破裂音。
瓦礫が崩れるというよりは、弾け飛ぶと表現した方が分かりやすいだろうか。
豪腕で投げ飛ばされた瓦礫は地面にぶつかると形も残らない程にバラバラになり、それを成し遂げたウルトラビーストは自らの筋肉を見せつけるような仕草を取った。
半壊した建物の上で、そんな光景を見ながら一匹のポケモンが頭を横に傾ける。
ウルトラビーストの
UB02EXPANSION。別名マッシブーン。
そのウルトラビーストは以前にも、ここメレメレ島に現れたとの記録がある。
島キングのハラと守り神カプ・コケコがEXPANSIONを抑えたというが、成る程とクリスは皮肉にも笑った。
「こんなの一般人が相手していい相手じゃないな……。EXPANSION、伝説のポケモンと同等か……それ以上か。化け物め……」
当初の予定通り、二人は戦いを受けに徹して攻撃を控えてはいる。
周りの瓦礫を攻撃に使ったりはしているが、シルヴィの言っていた通り戦いに集中して周りに危害を加える様子はなかった。
しかし、ジリ貧である。
「フライゴン、上からくるよ!」
シルヴィの指示で視線を持ち上げるフライゴン。その先には、豪腕を振るおうとするマッシブーンの姿があった。
「───フラァ……ッ!!」
対するフライゴンは両手からドラゴンクローを展開し、それをクロスしてマッシブーンの拳を受け止める。
衝撃で地面が陥没するが、耐え切ったフライゴンはマッシブーンを振り払って突き飛ばした。
「ロトム、エアスラッシュ!」
攻撃を弾かれてバランスを崩したマッシブーンに空気の刃が襲い掛かる。
しかしエアスラッシュの直撃に怯みもしないマッシブーンは、再びその豪腕を見せつけるように前に突き出した。
コイツは何がしたいんだろう。苦笑いするクリスは、それとは別にこのウルトラビーストが現れた理由を考えていた。
ウルトラホールは確かに自然に開くものだが、人工的にウルトラホールを開く事は可能である。
ショッピングモールでウルトラビーストが現れた時、R団が計画的に動いていたのが何よりもの証拠だ。
しかしウルトラホールを開いたのがR団なら、その目的は?
街の破壊行動でないなら、考えられる理由は二つ。
一つは、街の機能を停止させ組織が動きやすくする場を整える事。
R団の目的は他にあるという事だ。
もう一つは、人々の注意をそこに集めるという事。
これもある意味では同じ理由に突き当たる。
つまり───この現状がR団による物なら今こうやってマッシーブーンと戦っている事自体が思う壺だという事だ。
「おそらく、R団の目的はマッシブーンの───っ、シルヴィ!」
言いかけた所でマッシブーンの異様な行動にクリスは彼女の前に立って手を広げる。
こんな事して何になるのか疑問にも思ったが、どうも珍しく頭より身体が先に動いてしまった。
「マブシァ!!」
マッシブーンが突然地面に拳を向けたかと思えば、その豪腕で岩盤を掴み持ち上げる。
地面を引き抜いたと表現すれば簡単だが、その光景を目の当たりにしたクリス達の表情は真っ青だ。
「……投げてこない?」
ただ、シルヴィの言う通りマッシブーンは持ち上げた岩盤を投げてこようとはしてこない。
まるで見せ付ける用にその姿勢を維持する姿は異様である。
しかしそう考えたのもつかの間、若干困惑していたフライゴンの目の前にマッシブーンは岩盤を叩き付けた。
当たってはいないが、アレに直撃していたら如何にレベルの高いフライゴンであろうとも瀕死は免れなかっただろう。
「なんなんだコイツは……。R団はなんとか対策を取ったけど、僕にこんな化け物を相手にする程余力はない」
苦虫を噛み潰したような表情で周りを見渡すクリス。彼の肩にさっきまで乗っていたゲンガーは、マッシブーンの視線を気にしながらも瓦礫の影へと消えていった。
「来るよ!」
「ロトム、エアスラッシュ!」
再び接近してくるマッシブーンにエアスラッシュを放ち、足を止める。
文句ばかり言っているが彼は腐っても国際警察だ。考える事はやめない。どれだけ力量で劣っていようが、状況が悪かろうが、考える事だけはやめない。
「シルヴィ、フライゴン、目を閉じて。アイツの動きを止める。……ロトム、フラッシュ!」
一度エアスラッシュで怯ませたマッシブーンに接近したロトムは、全身から突き刺すような光を放った。
強い光は眼を焼いてその眼から光を奪う。
「今だ!」
「フライゴン!」
視界を焼かれ悶絶するマッシブーンに向け、フライゴンはかえんほうしゃを放ちながら地面を蹴った。
接近し、展開したドラゴンクローでマッシーブーンの身体を切り裂く。
目が見えていないマッシブーンは身体を振り回して抵抗するが、フライゴンはそれを上手くあしらいながら攻撃を加えた。
「マブシァァァ!!」
豪腕を振り回しながらマッシブーンは怒号を上げる。
その豪腕をさらに膨らませるマッシブーンは、勢いそのままに地面を殴りつけて大地を揺らした。
「お、怒ってない……?」
「怒ってるかもしれないね」
もしかしたら自分は過ちを犯したのではないかと冷や汗を流すクリス。
この場は早く島キングに任せたいのだが、その島キングはいつになっても到着する気配がない。
「……マブシ!」
しかし、怒っているのかと思いきやマッシブーンは再びその筋肉を見せ付けるようにポーズを取り始める。
いよいよマッシブーンという存在が分からなくなってきたクリスは、表情を引き攣らせながら次の手を考えた。
「あの子……もしかして」
そんな中で、シルヴィはマッシブーンの事を考える。
どう戦うかではなく、マッシブーンそのものの事を。
どうしてマッシブーンは自分達と戦い始めてから街を破壊しなくなったのか。どうして自分達と戦い始める前に街を破壊していたのか。
戦っている最中にも見える奇妙な行動の数々の意味は?
「───もしかして。いや、あはは」
彼女なりに考えて、ふと至った結論に自分でも意味が分からなくて笑みを込み上げる。
「シルヴィ……?」
そんな彼女に困惑した表情を見せるクリス。
笑いたくなるのは分かるが、笑っていられる状態ではない。
「ねぇ、あのこ……遊んでるだけなんじゃない?」
「はぁ?」
そして、シルヴィが唐突に言い放った事にクリスは口を開けて固まってしまった。
遊んでるだけ? 何が?
「遊んでるっていうか……筋肉を見せびらかせてる?」
「いや、それは見てれば分かるけど」
確かにマッシブーンはたまに筋肉を見せびらかすようなポーズを取ったりしている。
しかし、その理由は全く分からなかった。勿論、暴れている理由───
「───そうか。そういう事なのか」
何かに気が付いて、クリスは目を見開く。
マッシブーンが現れた───否、ウルトラホールが開かれたその理由については大体の察しはついていた。
しかし、当のマッシブーンが暴れている理由をクリスは考えもしていなかったのである。
ウルトラビーストはポケモンではなく化け物だ。
そんな潜在意識からか、目の前の存在が暴れている理由に全く目を向けられていなかったのだろう。
これが普通のポケモンが暴れていたのなら、まずその理由を推測して対処に掛かっていた筈だ。
何故それをしなかったのか。ウルトラビーストはポケモンではない。だから、暴れる事に理由はないだろう。
そんな事を心の何処かで思ってしまっていたから、クリスにはその発想が出来なかった。
ただ、シルヴィは違う。
目の前の存在を、ちゃんと自分達と同じ生き物だと捉えて真剣に向き合って考えた。
その結果手に入れた答えがそんな単純な事だったのなら、確かに彼女だって笑うだろう。
「自分の力を、筋肉を見せ付けるために暴れてるって事なら……それはそれで本当に迷惑な話だね」
苦笑いしながらそう言うクリスだが、どこか納得したような彼の表情にシルヴィも満足気だ。
「UB02───いや、こいつもポケモンなのか。……マッシブーンが元いた世界ではこのくらい暴れるのが普通なのかもしれないけど、こっちでは違うって事を教えてやらないといけない」
ウルトラビーストは別の世界のポケモンであると最近の発表で明らかにされていた事を思い出す。
その別の世界ではこのマッシブーンが普通に何処にでもいるというのだから恐ろしい話だ。
しかし、その世界ではそれが当たり前なのだろう。だから、マッシブーンは悪意があって暴れている訳ではない。
「うーん、でも……どうやったら暴れるのを止めてあげられるのかな」
彼女達に筋肉を見せ付け続けるマッシブーンを見ながら、顎に手を当てて考えるシルヴィ。
クリスも一緒に考えたが、こればかりは中々答えが出てこなかった。どうも筋肉で物を考えるタイプは人だろうがポケモンだろうが苦手である。
「……そうだ!」
何か思いついたのか、シルヴィはハッとした表情で手を叩いた。
「何か思いついた?」
「うん。私達もマッスルポーズで答えれば良いんじゃない? きっと、あのこは筋肉勝負がしたいんだよ!」
自信満々でそう語るシルヴィの言葉にクリスは目を白くして口を開ける。
なにを言っているんだ。
真顔でそう言いそうになったが、彼女とマッシブーンを見比べてどうもバカに出来ないのではないかと思ってしまう。
短い付き合いだが、そう思わせる何かが彼女にはあった。
「よーし、勝負だよマッシブーン!」
シルヴィはフライゴンの前に出て、マッシブーンと同じようなポーズを取る。
年頃の女の子がする格好じゃないだろうと苦笑するクリスだが、彼女はなにも恥ずかしがる事なくその姿のままマッシブーンに語りかけた。
対してマッシブーンはそんな彼女を見るや、意気揚々とシルヴィに近付いてくる。
フライゴンはそれを警戒して一歩前に出ようとするが、彼女は「大丈夫だよ」と彼の前に手を出した。
「私、結構運動には自信あるよ!」
自信ありげな表情でそう語るシルヴィの前で、マッシブーンも彼女と同じようにポーズを取り出す。
シルヴィがポーズを変えると、マッシブーンも再びそのポーズを真似るという行動を何度も繰り返した。
「……僕には脳筋の考えが分からない」
「……ロト」
今は図鑑に入っている訳じゃなく喋れないロトムだが、相棒が同意見で困惑してくれているのは感じ取れる。
確かにシルヴィの運動能力は高い。それはこれまでの付き合いでも簡単に分かるほどだ。
「ただ、これで一件落着という訳でもないしな……」
目の前で変なポーズを繰り返すシルヴィとマッシブーンを横目で見ながら周りを見渡す。
半壊した街の被害は大きく、修復には時間がかかりそうだ。
ふと何か小さな物が動く影が見える。それを視線で追おうとしたその時、マッシブーンが突然腕を上げてそれを振り下ろした。
「ぇ」
「っ、シル───」
振り返って手を伸ばそうとした時には、その豪腕は既に振り下ろされた後で。
風圧で巻き上がった砂埃と赤い何かだけがクリスの視界に映る。
目の前に居た筈のシルヴィとフライゴンは居なくて、腕を振り下ろしたマッシブーンだけがその場で再びポーズを取っていた。
「───っ、お前……っ!!」
お前じゃない。僕だろう。今のは完全に自分のミスだ。
轟音が鳴り響いて、音のする場所で砂埃が舞う。
フライゴンが彼女を庇ったのだろうが、それでもマッシブーンに殴られて平気な訳がない。
シルヴィは血反吐を吐きながらフライゴンの胸の中で噎せ返った。頭の中で音が響いて、喉の奥から内臓が出てくるんじゃないかという感覚に襲われる。
クリスも、フライゴンもマッシブーンを睨んだ。
コイツにとっては遊んでるだけなのかもしれない。だけど、こっちにとっては迷惑でしかない。
「結局化け物と解り合うのは無理だったって事か……っ! ロトム、エアスラ───」
「ダメ!!!」
急いでロトムに攻撃を支持しようとするクリス。しかし、そんな彼をシルヴィはむせ返りながらも大声で止める。
「シル……ヴィ?」
どうして、そんな風に出来るんだ。
「ダ……メ、だよ……クリス、君……っ!」
苦しそうに立ち上がるシルヴィ。そんな彼女を支えるフライゴンだが、その瞳は怒りに染まってマッシブーンを睨んでいる。
そうやって今君が苦しんでいるのは、このマッシブーンの所為なんだ。それなのに、どうして?
クリスにはシルヴィの考えている事が分からない。
優しいとか、甘いとか、それだけじゃない物が彼女にはある。だけど、それがなんなのか彼には分からなかった。
「マッシブーン……。私達、友達だよ」
力強い眼差しでマッシブーンの目を見ながら、シルヴィはしっかりとそう言う。
ポーズを取っていたマッシブーンは、その瞳に答えるように───拳を振り上げた。
「な───」
クリスが手を伸ばすよりも早く、マッシブーンはシルヴィに向かって突進していく。
声を出すよりも早く、フライゴンが構えるよりも早く、その拳は砂埃を巻き上げて振り下ろされた。
赤が散る。
「───な、ぁ……あぁ……」
手は届かない。
「……シル……ヴィ。シルヴィ……シルヴィ!!!」
僕は何をしているんだ。
これじゃ、あの時と一緒じゃないか。
令和一発目。やっとマッシブーン戦です!