今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ   作:皇我リキ

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いのちがけの攻防の後に

 静かな時間が流れる。

 

 

 メレメレ島───ハウオリシティの病棟。

 とある病室の前でクリスは腕を組んで瞳を閉じ、女性警官からの報告を聞いていた。

 

「───以上、報告を終えます」

 敬礼してそう言ってから振り向く警官に「ご苦労様です」と短く返事をして、病室を横目で眺める。

 

 

 シルヴィが寝ている病室を覗き込みながら、彼は溜息を吐いて頭を抑えた。

 

 

 

「避難が早かったし、怪我人は居るけど死者はなし。……だけど、ポケモンの不審な死体がまた一匹見つかった」

 報告を復唱しながら、クリスは今回の事件を再び考察する。

 

 

 マッシブーンが街に現れ暴れ出した今回の事件。

 黒幕はR団であったが、ウルトラビーストの捕獲以外の目的は一切不明だ。

 

 そして見つかった不審な死体。

 これがショッピングモールで見つかった死体と同様、痩せ細ってまるで命を吸い取られたかのような死体だったという。

 

 

 ポケモンの種類はイワンコで、調べた結果野生のポケモンではなく一般トレーナーのポケモンだったらしい。

 

 

 この事実はシルヴィには伏せておくべきだろう、とクリスは病室から視線を逸らした。

 

 

 

「報告ではマッシブーンはきゅうけつを使う事も出来るらしいけど、マッシブーンがあんな場所でトレーナーのイワンコにそんな事をする理由が分からない」

 イワンコが見つかったのはマッシブーンが出入りしたウルトラホールの発生していた場所のすぐ近くだったらしい。

 しかしイワンコの死因がマッシブーンからの攻撃だとは思えないし、状況がヤングースの件と似通っているだけに無視出来ない関係性があると見える。

 

「類似点はウルトラビーストの出現と、ウルトラホールの発生……R団───ウルトラホールの人工発生に関係がある? いや、根拠がないな。……これは一回アーカラ島の空間研究所に直接話しを聞きに行きたい案件だ。ヤングースと……イワンコのデータを送っておいてもらうか」

 一人ブツブツと推論を立てていくクリスの脇から、小さなゲンガーが顔を覗かせた。

 

 モクローやニダンギル、クリスのポケモン達はどれも申し訳なさそうな表情で彼の後ろに留まる。

 

 

「気付いてすらいないロト」

「───ん、ぁ、ロトム。ポケモンセンターの方に話をつけてくれてありがとう。喋れるのはやっぱり助かるね」

 ロトム図鑑の声でやっとポケモン達に気が付いたクリスは、申し訳なさそうな表情のポケモン達を見て「どうしたの……?」と表情を曇らせた。

 

 

 いつも何かしらポカを起こしても平然としているのんきな性格のゲンガーまでも反省している様子なので、どうも調子が狂う。

 

 

 

「……君達は全力を尽くしてくれた。ポケモンバトルが下手な僕が悪いし、あのだいばくはつを防げなかったのを気にしてるならお門違いだぞゲンガー。ロトムも僕も他にポケモンがいるなんて気がつかなかったんだから」

 レアコイル以外にポケモンがどこかに隠れていたのなら、あのR団がそこまで仕込んでいて一歩上手だったというだけだ。

 

 君達は悪くない、とクリスは全員の頭を撫でる。

 

 

 げんなりモードのポケモン達だったが、モクローが強く敬礼をしてからニダンギルもゲンガーも釣られて調子を取り戻した。

 

「ボクは大活躍だったロト」

「お調子者め……」

 半目でそう言うクリスだが、ロトム含め手持ちのポケモン全員に「これからもよろしくね」と小声を漏らしてから病室の扉を開ける。

 

 

 夕焼けが空を赤く染め始めた。医者は時期に眼を覚ますだろうと言っていたが、彼女は大丈夫だろうか。

 

 

 シルヴィの脇で眠るフライゴンとマネネを見て、クリスは「大丈夫、だろうね」と呟く。

 彼女とポケモン達なら。きっと。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 知らない天井だ。

 

 

 全く状態が理解出来ない事に周りをキョロキョロと見渡すと、自分のポケモン達が見えてリアは「ふぅ……」と安心する。

 

 ニャビーがヘルガーの腹を枕にして寝ている様は自分のポケモンながら可愛らしい。

 

 

 ふとヘルガーの姿を見て、リアは自分の状態を思い出した。

 

 

 

 確か変な毒男と戦って、デルビルがヘルガーに進化して。

 男を倒してからの記憶がない。確か倒れたと思うんだけど、どうしてこんなよく分からない場所にいるのか。

 

 多分、病院なんだけど。誰がここまで? 

 

 

 ポカーンと当時を思い出そうとするが、やはり何も思い出せない。それもそうだ、彼女は気絶している間に見知らぬ青年に助けられたのだから。

 

 

 

「起きましたかな」

 それからしばらくして、病室に大柄な初老の男が入っている。メレメレ島の島キング、ハラだ。

 

 

「げ、島キング」

「はっはっはっ、元気そうで何よりですぞ」

 苦笑いをするリアに、ハラは病院だというのに大声で笑って答える。

 

「ここ病院だろ……」

「おっと、これは失礼」

 自称悪党のリアに注意され、ハラは頭を掻きながら真剣に謝罪の言葉を漏らした。

 

 リアは溜め息を吐いて「どうなってんの?」と半目で質問を漏らす。

 

 

「……君はあの場所で戦いを終えた後、その場で倒れてしまっていたらしいですぞ。そして、たまたま通りかかった青年にこの病院まで連れてこられたという訳ですな」

「いや、私の事じゃなくて。街は大丈夫だったのかって話」

 リアの返答にハラは一度目を見開いてから、静かにこう口を開いた。

 

 

「……マッシブーンは無事、ウルトラホールに戻りましたぞ。しかし、ポケモンが一匹犠牲になった。ワシの……力不足ですな」

「……。……そっか。でも、アンタは自分の役目を果たしたと思う」

 視線を逸らしながらリアはそう言う。

 

 アイツはまた泣くのかな、なんて事を思って首を横に振った。

 

 

「ワシがそう出来たのも、君の助力があったからこそ。……だからこそ、君にはこれを託したい」

 そんなリアに近付いて、ハラは彼女の掌に小さな何かを握らせる。

 

 掌を開いてそこにあったのは、オレンジ色のクリスタルだった。

 

 

「Zクリスタル……? お、おい待て。私はまだアンタに勝ってない!」

 格闘Z。

 

 それは、ハラの大試練を突破した際に貰う筈だった物である。

 挑戦中に起きた今回の事件のせいで大試練は中止になって、まだ彼女は大試練を突破してはいなかった。

 

 

 それにあの大試練だって、あのまま続けていたら───

 

 

 

「大試練はポケモンバトルに勝つ事ではない。己を磨き、その腕をカプに認めてもらえるかどうか。その旨を我等島キングや島クイーンが代行しているに過ぎない」

 ハラはそう言いながらリアの頭を撫でて、さらにこう続ける。

 

「あの時、君がいてくれなかったらワシはマッシブーンの元に行けなかったでしょうな。そして君は、あの悪党を見事に撃退し……こうして無事に生きていてくれた」

 優しく微笑みかけながら、ハラはZクリスタルを持つリアの手を優しく握らせた。

 

 

「だから、これを受け取って欲しい。勿論バトルの再挑戦は受けて立ちますぞ。いつでもワシの家に突っかかってきなさい。……君は、彼に似てますからな」

 そう語ると、ハラは背中を向けて病室の扉を開ける。

 

 

「大試練突破おめでとう。次の島に向かうも良し、己を鍛え上げるもよし。島巡りは……そういうものですぞ」

 言い終わるとハラは病室の扉をゆっくりと閉じた。

 

 

 また静かな時間が流れて、リアは受け取ったZクリスタルを一度見てから強く握りしめる。

 

 

「私はあの時……あのまま戦って勝てたかな」

 あの戦いで、リアはハリテヤマをデルビルのオーバーヒートで倒そうとしていた。

 

 その後の毒男との戦いで、デルビルがヘルガーに進化して放ったオーバーヒートは確かに最高の技だっただろう。

 だけど、島キングとの戦いの時は───

 

 

 

「グァゥ……?」

 手を覚ましたヘルガーが見たのは、俯いて震えていたリアの姿だった。

 

 そんなリアにヘルガーは自らの鼻先を擦り付ける。

 

 

「ヘルガー……?」

「ガゥ」

 短く、小さくなくヘルガー。

 

 身体は大きくなったが、中味は変わっていない。

 そんな事を頷けるように、ヘルガーは長くなった尻尾を大きく振った。

 

 

「……強くなろうな」

 ニッと笑ってリアはそんなヘルガーの頭を撫でる。

 

 

 気持ち良さげに鳴くヘルガーと笑いかけるリアを横目で見ながら、ニャビーは欠伸をしてもう一度眼を閉じるのであった。

 

 小さく頷くニャビー瞳の中に映っているのはきっと───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 唖然とした表情で街を歩く。

 

 

「す、凄いね……」

 退院したシルヴィはすっかり元気に、ハウオリシティを散策していた。

 クリーニング屋さんでボロボロになった服を受け取って着替えた彼女は、新しく捕まえたマネネと共にゆっくりと周りを見渡しながら歩く。

 

 街の被害は彼女が思っていたよりも大きかったが、既に復興が進んでおり休業していた街の店も営業を再開している店舗が多かった。

 

 

 

「ポケモンの力を借りてるから復興も早いんだろうね。……それよりも、シルヴィの回復力の方が凄い気がするけど。君はポケモンなのか」

「えへへー」

「褒めてないからね」

 ジト目でそう言うと、シルヴィは「え?」と首を横に傾ける。どうやら意味も理解していないらしい。

 

 

「でも、犠牲者が出なくて良かった……。今回はポケモンも誰も……死んでないんだよね?」

 しかし突然小さくそう言葉を漏らすシルヴィに、クリスは息を飲み込んでから「……そうだね」と返した。

 

 嘘だとしても、知らなくて良い事もある。

 特に彼女の場合は。

 

 

「そんな事より、君が元気になって良かったよ。島巡りで大切な大試練も待ってるし───」

 シルヴィが入院してから三日しか経っていないのだが、そんな彼女はソフトクリーム屋さんを見つけて飛び跳ねて行く程に元気になっている。

 

「聞いてすらいない……」

 苦笑いを漏らすクリスだが、彼女が元気になった事はいい事なので不満は言わずに「何が欲しいの? 買ってあげるよ」と財布を取り出した。

 

 

「良いの?」

「勿論。今回の件、君には沢山助けられ───」

「それじゃー、コレとコレと、それからコレと、あとコレとコレとコレ下さい!!」

 クリスの言葉を遮って、シルヴィは店に並ぶソフトクリームの味を片っ端から指差していく。

 

 どれどけ食べる気だとクリスは唖然と口を開いた。

 

 

「病み上がりとは思えないロト」

 ロトム図鑑の画面にジト目が映る。

 

 

「そ、それ全部食べたら流石にお腹壊す気がするけど……」

「流石に全部は食べないよ?! 私をなんだと思ってるの?!」

 しかし、シルヴィは予想外にもそんな反応を見せた。つまり、どういう事だろうか。

 

 

「それじゃ……なんで?」

「皆で食べたいから……。皆で食べた方が美味しいでしょ? クリス君も、ポケモン達と食べよ! 勿論フライゴンも!」

 突然モンスターボールを投げてポケモン達を外に出し「ソフトクリームだよー!」と目を輝かせるシルヴィ。

 

 呆気にとられていたクリスだが、彼女らしいなと苦笑して自分もモンスターボールを取り出す。

 

 

 元々肩の上に乗っていたゲンガーと、ロトム図鑑として浮遊していたロトム。

 ニダンギルとモクローも合わせて四匹。自分も合わせて五個も味を選ばなければならない。

 

 

「ニダンギルは性格上しぶい味の方が良いかな。さて、ガラガラはどうす───」

 そうして何となく口から溢れた言葉に、クリスは自分で固まってしまった。

 そんなクリスをゲンガーが心配しうに覗き込む。

 

 

「あ、こらデデンネ。ミント味は私が……って、クリス君? どうかしたの?」

「───ぇ、あ……いや。なんでもないよ! モクロー、君はどの味が好きなんだ?」

 珍しく焦った様子のクリスにシルヴィは首を横に傾けるが、目をそらす彼を不思議に思いながらもデデンネにソフトクリームを奪われて意識を持っていかれた。

 

「こんな風にポケモンとはしゃぐの……久し振りかもね」

 そんなシルヴィを横目で見ながら、クリスは小さく呟く。

 

 

 いつかの事を思い出して、彼は首を横に振った。一度だけ自分の顔を強く叩く。

 

 

「全部代金払います。いくらですか?」

「五千五百円になります」

「たっか」

 十一個のソフトクリームの値段を払うクリスは表情を痙攣らせながらも、はしゃぐポケモン達やシルヴィを見て微笑むのであった。

 

 

 

「たまにこういうのも良いよね」

 そう言って、ソフトクリームを口にする。

 

 

「……ソフトクリームが辛いってのも、面白いな。美味しいけど」

 たまには、じゃなくて。これが当たり前だったなら───

 

 

 

「でも、やっぱり合わないかな」

 ───そんな妄想の中に、一匹のポケモンの影があった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 鼻歌交じりに一人の女が森を歩く。

 

 

「カプ・コケコ〜、島の守り神カプ・コケコ〜。あなたの心をゲットだぜ〜」

 目を瞑ったまま歩く女は、突然人差し指を後ろに向けて「バ〜ン」と白い歯を見せた。

 

「ゲット出来てねーじゃねーか……。溶かすぞ」

「まーまー、そんな事もあるだろ」

 二人の男が後ろでそう返事をして、女は「ライル君の言う通り」とその場でクルクル回る。

 

 

「そんな事もあるよ〜。大丈夫。データは取れたし、ウツロイドだけでも充分。私達の計画には何にも問題な〜し。だって私達の目的はウルトラビーストじゃなくて───」

 不敵に笑う女はそう言って、彼女の前に居るもう一人の人物と目を合わせた。

 

 

 その人物───銀色の長髪を伸ばし、森に差し込む光を反射する眼鏡を掛けた長身の女性が口角を釣り上げる。

 

 

「ね、リーダー」

「そう。我々の目的は───」

 雲が指して、森は闇に包まれた。

 

 

 光の届かないその場所で、女性は小さく口を漏らす。

 

 

 

「───ネクロズマ」

 雲が晴れ、森に光が射した。

 

 

 

 

 事の終わりに遺跡に戻るカプ・コケコ。森は静かに光を浴びて、今日も木々が靡く。

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