今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ   作:皇我リキ

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えんまくの中で

 特に夢みたいな物はなかった。

 

 

 ただ、少年期特有の期待と不安を持っての旅路。

 家で待っている家族には目一杯強がってみせて、少年(・・)は未来への一歩を踏み出す。

 

 その結果は───

 

 

 

「───卑怯だって、そう思った」

 黒煙の中で()は不貞腐れたような声を漏らした。

 

 姿勢を低くして構えるイリマはしかし、彼の言葉を一字一句違える事なく聞き取るために耳を傾ける。

 

 

「……ボクは、そんなつもりはありませんでした」

「んな事は知ってら。でもな、俺はあの時ガキだったんだ。お前の事を卑怯だと思ったし、俺がモクローを選んでいればとかつい口に出した。それで、大切なものを失った」

「待ってくださいライル君、それは───」

「言うな! 俺が悪いなんて事は分かってんだよ!」

 ライルはイリマの言葉を遮って、色んな表情が混ざってぐちゃぐちゃになった顔を落とした。

 

 しかし、黒煙の中の彼の顔を見る事は今のイリマには出来ない。

 

 

「だからって、あんな事をする事はないじゃないですか!」

「アホかお前。そんな昔の恨みであんな惨事を起こす訳ねーだろ」

「それじゃ───」

 声を上げるイリマの顔すれすれを水流が横切る。

 

 冷や汗を流して逸らした視線を元に戻すと、晴れた煙幕の先でライルのドーブルが尻尾の先をイリマ達に向けていた。

 イリマのドーブルは煙幕からの突然の攻撃を避けられず、水浸しになっている。

 

 

「そんな事とは微塵も関係なく、俺は今するべき事の為にここに居る。だけどまぁ、なんだ。因縁みたいなのを感じると……燃えるよなぁ? ポケモントレーナーなら!! ドーブル、みずてっぽう!」

 ライルの指示を聞き、ドーブルは尻尾の先から水流を放った。

 

 スケッチというドーブル特有の技は、目で見た技をコピーし自分で使えるようにするという技である。

 つまり極論を言えば、ドーブルはこの世界の全ての技を使う事が出来るポケモンだ。

 

 

「ドーブル、みずてっぽうです!!」

 それに対してイリマは同じ技をぶつける。水流同士が重なって、中央で水飛沫が広がった。

 

 イリマのドーブルの方が威力が高く押しているが、それでも押し切る事は出来ずにお互いの技はその場で弾けて消える。

 

 

「同じ技とは、奇遇ですね」

「態々同じにしてやったんだよ。お前、試練の時に有利な技を出すためにほのお、みず、くさの基本技をドーブルに覚えさせてるんだってな」

 イリマのドーブルはリアとの戦いで見せたみずてっぽう以外にもひのこ、このはという技を覚えていた。

 ほのおタイプとくさタイプ、そしてみずタイプ。様々な技を使う事が出来るようになるドーブルだからこそ出来る芸当だろう。

 

 

「ちょっとせこくないか? ドーブルひのこ!」

「ひのこです!」

 同時に放たれた同じ技はぶつかり合って相殺した。

 

「このは!」

「こちらもこのはです!」

 続いて同じ技。これも、ぶつかりあって相殺する。

 お互いの実力に大差はないという事だ。ここから先はトレーナーの指示やポケモンとのコンビネーションによって大きく変わってくる。

 

 

「全く同じ技にして挑戦という事ですか……」

「なーに、軽い遊びみたいなもんだ。早く来いよ。来ないならこっちから行くぜ? ドーブル、このはだ!!」

 ライルの指示に尾の先から草木の混じった風を放つドーブル。

 

 

「ならば、ひのこです!」

 対してイリマがドーブルに指示を出したのはほのおタイプの技───ひのこ。

 

 このはの草木は半分以上が焼けてイリマのドーブルへのダメージは半減した。

 一方でライルのドーブルはひのこが直撃し、ダメージを負ってしまう。

 

 

 

「ポケモンにはタイプの相性がある。それは勿論技だって同じです。炎の技は水の技に弱く、水の技は草の技に弱く、草の技は炎の技に弱い。タイプ相性を考えて的確な指示を出す事、それを挑戦者に学んで欲しくて僕はドーブルにこの技を覚えさせました」

「ご立派な考えだ事よ。それじゃ教えてくれよ、ポケモンバトルで大切なタイプ相性ってのをな! ドーブル、みずてっぽうだ!!」

 ライルの指示でみずてっぽうを放つドーブル。イリマは反撃にこのはを選び、その技の打ち合いはこのはが押し切る形に終わった。

 

 

 どの技を選んでもその技に有利な技を使われれば殆どが消されてしまう。三つの内どの技を選ぼうが結果は同じ事だ。

 先に出せばタイミング的に多少ダメージを与える事が出来るが、明らかに貰うダメージの方が多い。

 

 先出し不利後出し有利のこの状態でしかし───

 

 

「ドーブル、このは!!」

 ライルは再び先手を取ってドーブルにこのはを放たせる。

 

 ドーブルはなんの迷いもなくこのはを放ち、イリマは不可解に思いながらもひのこを指示して同じ結果を繰り返した。

 

 

 

 何かがおかしい。

 

 

 双方共にダメージを負いつつも、こちらの方が確実にダメージを与えている筈だ。

 

 

 

 彼の目的は?

 応戦の中でイリマは考える。

 

 考えている間にもライルのドーブルはこのは、みずてっぽう、このは、ひのこ、と技を繰り出して来た。

 その一つずつに相性の良い技を放って応戦する。お互いに消耗戦だが、確実にこちらの方が有利な筈だ。

 

 

 先に倒れるのは間違いなくライルのドーブルだろう。しかし、目で見る限り互いの体力は同等と言ったところ。

 その理由が分からない。しかし、このままでは拉致があかない。

 

 

「……中々タフですね」

「そうかもなぁ?」

 含み笑いを見せながらそう返すライルには余裕があった。何か策があるのかもしれない。

 

「ポケモンは自分と同じタイプの技を得意とし、威力も五割増しになるといいます。しかしボク達はノーマルタイプのドーブルにノーマルタイプの技を使わせず、等倍で勝負を挑んでいる。……このままでは拉致があきませんね」

 しかし、こちらにだって作はある。

 

 

「だから……勝負を決めに行きます!」

「へー、何か策でも?」

「えぇ、ライル君と僕のドーブルは確かに同じ技を三つ持っていますが残る一つは違うようですからね」

 基本。ポケモンが一度に覚えられる技は四つだ。

 

 

 これは特にルールで決められているという訳ではなく、ポケットモンスターという生物達がそろって持っている特徴のような物である。

 覆しようのないこの世界の理。ポケモン達は四つ以上技を覚えようとすると、一つ技を忘れてしまうのだ。

 

 

「ライル君のドーブルの技はひのこ、みずてっぽう、このはの三つと───そしてえんまくです」

 ここまでの戦いで、ライルのドーブルは始めに使ったえんまくを含めて四つの技を見せている。

 

 つまりそれは、もう他に隠し持っている技がないという事だ。

 

 

 

 対してイリマのドーブルはひのこ、みずてっぽう、このはの三つの他にもう一つだけ技を覚えている。

 

「しかし、ボクのドーブルはえんまくではなく別の技を持っています。それをお見せしますよ!」

 ライルはイリマのドーブルと同じ技にして来たと言っていたが、彼のドーブルはえんまくを覚えている訳ではなかった。

 

 

 

「ドーブル!!」

 目を合わせ、アイコンタクトで指示を察したイリマのドーブルは尾先を相手に向けそこから大量の水を放出する。

 

「おっと、みずてっぽう(・・・・・・)じゃねーか。大口叩いて同じ技かぁ?! ドーブル、このは!!」

 対してライルはこれまでイリマがしていた通り、タイプ相性の良い技で迎え撃った。

 

 

 さっきまでなら草木が水流をほぼ押しのけていたのだが、イリマのドーブルが放った水流はダメージにはならない程に減速しつつも掻き消される事なくライルのドーブルを濡らすだけに終わる。

 イリマのドーブルは直進して来たこのはが直撃してダメージを負うが、水に濡れただけのドーブルは不思議そうな表情で首を横に振るだけだった。

 

 

「なめてんのかお前」

「みずびたし、です」

 目を半開きにして口を開くライルに、イリマは得意げにそう返す。

 

 

「……なにぃ?」

「相手をみずびたしにして、ポケモンのタイプにみずタイプを加える技ですよ。今ライル君のドーブルはみずタイプを得ています。それがどういう意味か分かりますか?」

 まるで学校の授業で先生が生徒に教えるようにそう問いかけるイリマ。

 

「はいはい、みずはくさに弱いです。ほのおに強いです。今ドーブルはくさタイプの攻撃を受けると倍のダメージを負う事になる」

 対してライルはやや呆れたような表情でそう返した。

 

 

 現状。同じ技を持つ二匹のドーブルだったが、ノーマルタイプに有効打を与える効果が抜群(かくとうタイプ)の技を二匹とも覚えていない。

 だからダメージレースには大した差は付かず、なんなら指示の差でイリマのドーブルの方が有利を取っている状態でもある。

 

 

 そしてライルのドーブルだけ(・・)がみずタイプになった。

 

「これでダメージレースはこちらのもの。普通に技をぶつけ合えば、先に倒れるのは君のドーブルです!」

 その場合、ライルのドーブルだけがこのはを受けた時二倍のダメージを与えられ続ける事になる。

 

 

 そうなれば結果は考える必要もなかった。

 

 

 

「決めます。ドーブル、このは!」

「こっちもこのはだ!」

 しかし、ライルは臆さずにこのはで対抗する。

 

 

「このはです!」

「このは!」

 このまま行けば先に倒れるのはライルのドーブルの筈だ。

 それなのに、このはの応酬は止まらない。無数の草木が飛び散り、相殺しながらも少しずつお互いにダメージを負っていく。

 

 

 不自然な点はあった。

 

 

 三種の技の内、ライルはこのはを多用していたようにも見える。

 イリマのドーブルには効果抜群ではない筈だ。

 

 みずびたしを使ったのはイリマのドーブルで、ライルのドーブルの四つ目の技はえんまくなのだから。

 

 

「……勝てると思ってるだろ、お前。あの時と一緒だ」

「……っ。あの時は……っ!」

 含み笑いを漏らしながら言うライルに、イリマは何かを言いかけるがその口は開かない。

 

「そりゃ、そうだろ。あの時俺達はまだガキだった。純粋に勝ち負けが嬉しくて、悔しくて……。……だからさ、お前は別に悪くねーよ。でもな、タイプ相性で勝ちを確信してるその顔は個人的に見てて腹立つからよ───ドーブル!!」

 不敵な笑みで、ライルはさらにドーブルに指示を出す。

 

 

「このはだ!!」

「このはです!!」

 ぶつかり合うこのは。相殺しきれずに流れた草木はお互いのドーブルを少しずつ傷付けた。

 

 

 そして───

 

 

 

「───な?!」

 ドーブルが片膝をついて、そのまま地面に倒れる。

 

 

 倒れたドーブルがライルのドーブルだったのなら、イリマはただ安堵の表情を浮かべていただろうが───

 

 

 

「……どう、して……ボクのドーブルが、先に」

 ───倒れたのはイリマのドーブルだった。

 

 ライルのドーブルは苦しそうな表情を見せながらも、しっかりと両足で地面に立っている。

 どうして。理解が出来なかった。

 

 

「あの時俺がモクローを選んでたら、きっと立場は逆だったろうぜ」

「何をしたんですか……ライル」

 自分のドーブルに駆け寄ってその身体を抱きしめながら、イリマは驚愕の表情でそう問い掛ける。

 実力は均衡していた筈。同じ技のぶつけ合いはほぼ(・・)互角だった。

 

 

 そう、ほぼ(・・)互角だった。

 

 

「実力が同じで、同じ技を続けていたなら。……タイプ相性でこちらが有利な筈でした」

「そりゃそうだ。しかしよぉ、イリマ。お前のドーブルはやけにみずてっぽうの威力が高いよなぁ?」

 ライルは得意げな表情でそう語る。

 

 始めのみずてっぽうの打ち合いでは、イリマのドーブルの攻撃が若干押していた。

 

 

「まるで、みずタイプが放つ威力だったぜ。……確かポケモンは自分と同じタイプの技を得意とし、威力も五割増しになるんだよなぁ?」

「ま、さか……」

 自分のドーブルとライルのドーブルを見比べて、イリマは言葉を失う。

 

 

「みずびたし。相手のポケモンにみずタイプを付与する技だ。……言ったろ? 調べてきたって」

「始めにえんまくの中からしてきた攻撃はみずてっぽうではなく……みずびたしだった?」

「正解。流石イリマキャプテン賢い事で」

 不敵な笑みを浮かべながらそう答えるライル。

 

 

 始めにイリマの顔すれすれを横切った水流がみずびたしなら、彼が不自然に思っていた事にも説明が付いた。

 

 やけにこのはを多用していたのは、イリマのドーブルにこうかがばつぐんだったから。

 逆にひのこをほとんど使わなかったのはイリマのドーブルに威力の上がったみずてっぽうを撃たせない為。

 

 

 この結果を得る為にそこまでの計算をされていた事に、イリマは完全に自分の負けを認める。

 しかし、やはり一つだけ疑問が残っていた。

 

 

「ポケモンが覚えられる技は基本四つ。しかし、君のドーブルは───」

 ひのこ、みずてっぽう、このは、えんまくと続いてみずびたしまで使っていたのならライラのドーブルは五つ目の技を使った事になる。

 

 それだけは理解が出来ない。

 

 

 だってそれはありえない事だから。

 

 

 

「お前さぁ、俺がいつドーブルで戦うって言ったよ。なぁ、メタモン(・・・・)

「メタ、モン……っ?!」

 ライルが口を開いた瞬間、彼の前に立っていたドーブルはその姿が崩れていき薄紫色の粘土のような姿になってしまった。

 

 

 メタモン。

 へんしんポケモン。ノーマルタイプ。

 

 このポケモンは自分の細胞組織を組み替える力があり、その身体そのものを変化させて他のポケモンと同じ姿になる事が出来る。

 完全に細胞そのものをコピーするので、相手の脳力や技までも使う事が出来るようになるのだ。

 

 

「勿論俺は最初からメタモンで戦ってたぜ。始めに俺のドーブルにへんしんさせておいて、えんまくを使ってからへんしんを解いて、お前のドーブルにへんしんした。これが五つ目の技を使ったカラクリだ」

「まさか、そこまで……」

「だから言ったろ? 調べてきたってな」

 そう言うライルの背後の洞窟から、瓦礫の崩れる大きな音と共に光が放たれる。

 しかしそれは洞窟の外に届く事はなく、ライルは音にも動じずにただイリマを真っ直ぐに見ていた。

 

 

「……君は、何をしているのですか? ここまでしてボクを止める目的は! 妹を泣かせてまで今まで姿を隠していたのは!!」

「黙れよ。お前に言える事なんざ何もねぇ。お前に俺の気持ちは分からねーよ」

 蔑むような声でそう言って、ライルは洞窟と街を見比べる。

 

 

 まだか、と。彼は小さく呟いた。

 

 

「……分かりません。しかし、それでも君のニャビーは!!」

「んな事はわかってんだよ!! でもな、これは俺の為なんだ。残念ながら俺は悪党なんだよ。……(ロケット)団。名前くらい知ってるだろ?」

「な……」

 ライルの言葉に口を半開きにして視線を落とすイリマ。

 

 

 ショッピングモールでの事件の犯人グループとされるR団。

 

 

「……そうでしたか」

 旧友である人物がそのメンバーと知って、彼は唇を噛みながら立ち上がる。

 

 

 

「……そうと分かれば、このイリマ。メレメレ島のキャプテンとして君を見逃す訳には行きません」

「来いよ。何が出て来ても叩き潰してやる。カプ・コケコはここから出させねぇ」

「それが君の、R団の狙いなら……っ!!」

 ボールを投げるイリマ。

 

 

「……俺を止めてみろよ」

 ライルは小さな声でそう言って、洞窟の中を覗いた。

 

 

 

 

 

 光は外には届かない。




物凄くお待たせしました。なんと更新していない間にお気に入りが100人を超えていまして、ビックリしています。いや、本当に遅れてごめんなさい。

そんな訳でお礼のイラスト描いてきました!

【挿絵表示】

全力ノーマルZ技のシルヴィです。Z技のポーズは全部描きたいなーって思ってます。


別作品に集中していたので更新が遅れてしまいましたが、これからは最低でも月一で更新したいと思います。これからもよろしくお願いします。

それでは。読了ありがとうございました!

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