぇぇぇん、アシマリごめんねぇぇ……っ」
「───えぇ?!」
謝ろうと駆け寄ったクリスだが、シルヴィは突然大泣きし始める。
ただそれは、さっきのような悲しい表情ではなくて。
悔しいとか。アシマリに申し訳ないとか。
ポケモンバトルが嫌だという感情を感じさせるものではなかった。
「……し、シルヴィ?」
「……正直、よく分からないんだけどね」
涙を拭きながら、アシマリを抱いてシルヴィは立ち上がる。
その表情に曇りはなかった。
「アシマリが頑張ってるのを見て、私も負けたくないって思った。勝ちたいって思ったの。……そしたら必死になって、それでも負けたら本当に悔しくて……」
「……そうか」
そう言ってくれるなら、目論見は成功だろう。
クリスは表情を崩しながら、肩に止まったモクローとアシマリの頭を撫でた。
「二匹共、お疲れ様。ナイスファイトだったよ」
二匹はお互いを見合って笑顔を見せて、それを見てシルヴィも笑顔になる。
「傷付けるだけが、ポケモンバトルじゃない。ポケモンもトレーナーも、相手も尊重して、お互いを高め合う競技として戦うのがポケモンバトルだ。……君がこれまで見てきた事は変えられない。それでも、君がこれから見る世界を、そんな悲しい思いで見ないで欲しい」
「お互いを高め合う……競技」
「うん」
クリスの言葉を何度も復唱して、シルヴィは胸の前で手を握った。
ポケモンバトルは相手を傷つける事だと。少なくとも彼女の中ではそういうものだったのである。
それが変わった瞬間であり、彼女が一歩、大きな一歩を踏み出した瞬間でもあった。
「フラィ」
そんな二人の間に入って声を上げるフライゴン。彼もまた、バトルがしたいのだろう。
「おっと、君とやるのはまた今度」
「フラィ……」
半目で睨まれたクリスは、苦笑いしながら両手を軽くあげて許しを願った。
朝から連続でポケモンバトルは遠慮願いたい。
「それじゃ、アシマリをポケモンセンターで休ませようか。バトルの後ちゃんとポケモンを休ませるのも、トレーナーの義務だからね」
「うん! アシマリ、お疲れ様」
シルヴィは元気に返事をしながら、アシマリを気遣って優しく抱き上げる。
そんな彼女を見てクリスも微笑んだ。
彼女は本当にポケモンが大好きなんだな、なんて事を思う。
だからこそ、ポケモンバトルを嫌いなままでいて欲しくなかったんだ。
ポケモンが好きだからこそ。
「───皆ぁぁ!! キャプテンがバトルをするぞぉ!!」
そんな中、街中に聞こえるような大声がポケモンセンターのバトルフィールドにも木霊する。
キャプテンがバトルするぞ、と。ただそれだけの事を連呼する大声だが、それだけで街は騒ついた。
「……キャプテンがバトル?」
「これは……見に行くしかないね」
その意味が分からないシルヴィは首を横に傾けて、クリスは口角を釣り上げる。
カバンから取り出したオレンのみをアシマリとモクローに渡しながら「ごめんアシマリ、モクロー。休憩は後でも良いかな?」と控えめに問いかけた。
二匹は気を悪くする事もなく、笑顔できのみを受け取る。
「シルヴィ、ポケモンバトルはするだけじゃない。見る事でも楽しめるんだよ。行ってみないかい? いや、行こう」
「え、えぇ?!」
シルヴィの手を引いて、クリスは騒ぎの中心に足を向ける。
シルヴィとクリスと、アシマリやモクロー達。
街の中心に向かうトレーナーとポケモン。
これが二人の旅のスタートで、初めてのポケモンバトルだった。
ポケモンバトルを書くのが非常に楽しいです(ごめんなさい長くなりました)。
さて、続きましてはアローラ地方のキャプテンの登場ですよ。なんともほのぼのしたお話が続いてますね!充分に油断しておいて下さい。
私事ですが、遂に評価バーに色が付きました。投票してくださった方々、ありがとうございます。嬉しいです。これからも頑張ります。
それでは、次回もお会いしたいです。