小さな身体が地面を駆ける。
「待て待てぇ!」
それを追い掛ける一人の少女は、指を奇妙な程動かしながら走っていた。
まるで児童を襲う変質者である。
「アイツ、偶に怖いよな」
「同意するよ」
リアとクリスが青ざめているのも御構いなしに、シルヴィは遂にマネネを路地裏の行き止まりに追い詰めた。
ジリジリと近寄るその姿はやはり、変質者にしか見えない。
「アレで試練クリアさせて良いのか? 側から見たらポケモン虐待だぞ」
「スカル団を名乗る子の言い分じゃないけど、同意するよ。シルヴィは怒らせない方が良さそうだ」
マネネには同情するが、彼女を煽ったのが運の定めだとクリスは十字を切る。
元々街の人々を困らせていたポケモンなのだから、むしろこれで凝りてくれたら街としては助かるのかもしれない。
「……ま、マネネ!」
マネネはシルヴィに振り向くと、両手を前に出して戦闘態勢を取った。腹を決めたらしい。
「……バトルするの?」
しかし、対するシルヴィは目を見開いて動きを止めた。
ポケモンバトルは相手を傷付ける為だけの行為ではない。
それを分かったつもりではあっても、未だに彼女には抵抗がある。
それでも、彼女は前に進もうと足を踏み出した。
島巡りを通して成長して───父を止める。
それが、彼女の今の願いだから。
「───デデンネ、リベンジマッチだよ!」
「デネ!」
彼女はデデンネを前に出して、他の三匹を下がらせた。
やろうと思えば四匹でマネネを囲む事だって出来る。それをしなかった事に、クリスは内心安堵した。
「……面白い展開になりましたね」
マネネと彼女を見比べるイリマは、バトルを見届けようと目を細める。
このバトルで彼女は何をするのか───
「デデンネ、電気ショック!」
「───デネェ!」
命じるが早いか、デデンネの頬袋から電撃が放たれた。
マネネは瞬時に反応し、眼前にひかりのかべを展開させる。
エネルギーの粒子に電撃は弾かれ、マネネには届かない。
しかし安堵するマネネの視界に移ったのは、高速で走ってくるデデンネだった。
「───ほっぺすりすり!」
「マネ───ネェッ?!」
まるで流れるように連続で放たれた技に、マネネは反応出来ずに地面を転がる。
頬周りに電気を溜めてその身体をぶつける技──ほっぺすりすり──は、相手の身体をまひさせる効果もあった。
「あ、あいつやるじゃん」
「ポケモンとの息がぴったりですね。彼女の思う事を、指示する前にポケモンが受け取っているようです」
驚くリアに、イリマがそう説明する。
確かにデデンネはシルヴィが指示を出す前に動き出していた。だから、マネネも反応が間に合わなかったのだろう。
「……ま、マネェ」
しかしほっぺすりすりの攻撃力は低い。マネネは痺れる身体に鞭打って立ち上がり、デデンネを睨み付けた。
「……マネネ、私はただそのヌシールが欲しいだけなんだけどなぁ。別に、戦いたい訳じゃないんだよ?」
シルヴィはゆっくりとそう言うが、マネネは聴こえていないのか余所を向いて手を広げる。
シルヴィがその先に視線を合わせると、そこにはアゴジムシが居て今まさについ数刻前のように地面を掘って潜っていく所だった。
なぜアゴジムシを見ていたのだろう。
首を横に傾けるシルヴィの前で、マネネは突然地面に手を突き───あなをほり始めた。
「うそぉ?!」
ポケモンが覚えられる技は殆ど決まっていて、基本的にマネネは地面を掘って攻撃する技──あなをほる──を覚えられない。
しかし眼前のマネネは確かにあなをほっている。彼女が困惑している間に、マネネは完全に地面に潜ってしまった。
「まねっこか……」
「なんだそれ?」
呟くクリスに、リアが眉をひそめて聞き返す。
「相手が使った技をそのまま繰り返して自分の技として使う技だよ。今のは、アゴジムシのあなをほるをまねっこしたって事だね」
「へぇ……面白いじゃん」
シルヴィにとっては全く面白くないが、リアは「気に入った」と口角を釣り上げた。
して、あなをほるは地面タイプの技である。でんきタイプのデデンネには効果が抜群だ。
「デデンネ気を付けて!」
そして何処から現れるか分からない以上、避けるのも容易ではない。
案の定デデンネは地中から現れたマネネに突き飛ばされて、地面を転がる。
しかし、デデンネは直ぐに立ち上がって身体についた砂を払った。
まだまだやれる、と。そう言うようにシルヴィに視線を送る。
「……やっぱり、そうなんだね」
ただ、シルヴィは何かに納得したような表情でマネネを見ていた。
対するマネネは、なぜか自分の頬を擦り始める。それはまるで───
「───ほっぺすりすり?!」
───マネネの身体を電気が包み込んだ。勿論マネネはそんな技は覚えない。
そしてまねっこは、直前に相手が放った技をコピーする技である。だからコレは別の技だ。
「ものまね、か」
「さっきと何が違うんだ?」
「ものまねは相手が使った技を少しの間覚えて自分で使えるようになる技だよ。多分さっきほっぺすりすりをされた時に使ったんだろうね」
まねっことの差は然程ないが、タイミングを選んで使う事が出来る分使い勝手も良い。
それよりも、クリスはマネネの覚えている技に注目する。
基本、ポケモンが一度に覚えていられる技は四つだ。
そしてこの攻防だけでマネネの出した技は『リフレクター』『ひかりのかべ』『まねっこ』『ものまね』の四つ。
相手の技構成が分かればバトルも有利に進められる筈だ。
まねっことものまねによる突然の奇襲に気を付ける必要があるが、それも目の前で放たれた技しか使われないのなら対策は出来る。
クリスは彼女がそこまで考えられるかが、このバトルの鍵だと位置付けていた。
「デデンネ、戻って。……フライゴン、お願い」
シルヴィはデデンネを下がらせて、フライゴンを前に出す。思いもよらない行動に目を見開いくクリス。
マネネはフェアリータイプ。そして、フライゴンのドラゴンタイプの技をコピーされてしまえば、フライゴンは不利だ。
彼女の意図が分からない。
「バトルは好き?」
シルヴィは何かにそう問い掛ける。視界の先に居るのは、マネネだ。
「……マネ」
そんな彼女の言葉に、マネネは口角を釣り上げて笑う。
無言の返事といったところか。シルヴィも不敵に笑って、フライゴンに指示を出した。
「フライゴン、ドラゴンクローでお願い! その子とゼンリョクで戦ってあげて!」
言うと同時に、フライゴンは両手からドラゴンクローを展開。マネネも瞬時に技をコピーして、同じ技を真似る。
「アイツバカか? いや、知ってたけど……」
「ぼ、僕にはちょっと理解出来ない」
もしバトルに勝つ事を考えるなら、自身には効果が少ない技を持つデデンネやクチート、アシマリが有効な筈だ。
それを態々フライゴンに戦わせて、しかも自分に不利な技をコピーさせる意味が分からない。
そう考えるクリスの横で、イリマは満足気に笑う。
「素敵な娘ですね、彼女は」
ただ短くそう言って、バトルを見届けた。
クローが交差する。
フライゴンの大振りを両手のクローでガード。しかし振り下ろされたのは一本で、フライゴンは別の腕を横に振った。
マネネは身体を捻って腕を振り、それを弾く。そして小さな身体を活かしてフライゴンの懐に潜り込んだ。
不敵に笑ったのはフライゴン。
下に向けた口を開き、火炎を放つ。
とっさにマネネはひかりのかべを展開。しかし、ほぼゼロ距離のかえんほうしゃの威力を抑え切る事は出来ずにマネネは地面を転がった。
しかし立ち上がり、マネネはフライゴンに向かっていく。
「……笑っている」
フライゴンの強さに驚きながらも、クリスが気になったのはマネネの表情だった。
規格外の強さに翻弄されるマネネだが、その表情は決して険しいものではない。
楽しんでいる。
そんな表情だった。
「───マ……ネェッ!」
頬を膨らませたかと思えば、マネネはフライゴンにかえんほうしゃを放つ。
フライゴンは避けずに、そのまま走ってくるマネネにドラゴンクローを向けた。
マネネもクローを展開。間合いに入り、ドラゴンクロー同士がぶつかり合う。
「あなたはさっき、あなをほるでこの場から逃げる事も出来た筈。イタズラをしてたのはきっと誰かを困らせたかったんじゃない、誰かと遊びたかったんだよね?」
指示は出さないで、シルヴィはマネネとフライゴンを見ながらそんな言葉を落とした。
バトルでマネネを倒してしまえば、ヌシールはそれで手に入る。
そう考えてしまっていたクリスは自分が間違っている事に気が付いて頭を抱えた。
「僕はポケモンが好きなつもりだったけど……。シルヴィはもっとポケモンが好きだったんだな」
そこまで相手の事を考えられる人はきっと、そうはいないだろう。
それも街に迷惑を掛けているポケモンを、迷惑なポケモンと位置付けてしまわないで気持ちに寄り添う事がどれだけの人に出来るだろうか。
だから、彼女は一番戦い慣れしているフライゴンを選んだ。
ゼンリョクのポケモンバトル。
彼女はマネネと、本気で遊んであげたかったのだろう。
勝負は唐突に着いた。
一瞬の隙を見せたマネネの身体に、硬質化したフライゴンの尻尾が叩き付けられる。
アイアンテール。はがねタイプの技はマネネに効果抜群だった。
倒れ、満足気に空を見上げるマネネの元にシルヴィは歩いて行く。
姿勢を低くして笑顔で手を伸ばすと、彼女は「お疲れ様」と声を掛けた。
「昨日の敵は今日の友。バトルが終わったら友達だよ。握手しよ?」
「マネ……」
立ち上がるマネネは、その手を自分の頬に向ける。
恥ずかしがっているのだろうか?
そう思った矢先、マネネはその手を擦り合わせ───身体に電気を纏った。
「ぇ───」
「───マネネ」
不敵に笑うマネネは電気を纏ったままシルヴィの手を掴む。勿論、彼女の身体にその電気は流れていった。
「うわぁぁぁぁ?!」
シルヴィは悲鳴を上げ、その場に倒れる。
そんな彼女が痺れている姿を真似してから、マネネは大笑いしながらその場を去っていった。
「フラ……」
「デネェェ!!」
デデンネが追い掛けるが、マネネは信じられないスピードで逃げていく。
フライゴンは倒れているシルヴィを突いて、無事を確かめていた。
クリス達が遅れてシルヴィに駆け寄ってくる。一番初めに飛び出したのはリアで、倒れた彼女の顔を覗き込んでは「大丈夫か?!」と声を上げた。
「しっかりしろ!! ぽ、ポケモンセンター?! いや、コイツポケモンじゃねぇ!! 死ぬなぁぁ!!」
「いや死なないとは思うけど」
前述した通りほっぺすりすりは威力の低い技である。その代わり、まひ状態になるが。
「……ぁ、ぁば……ば。ぅ……ぉぉ」
とても年頃の女子とは思えない呻き声を上げながら、しかしシルヴィはゆっくりと立ち上がった。
「痺れたぁ……」
「───っ。し、心配掛けさせんなよな!」
「心配してくれたの?」
「してねぇ!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くリアの後ろから、イリマが彼女に手を伸ばす。
「心を開いてくれたと思ったのですが、残念でしたね。でも、正直もう試練は───」
「残念じゃなかったです」
そしてイリマは彼女を認め、ヌシール集めを免除しようとしたのだが、シルヴィは笑顔で手に持った
「……な。これは? マネネから奪ったのですか?」
「いや、マネネがくれたんです。電撃付きでしたけど……」
イリマの質問にシルヴィは頬を掻きながらそう答える。
あの時マネネはほっぺすりすりをしながら、シルヴィにヌシールを渡していたのだ。
イタズラ好きの困ったポケモンだけど、ただマネネは遊んで欲しかっただけで。
それを分かってくれたシルヴィへのイタズラの篭ったお礼だったようである。
「これで試練の試練突破ですよね!」
「……あ、あはは。キミは想像以上に面白いですね。はい! イリマの試練の試練突破です」
彼女からヌシールを受け取ったイリマは、笑顔でシルヴィにそう伝えた。
喜んでデデンネ達と抱擁する彼女の横で、クリスはふと近くの家の陰に視線を移す。
離れた場所から顔を半分だけ出しているマネネが見えたかと思えば、その姿は直ぐに消えてしまった。
「……本当に、不思議な娘だよ」
歓喜の声が上がる昼前のメレメレ島の空から、そんな彼女達を一匹のポケモンが見守る。
まるで面のような両手を持つそのポケモンは、甲高い声を上げて森の中に消えて行った。
それに気が付いたのはクリスとイリマだけで。
一方は首を横に傾け、一方は不敵に笑う。
「それでは、試練に参りましょうか」
そして、彼女の本当の試練が幕を開けようとしていた。
マネネの技構成が凄い。ゲームでは絶対に使えないけど、こういう作品ならこんな感じも面白いかなって。再登場の予定もあるので、乞うご期待です。
さて、次は試練ですね。サンムーン発売からかなり経っているので、懐かしく思いながら読んでいただけると幸い。
ところであの試練、スカル団が出て来るんですが……その辺りもどうなるか楽しんでいただけたらなと。
それでは、次回もお会い出来ると幸いです。読了ありがとうございました。