今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ   作:皇我リキ

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しんかの炎オーバーヒート

 ずっと一緒だった。

 それこそ、お互いに物心がつく前から。

 

 

「デルビルー!」

 幼い少女の声。

 

 その声に応えて、短い尻尾を振りながら一匹のポケモンが少女に駆け寄っていく。

 じゃれ合う一人と一匹を見ながら、少女の兄は「仲良しだなぁ」と笑った。

 

 

「うん。だってデルビルは私の……えーと、えーとー、相棒だから!」

 ニッと笑いながら、少女はそう言ってデルビルにしがみつく。デルビルはそんな彼女の頬を舐めて、少女はくすぐったいよと笑った。

 

 

「俺が旅に出てもデルビルが居たら安心だな」

「お兄ちゃんどこか行くのー? 私も連れてって!」

 意味も知らずに着いて行くと言う少女に、少女の兄は困った様子で頭を掻く。

 

 別に今生の別れという訳でもない。ただ、ずっと一緒に過ごしていた兄妹と数日以上も離れる事なんてなかったのだ。心配にもなる。

 

 

「なぁ、デルビル。……リアの事宜しくな」

 そう言って、少女の兄は姿を消した。

 

 どこか別の地方に行った訳ではない。ただ、アローラ地方を旅するだけの筈だったのに。

 彼が帰ってくる事はなくて、少女は独りになってしまう。

 

 

「ほっといてよ! 私はお兄ちゃんを探しに行くんだ!」

 両親と喧嘩する少女を、デルビルは見ている事しか出来なかった。

 俯いて歩く少女に、ついて歩く事しか出来なかった。

 

 

 ──リアの事宜しくな──

 

 

 物心着く前から一緒だった彼の言葉。

 デルビルと少女とその兄はいつも一緒で、お互いがお互いにとって本当に大切な存在だったのだろう。

 

 なのに、どうして彼は消えてしまったのか。

 

 

 考えても考えても分からない。

 ただデルビルの前には少女がいて、彼はいなかった。

 

 

 いつも少女を守っていた彼はもういない。

 いつも自分や少女を大切にしてくれていた彼はもういない。

 

 

 なら、自分に出来ることは一つだけだろう。

 

 

 大切な相棒を、彼の代わりに守って、見守って、そしていつか彼に───

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 血反吐を吐いた。

 

 

「溶けろ……。ヒヒッ、溶けろ溶けろぉ!!」

 息が苦しい。

 

 全身に回った毒で感覚が狂っていく。意識は遠のくし、身体の感覚はもうなかった。

 

 

「ニャゥァ……ニャァ!」

「はぁ、やめろってか? だったらさっきみたいに止めてみろよ。もっともご主人様ごと燃やして良いならだけどなぁ!」

 唯一自由の身のニャビーは男を睨んで叫ぶ。男の言う事はごもっともだが、奇襲ならともかく今攻撃しようとしてもベトベトンに交わされるのがオチだ。

 

 そもそも下手に攻撃して、主人や仲間に攻撃を当てる訳にもいかない。

 確実に攻撃を当てられる距離まで近付くのも難しいだろう。ニャビーだけでこの状況を打破するのは不可能だった。

 

 

 

「さぁ、溶けろ。何も出来ず、苦しんで、それを見る事しか出来ないお前も! あとでちゃぁんと、溶かしてやるからよぉ!」

 ニャビーは高笑いする男を睨みながら歯軋りをするが、言われた通り何もする事が出来ない。

 男の高笑いに合わせ、ベトベトンはリア達を締め付ける力を強めていく。悲鳴が上がって、嫌な音が響いた。

 

「あ゛……ぅ、ぁ」

「グァゥ……っ?! グァゥッ!」

 突然グッタリとして言葉にならない声を漏らすリアを見て、デルビルは悲痛の叫びを上げる。

 必死にその脚を伸ばそうとするが、ベトベトンの力に負けて動く事は出来なかった。

 

 

「デル……ビ、ル。大丈夫、だから」

 しかし、リアはその手を伸ばしてデルビルの頭を撫でる。目を見開くデルビルに対して、優しくゆっくりと撫でられる感触はどこか懐かしく感じた。

 

 

「……お前の()は、私が一番……知ってる。だから、私を信じろ。私が信じる、自分を信じろ」

 小さくそうとだけ言って、リアは大きく息を吸う。毒に蝕まれた身体は悲鳴を上げて、血反吐がむせ返ってきた。

 

 だけど、大丈夫。

 

 

 しかしデルビルは目を見開いて悲鳴をあげる。どうして自分は何も出来ていない。彼女を守る事が出来ない。

 

 

 

 悔しかった。力が欲しい。大切な相棒を守る力が。

 

 

 

「ニャビー!! 私に当てるのもきにすんな!! ゼンリョクでかえんほうしゃ!!」

「バカかテメェ、燃え死ぬつもりかぁ?! 大人しく溶けやがれ!!」

 リアの指示に、ニャビーは姿勢を低くして構える。男の罵倒も気にせずに、炎を目一杯溜めたニャビーの背中からは漏れ出た炎が吹き出していた。

 

「正気か……?」

「溶ける溶けるうるせぇんだよ……っ。なんなら溶かしてやるってな、炎で……っ! 行けニャビー!!」

 リアの指示でニャビーは彼女とデルビルもろともベトベトンにかえんほうしゃを放つ。

 

 見境なしの攻撃に回避する事も叶わないベトベトンは炎に包まれた。勿論、リアもデルビルも。

 

 

「ベトベトン……っ! 馬鹿が……燃えて溶けるのは趣味じゃね───何?」

 しかし、ベトベトンを包み込んでいた炎は突然一箇所に収束していく。

 

 まるで炎を吸収しているかのように、その一箇所───デルビルの元に集まった炎は、その身体に少しずつ吸収された。

 

 

「グァゥ……」

 力が漲ってくる。

 

 

「なんだ……」

「もらいび。デルビルの特性だ……」

 もらいび。

 炎の技を受けるとその炎を糧に自らの炎の威力が上がる特性だ。

 

 

 それが、リアが信じたデルビルの力。そしてここからは、彼女が信じた自分の力。

 

 

「ハッ、炎が強くなった所でチビ犬に何が出来る! その状態でデルビルが攻撃すればそれこそテメェが丸焦げだぜ!! そのまま大人しく溶けろ!!」

「私はデルビルを信じる!!」

 そう言ってリアはデルビルと目を合わせる。

 

 大丈夫。やれるよな。

 彼女の瞳と強く目を合わせたデルビルは、ゆっくりと頭を持ち上げて遠吠えを上げた。

 

 

「デルビル……?」

 そして突然、デルビルの身体が光出す。

 発光する身体は少しずつ膨れ上がり、頭からは角が生えて、尻尾は細く伸びた。

 

 倍以上になった身体の大きさに、ベトベトンも姿勢の維持が難しくなる。

 そしてデルビルを包んでいた光が消え───

 

 

「……デル……ビル?」

 ───そこに居たのはデルビルではなかった。

 

 正しくはデルビルがその姿を変えた存在。

 ポケモン───ポケットモンスターは、特定の条件を満たすとその姿を変化させる事がある。

 

 その条件は様々だが、殆どの場合ポケモン自身の能力値は飛躍的に上昇する事が多い。

 

 

 

「……進化した、だと?」

 ポケットモンスターという生き物の生態の中でも、特に関心が集められているこの現象を人々は進化(・・)と呼んでいた。

 

 そして進化したポケモンは生物としてそのものの種類が違う事から、別の名前で呼ばれる事になる。

 

 

 リアの前で姿を変えたデルビルの新たな姿の名前は───

 

 

「───デルビル……いや、ヘルガー」

 ───ダークポケモン。ヘルガー。デルビルの進化系だ。

 

 

「ガゥァァッ!!」

 遠吠えを上げるヘルガーは姿勢を崩したベトベトンを振り払い、リアの服を咥えてまとわりつくから脱出する。

 

 若干驚いて地面に降ろされるや腰を地面に落としてしまうリアだが、ヘルガーと目が合いその強い瞳を見て彼女は大きく縦に首を振った。

 

 

「その姿……格好良いな!」

「ガゥァ!」

 目を輝かせるリアに、ヘルガーは自分の身体を見せびらかせるように横に向ける。

 ニャビーも合流したところで立ち上がったリアは、ベトベトンと男を睨み付けた。

 

 

「……ケッ、子犬が少しデカくなっただけじゃぁねぇかぁ? 何をよぉ、そんなに意気がってんだぁ?! 大きさだけで意気がるチンピラかぁ、テメェはよぉ!!」

「なんとでも言えよ。今この時に進化したデルビルの───ヘルガーの気持ちの強さがお前には分かんねーよな!」

「だったらやってみろよ。その犬っころと猫で俺のベトベトンを倒せるならなぁ!!」

 男の前にベトベトンが立ち塞がり、リアの前で二匹のポケモンが吠える。そんな二匹の後ろで、彼女は揺れる視界に唇を噛んだ。

 

 

 ベトベトンは守るとみがわり、そしてくろいヘドロを使った戦法で、もし攻撃を与えられても一撃で倒さなければまた体力を回復されてしまう。

 それに対してこちらはポケモンもトレーナーも体力の限界だ。次の攻撃が最後の一撃になるかもしれない。

 

 だから、この一撃に全てを賭ける。

 

 

「ニャビー! かえんほうしゃ!!」

 強い意志で声を上げ、リアはそう指示を出した。身体から溢れんばかりの火炎を放つニャビーだが、男は不敵に笑う。

 

 

「結局馬鹿の一つ覚えかぁ? あぁ?! ベトベトン、まもるだぁ!!」

「ヘルガー、突っ込め!!」

「あぁ?!」

 ニャビーのかえんほうしゃに対してまもるを選択したのだが、突然ベトベトンの正面にヘルガーが飛び込んだ。

 かえんほうしゃはまもるを発動しているベトベトンには届かずに、ヘルガーの特性もらいびによってその身体に吸収される。

 

 

「まもるを使わされた……だと?!」

 ベトベトンの背後まで伝わってくる熱気が、今のヘルガーの力を物語っていた。

 

「み、みがわりだ!! ベトベトン!!」

 まもるは連続では使用出来ない。だがこちらにはみがわりがある。ここを防げばもう敵に勝ち目はない。

 

 

「みがわりごと燃やしてやれ!! ヘルガー、オーバーヒートぉ!!」

「ガゥァァ───」

 リアの指示に咆哮を上げながら口から炎を漏らすヘルガー。

 

 

 オーバーヒート。

 ほのおタイプの技の中でも最大級の威力を誇る技だ。

 しかし文字通り許容以上の炎を吐き出す為、それ以降の攻撃に支障が出る諸刃の剣でもある。

 

 一撃必殺の大技。これが今の彼女のゼンリョク。

 

 

「いっけぇええ!!」

「───ガアアアアッ!!」

 みがわりを展開したベトベトンを、みがわりごと包み込むような炎が包み込んだ。

 炎は爆炎となり空まで届きそうな円柱を立て、周囲一帯を燃やし尽くす。

 

 

 紅蓮の炎。

 火炎が消えた時には、そこには何も残されていなかった。灰が舞い、瓦礫が崩れる。

 あまりの熱のせいか視界が揺れた気がした。その場に崩れ落ちたリアは、そういえばと揺れた視界の理由を思い出す。

 

 

「……そういや毒、貰ってたんだった」

 男はモモンのみで解毒したと言っていたが、彼女が立っていたのは維持と気合と根性だった。

 いつ倒れてもおかしくない状態だったが、ベトベトンを倒した事で緊張の糸が切れてしまったのだろう。

 

 全く身体も動かないし、なんなら血反吐を吐いて身体中が痛い。

 

「お兄……ちゃん」

 このまま死ぬんじゃないかとも思えて、声は震えた。

 

 

「……残念だが、お前の兄ではない」

 倒れてうわ言を言っているリア。そしてそんな彼女を心配して、なんとかしようと狼狽えていた二匹のポケモンの後に一人の青年が現れてそう言う。

 

 片目の隠れた金髪に、ダメージ入りの黒い服。

 腕を組んでいたその青年は、二匹のポケモンの間に入って彼女の身体を持ち上げた。

 

 

「このありさまはウルトラビーストか……? リーリエの言っていた通り、このアローラで何かが起ころうとしている」

 リアを持ち上げながらそう呟いた青年は、ヘルガーの目を見て「お前の主人を病院まで運ぶ。手伝ってくれ」と声を掛ける。

 ヘルガーは強く首を縦に振り、ニャビーも心配そうな表情でヘルガーの背中に乗せられたリアを見詰めていた。

 

 

「大丈夫だ。すぐに応急手当てはする」

 青年はそう言ってポーチからどくけしを取り出すと、煙状のその薬を彼女に吹きかける。

 そうしてから少し考えるそぶりをして「病院はあっちの筈だ」と先頭を歩いた。

 

 

「……お兄……ちゃん?」

「スカル団の一員ならしっかりしろ。確か、あの時居た俺に突っかかって来たチビだな?」

 懐かしむようにそう言った青年は、リアの頭をゆっくりと撫でてそう言う。

 

 彼女と顔見知りであると言う青年の顔に、ヘルガーは見覚えがあった。

 

 

 

 それは確か、リアとスカル団として活動していた時の事。

 スカル団の用心棒として雇われた一人の青年。装甲を付けたポケモンを使い、用心棒の名に恥じない実力を持っていた───

 

 

「母さん。俺だ、グラジオだ。リーリエの言っていた通り、メレメレ島でウルトラビーストが暴れている」

 ───グラジオ。それが、彼の名前である。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 リア達が去った後、崩れた瓦礫を押し返して一人の男がその下から現れた。

 男はボロボロになりながらも、身体の傷は気にせずにその場に倒れ込む。

 

 

「ヒヒッ、ヒッヒヒッ。ハハッ、ハーッハッハッ!! おもしれぇ!! 溶かし甲斐がある。溶かしてぇ。その顔をぐちゃぐちゃにしてぇ!! ハハッ、アーッハッハッハッハッ!!!」

 倒れたままそういう男の周りを、ベトベトンが心配そうに取り囲んでいた。

 

 

 

 あの時、ベトベトンはみがわりからギリギリまもるの発動に間に合った───にも関わらずこの威力。

 体感した事もない屈辱。この上ない侮辱。

 

 

 

「……必ず、テメェはこの俺が溶かす。ヒヒッ、ヒヒヒッ、ヒッヒヒヒヒヒヒ、アーッハッハッハッハッ」

 奇妙な声が、瓦礫に埋もれた街に轟く。

 

 

 

 街は奇妙な静寂に包まれていた。

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