今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ   作:皇我リキ

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VSマッシブーン②

「───シルヴィ!!!」

 絶叫が響いた。

 

 

 これだけ大声を出したのはいつぶりだろう。妙に冷静にそんな事を考えてしまうのは、いつかの事を思い出してしまったからか。

 

 

「───ラ……っ、違う」

 小さな声が漏れて我に返った。無意識に力強く握っていた懐のふといほねから手を離して、クリスは砂埃の元に走る。

 

 走ってどうするのか。

 目の前にいるのは自分の手には追えないウルトラビースト。

 

 

 あんな攻撃を受けて彼女が無事だとは思えない。建物すら跡形もなく破壊するような化け物だ。

 人の身体なんて意図も簡単に潰せてしまうだろう。最悪の結果を想像すると吐き気がした。

 

 それでも身体が勝手に動く。

 

 

 

 煙が晴れた。

 

 

 

「マブシァァ!!」

 振り回されたマッシブーンの剛腕が、周りの砂埃を吹き飛ばす。

 それ程までの力を持った生き物に殴られて無事な筈がない───そう思っていた。

 

 

「……っ、あ……あれ?」

「シルヴィ?!」

 視界に入る赤い髪。それは血肉に変わった無残な姿ではなく、明らかに無事ではないが人の形を保っている。

 

 どうして? 

 望んでもいない程に都合の良かった事だが、そんな疑問が絶えなかった。

 

 

 マッシブーンから貰った初撃は、フライゴンが庇ったとはいえほぼ直撃。

 その後の攻撃はフライゴンが庇うことすら出来なかった筈である。

 

 マッシブーンが攻撃を外した? 

 そんな事があるのか。しかし、それ以外だとどうしても外的要因が必要になる。

 

 

 何を考えても原因が分からない。

 

 

 その答えを探す事に意味があるかと聞かれれば───答えはイエスだ。

 何故ならクリスには今シルヴィを助ける力がない。その答えが分かれば、三度マッシブーンが攻撃を仕掛けても彼女や自分を危険から守る事が出来る。

 

 だから考えろ。探せ。

 

 

 

「なんだ……?」

 ふと、視界に異様な物が見えた。

 

 マッシブーンとシルヴィの間。その空間に、砂埃がまるで自ら集まったかのように固まっている。

 周りの砂埃は晴れたというのに、その空間だけにはまるで空気が固まったかのように砂埃が浮遊していた。

 

 

 

 脳裏に映るのはマッシブーンとシルヴィを見比べて苦笑いを浮かべながら、少しだけ視界に入った小さなポケモン。

 そのポケモンに彼はつい最近───その日の内に見覚えがあり、目を丸くする。

 

 今朝方、シルヴィの試練への試練で彼女に散々イタズラを仕掛けた迷惑なポケモン───

 

 

 

「……マネ……ネ?」

 痛みに表情を歪ませながら、シルヴィは彼女の目の前で手を広げているポケモンの名前を呼んだ。

 

 

 ───マイムポケモン。マネネ。

 

 

 今朝方ヌシールを巡り、彼女とあまりにもふざけた戦いを繰り広げたポケモンである。

 

 

 

「……マネ!!」

 マッシブーンとシルヴィの間で手を広げながら、マネネは眼前の自らよりも遥かに大きな相手を睨んだ。

 今朝方のような、相手を陥れようとふざけているような表情ではない。真剣な眼差しで、マッシブーンを睨む。

 

 

 その眼前にある、砂埃の塊。

 その正体は空気をエスパーの力で固めたリフレクターだった。

 

 

 成る程と合点がいく。

 そして、突然現れたマネネがなぜそのような行動をとったのか。クリスにはなんとなしに分かっていた。

 

 

 

「どうして……あなたがここに? あ、危ないよ!」

 それが分からなかったシルヴィは、マネネに「逃げて!」と心配の声をかける。

 しかしマネネは彼女の言葉を聞こうとはしなかった。それは彼女への反抗心ではない、自分の意地のような物なのだろう。

 

 

「シルヴィ!!」

 再びポーズを決め出すマッシブーンの横をすり抜けて、倒れたまま動かないシルヴィに駆け寄るクリス。

 マッシブーンはまた今の分からない行動を繰り返しているが、いつ攻撃してくるから分からない。

 

 横目でマッシブーンを睨みながら、クリスは彼女の身体を抱きかかえようと手を伸ばした。

 

 

「立てる? とりあえず逃げよう。コイツは僕達には手が追えない」

 一般人である筈のシルヴィを巻き込んだ自責か。クリスは苦虫を噛み潰したような表情でそう言う。

 

「……大丈……夫」

 しかし、シルヴィは彼の手を取らずにフラつきながらも自分で立ち上がった。

 そんな彼女を見ながらクリスは唖然とする。どうして───

 

 

「───どうして、そんな目をしてるの」

 シルヴィはまるで優しく微笑みかけるような瞳をマッシブーンに向ける。

 さらにフラつきながら姿勢を落として、彼女は臨戦態勢のマネネにこう語りかけた。

 

「マッシブーンを怒らないであげて」

「マネネ……?」

「フラァ……?」

 二匹のポケモンは彼女のそんな言葉に唖然とした表情を見せる。

 

 

 マネネもフライゴンも彼女のポケモンではない。野生のポケモンだ。

 しかし、そんな二匹が彼女を助けるのは彼女のその優しい性格故にだろう。

 

 傷付いて情緒不安定だったフライゴンに寄り添い、街の厄介者だったマネネに対等に向き合った。

 そんな彼女だから、マネネは今さっきマッシブーンの攻撃から彼女を守ったのだから。

 

 

 

「このこは、あなたと一緒なの。遊んでるだけなんだよ」

 マネネの頭を撫でながら、シルヴィはそんな事を言う。

 

 今さっき殺されかけた相手にどうしてこんな事が言えるんだ。

 クリスは唖然として、しかしどこか諦めたような納得したような表情で彼女を後ろから眺める。

 

 

「マネネ、力を貸して!」

「……マネ?」

 どうする気だ? 

 そうクリスが聞く前に、シルヴィはむせ返ってフラつきながらも立ち上がる。

 

「マッシブーン、まだ私負けてないよ!」

「お、おいシルヴィ!」

 再びポーズを取り始めるシルヴィ。クリスは手を伸ばしてそんな彼女を止めようとした。

 それじゃさっきの二の舞だと、再びクリスが言う前にシルヴィは「大丈夫!」と自信満々な声を漏らす。

 

 

「マネネ、またリフレクターで私を守ってほしいの。あと、お得意のモノマネで一緒にマッシブーンと筋肉勝負しよ!」

 何を言ってるんだ君は。

 

 そんな言葉すら出ない程、彼女の言動は馬鹿馬鹿しく思える。

 

 

「フライゴン……ごめんね。もう少しだけ付き合って! 私は大丈夫だから!」

 だけど、彼女の真剣な表情を見れば分かる事がある。

 

 彼女はいたって真面目なんだ。

 

 

 

「行くよマネネ!」

「マネ!」

 筋肉ポーズを繰り出す一人と一匹。マッシブーンも、それに吊られてポーズを決める。

 フライゴンとクリスはお互いの顔を見合わせて、溜息半分真剣な表情で彼女達を見守った。

 

 もしもの事があれば、今度こそ彼女を助ける。

 きっと彼女はマネネの事も自分たちの事も信じているんだ。だから、こんな事が出来る。

 

 

 そして事実、彼女達とポーズを取り合っているマッシブーンは下手にバトルをするよりも大人しく見えた。

 

 

 

「遊びたいんだよね。ここが何処だか分からなくても、きっと貴方はそんな事気にしないくらい強いから。自慢の身体を見てほしいんだよね」

 マッシブーンを真っ直ぐに見ながら、ポーズを取って彼女はそう言う。

 

 確信はない。確証もない。

 しかし、彼女の言う事が正しく思えた。

 

 

「だから───っ、ぁっ」

 突然、彼女は表情を歪ませながら膝をつく。込み上げてきた物を吐き出すと、地面が赤く色付いた。

 一度でもマッシブーンの攻撃を受けたのだから。こうなって当然である。

 

 マネネが心配して彼女の顔を覗き込んだ。しかし、それを止めるようにクリスが叫ぶ」

 

 

「マネネ!! リフレクターだ!!」

「───マネ?!」

 振り返るマネネの目の前で、マッシブーンが拳を振るっていた。

 

 間に合わない。

 しかし、空気の塊がマッシブーンの拳を襲い、少しの隙ができる。

 

 ロトムのエアカッター。

 その一瞬の隙にリフレクターを展開したマネネの眼前に、空気の塊を殴って威力の落ちた拳が降ってきた。

 

 

 あと少しでも遅れたら───いや、そんなミスはもう犯さない。

 

 

「シルヴィ、限界かい?」

 そんな強い意志を持ちながら、クリスはシルヴィにそう問いかける。

 

 当たり前だが一般人をこんな危険に晒すことは許されない。

 それでも、彼が考えた最善の方針に進み続けるしかない。

 

 

 だから、彼女が限界ならそれはそれでいいのだ。

 

 

「……大丈夫!」

 真剣な表情で立ち上がる彼女に、クリスは「これが終わったらなんでも奢るよ」と優しい言葉を掛かる。

 

 

 もう同じ過ちは繰り返さない。

 

 

 

 ───それに、時間は充分に稼いだ。

 

 

 

「───ハリテヤマ!!!」

 何処からか聞こえるそんな声。

 

 攻撃を防がれ、首を横に傾けながらも再び腕を振り上げるマッシブーンの前に一匹のポケモンが立ち塞がる。

 

 

 自身の顔よりも大きな平手を前に突き出し、マッシブーンを睨みつけるハリテヤマ。

 その主人は体型とは反対に軽やかな動きで二人の隣に現れ「お待たせしてしまいましたな」と優しい声を漏らした。

 

 

「……貴方は?」

「わしがここメレメレ島の島キング、ハラ。君達の事はイリマ君から聞いておりますぞ」

 二人の頭を同時に撫でながら、ハラはハリテヤマ同様マッシブーンにその細めを向ける。

 

 

「はじめまして……ですかな? どうも不思議とそんな感じはしない。勿論、これはただの勘ですがな」

 構えながらそう言って、ハラはハリテヤマの隣に立った。

 

 

 その背中がとても大きく見える。

 まっすぐに伸びた背筋。その気迫が、背中越しでも伝わって来た。

 

 

「マブシ」

「ハリーテェッ」

 二匹のポケモン睨み合う。

 

「あ、あの……ハラさん……」

 そんな二匹の背後で、シルヴィは恐る恐るといった雰囲気で小さな言葉を漏らした。

 

 

「む、なんですかな?」

 マッシブーンからは目を逸らさずに、ハラは優しくそう返す。

 当のマッシブーンはハリテヤマの前で再び筋肉を見せ付けていた。

 

「マッシブーンは、遊んでるだけなんです……っ! だから───」

 彼女なりの答えを、必死な声でハラにぶつける。

 

 

 彼ならマッシブーンを倒す事も出来るかもしれない。島キングの彼からはそんな力強さを感じた。

 だけど、それじゃダメだと胸の前で手を強く握る。

 

 

「大丈夫。任せて貰えませんかな?」

 しかし、ハラはシルヴィの言葉を遮ってそう言った。

 

 

 

「島キングハラとその相棒、ハリテヤマが相手をしましょうぞ。アローラ伝統、アローラ相撲で!! ハリテヤマ、つっぱり!」

 ハラの指示で、ハリテヤマはマッシブーンに平手を向ける。

 そして反撃するように向けられたマッシブーンの拳を、ハリテヤマはその大きな手で掴んで取っ組み合った。

 

 空気を震わせる程の衝撃が走る。

 しかし、ハリテヤマはピクリともせずにマッシブーンの拳を掴み続けその手を離そうとしなかった。

 

 

 マッシブーンは力尽くでハリテヤマから離れようとするが、それは叶わずに取っ組み合いが続く。

 

 

 

「───それでは、体力が切れるまで付き合ってもらいましょうかな」

 シルヴィを横目で見ながら、ハラはそう言って笑顔を見せた。

 

 まるで彼女の言いたい事が分かっているかのように見える。

 クリスはそんな二人を見比べてそう思った。

 

 

「島キングさん……」

「そのマネネ、イリマ君でも手を焼いていたポケモンですが。……そんなポケモンとも絆を結べる君の事です、きっとこのポケモン(・・・・)の事も分かっているのでしょう。だから、後はこの島キングにお任せあれ」

 マネネとシルヴィを見比べてそう言ったハラは、再び前を見て何故か突然四股を踏む。

 

 

「───島キングの力、とくとご覧あれ!」

 その腕に飾られたリングから、輝かしい光が溢れ出した。

 

 

 

 同時に、メレメレ島の夜空を一筋の光が過ぎる。

 

 

 

 島の守り神が、その光景を空から見守っていた。

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