今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ   作:皇我リキ

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ゼンリョクのとっておきで

 茶色。

 

 

 イリマのモンスターボールから飛び出したポケモンは、四本脚の小柄なポケモンだった。

 特徴的なのは長い耳と柔らかな尻尾。首回りの白い毛を除き茶色い毛並みが整っている。

 

 イーブイ。

 それが、イリマが出したポケモンの名前だった。

 

 

「バカにしてんのかお前」

「いいえ、これがボクのとっておき(・・・・・)ですから」

 ライルは出て来たポケモンに拍子抜けになり、開いた口のまま「はぁ?」と声を漏らす。

 しかしイリマの表情は真剣そのものだ。

 

 それでもライルには彼の意図が分からない。

 

 

 イーブイはしんかポケモンと言われていて、その遺伝子は不規則であり様々な姿に進化するポケモンである。

 進化後のイーブイはどの種類もある程度の戦闘能力を有しているが、イーブイそのものは非常に非力なポケモンだと知られていた。

 

 

「まぁ、どんな作戦だか知らねーけど。……ドーブル!! ロックオン!!」

 ライルはメタモンをボールに戻し、ドーブルを出して指示を出す。

 

 ロックオン。

 次の技を確実に当てる為の技だ。

 

 

「イーブイ、かげぶんしんです!!」

「そんな事しようが次の技は必中だぜ!!」

 イーブイは高速で移動し自らの分身を作り出すが、ロックオンされたイーブイをドーブルが見違えるわけもない。

 

 

 ───放たれる技を交わす事は出来ない。

 

 

「喰らえや一撃必殺!! ハサミギロチン!!」

 ドーブルはロックオンしたイーブイに自らの尾を向ける。

 

 同時に鋏のようなエネルギーが現れ、開かれたソレはイーブイを包み込むように閉じた。

 

 

 

 爆風。

 ハサミギロチンは隙の大きい技だが、必ず相手を一撃で戦闘不能にする技である。

 

 

 勝ったな、と。不敵に笑うライルの目に映ったのは、砂埃の中で未だに立っているイーブイだった。

 

 

「何?!」

「まもるを使わせて頂きました。Z技でもない限り、その先に攻撃は届きません。……しかしなるほど、それが本来の君のドーブルの技ですか」

 砂埃が晴れ、その中でイーブイを包み込むエネルギーのシールド。

 

 まもる。どんな攻撃をも防ぐが、連続で使用する事は出来ないという欠点がある。

 しかしハサミギロチンを必ず当てるには下準備が必要だ。

 

 その間に再びまもるを使用できるようになってしまうなら、彼の得意な戦法(ロックオンからのハサミギロチン)は封じられたも当然である。

 

 

「んのやろぉ……だったら無理矢理当ててやる。ドーブル、ハサミギロチンだ!!」

 ならばと、ライルはロックオンを挟まずにドーブルにハサミギロチンの指示を出した。

 

 ドーブルの尾から鋏が展開される。

 

 

「かげぶんしんです!!」

 しかしイーブイはイリマの指示でふたたび高速移動。自らの分身を作り出した。

 ロックオンもない今、本物がどれかも分からず命中不安定の技を当てる事は非常に難しい。

 

 案の定。ハサミギロチンは分身に当たる事すらなく不発に終わる。

 舌を鳴らすライルだが、反撃がこない事にさらに表情を歪めた。

 

 

「守ってばかりじゃねーか。だったら地味にいかせて貰うぜ! ドーブル、れんぞくぎり!」

 尾の先端から発生した刃を振るドーブル。れんぞくぎりは放つ度に威力を増していく技である。

 

「まもるです!!」

「守ってばかりじゃ何もできねぇって言ってんだろ!! カプ・コケコをなんとかしたいんじゃねーのかぁ?! 次は無い。れんぞくぎりだ!!」

 再びのれんぞくぎり。二度目なのでまだ威力は低いが、それでも一度目よりは遥かに威力が増していた。

 

「みがわりです!!」

「はぁ?!」

 イーブイの前に現れる分身。今度はかげぶんしんではなく、自分の体力を削って生み出すみがわりである。

 

 ドーブルの刃はイーブイのみがわりを切り裂いた。転がるみがわりとは逆に、イーブイはバックジャンプでドーブルと距離を取る。

 

 

「まもるにかげぶんしんにみがわりだぁ?! 戦う気あんのかよ……」

「勿論ですよ。……さて、そろそろ頃合いですね」

 言いながら、イリマは両手を前に突き出してから腕を斜めに開いた。

 そのまま肘を曲げて、彼の腕はZの文字を描き出す。

 

 同時にイリマの身体を虹色の光が包み込み、その光は流れるようにイーブイに注がれた。

 

 

「Z技?! させるかよ、ドーブル!!」

 三度目のれんぞくぎりが立ち止まっているイーブイへと向けられる。しかし、ドーブルの前にまだ消えていなかったみがわり(・・・・)が立ちふさがってれんぞくぎりを防いだ。

 

 

 

「───ナインエボルブースト」

 刹那。

 イーブイを七色の光が包み込み、光がドーブルを吹き飛ばす。

 

 しかし、ドーブルは無傷だった。

 ライルは何が起きたか分からずイーブイとイリマとドーブルを見比べる。

 

 

 何か変わった事があるとすれば、イーブイを光が包み込んでその光が消えていない事だけだ。

 

 

「……なんだ? 技は失敗か? たいそうな事言ってたのによぉ」

「いいえ。成功ですよ。……なにも威力が高いだけが、技の全てではない。それは君も知っている筈です。───イーブイ、かげぶんしん!!」

 またかげぶんしんか、と。ライルは呆れ半分で反撃に転じようとドーブルに指示を出すために、イーブイから一瞬目を話す。

 

 

「とっておき」

「───な?!」

 ───そしてドーブルに視線を向けたライルの目に映ったのは、今さっきまでイリマの側にいたイーブイがドーブルを地面に叩きつけて戦闘不能にしている光景だった。

 

 

 早過ぎる。

 ライルは目でイーブイを追う事すら出来なかった。

 

 そして、ドーブルを一撃で戦闘不能にするほどの力。

 

 

「何をした……」

 一瞬で主人の元に戻ったイーブイとイリマを睨みながら、ライルは低い声でそう言う。

 さっきまでとは打って変わって、余裕のない表情だ。

 

 

「ナインエボルブースト。……イーブイの本来の力、進化の力を最大限に発揮させる───Z技ですよ」

「Z技……か」

 なるほど知らない訳だ、と。ライルは目を瞑って一旦深呼吸をする。

 

 ドーブルを使う以上この世界のありとあらゆる技を知っていればいるほど、戦いの幅が広がるがZ技はドーブルのスケッチでもコピーする事が出来ない。

 それに、Z技なんてものは嫌いなのだ。試練だ大試練だ、島巡りだ、そんなものは嫌いなんだ。

 

 

「さて、道を開けてもらいますよ」

 得意げな表情で前に歩くイリマに、ライルは舌打ちをしながら視線を反らす。

 

 

 その顔も嫌いだ。その勝ち誇った表情が嫌いだ。

 

 

 

「───行け」

 ドーブルを戻してから、ライルはモンスターボールを手から落とす。

 

 そして背を向けて洞窟へと歩いた。

 

 

「……リングマ、ですか」

 モンスターボールから出て来たのはお腹に円の模様がある茶色い毛生のポケモン。

 しかし同じ茶色だが、イーブイとは天と地ほどもの体格差がある大型のポケモンである。

 

「グァァッ!!」

 鋭い爪を振り上げ、イーブイを睨むリングマ。

 

 

 しかしライルは指示を出す事もなく、ただ背中を向けているだけだった。

 

 

「ライル君……? バトル中に背を向けるとは、どういう事です」

「こいつは暴れ馬でなぁ、俺が指示を出しても無意味なのよ。まぁ、指示を出す必要もないがな」

 洞窟の奥を見ながらそう言うライル。彼の言葉にイリマは真剣な表情でリングマを見詰める。

 

 

 確かにリングマは体格もパワーも比較的に高いポケモンだ。

 

 しかし、ナインエボルブーストで強化されたイーブイなら───

 

 

「───イーブイ、かげぶんしんからのとっておきです!!」

「ブイ!」

 イーブイはかげぶんしんと共に高速でリングマに肉薄する。

 

 イリマのイーブイの持つ唯一の攻撃技───とっておきは、他の全ての技を使ってようやく放てる技だ。

 その代わり威力は高く、さらにイーブイと同じノーマルタイプの技でもある。

 

 いくら体格差があろうと、今のイーブイの攻撃が当たれば───

 

 

「……レベルが違うんだよ」

 イーブイの突進がリングマの腹部に直撃した。しかし、リングマは微動だにせずにイーブイを掴んで持ち上げる。

 

「───な?!」

 彼はイーブイを充分に育てていたつもりだった。それこそこの重要な戦局でのとっておきとしてバトルに出す程には。

 しかし全力の攻撃にリングマはビクともしない。

 

 そのまま地面に叩きつけられたイーブイは地面を転がって目を回した。これ以上の戦闘は不可能だろう。

 

 

 雄叫びを上げるリングマ。

 しかし特に暴れるという事もなく、イリマの出方を伺うように彼を睨んでいた。

 

 

「……イーブイ、ご苦労様です」

 イリマはこれ以上戦えるポケモンを今所持していない。

 

 実質上の負け。何も出来ない彼をリングマが襲ってこないだけマシかもしれない。

 

 

 

「どうして……」

「本当は本気でやり合いたかったけどな、それは後回しだ。こっちは仕事なんでね」

「どうして君がR団の犯罪に手を貸しているんですか!!」

「手を貸してるんじゃなくて、犯罪を犯してんだよ」

 イーブイを抱えて跪くイリマを見下ろしながら、ライルは冷たい表情でそう言う。

 

 彼が指を鳴らすと、どこからともなく姿を現したカクレオンがその長い舌でイリマを捕縛した。

 歯軋りをするイリマだが、そんな事は気にせずにライルは洞窟の奥を見る。光が放たれては消え、放たれては消えていた。

 

 

「無駄だぜカプ・コケ───ん?」

 洞窟に視線を送っていたライルだが、突然街の方角から爆音が聞こえて視線を逸らす。

 

 この場所から街は距離が離れている筈だが、それでも轟く音。視線を向けたライルの視界に入ったのは、天まで届きそうな巨大な炎の柱だった。

 

 

「───なんだ、アレ?」

「街の方で……。こんな時にボクは……」

 唖然とするライルと唇わ噛むイリマ。何が起きたかは分からないが、何かが起きたのは明白である。

 

 それがなんなのか思考している間に、洞窟内でも小さな爆発が起きて一匹のポケモンが転がってきた。

 

 

「っ、エレザード?!」

 驚いて再度振り向いたライル。

 

 転がってきたのは首回りのエリマキが特徴的なポケモン、エレザードである。

 ライルの手持ちの一匹で、洞窟内である仕事をさせていたのだが。

 

 どうも爆音に気を散らされて、一瞬の隙を突かれたらしい。

 洞窟の中から視線が追いつかない程の高速で何かが飛び出していった。

 

 

「ザァ……」

「大丈夫か? おー、よしよし。頑張ったな。なーに、さっきのはビックリするだろ。お前は充分時間を稼いでくれたよ」

 立ち上がって申し訳なさそうな表情をするエレザードの頭を撫でながら、ライルはそんな言葉を落とす。

 

 彼の言葉を聞いたイリマはどうにも腑に落ちなかった。

 

 

 R団は人やポケモンが傷付くのをなんとも思わないような連中が集まる組織だと聞いている。

 それなのに目の前の旧友(自らをR団と名乗る男)は、自分のポケモンに対してこの態度だ。

 

 

 

「エレザード……パラボラチャージを応用してカプ・コケコを止めさせていたという事ですか」

「大当たりだ。流石賢いなお前は。そういう所も嫌いだよ」

「そのエレザードに与えられていた仕事、ボクの見立てでは失敗しています。それなのになぜ君は───」

 声を上げるイリマの前で、ライルはリングマをふくむ自分のポケモン達をすべてモンスターボールに戻す。

 

 そして手を伸ばすイリマに背を向けて、街を横目で見ながら歩き出した。

 

 

「充分仕事はこなしたさ。……それにな、俺はもう大切な相棒を自分のせいで傷付けたくないんだよ。全部、俺が悪かったんだから」

 瞳を閉じて、いく年か前の事を思い出す。

 

 

 希望を見て歩き出した。

 

 絶望して突き放してしまった大切な存在は、もうこの手に戻って来る事はないだろう。

 

 

「覚えてるか? お前がアシマリを選んでから、俺はニャビーを選んだ。後に選んだくせに、俺はニャビーにな……あの時モクローを選んでいればなんて事を言ったんだよ」

「バトルに負けたら誰だって悔しくて、そんな事だって言ってしまいますよ」

「それが許されるかどうかは別だろ。……俺はきっと───」

「待ってください!!」

 手を伸ばすが、イリマの身体は動かなかった。

 

 

 したでなめる。相手を麻痺状態にするカクレオンの技である。

 

 

 

 視界から遠ざかっていくライルに、イリマはそれでも手を伸ばした。

 

「君は……どうして、こんな」

 暗転。

 

 

 意識が途切れる。

 

 

 

「……カプ・コケコ。守り神ってんなら、護ってみろよ」

 遺跡の洞窟から解き放たれたその存在は、真っ直ぐに街に向かっていた。

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