今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ   作:皇我リキ

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VSマッシブーン④

 空間の歪み。

 この世界と別の世界を繋ぐ、ウルトラホール。

 

 

 その───別の世界からの来訪者は、ゆっくりと空間の歪みへと足を運ぶ。

 暴れまわっていたのが嘘かのようだ。そんな姿を見ながら、クリスは女を抑えつける力を強める。

 

 お前達の思い通りにはさせない。

 

 

「さぁ、行け」

 マッシブーンが別の世界に帰りさえすれば、少なくともR団の目的の一部を邪魔する事が出来る筈だ。

 だから今は余計な事はしない。レアコイルにだけ注意をしていれば問題はないだろう。

 

 

 

「マブシ」

 マッシブーンがウルトラホールに向かって手を伸ばした───その時だった。

 

 

「───だいばくはつ」

 女は小さな声で、クリスが想像もしていなかった言葉を漏らす。

 

 

 

 だいばくはつ。

 ポケモンの技の一種だが、今この場所にだいばくはつを使えるポケモンはいない筈。

 

 レアコイルはだいばくはつを覚える事が出来るが、ポケモンは四つ以上の技を覚える事が出来ないのだ。

 

 

 

 しかし、次の瞬間視界を光が包み込む。

 

 爆炎。

 あまりにも強い衝撃が起こり、クリスは何がなんだか分からないままに意識を手放した。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 色はない。

 白と黒だけの世界でクリスは目を開く。

 

 

「ここは……。僕は、いったい……」

 直前の事が思い出せない。

 

 ただ、どこか不思議と懐かしい感覚だった。

 

 

 のどかな町の風景。一際目立つのは、町の端に位置する一軒の建物。

 静かな時間の流れる町。そんな町の端にあるその建物だけが、まるで都会のビルのように天高く連なっている。

 

 その場所をクリスは知っていた。

 

 

 

 忘れる訳がない。

 

 

 

 だから、吐きそうになる。

 

 

「なんで……ここに」

 瞳を揺らしながら、彼は一度顔を抑えてから視線を上げた。声が聞こえる。

 

 

「───やめて!!」

 小さな男の子の声だ。

 

 

「───ラを虐───で!!」

 上手く聞き取れない。しかし、目にはしっかりと映る。

 

 

 大きなふといほねを持ったポケモンの前で、小さな男の子が泣いていた。

 そのポケモンの前には黒い服を着た大人が何人も立っている。

 

 大人達はポケモンに手を上げて、その身体を傷付けていった。

 

 

「───辞めろ」

 声は届かない。分かっている。

 

 

「───辞めろ……っ!」

 手を伸ばしたって、届かない。手を伸ばすべきなのはここにいる自分じゃないからだ。

 

 

 ポケモンは力なく倒れて、持っていたふといほねが男の子の目の前に転がってくる。

 その骨は赤く塗られていて。そうして、視界も何もかもが赤くなって───

 

 

 

 

「辞め───」

 視界が反転した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「───めろぉ……っ?! ハッ……はぁ……はぁ? ここは?」

 暗転。

 

 

 視界に色が戻る。今の光景がなんだったのか、それを理解する前に彼の目に入ったのは赤だった。

 再び吐きそうになる口元を押さえて、しかしクリスは顔を持ち上げる。

 

 その赤は血の色ではない。

 

 

 逞しい筋肉質な赤色。

 持ち上げた視線の先にあったのは、マッシブーンの顔だった。

 

 

「な……」

 そこで、今の自分の状態を思い返す。

 女を拘束してマッシブーンがウルトラホールの先に戻るのを待っていたその時に、突然周囲を吹き飛ばす程の爆発が起きたのだ。

 

 それに巻き込まれて、自分は───

 

 

 視線を上げたその先。マッシブーンの身体は少し暗い。

 それ以前に視界が暗く、まるで大きな影の中に居るようにも感じる。

 

 確かに今は夜だったがまるで月の光も感じない。それもその筈で、彼は今瓦礫の下に居るのだった。

 

 

 崩れてきた建物の瓦礫を、マッシブーンが支えているのが見える。

 

 

 建物の崩壊に巻き込まれる所だったのをマッシブーンに助けられた。

 その事実を頭では理解出来ても、何処かで納得がいかない。

 

 今さっきまで街で好き放題暴れていて、あまつさえシルヴィを傷付けたウルトラビーストが───何故? 

 

 

 

 ──遊びたいんだよね。ここが何処だか分からなくても、きっと貴方はそんな事気にしないくらい強いから。自慢の身体を見てほしいんだよね──

 思い出すのはシルヴィのそんな言葉。

 

 本当に彼女の言う通り。ウルトラビーストはこの世界でなくても、自然に他の世界で生きるポケモン(生き物)なのだろう。

 

 

「……助けて、くれたのか?」

「……マブシ」

 それを、やっと本当の意味で理解出来た。

 

 

「マブシァ!!」

 勢いだけで瓦礫を吹き飛ばして、当たり前のようにポーズをとるマッシブーン。

 砂埃に目を細めながらも、クリスはそんなマッシブーンを横目に辺りを確認する。

 

 

 アレからそんなに時間は経っていないようだ。R団と思わしき女の姿は見当たらない。逃げられたのだろう。

 街全体に避難警報が出ていた為に周りに人は居ない。野生のポケモンが何匹か視界に入るが、レアコイルは見当たらなかった。

 

 

「マッシブーンを捕まえる邪魔を出来ただけでも良しとするか……」

 脱力してその場に座り込み、クリスは空を見上げながら小さく呟く。我ながら情けない。

 

 

「マブ……?」

 そんなクリスの顔を覗き込みながら、マッシブーンは首を横に傾けた。

 

 

「……まさか、心配してるのかな? そんなまさか───いや、ありがとう」

 短くそう言って、クリスは頭を掻きながら立ち上がる。

 

 

 まだ仕事は終わっていない。

 

 

「僕はお前の事をよく分からない化け物だと思っていたけど、違うんだね。君は───君も、ここではない何処かの世界で生きているポケモンなんだ」

 少し痛む身体を持ち上げて、クリスは空間の歪みの前に立った。

 

 

「君の世界はこの先だ。まったく、後始末する人の気持ちにもなって欲しいけどね」

 困ったような口調でそういうが「伝わってないか」と苦笑する。

 目の前のマッシブーンは挨拶の代わりとでも言うかのように筋肉を見せつけてきた。やはり意味は分からない。

 

 

 クリスが苦笑いを見せている内に、マッシブーンは空間の歪みに足を進める。

 まるで吸い込まれるようにその姿が消えたかと思えば、ウルトラホールもまた役目を終えたといわんばかりに少しずつ消滅した。

 

 それを見届けて、クリスは溜息を吐く。

 

 

 

「……一件落着───とは、言えないか」

 街の被害もそうだが、結局R団を取り逃がしてしまった。

 

 R団の目的はなんなのか。ウルトラビーストを捕まえて、その先にあるのは? 

 

 

 

「R団……」

 拳を強く握りながら、ふと今さっき見た(・・)物を思い出す。

 

 

「さっきのは……一体」

 夢というには少し現実的で、しかしどうもおかしな光景。まるでそこにあったかのような。

 ウルトラホールの影響か。いや、考えるのはもう疲れた。

 

 

「……シルヴィが心配だし。病院かポケモンセンターかな」

 ポケギアを取り出して地図を確認する。ここの場所はちゃんと覚えておいて、調査は現地の警察に任せる事にした。

 

 

「……コケェ」

 月が照らす街は、前の喧騒が嘘だったかのように静かに時間が流れていく。

 カプはそんな静かな街を見下ろして、決意めいた表情で瞳を閉じた。街に夜の光が差していく。

 

 

 

「……作戦失敗。怒られちゃうかな〜。……でも、良いもの見ちゃった」

 フードを外し、金色の髪を靡かせる一人の女性は不敵に笑い───

 

 

「───君も見たのかな」

 ───瞳から涙を流していた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 知らない天井。

 真っ白な壁に手を伸ばすと、白に突然赤色が塗られて身体が勝手に痙攣する。

 

 

 ただ、その赤が空の色だと気が付いてシルヴィは伸ばした手を一度下ろした。

 

 窓の外を見てみると、空は真っ赤に燃えている。

 

 

「朝焼け……?」

「夕焼けだよ」

 ポツンと漏れた言葉に帰ってきた返事は、カーテンを開けたクリスからの物だった。

 

 

「クリス君……? ここは……」

「病院。ほぼ一日寝てたわけだけど、倒れる前の事は覚えてる?」

 そんなクリスの言葉にシルヴィは一旦俯いてから、ハッと顔を上げて「マッシブーン」と小声を漏らす。

 

「マッシブーンは?」

「自分の心配をしなよ……」

 呆れながら溜息を吐くクリスだが「君らしいか」と半ばあきれた口調で視線を窓の外に逸らした。

 

 

「ちゃんと元の世界に帰ったよ。R団が居たけど、手は出させなかった」

 クリスがそう言うと、シルヴィは満面の笑みで「よかったぁ……」と呟く。

 何よりも嬉しそうな彼女の表情に、クリスも自然と笑みがこぼれた。

 

 

「マッシブーンを守ってくれてありがとう、クリス君」

「いや、僕は何も出来なかったよ。……それよりも、僕がマッシブーンに助けられたしね」

 そう言ってから、クリスは崩れた建物の下敷きになりそうな自分をマッシブーンが助けてくれた事を話す。

 シルヴィはそれを聞いて「マッシブーン凄い!」と目を輝かせた。

 

 

「……僕は、ウルトラビーストを勘違いしていたのかもね」

「クリス君……?」

「アイツは、君の言う通りポケモンだったよ」

 そんなクリスの言葉にシルヴィは首を横に傾ける。

 

 意味が伝わってないあたりも、彼女らしい。

 

 

 

「そんな事より、君は自分の心配をしてくれ。君を心配してる奴も居るんだから」

「ふぇ?」

 ポカーンと口を開けて固まるシルヴィに分からせる為に、クリスは窓側を見ている彼女の背後を指差した。

 

 

「マネネ……フライゴン」

 クリスの指差す先に視線を向けると、二匹のポケモンが彼女に顔を向けて寝ている姿が見える。

 二匹共自分のポケモンではないのだが、フライゴンはともかくマネネまでここに居ることに彼女は驚いた。

 

 

「どうしてあなたが……」

「君の事をとても心配してた。あの時からずっと君の事が気になってたんだろうね」

 二人が話しているうちに、マネネはゆっくりとその瞼を開く。

 そうしてシルヴィが起きている事を確認すると、マネネは───彼女に頭突きした。

 

「マネェ!」

「あだぁ?!」

「えぇ……」

 苦笑いするクリスの前で、マネネは彼女の上に立って心配そうな表情を見せる。今の頭突きはなに、とシルヴィは泣きながら頭を抑えた。

 

 

「マネネ」

「し、心配してくれてたのかな……。あはは、ありがとう」

 そう言ってシルヴィがマネネの頭を撫でると、マネネは嬉しそうに目を細める。

 

 イリマが町の厄介ないたずらっ子と呼んでいたポケモンが、今はこうしてシルヴィに懐いているのだからクリスは驚いた。

 しかし、このマネネもマッシブーンも同じなのだろう。ポケモンと心を通わせる何かが、彼女にはあるように思えた。

 

 

 今細目を開けて起きたフライゴンしかり、マネネやマッシブーンに対しても彼女は真っ先に相手の事を考えて動く事が出来る。

 だから今こうしてマネネは彼女とじゃれあっているし、フライゴンはそれをジト目で見ているのだから。羨ましいのだ。

 

 

 マッシブーンが無事に帰れたのだって───

 

 

 

「うーん、でもマネネはこんな所に居ていいの……? 仲間とか居ないの?」

「マネ?」

「ゲットしちゃえば良いんじゃないかな」

 そんなクリスの言葉に、シルヴィだけじゃなくてフライゴンも目を見開く。

 

 フライゴンは直ぐに視線を逸らしたが、シルヴィは「そうしたい!」と脇に置いてあった鞄からモンスターボールを取り出した。

 

 

 

「ねぇ、マネネ。私と一緒に来ない?」

「マネ!」

 シルヴィが言いながらモンスターボールをマネネに向けると、マネネは間も置かずにボールに触れる。

 すると赤い光がマネネを包み込んで、その身体は小さくボールの中に収まった。

 

 ボールに入れてしまえばポケットに入ってしまう。ポケットモンスター。縮めてポケモン。

 

 

「マネネ、ゲットだぜー。なーんて?」

 白い歯を見せながらマネネの入ったボールをクリスやフライゴンに見せ付けるシルヴィ。

 年相応のそんな表情にクリスも釣られて笑い、フライゴンはそっぽを向いた。

 

 

「皆出ておいで!」

 そうしてシルヴィは鞄の中のボールを取り出して合計四つのボールを投げる。

 

 

 クチート、デデンネ、アシマリ、そして新しい仲間のマネネ。

 賑やかな病室でデデンネが白眼を向いてマネネを見ていたり、そんなデデンネをクチートが口で挟んだり。

 アシマリに悪戯をするマネネをシルヴィが叱って、病室で騒ぐシルヴィ達は病院の看護師にとても怒られた。

 

 

 あんな事があった後だというのに。

 

 

 クリスは微笑ましそうに彼女達を見比べる。

 

 

 

 

 シルヴィだからこそ、なのかな。そんな事を思いながら沈んでいく太陽を見送るのだった。




次のお話で今節はやっと終わりです。何ヶ月掛かったんだ?!
剣盾楽しみですが不安もありますね。フライゴンは出ます。完全勝利。
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