今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ   作:皇我リキ

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精霊は砂漠のそらをとぶ

 砂煙が晴れる。

 相変わらずの砂嵐の中だが、舞い上がった砂が晴れるだけで視界は天と地程の差となった。

 

 

「……やったのか?」

 視界に黒い影が映り、副機長が小さく言葉を漏らす。

 しかし副機長の言葉とは裏腹に、黒い影はゆっくりと不規則にその身体を動かした。

 

「何?!」

「……レベルが足りなかったってか。こりゃ、お手上げだな。ネクロズマのデータは取れたし、正直引き際だよなぁ」

 男はそう言うと、周りを見渡す。

 

 

 そんな彼の視界に入ったのは、黒い影の背後で空間が捻じ曲がりながら穴を上げる光景だった。

 

 

「……ウルトラホール?」

 そして黒い影はその穴に入っていき、穴と共に姿を消す。

 同時に登って来た太陽によって辺りの視界は良好になり、黒い影が周りに居る様子はなかった。

 

 

 しかし、黒い影が居なくなっただけで状況が改善したとは言えない。

 

 大小様々な怪我をした人々やポケモン達。少女の脇で倒れるフライゴン。

 救助隊の到着はまだ先で、今ここでの応急処置で生死が決まる人々も少なくない。

 

「こうなればもう大丈夫か……。……よし、俺───じゃなかった。僕は救助隊を探して案内してくるよ」

「イリマさんなら安心だ、頼む。俺は乗客乗員の応急処置を進める。お嬢ちゃん、手伝ってくれ」

 イリマと呼ばれた男は副機長の返事を聞いてから、ドーブルにテレポートの指示を出す。

 一瞬でその場から消えた男が居た場所の隣で、少女は倒れているフライゴンに必死に呼びかけていた。

 

 

「フライゴン! フライゴン!!」

 まるで返事のない一匹のポケモン。試しに脈を測ってみると、心臓は止まっており息もしていない。

 

「そんな……」

 また、目の前で命の灯火が消えていく。

 

 

 誰も助けられない。

 

 

 何も助けられない。

 

 

 

 ───そんなのは、嫌だ。

 

 

「デデンネ、でんきショック!」

「デネ……ッ!」

 少女の指示で、デデンネがフライゴンにでんきショックを放つ。

 

 心臓マッサージのつもりなのだろうが───しかし、じめんタイプを持つフライゴンには文字通り効果が無かった。

 

 

「……っ。そうか、じめんタイプだから」

「そのフライゴンはもう諦めるしかない。君も機内の人達を運ぶのを手伝ってくれ」

 副機長にも思う所はあるが、今は一人でも多くを救う事が先決である。

 心を鬼にして、彼は唇を噛み切りながら少女の肩を叩いた。

 

 

「嫌です! 私はもう……誰も見殺しにしたくない!!」

「君……」

 少女は副機長の手を払いのけ、フライゴンの胸に手を当てる。

 

「生きて……。死なないで……お願い!」

 胸に当てた腕を押し込みながら、少女は必死に声をあげた。

 クチートとデデンネが首を持ち上げて、合間合間に人工呼吸を行う。

 

 

 少女の想いが届いたのか?

 

 処置が最適だったのか?

 

 

 フライゴンは砂埃を吐きながら息を吹き返した。少女は目を開くフライゴンに安堵して涙を流す。

 

 

「やった……良かった…………助かったんだね……?」

「フラィ……」

「おぉ……。だが、喜んでる暇はないぞ」

「そ、そうだ……。他の皆も……っ!」

 そう思い振り向いた少女の視界に映ったのは、太陽に照らされた事によりはっきりする絶望的な光景だった。

 

 原型を留めていない飛行機。重傷を負った人々やポケモン。そして、飛行機の不時着に巻き込まれた砂漠のポケモン達。

 無事な生き物の方が少ない、まさに地獄絵図のような光景に少女は口を押さえて後ずさる。

 

 

「そんな……」

「救える人を救うしかないか……」

 副機長の言葉に少女は唇を噛んだ。

 

 結局自分一人の力で何もかもを救う事なんて出来ない。

 またあの気持ちを味わうのだろう。ならまた逃げるのか。あの日のように、自分は悪くないと言いながら逃げるのか。

 

 

 少女は首を横に目一杯振って駆ける。

 

 直ぐ近くに倒れていたフカマルにキズぐすりを使い、その隣に倒れていたメグロコにも同様にキズぐすりを使った。

 そこから離れた所に倒れていたガバイトが息をしていない。少女は近くのポケモンをデデンネとクチートに任せて、フライゴンにしたようにガバイトにも心臓マッサージと人工呼吸をする。

 

 

「お願い、死なないで……っ! お願い……っ!」

 しかしガバイトは一向に息を吹き返さない。特性のさめはだにより、少女の体が傷付いていくだけだ。

 

 

「君、よせ! 今は見捨てるしかない命だってあるんだ!」

「嫌です! 私はもう……誰も見殺しにしたくない!!」

「だがそんな事をしていたら助けられる命も助けられない!」

「……っ」

 副機長の言葉に少女は手を止める。

 

 目を背けたくなる現実だ。受け止める事は出来ない。それでもこの世界にはどうしようもない事が多過ぎた。

 

 

 少女は血だらけの手を握り、涙を落とす。大粒の涙はガバイトの頭を伝って、砂漠の砂に吸い込まれた。

 

 

「……私は───」

 突然、歌が聞こえる。聞いた事のある歌。ついさっきまで、彼女達を守る為に戦っていた精霊の歌。

 フライゴンが砂嵐を舞う。同時にすなあらしは晴れていき、羽音である精霊の歌声も聞こえなくなった。

 

 

「……すなあらしが止んだ? ───な、なんだ?!」

 突如、少女達の足元から砂漠ではありえない光景が広がり始める。

 大地に広がる()。少女を中心に、大量の草木が砂漠の大地を染めていった。

 

 

 

「……何? これ?」

「これはまさか……グラスフィールド? カプ・ブルルなのか?」

 大地の恵みは生き物全ての生命を育む。

 

 

 緑に覆われた大地は、倒れているポケモン達や飛行機の乗客達の傷を癒していった。

 まるで奇跡でも見ているかのような光景に二人は眼を見開く。少女の眼に映るのは、二本の角を持つ見た事もないポケモンだった。

 

 

「あれは……?」

 そのポケモンはゆっくりと少女達の元に向かってくる。

 

 脚は無く、二本の腕と鐘のような尻尾を持つアローラの守り神。その一匹だ。

 

 

 名を───カプ・ブルル。

 

 

 

「まさか死ぬまでにカプに会えるなんてな……」

「カプ……?」

 カプ・ブルルは少女の前に鎮座する。力強い視線は、少女を見定めるように真っ直ぐに向けられていた。

 

 

「……あなたが、皆を助けてくれたの?」

 周りを見渡せば殆どのポケモンや人々が眼を覚ましている。息をしていなかったガバイトも例外ではない。

 傷は癒え、飛行機の乗客は何が起きたか分からずに辺りをキョロキョロと見回していた。

 

 

「あの、このポケモンの名前は?」

 返事のないポケモンを横目で見ながら、少女は副機長にポケモンの名を聞く。

 副機長はアローラの守り神に頭を下げてから、少女に振り向いた。

 

 

「アローラ地方で四つの島それぞれを守ってくれている伝説のポケモンの一匹、カプ・ブルルだ」

「カプ・ブルル……」

 未だに少女の姿を覗き見るカプ・ブルルの背後にフライゴンが降り立つ。

 再び少しずつ砂嵐が吹き始め、アローラの守り神は瞳を閉じた。

 

 

「……カプゥブルル!」

 その瞳を開眼すると、カプ・ブルルはその腕を少女に突き出す。

 ビックリして眼を閉じる少女だが、強い衝撃は感じずに手首に何かを乗せられた感覚で瞳を開けた。

 

 

「……なに? これ」

 少女の手首には、黒いデザインの腕輪が嵌められている。時計の様だが時間を示す針は何処にも見当たらない。

 何か菱形の物が嵌りそうな窪みはあるが、少女にはそれが何なのか分からなかった。

 

 

「カプがZリングを渡した……?」

 副機長はその光景を目の当たりにして眼を見開いて驚く。

 話には聞いた事があったが、本当にそんな事があるとは。

 

 

 カプ・ブルルは満足げに見詰めると、一度目を瞑ってから振り向いた。

 同時に生い茂っていた緑は砂に埋もれていく。フライゴンと眼を合わせたカプ・ブルルは静かにその場から離れていった。

 

 

 

「……なんだったんだろう」

「アローラの守り神は気まぐれだからな。こんな事もあるのかもしれない。……いや、呆然としてる場合じゃないか! 救助隊が着くまでまだ俺の仕事は終わらないしな」

 副機長は思い出したように走り出し、半壊した飛行機にデンジムシの攻撃──いとをはく──で足場を作って乗客を一人ずつ下ろしていく。

 

 

 

「助かったんだね、私達」

 少女の安堵した声に、手持ちの二匹が元気に答えた。

 

 ふと自分の身体を見てみると、服はボロボロのままだがガバイトのさめはだで傷付いた手は完治している。

 これも、さっきのポケモン──カプ・ブルル──のお陰なのだろうか? 少女がもう一度その姿を探そうと振り向いた次の瞬間だった。

 

 

「……っ?! フライゴン!!」

 少女の背後にいたフライゴンが、糸が切れたかのように倒れる。

 支えようとするが、小柄な少女にその身体を支えられる訳もなく押し倒されてしまった。

 

 

「……ったぁ。……ふ、フライゴン! しっかりして、フライゴン!」

 必死に声を上げる少女だが、反応は全く返ってこない。

 脈や呼吸はあるが、他のポケモンと違いフライゴンは傷が全く回復していなかった。

 

 

 飛行機の乗客達が安堵の声を漏らす中、一人の少女だけが必死に声を上げる。

 絶対に助けたい。見殺しになんてしない。

 

 

 アローラの守り神──カプ・ブルル──にZリングを手渡された少女は、心の中でそう誓った。

 

 

 

 

 救助隊が飛行機の不時着現場に到着し、乗客達と少女───そして瀕死のフライゴンを近くのポケモンセンターに運んだのはその一時間後である。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「ったく、運が良いんだか悪いんだか。アローラに帰ってくるなり悲惨な目にあったぜ」

 ドーブルを連れた男がウラウラ島のフェリー乗り場で言葉を落とした。

 男は周りを見渡し、誰もいない事を確認するとモンスターボールを一つ取り出す。

 

 

 そうしてから褐色の顔を自らの手で掴むと、それを文字通り引き剥がした。

 男の顔に張り付いていた、へんしんポケモンのメタモンが褐色の男の顔から元の姿に戻る。

 

 

「お疲れちゃんメタモン。人のパスポートを使ってアローラに来るとはいえ、アイツの姿に化けなきゃならないなんて屈辱だが……お陰でスムーズに事が運んだしチャラにしといてやるか」

 薄い色の肌が露わになり、黒い髪が揺れた。

 まるで別人の姿に成り代わった男は、悪態を吐きながら足を進める。

 

 

 メタモンをボールに戻しながら男が向かうフェリーの行き先は───アーカラ島。

 

 

「……情報通り甘ちゃんだな」

 ポケモンセンターのある方角に振り向く男の表情は、不満気であった。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「あの……フライゴンは」

 飛行機の不時着から十数時間。

 登った太陽が沈み再び夜空を星々が照らす中で、少女は窓越しに一匹のポケモンの安否を心配する。

 

 

 飛行機の乗客達が元々の行き先であるメレメレ島行きのフェリーへ乗り込む中、一人の少女だけはポケモンセンターに残っていた。

 

 

 

「あら、あなた確か副機長さんが言っていた娘よね……? お名前は?」

「あ、えーと、シルヴィ───ぃぃいいい!! シルヴィです!!」

 少女は何も考えずに答えた自分を呪いながら、ポケモンセンターのジョーイにそう名乗る。

 不自然な答え方に首を横に傾けるも、ジョーイはシルヴィと名乗った少女の頭を撫でながら口を開いた。

 

 

「もう大丈夫。峠は越えたわ」

 シルヴィはジョーイの声に安堵する。しかし一つだけどうしても気になった事があり、少女はジョーイを見上げながら口を開いた。

 

 

「カプ・ブルルは皆を助けてくれたのに……なんでフライゴンの傷だけ癒してくれなかったんですか?」

「癒さなかったのではなく、きっと癒せなかったのよ」

「癒せなかった……?」

 フライゴンとジョーイを見比べるシルヴィ。あの時の事をいくら思い出しても、少女には答えが見つからない。

 

 

「グラスフィールドっていう、大地から生命にエネルギーを与える技があるの。でもそれはね、大地に足を付けているポケモンにしか意味がないのよ。ひこうタイプとか、特性ふゆうを持ったポケモンがそうね」

 その言葉を聞いた時、少女は砂嵐が止んでいた砂漠を思い出す。

 

 フライゴンはカプ・ブルルが来た時空を飛んでいた。

 なぜそんな事をしていたんだろう?

 

 

 カプ・ブルルを呼ぶ為に?

 

 

 砂嵐をどうにかして止めていたから?

 

 

 

 理由は分からないが、きっとフライゴンは皆の為に戦っていてくれたに違いない。

 再び心配そうな表情でフライゴンを見詰めるシルヴィに、ジョーイは優しく微笑みながら話しかける。

 

「あの子のトレーナーになるつもりはある?」

「ぇ、わ、私がですか?」

 ジョーイの言葉に少女は驚いて再びフライゴンとジョーイを見比べた。

 じめんタイプはあまり良い思い出がない。それに、あんなに強そうなポケモンが自分を認めてくれるとも思えない。

 

 

「ポケモンセンターにこの子をずっと置いておく訳にはいかないから、傷が完璧に癒えるまでエーテル財団に預ける事になるのだけど……。さっきあの子を迎えに来たエーテル財団の人が投げ飛ばされちゃったのよね……」

 困ったようにそう語るジョーイの言葉を聞いて少女は青ざめる。

 

 

 投げ飛ばした……?

 

 いやいや、そんな事されたら死んでしまう。

 

 

「そ、それって、私も投げ飛ばされません……?」

「あなたは砂漠でこの子を付ききっきりで見ていたし、もしかしたらって思うのだけど。勿論強制はしないわ。危険だもの」

 ただ、そうなるとこの子は無理矢理連れて行くしかなさそうね。ジョーイは小さくそう付け足すと、イタズラな笑みでシルヴィに微笑んだ。

 

 

「む、無理矢理って……。うぅ……わ、分かりました! 私がフライゴンに話しかけてみます!」

「ふふ、流石カプに認められた娘ね。危なくなったら直ぐに助けるから、安心してフライゴンと話してみて。期待してるわ、シルヴィ」

 シルヴィはジョーイに案内され、フライゴンが寝ている個室に向かう。

 

 心配する二匹のポケモンを尻目に、少女はその扉を静かに開けた。




三日目。四話にしてやっと主人公の名前が出ましたね。

次回もお会い出来ると嬉しいです。
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