今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ   作:皇我リキ

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奇矯なヘドロこうげき

 瓦礫に散らばったヘドロを踏んで、一人の男が不敵に笑う。

 

 

 甲高く、耳に残る声。

 若干十一歳の少女に恐怖心を与えるには充分だった。

 

 

「……さて、と」

 震える身体を抑えながら、リアは状況を整理する。

 

 

 ハラをここから逃がしたのは良いが、目の前の男をどうにかして自分一人でなんとかしなければならない。

 自分だって街がどうなってるのか気になるし、こんな所で小悪党の相手をしている時間は惜しかった。

 

 

「自信満々だな。……ところでよぉ、スカル団ってなんだぁ? 子供のごっこ遊びかぁ? ヒッヒッ」

「アローラでスカル団舐めてんと痛い目みんぞ。……まぁ、私は真スカル団の団長だけどな!」

「……やっぱごっこ遊びじゃねーか。キッヒヒ」

 不敵に笑う男の周囲で、黒いヘドロが突然周囲に浮き出す。

 ヘドロに囲まれた男の姿はその喋り方も相まって非常に不気味な光景だった。

 

 

「……えー、何。お前本当に人間?」

 顔を真っ青にして後退りするリアだが、ここで逃げる訳にはいかないと頭を横に振る。

 相手がなんだろうが、スカル団を馬鹿にする事は許せなかった。

 

 

「キッヒヒ」

「言っとくけど、本当にスカル団舐めてんと後悔すんだからな。……とりあえずお仕置きしてやる。ゾロア、ゾロアーク、かえんほうしゃ!!」

 リアの指示で、二匹のポケモンがベトベトンに向けてかえんほうしゃを放つ。

 

「まもる!!」

 しかし彼女達お得意の技は、ベトベトンを包み込んだエネルギーのシールドで防がれた。

 まもるは殆んどの技を完全に防ぎきる事が出来る技だが、連続使用は出来ない。ならばそこを着くのが定石だろう。

 

 

「デルビル、かえんほうしゃ!!」

 待機していたデルビルが、続けて火炎を放った。

 

 

「みがわり!」

 しかし火炎はベトベトンに届く事なく、身体のヘドロで作られたみがわりに防がれてしまう。

 

「……っ、なろぉ!」

「おいおい指示がお留守だぜぇ!! ベトベトン、どくどくだぁ!!」

 デルビルへの指示に集中していたリアは、他の二匹が目に入っていなかった。

 初めに攻撃を仕掛けたゾロアとゾロアークは指示待ちで、その動きを止めてしまっている。

 

「しま───ベトベトンから離れろ!!」

 彼女のそんな悲痛の叫びはもう遅く、二匹は猛毒のヘドロに飲み込まれて地面を転がった。

 

 ゾロアークはなんとか立ち上がるが、ゾロアは立とうとしても立ち上がらずにそのまま倒れてしまう。戦闘不能だ。

 

 

「ゾロア……っ!!」

 急いでゾロアをボールに戻すリアだが、その行動こそ他のポケモンから目をそらす事である。

 リアが視線を戻したその時には、ゾロアークにベトベトンが巻き付いていた。

 

 

「っ、ゾロアーク?!」

「ポケモン三匹出して数で押そうとしてたみたいだけどよぉ、結局指示がお留守になっちゃぁ……意味がねぇよなぁ? んだぁ、スカル団ってのは大勢で集まってイキってるチンピラかぁ?」

「んなろぉ、バカにすんな!! ゾロアーク、かえんほうしゃで振り払え!!」

 リアの指示で巻き付かれたままのゾロアークは口から火炎を放つ。

 

 

 しかし、ベトベトンは直ぐにゾロアークの頭を締め上げてかえんほうしゃの放出を止めさせた。

 ハラの姿の幻影をみせられて捉えた時は油断していていたが、相手がちゃんとポケモンだと分かっていればそう容易く反撃は許さない。

 

 ベトベトンはそのままゾロアークを締め上げて体力を奪っていく。

 

 

「……っ、デルビルかえんほうしゃ!!」

 ならばと、リアはデルビルにかえんほうしゃを命じた。

 ゾロアークごと攻撃する事になるが、このまま好きなようにさせる訳にはいかない。

 

 

「正しい判断だが───おせぇ!! みがわりだ!!」

 しかし、デルビルの放った火炎はヘドロのみがわりに阻まれてしまう。その内にベトベトンはゾロアークを解放して男の前に戻った。

 

 解放されたゾロアークは毒と締め付けにより体力を奪われ倒れてしまう。こちらも戦闘不能だ。

 ゾロアークをボールに戻しながら、リアは唇を噛む。

 

 

 

 この男は強い。

 

 あの島キングと同等か、それ以上に。

 

 

 

 そして自分の弱さに吐き気がした。

 腰のボールに手を伸ばしてニャビーを出そうとするが、直前の男の言葉を思い出して思い留まる。

 

 

「王勢で集まってイキってるチンピラなんかじゃない……っ!!」

「……あぁ?」

「スカル団の皆は、皆はそれぞれちゃんと高い志を持って! ダメな自分とも戦って! しっかりと前を見て生きてんだ! お前みたいなチンピラもどきに皆をバカにする権利なんてないんだよ!! デルビル、かえんほうしゃ!!」

「だったらそれを証明してみせろよぉ!! ヒッヒッヒッ!」

 いつからから、独りになった。

 

 

 旅に出た筈の大好きな兄と連絡も付かなくなって。

 

 兄以外に何もなかった少女は、ただひたすら孤独に怯える日々を過ごす。

 周の人は皆敵だった。人と仲良くするのが苦手だった少女は、何もかもと敵対して独りだった。

 

 そしていつか何もかもに否定されて、独りになる。

 

 

 だけど、そんな彼女を否定しなかった人達がいた。

 その威勢の良さを褒めてくれて、そんな彼等と敵対した彼女すらも肯定してくれる人達がいた。

 

 

 

 それが彼女の居場所。スカル団。

 

 

 

 

「───っ、な……」

 火炎に包まれるヘドロ。しかしみがわりに全てを防がれ、炎は届かない。

 

「なんで? そう思ってんだろぉ」

 男は不敵に笑う。

 

 

 火炎が届かない事に驚いている訳ではなかった。そんな事の理由は、火力が足りないからだと分かっている。

 リアが疑問に思っているのは、ベトベトンの体力だった。

 

 みがわりは体力の二割以上を消費する技である。それを連発しているにも関わらず、ベトベトンは未だに体力を残しているようにみえた。

 

 それがどうしてか、彼女には分からない。

 

 

 

 ベトベトンがこれまでに使った技は四つ。

 まもる、みがわり、どくどく、まとわりつくだ。

 

 ポケモンが覚えられる技は四つまで。それがこの世界の理。

 ならあのベトベトンはどうやって体力を回復している。

 

 

 

「教えてやるよぉ。……その前にヒントだ。お前が毒から回復したのは多分、モモンのみを使ったからだな?」

 モモンのみは解毒作用のある木のみで、ポケモンに持たせておく事によって戦闘中でも毒状態から回復する事も出来る。

 

 

 このように、ポケモンに道具を持たせて戦う事は良くある戦法だ。

 体力や状態異常を回復する木ノ実、自分のステータスを上げるアイテムや、進化を超えた力の発揮等───

 

 

「道具という事は……たべのこし、か」

「惜しいなぁ、くろいヘドロって道具よ」

 不敵に笑う男の周りには、その黒いヘドロ(・・・・・)が浮いている。

 

 

 持っていると少しずつ体力を回復するたべのこしというアイテムはそれなりに有名だ。

 そしてくろいヘドロは、どくタイプに持たせるとたべのこしと同じく体力を少しずつ回復出来るアイテムである。

 

 どくタイプのみが恩恵を受けそれ以外のポケモンは持っていると体力を奪われてしまうが、たべのこしとの効果の差は薄い。

 

 

 男の周りを浮いていたヘドロは、少しずつベトベトンの身体に混ざっていった。

 これで体力を回復しているのだろう。

 

 

 

「テメェの火力じゃ、ベトベトンの体力を削りきる事は出来ねぇ。……後はぁ、じっくりコツコツと溶けていくのを待つだけよぉ!! ベトベトン、まとわりつくだぁ!!」

「に、逃げろデルビル!」

 直ぐに避けるように指示を出すリアだが、ベトベトンはデルビルを通り過ぎてリアの元に向かってきた。

 

「……っえ?! ぐぁっ」

「誰がポケモンを狙うって言ったよぉ! そんな弱っちぃ犬っころより威勢の良いガキの方が溶かし甲斐があるってもんだぜぇ!!」

 リアを包み込むヘドロの身体。

 

 

 ベトベトンの身体は猛毒のヘドロで出来ていて、触れているだけでその身体を毒が犯していく。

 

「デルビル、私ごとで良いからかえんほうしゃ!」

 締め付けられる痛みと毒で苦痛の表情を浮かべながらも、リアはデルビルにそう指示を出した。

 このまま思い通りにされてたまるかと。しかし、デルビルは身動きせずに狼狽えている。

 

 

「……で、デルビル?」

「なんだぁ? 仲間のポケモンには躊躇なく攻撃したのに、ご主人には無理ってか。立派な忠犬だなぁ!!」

 男の言う通り、デルビルはリアを攻撃する事を躊躇っていた。

 

 

 そうしなければ彼女がもっと酷い目にあうと分かっていても、自らの手で彼女を傷付ける事が出来ない。

 デルビルにとってリアはそれほどまでに大切な存在なのだから。

 

 

「デルビル……。っ、だったら!!」

 リアは唇を噛みながら、締め付けられて上手く動けない身体でなんとか腰のボールに手を伸ばす。

 

「ニャビー! かえんほうしゃ!」

 虎の子。最後の最後に決め手として残しておいたニャビーは、ボールから出るやいなや器用にリアに当たらないようにかえんほうしゃをベトベトンに放った。

 

 

「クッヒヒヒ、四匹目かぁ。良いぜぇ、そう来なくちゃなぁ……」

 流石にベトベトンも反応出来ず、リアを解放してしまうが男の勝ち誇った表情は変わらない。

 

「一匹増えようが、腰抜けの忠犬とチビ猫じゃなんともならねぇよなぁ?!」

「私のポケモンをバカにすんな……ッ!!」

「それじゃぁ……その自慢のポケモンを痛めつけてやるよぉ!! ベトベトン、まとわりつくだぁ!!」

「させるか! ニャビー、デルビル! かえんほうしゃ!!」

 迫り来るベトベトンを二匹のかえんほうしゃで迎撃する。

 

 かえんほうしゃは直撃し、リアはガッツポーズを取るが爆煙が晴れた後そこにはベトベトンは居なかった。

 

 

「しま───みがわり?!」

「……どくどくだ」

 二匹が迎撃したと思い込んでいたのはベトベトンのみがわりだったのである。

 そしてそれに気が付いた時には、本体は既に彼女達の背後に回り込んでいた。

 

 

 猛毒のガスがリアと二匹を包み込む。

 吸い込まないように口を押さえたが、それだけで対策出来る程ベトベトンの毒は甘くない。二匹も揃って全身に毒を受けリアは血反吐を吐きながら倒れた。

 

 

 

「キッヒヒ、あっは、ヒッハッハッハッ! 溶けたなぁ!! 溶かしたぞぉ!!」

 毒で倒れたリアに弱りながらも駆け寄る二匹のポケモンを見ながら、男は奇妙な高笑いを上げる。

 

 やはり、この瞬間が一番楽しい。

 

 

「ヒヒッ、さてベトベトン……トドメをさせ」

 そして男が指示を出すと、ベトベトンは一人と二匹をまとめてそのヘドロの身体で締め付けようと襲い掛かった。

 

 

 しかし、すんでのところでニャビーだけはその攻撃を交わす。リアとデルビルはベトベトンに取り込まれその身体を毒に犯されながら身体を締め付けられた。

 

 

 

「ニャゥァ!」

「離せってか? まぁ……見てろよぉ。お前の主人と仲間が、仲良く溶けていく様をなぁ!!」

 リアとデルビルの頭だけを解放してから、その身体を一気に締め上げるベトベトン。

 わざと主人の悲鳴を聞かせるベトベトンを、ニャビーは歯軋りをしながら睨み付ける。

 

 

 しかしニャビーは何も出来ずに、ただ主人と仲間が苦しむ姿を見る事しか出来なかった。

 

 

 

「どうもいつ倒れるのか疑問だったがよぉ……ようやくだぜ。本当に溶かし甲斐があった」

 アレだけの毒を貰いながら尚も戦いを続ける少女に男は称賛の声を送る。

 

 どれだけモモンのみを用意していたのだろうか。多少気になる事はあったが、終わってしまえばどうでも良い事だった。

 

 

 

「さぁ……そのまま溶けちまいなぁ!!」

 毒に侵され、小さな身体を締め上げられ、リアは悲鳴をあげる。

 

 ニャビーはそれを見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 そして、リアと一緒に締め付けられているデルビルも───




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