己が弱かったからだと、何度も悔いた。
「初めてましてニャビー。今日から俺とお前は相棒だぜ」
手を伸ばしてくる初めての相棒に、ポケモンは恐る恐る手を向ける。
屈託のない笑顔で手を伸ばす少年は、そんなポケモンの手を強く握った。
「今日から俺とお前で島巡りを始めるんだ! やろうぜ相棒。一緒にどこまで行けるか進んでみよう。きっと、いやぜってー面白い」
そんな少年の熱意がポケモンも好きになって。
ポケモンは彼の為にゼンリョクで強くなろうと努力する。勿論、相棒である少年と共に。
ポケモントレーナーとポケモンは一心同体だ。それ以上に大切な家族で、友人で、仲間で、相棒で。
ポケモンにとって少年はかけがえのない大切な存在で。
「初めての試練だな、やろうぜ相棒!」
ここからどこまで進めるか。それが楽しみで、ワクワクで。
ここから始まるんだと、ポケモンは少年を見てそう思う。
「試練はそうだな。……友達同士、勝った方が今日の試練を受けさせてあげよう。負けた方は一週間後だ」
少年の島巡りは、同い年のもう一人の少年と同時に始まった。
二人は友人同士で、お互いどこまで行けるか高め合おうと言い合う仲で。
そのもう一人が選んだポケモンはアシマリ。
ニャビーとは相性の悪いみずタイプのポケモンである。
どうしてそんな試練なのか。
勝つ方なんて決まっていた。ポケモンのタイプ相性はそう簡単には埋まらない。
ましてや旅を始めて直ぐの彼等に埋められる訳もなく。
少年は悔しくて走り去って、ポケモンはそれをボロボロの体で追い掛けた。
友人は心配そうにそれを見守っていたが、彼ならきっと立ち直ると信じて前に進む。
「俺がモクローを選んでたら勝てたんだ」
少年はそう言った。
「くそ、何がタイプ相性だ。そんなのニャビーを選んだ時点で間違ってるんじゃねーかよ!」
少年はそう言った。
「俺がアシマリでアイツがニャビーなら俺が勝ってた!!」
少年はそう言った。
ポケモンにとっても、勿論少年にとっても、お互いは大切な相棒。
それでも、まだ十一の少年に初めての試練で躓くという事は耐えられなかったのだろう。
思ってもいない事をボロボロと吐き出した。
ポケモンは震えながら、それを聞く。
認めたくなかった。だって、少年の事が大好きだったから。
自分が悪い。タイプ相性を覆す程の力を持っていなかった自分が悪い。
ごめんなさい。もっと強くなるから。ごめんなさい。大切な相棒。だから泣かないで。君は悪くない。ごめんなさい。
悔しくて、情けなくて。
地面を蹴る。少年が気が付いて手を伸ばしても、もう遅い。
認めたくなかった。だって、ポケモンの事が大好きだったから。
本当は自分が悪い。タイプ相性を覆す程の指示を出せなかった自分が悪い。
ごめんなさい。謝るから、戻ってきて。ごめんなさい。大切な相棒。いかないで。君は悪くない。ごめんなさい。
「……ニャビー! ニャビー!!」
結局ポケモンは見つからなくて。
後悔する。
悔しかった。情けなかった。
もう二度と、大切な相棒に恥を欠かせない。
強くなる。だから、戻って来てよ。お願いだから、戻ってきてよ。
君は本当は強いんだ。俺がその力を発揮出来るように頑張るからさ。
これからはきっと、君と前に進んでいける。お前と笑顔で旅を続けたいんだ。
何処に行ったんだろう。なぁ、相棒。お前は何処にいるんだ? あんなに酷い事を言ったんだ。俺の事を嫌いになって当たり前。
もう二度と、大切な相棒に恥を欠かせない。
強くなる。強くなってから少年の元に戻るんだ。
こんなに強くなったよ。タイプ相性だって覆すくらい、強くなったよ。
そしたらきっと、大切な相棒はまた笑顔で撫でてくれる。また隣に要られる筈だ。
強くなったよ。ねぇ、相棒。何処にいるの? ねぇ? もう、見捨てられてしまったの?
掛け替えのないものをなくして。
心に穴が開いたみたいで。
もう二度と、自分のポケモンに責任を押し付けない。大切な相棒を絶対に傷付けない。
もう二度と、負ける事は許されない。大切な相棒に報いる為に強くなる。
離れ離れの相棒の事を想って、今日もお互いに前に歩いた。
あの日の事は、それでもきっと、忘れられない。
☆ ☆ ☆
時は進んでから、また数時間前に巻き戻る。
「真スカル団のお出ましだぁ! このスクールに居るっていうイリマって奴と戦わせろ!」
片面が半月型に割れた黄色いサングラスを掛けた幼い少女が、メレメレ島にあるポケモンスクールの前で声を上げた。
生徒達は「なんだなんだ」と騒ついて、真スカル団を名乗る小さな少女を学校から見下ろす。
スカル団と聞いて身構えてはいたが、そこに居るのは小さな子供だった。
ともなれば、大人達は子供の悪ふざけかと彼女の言葉を右から左に受け流す。
「……ふふ、威勢の良い子ですね」
しかし、彼だけは少女の事をしっかりと見て言葉を落とした。
桃色の髪に褐色肌の青年は、近くにいたスクールの生徒を手招きで呼び寄せる。
「なんすか? イリマさん」
青年に呼ばれた生徒は、首を傾げてそう呟いた。スクールの下に居る少女は、未だに同じような事を大声で叫んでいる。
そんな中で、イリマと呼ばれた青年は笑顔を見せて首を何度も縦に振った。まるで微笑ましいものを見るように。
「彼女とバトル、して来てくれませんかね?」
そして青年に突然そう言われた生徒の少年は、口を開けたまま驚いて固まってしまう。
スクールの生徒でもない、しかもあんな悪ふざけをする子供に付き合う必要があるのかと疑問に思った。
「あんなガキ相手にする必要あります?」
「彼女のバッグに着いてる物、よく見てごらん」
イリマがそう言うと、少年は目を細めて少女を見下ろす。
彼女のバッグに着いているのは、四色の三角形模様が描かれた飾り物───島巡りの証だった。
「島巡りの挑戦者……」
「まだなんの話も聞いていないので、今日出発したのでしょう。初々しい感じがまた宜しい。……このイリマの試験、受けてもらいましょうか」
イリマがそういうと、少年は身を引き締めてモンスターボールを握る。
そのまま下に向かう階段を降りていく少年を横目で見てから、イリマは再び下で騒ぐ少女に視線を送った。
「……はて、あの娘どこかで」
そんな事を思うがなぜか思い出せない。頭に浮かぶのは、何故かニャビーというポケモン。その理由すら、浮かぶ事はなく。
ただ、始まるポケモンバトルを見守るのみだ。
───メレメレ島のキャプテンとして。
「ようやく降りて来たな。お前がイリマか!」
柄の悪い声を出しながら、少女──リア──が降りて来た少年にモンスターボールを向ける。
しかし返って来たのは「違うけど、イリマさんの代わりに俺が相手をしてやる」と威勢の良い返事だった。
「ハッ、丁度良い。肩慣らしにはなるか。……行け、デルビル!」
「イワンコ、頼む!」
少女がボールを投げると、ボールからダークポケモンのデルビルが姿を現わす。
対して少年のポケモンはこいぬポケモン──イワンコ──だ。首回りに首輪のように岩を持ついわタイプのポケモンである。
デルビルはほのおタイプを持っていて、いわタイプは不利。その時点で少年は口角を釣り上げた。
「ヘッ、逃げるなら今の内だぜ。タイプ相性ってな簡単にはひっくり返らないからな!」
「……そうだな、タイプ相性は簡単にはひっくり返らない」
挑発する少年に、しかし少女は逆に不敵に笑ってみせる。
少年は表情を歪ませるが、少女はそれを見て冷静に先手を取った。
「───デルビル、かえんほうしゃ!」
少女の命令とほぼ同時に、デルビルは口から火炎を放つ。
燃え上がる炎がイワンコを包み込んだ。慌てた少年は、イワンコに逃げろと指示を出す。
ほのおはいわに弱い。全てがそうではないが、ポケモンのタイプ相性は逆も然りだ。いわはほのおに強い。
かえんほうしゃが直撃したイワンコだがしかし、身体を震わせて自らの無事を主人に伝える。
「……ほっ。ヘッ、ほのおなんて聞かねーよ。イワンコ、いわおとし!」
反撃だ、と。
少年の指示の数瞬後、イワンコは足元の岩盤を崩してからそれを尻尾で打ち付けた。
いわタイプの技──いわおとし──はほのおタイプのデルビルには、こうかは抜群である。
「当たるかよ、右に交わせ!」
しかしデルビルはそれをサイドステップで華麗に交わした。同時にかえんほうしゃを放つデルビルの動きは見た目以上に早い。
「んな?! 避けろイワンコ!」
トレーナーの指示も虚しく、イワンコは再び火炎を浴びる。ダメージは低いが、これが続く事は望ましくなかった。
「いわおとし!」
「当たるか!」
少年の視界に同じ光景が広がる。デルビルはあんなにも早く動くポケモンだっただろうかと、少年の中で大きな疑問が浮かんだ。
いわおとしが当たらない。かえんほうしゃだけが命中して、イワンコだけが傷付いていく。
「簡単にはひっくり返らなくても、ひっくり変える事もあるのかもな。……なんて」
少女の挑発に、少年は顔に青筋を浮かべた。少女は少年よりも幾分か幼く、そんな少女に調子に乗られているのが気に食わない。
「もう少し近付いたらどうだ? 当たるかもよ?」
「この野郎言わせておけば……っ! イワンコたいあたりだ!」
たいあたりを当てて隙を作り、その隙にいわおとしをぶつけてやる。
そんな目論見を立てて少年はイワンコに指示を出した。イワンコ自身もその気で、デルビル向けて全速力で地面をける。
少女の口角が釣り上がるのを見て、少年が気が付いた時には遅かった。
イワンコのたいあたりが目標を捉える。しかし、その目標は
勿論ポケモンの交代はしていない。さっきから戦っていた、正真正銘の対戦相手。その相手にたいあたりはしっかりと直撃している。
───デルビルではなく、ゾロアークに。
「───幻影?!」
少年が戦っていたのはデルビルではなく、ゾロアークだったのだ。
ゾロアークは相手に幻影を見せて自身を他の姿に見せるとくせいを持っている。
そしてゾロアークは数百居るポケモンの中でも動きの速さは上から数えた方が早いポケモンだ。
いわおとしを避け続けた事にも納得して、そして「まずい」となった時には事は起こる。
「───タイプ相性は簡単にはひっくり返らないよな。
ゾロアークにたいあたりを仕掛けたイワンコは、そう簡単には次の行動を避ける事は出来ない。
向かってくる黒い脚に、イワンコはなす術もなく地面を転がった。こうかはばつぐんだ。
かえんほうしゃを受け続けていた事もあり、イワンコはその一撃でダウンしてしまう。
勝負あり。
いつのまにか集まっていた観客から歓声が上がった。少女を絶賛する声がスクールの外まで響き渡る。
「う、嘘だろ……。イワンコ!」
直ぐにイワンコに駆け寄ると、少年はイワンコを優しく抱き抱えた。
そうして少女を見上げながら「何者だよ」と愚痴を吐く。
「……ほらよ」
しかしその少女は、少年に近付いてオレンの実を突き出した。
少年は首を横に傾けて「は?」と間抜けな声を上げる。
「は、早く食わせてやれよな! 私のポケモンにやられて傷付いてるんだから……」
「なんだお前……」
自称スカル団を名乗っていた少女が、突然相手のポケモンを心配してきのみを渡したのだ。もう意味が分からない。
「私は真スカル団のリーダー様だ! 島巡りなんて下らない風習をぶっ壊す!」
「島巡りしてるのに……?」
少年は意味が分からないと両手を上げる。ダメだ、お手上げだ、自分の手には負えない奴だ。
「で、お前イリマじゃないんだろ? イリマどこ」
「イリマさんな───」
「イリマならここですよ」
少年の声を遮ったのは、四葉の葉の一枚に白が塗られたキャプテンの証を持つ青年。
キャプテン───イリマ。その人である。
「……あんたがイリマか」
「肯定します。ボクがあなたの探していたイリマだと思いますよ、島巡りのトレーナーさん」
片目を瞑ってそう答えるイリマの周りで、女性達が黄色い声を上げた。
「ケッ、お高くとまっちゃってまぁ」
「ふふ、元気なチャレンジャーさんですね。このイリマの試練、受けてみますか?」
「勿論。お前なんかぶっ倒して、島巡りなんて間違ってるって証明してやる!」
イリマの言葉に、少女は噛み付くように返事をする。
青年はゆっくりと歩み寄って、少女に微笑んだ。
「それではイリマの試練、始めましょう。集合場所は茂みの洞窟で。内容は現地にて教えます」
「……は?」
イリマの言葉に、リアは口を開けて固まる。
「バトルじゃねーの?」
少しだけ間を置いてから、間の抜けた声で少女はそう尋ねた。そんな反応にイリマは「ふふっ」と小さく笑う。
「ポケモンバトルだけが試練ではありませんよ。……それとも、このイリマを倒すと?」
「ハッ、要するに負けるのが怖いんだな」
「ふふ、威勢の良い事ですね」
嫌味なくそう返すイリマを、リアは睨み付けた。
そんな彼女に反応するように、ポケットのボールから一匹のポケモンが姿を現わす。
ひねこポケモンのニャビーだ。
「……ニャゥァッ」
背中を持ち上げて、イリマを威嚇するニャビー。
臨戦態勢といった所だろうか。
「な、なんだ? ははーん、やる気満々じゃん。やってやろうぜ相棒」
「───ニャ」
「んぁ? どした?」
ニャビーの反応に、リアは首を横に傾ける。
それを見てイリマは「まさか……」と、小さく呟いた。
「……ふふ、良いでしょう。イリマの試練、ボクと君のポケモンバトルとします。ルールはシングル戦、使うポケモンは二匹で宜しいですか?」
「全然問題ない」
リアはそう言うとゾロアークとニャビーをボールに戻す。
二人がスクールに設置されたバトルフィールドで準備を終える頃には、大勢のギャラリーがスクールを覆い尽くしていた。
「さっきも言った通り、ルールはシングル戦で使用ポケモンは二匹。交代は自由です」
「なんでも良いからとっとと始めろよな。……全部ぶっ壊す」
「その意気です。それでは───」
「さぁ───」
───バトルスタート。
リアがかえんほうしゃしかしてない()。
さて、初めての試練バトルです。気合い入れて書きますよ!
ニャビーの過去にも少し触れてみました。今後どうなっていくか、楽しみにして下さればと。
前回から凄くお気に入りが増えている気がします。やっぱり赤評価は偉大だなって。これからも頑張ります。
それでは、次回もお会い出来ると嬉しいです。