クロスした両腕を弧を描くように広げてから、拳を左右交互に前に突き出す。
最後に突き出した右手は、勢い良く空気を殴った。
そんな
マッシブーンを一度突き放し、同じポーズを取るハリテヤマとハラの息が重なった。
「さぁ、ゼンリョクでお相手してもらいましょうぞ。───ハリテヤマ、
「ハーリーテェェ!!」
連続で拳が放たれる。
残像。その攻撃は、無数の拳がマッシブーンを襲っているようにも見えた。
強靱な肉体で攻撃を受け止めようとするマッシーブーンだが、勢いに負けて少しずつ足を滑らせる。
そうしてマッシブーンが一瞬バランスを崩し、ハリテヤマはその隙を逃さずに全体重を乗せてタックルを繰り出した。
押し出す。
岩盤を持ち上げそれを投げ付けるかいりきの持ち主に、ハリテヤマは力比べで勝ってその体を壁に叩きつけた。
爆煙。
砂埃が舞う。
「す、凄い……」
全力無双激烈拳はかくとうタイプのZ技だ。
クリスがアローラに来てZ技を見たのはこれで二度目だが、そんな言葉しか出て来ない程の圧倒的な力を見せつけられて冷や汗を流す。
これがZ技か。
「マッシブーン……っ」
そんな彼の隣で、胸元を押さえながらも砂埃に手を伸ばすシルヴィ。
倒れそうになる彼女をフライゴンとマネネが支えるが、彼女は自分の体調よりもマッシブーンの安否を気にしていた。
「あのポケモンはそんなにやわではありませんから、安心しなさい」
そんな彼女の頭を撫でながら、ハラは横目で砂埃の奥に視線を向ける。
砂埃が晴れた先で、彼の言う通りマッシブーンは健在。再び筋肉を見せ付けるようなポーズを取っていた。
「ば、化け物か……」
今の攻撃で倒れないなんて。クリスがそう言おうと口を開く前に、ハラは「いや。中々満足気ですな」と微笑ましそうに口を開く。
「ほんとだ……」
訳のわからないハラの言葉にシルヴィが共感して、クリスは頭を横に傾けたままマッシブーンへと視線を戻した。
しかし、なるほど、どうして。
「……マブシ」
さっきまでポーズを取っては違うポーズを取り、気を抜けば暴れていたマッシブーンは心なしか落ち着いているようにも見える。
そして決定的だったのが、最後に筋肉を突き出してからマッシブーンが彼等に背中を向けた事だった。
そのままゆっくりと、マッシブーンは街の裏路地に向けて歩いていく。道中街を破壊する訳でもなく、その姿はクリスにも分かるほど何処か満足気だった。
「どうして……」
だけど、その理由は理解しかねる。
シルヴィの言っていた、マッシブーンは遊んでいるだけという言葉。
百歩譲ればそこまでは理解できた。だけど、どうして今の攻撃でマッシブーンは暴れるのを辞めたのか。まるで理解が出来ない。
「……多分、満足したんじゃないかな。島キングさんのゼンリョクとぶつかって」
「満足……だって? あんなに暴れておいて……」
「怒らないであげて。だって、あのこは───」
そこまで言って、シルヴィは突然意識を失って崩れ落ちる。
そんな彼女を抱き抱えて支えるクリス。
命に別状はないが、あのマッシブーンの攻撃を受けたのだ。無事な訳がない。
「……なんで君は、そう思えるんだい」
首を横に降る。
今はそれを考えている場合じゃない。
「ハラさん、彼女の事を頼みます。僕は国際警察としてやるべき事があるので」
「むむ……。マッシブーンはもう暴れる気はないと見ますが……君には違う物が見えているのですかな」
「はい。……なので、お願いします」
自分の非力で彼女を傷付けてしまった。これ以上の事態には絶対にさせない。
そう小さく漏らしてから、クリスはハラに一礼してゆっくりと瓦礫の奥に消えるマッシブーンを追っていく。
彼を見送りながら、ハラはシルヴィの事を抱き抱えて空を見上げた。
「この子は優しい子だ。そしてあの子は真剣な子だ。……カプよ、どうか彼をお守り下さい」
そうとだけ言って、ハラは街の端に存在する病院に向かって歩いていく。
マネネとフライゴンに「付いて来て貰えますかな?」と彼が問うと、二匹はお互いに頷いてハラに付いて歩いた。
「……マッシ……ブーン」
「大丈夫。後の事は彼に任せて。……今はゆっくりと休みなさい」
うわ言を漏らすシルヴィに優しい声でそう言うハラ。
アローラの夜空を一筋の光が通過する。それはきっと───
☆ ☆ ☆
住宅街の裏路地。
建物の影になって月の光も届かない場所を、クリスはゆっくりと歩いていた。
「マッシブーンはまだ来てないな」
ゆっくりと裏路地に歩いて行ったマッシブーンを追い抜いて、先回りする形で歩きながらそう呟くクリス。
視界に入るゲンガーの合図で、彼は足音を立てないようにゆっくりと前に進む。
ゲンガーには予め、ある物を探してもらっていた。
そのある物とは───ウルトラホール。
別世界へと繋がる、謂わば時空の歪みである。
ウルトラビーストはこの時空の歪みへと続く別の世界からやって来ていると言われてた。
「僕の推理が正しければ───」
クリスの推理が正しければ、そこに今回の騒動の目的を果たす為の人員が居る筈。
ウルトラホールを開き、マッシブーンを好き放題暴れさせる事で───体力を消費したマッシブーンを捕まえようとする者達が。
クリスがそう推理した理由は二つ。
一つはマッシブーンが暴れている間にR団のそれらしい活動がなかった事。これはゲンガーがウルトラホールの在処を掴むのと同時に確認済みだ。
そしてもう一つはショッピングモールでのR団の行動。あの時R団を名乗る一人の男はモールでウツロイドを捕獲している。今回も目的がウルトラビーストの捕獲という可能性は高かった。
「R団の目的はウルトラビーストの捕獲。……だけど、それは何故?」
その先が読めない。しかし、その先よりも今は目先の事件。
R団が何を企んでいるにせよ、強力な力を持つウルトラビーストを利用させる訳にはいかない。
「───そこか」
角を曲がると、視界が歪む。
時空の裂け目。ウルトラホールがその先にはあった。
暗い裏路地。事を秘密裏に運ぶには丁度いい場所だろう。
「キタカナ〜。可愛いウルトラビーストちゃ〜ん」
突然そんな声が聞こえて、クリスは急いで建物の陰に隠れた。
R団なのか?
冷や汗を流しながら耳を澄ませる。小砂利を踏む音ですら聞き逃さない。
「あれ〜? 違う?」
物陰から視線を向けると、人が一人立っているのが見えた。
フードを被っていてハッキリとは顔が見えない。
強いて特徴を上げるならフードから漏れる金髪と、声と身体付きからするに若い女だという事だけだろう。
それだけでは情報不足だが、これ以上泳がせておく訳にはいかない光景が視界に映った。
「早く来ないかな〜」
口角を釣り上げながら、女は手の平でモンスターボールを持ち上げる。
それは特殊な形状をしたモンスターボールで、ウルトラビーストの捕獲用にエーテル財団が開発したモンスターボール───ウルトラボールだった。
「───思い通りにはさせないぞ。ロトム、フラッシュ!」
クルクルとその場で踊るように回る女がクリスに背中を向けた瞬間、彼はそう言いながら懐に隠していたふといほねを投げ付ける。
ふといほねは弧を描くように旋回し、見事に女が持っていたボールを弾いた。
更に骨の先端に繋がっていたモンスターボールからロトムが飛び出す。
「うぇ?!」
「ロトトッ」
小さなプラズマの身体を震わせながら、ロトムはその身体から眩い光を漏らした。
「───ひゃっ、嘘?! な、何?! 誰〜?!」
突然の閃光に目を焼かれ、女は痛みの走る肉眼を抑えながら悲鳴をあげる。
その隙に彼女の後ろまで回り込んだクリスは、女の手首を捻って手錠を掛けた。
「国際警察だ。R団だな、逮捕する」
冷徹な声でそう言うと、クリスは女の顔を確かめる為に身体を振り向かせようとする。
しかし、女は突然身体を捻ってクリスから強引に離れた。
手錠の片側はクリス本人に付いているため逃げる事は出来ずにその場で転ぶ。
クリスは女を見下ろしながら、低い声で「無駄だ。逃さない」と言って手錠を持ち上げた。
「ちょ、何も〜っ。どうしてここが分かったの?!」
顔を地面に向けたまま、女はゆっくりとそう呟く。
ウルトラホールに帰ろうとするマッシブーンを追いかけて来たのならともかく、クリスはマッシブーンよりも早く先回りしてこの場所にやってきた。
どうしてここにR団である彼女がいる事が分かったのか、その答えは単純である。
「ゲンガーにウルトラホールの場所を探させておいたんだ。影の中に入れるポケモンで有名だけど、影の中でのゲンガーの移動速度は結構早いんだよ。……だから、しらみつぶしに探させた」
「それでも……この街結構広い筈なんだけどな〜」
時間を稼ごうとしているのか、元々そのような喋り方なのか、女はゆっくりとそう返事をした。
いくらゲンガーが俊敏でも、この広い街の裏路地の一角をピンポイントで探し当てるなんて事は難しい。
それは賭けにも近い確率である。
「だから、探させる所を絞った。……出来るだけ人目の届かない裏路地かつ、建物が
「なんで……」
「簡単だよ。君達の目的がウルトラビーストの捕獲なら、ある程度暴れさせて疲れて帰ってきたマッシブーンをウルトラホールで待っているのが一番都合が良い。だから、君達はウルトラホールから現れたウルトラビーストを一旦ウルトラホールから遠くに誘導する筈だ。マッシブーンが暴れて建物が崩壊したりしたら、帰ってくるウルトラホールが塞がれてしまってウルトラビーストの行動を予測出来なくなる。君達は裏路地で静かに事を済ませたいだろうからね」
そう長々と語ったクリスは、突然振り向いて「シャドーボール」と短く呟いた。
ロトムがクリスの背後にシャドーボールを放つ。放たれた黒い球体は銀色のエネルギー波と衝突して爆発した。
「……ラスターカノンか」
それはクリスのニダンギルが使える技と同じ攻撃である。はがねタイプの高威力の遠距離技だ。
爆煙の中から現れる一匹のポケモン。
鉄球状の身体の中心に瞳を持ち、頭上にはボルト、体の左右には磁石を持っている。
ラスターカノンのタイプと一致するはがねタイプに、でんきタイプを合わせ持つじしゃくポケモン───コイルだ。
それが三匹。このコイルだが、三匹で集まっている場合レアコイルと呼ばれる一匹のポケモンとなる性質がある。
「君のポケモンか」
「あたり〜。悪いけど、捕まる訳にはいかないよ〜ん」
女の言葉に舌打ちをしながら、クリスはポケットに手を突っ込んだ。
抑えればポケモンは出てこないと思っていたが、先にボールから出していたらしい。世の中上手くいかない。
「ちょうおんぱで動きを止めちゃって〜!」
「ロトム!」
レアコイルは自身の身体を揺らして非常に不快な音を立てる。それに対してクリスはポケットに突っ込んだ手を持ち上げながら叫んだ。
同時にちょうおんぱがクリスを襲い、彼は耳を抑える。
ポケモンが聞けばこんらんしてしまう事もある厄介な攻撃だ。これで警察の動きもポケモンの動きも止まる───そう、女は思っていただろう。
「よーし、やり〜。レアコイルちゃん、この手錠をラスターカノンで破壊し───」
「ロトム、シャドーボール」
しかし、突然ロトムはレアコイルの背後に現れシャドーボールを繰り出した。
突然の死角から攻撃に反応出来る訳もなく、レアコイルは建物の壁に叩き付けられる。
「───ちょ、なんで?!」
「プラズマポケモン。ロトムの分類だ」
身体がプラズマで出来ているロトムは電子機器等の電流に混じって移動する事が出来る。
ロトムはちょうおんぱが放たれた時にクリスがポケットから取り出したポケギアに入り込んで、更に近くの電線へと移動してレアコイルの背後から攻撃したのだ。
「……っ、ぬぬ〜。でんじは!」
「無駄だ」
レアコイルはクリスに向けて電流を放つ。しかし、その間にロトムが入り込んでその電流を受け止めた。
でんじはは相手を麻痺状態にする強力な技だが、じめんタイプやでんきタイプのポケモンには効果がないという弱点がある。
クリスを狙ったのは正解だが、それを易々と許す程クリスもその相棒のロトムも甘くはなかった。
「10まんボルト!」
「シャドーボール」
必死の抵抗か、四回目の指示で放たれるでんきタイプの主流な技。
シャドーボールで反撃するがクリスの思っていた以上に威力が高く、シャドーボールは押し負けて10まんボルトはロトムに直撃する。
しかし、いかな10まんボルトといえどでんきタイプであるロトムには効果は薄い。
それにこれでレアコイルの技は四つ目。
ポケモンは四つ以上の技を覚える事が出来ない。
それを全て見る事が出来た情報アドバンテージは、今のクリスにとって大きかった。
「マッシブーンの捕獲はやらせない」
「こんの……っ。まだ───うわぁ?!」
声を上げて驚く女の視線の先で、ゆっくりと一匹のポケモンが現れる。
赤く筋肉質な身体。
ウルトラビースト。マッシブーン。
「……来ちゃった。この、離してよ〜。マッシブーンのウルトラゲットしたいのに〜!」
「させないって言ってるんだよ」
暴れまわる女を抑えつけながら、クリスはマッシブーンに視線を向けた。
「……シルヴィ達を信じるなら、お前はもう満足なんだよね。だから、R団に捕まる前に元の世界に帰るんだ」
さっきまで街を破壊し、暴れていた化け物。
しかし、彼女や島キングを信じるなら。
「さぁ、行け」
これで正しい筈。
ウルトラビーストがポケモンであるなら。
剣盾発売までに一章が終わるかどうかすら怪しい気がしてきました。地道にやっていこうと思います。