少女は知識をたくわえる
風を切る。
つばめがえしはひこうタイプが得意とする、身を反転させて神速で放つ攻撃だ。
避けるのは困難。ならばと、迎え撃つトレーナーは受け止める方向に指示を出す。
「マネネ、リフレクター!」
「マネ!」
トレーナーであるシルヴィの指示で、マネネは前方に手を向け念力で空気の壁を作り出した。
「ニダンギル、側面だ!」
一方で正面から斬りかかろうとするニダンギルにそう指示を出すもう一人のトレーナー。
クリスの指示で、ニダンギルは二つの剣に別れてマネネの左右を挟み込む。
「マネ?!」
「───つばめがえし!」
「マネネ……っ!」
「マネネ、戦闘不能。よって勝者、クリスロト!」
審判をしていたロトム図鑑が手を上げてそう仕切る。
マネネに駆け寄ってその小さな身体を抱くシルヴィ。そんな彼女の肩を叩いて、クリスは「お疲れ様」と健闘を讃えた。
「攻撃が全部正面から来るとは限らない。そこはトレーナーの判断と指示が大切だよ」
「うぅ……そうだよね。ごめんね、マネネ」
「マネぇ……」
俯くシルヴィだが、こんな事でへこたれている場合ではない。
「とりあえずポケモンセンターで回復させよう。ほら、島キングに勝つんでしょ?」
「う……。そ、そうだった……」
そもそも、なぜ二人がポケモンバトルをしていたのか。
その理由は数日前に遡る。
☆ ☆ ☆
「───アーカラ島に?」
ソフトクリームを頬っぺたに付けたまま、シルヴィは目を丸くしてそう呟いた。
「付いてるよ……」
ハンカチを取り出してそう言ったクリスは、一度咳払いをしてからこう続ける。
「メレメレ島で起きた二つの事件。両方共ウルトラホールが発生していたし、色々と共通点も多い。これが一体何を意味しているのか、アーカラ島にある空間研究所って場所に調査を依頼したんだ」
クリスの話は、近い内にアーカラ島に向かうという趣旨の話だった。
ポケモンの死体の件を伏せているのが気まずくてクリスは少し目を逸らすが、シルヴィは「なるほど……」と素直に頷く。
「それ……私も着いて行った方が良いよね?」
「無理強いはしないよ。元々僕達が一緒にいる意味もそんなにないしね。……確かに君はR団のボスの娘かもしれない。でも、君は間違いなくR団じゃないよ」
そう言ってクリスは視線を上げ、何処か遠くを見るように目を瞑った。
「でも、私も……R団は放っておけないよ」
しかし、予想外の返事にクリスは開いた目を丸くする。
「シルヴィ……」
「お父さんや、その仲間の人達が酷い事してるなら……私も止めたい。その為に島巡りをしようって思ったんだもん。クリス君と一緒に居たい。……ダメ、かな?」
上目遣いでそう言うシルヴィに、クリスは少し顔を赤くしながら視線を逸らした。どうもこういう展開は苦手である。
「……ありがとう。正直、君の協力は欲しい。仮にも今回の事件、君に悪気がなくても全く無関係という確証はないからね」
そんなクリスの言葉にシルヴィは首を横に傾けた。多分意味は通じてないが、彼女にはそれよりも大切な事がある。
「それよりも、僕に着いてくるって事はアーカラ島に行く事になる。メレメレ島の試練は突破して後は大試練だけなんどけど……シルヴィは良いの?」
「うわぁぁぁ?! そうだった!!」
大切な事を思い出して、シルヴィは大声を上げて頭を抱えた。流石に大袈裟である。
「ど、どうしよう……どうしよう……」
「あはは。勿論待つよ。そもそもデータを送って結果が出るまで一週間以上掛かるって言われてるからね。急ぐ必要もないし、こう立て続けで事件の起きてるメレメレ島から不用意に離れるのも良くない」
後半言っている事は良く分からなかったが、クリスが待ってくれるという事だけは理解出来たのでシルヴィは泣きながら「ありがとぅぅ」とクリスに抱きついた。
そんな彼女を突き放す訳にも行かず、どうしようかと表情を曇らせていたクリスは思い出したようにこう続ける。
「まぁ、あの島キングに勝たないといけないんだけどね」
「……ぁ」
クリスのそんな言葉を聞いて、シルヴィはまるで石になったように固まってしまった。
思い出すのはマッシブーンとの戦いで放ったZ技と、それを放ったハリテヤマ。
大試練の内容は島キングとのゼンリョクのバトルで勝利する事。しかしシルヴィには、彼に勝てるビジョンがまるで浮かばない。
「あの子、えーと……リアちゃんだっけ? 彼女は大試練を突破したって聞いたよ。君も負けてられないね」
石になっているシルヴィをからかうようにクリスがそう言うと、彼女は突然小刻みにプルプルと震えだす。
怒らせてしまったのかと若干慌てるクリスだが、次の瞬間シルヴィが両手を挙げたので驚いてこっちが固まってしまった。
「特訓だーーー!」
自分のポケモン達の方を向いてそう叫ぶシルヴィ。唖然としていたクリスだが、そんな彼女らしい発言に自然と笑みが零れる。
「私も、島キングに勝つ!」
「その意気だ」
こうしてシルヴィのポケモンバトル特訓が始まったのが、つい数日前の事。
朝昼晩と実践が三回。休憩時間はクリスによるバトル指南で、バトルの基本を頭に叩き込んだ。
もっともクリスもポケモンバトルは得意という訳ではない。しかしそれでも彼女が持っている知識よりは遥かに多くの物を持っている。
「勉強……嫌だ」
そして彼女は真っ白になっていた。
「はい、復唱して。みずはほのおに強いです。ほのおはくさに強いです。くさはみずに強いです。タイプです、相性です」
「みずはほのおに強いです。ほのおはくさに強いです。くさはくさに強いです。タイプです、相性です」
「草に草を生やさない」
ジト目で腕を組むクリスだが、目の前のシルヴィが頭から煙を出しているのが見えて唖然として頭を掻く。
「休憩する?」
「……うん」
そしてそのまま机に倒れこむシルヴィ。
ポケモンセンターの宿で勉強に励んでいたシルヴィだが、どうもこと勉強に関しては苦手なようだった。
よくよく考えれば、ずっと外の世界を知らないで生きてきたのだから当然だとも言える。
しかし、それを理由に甘えさせる訳にもいかない。相手はあの島キングなのだから。
「正直、君のバトルセンスはかなり高いと思う」
「えへへー」
「でも知識がなさ過ぎる」
「うへー」
クリスとシルヴィの初めてのバトルで、彼女はアシマリの特性を生かしてタイプ相性の悪いモクローをあと少しという所まで追い詰めた。
奇抜な発想と機転。それはポケモンバトルを有利に進めるにはもってこいの物である。
しかし、ポケモンバトルでもっとも大切なのは気合でも根性でもない。知識だ。
知識がなければ相手の弱点も、こちらの弱点も分からない。相手のポケモンの特徴を知らなければ、虚をつかれて負けるのは自分である。
「少し嫌な質問をしていいかな?」
「え、あ……うん」
唐突なクリスの言葉にシルヴィは机に突っ伏したまま目を丸くして返事をした。ありがとう、と伝えたクリスはこう続ける。
「君はサカキ───R団のボスの娘として生まれた。サカキのカリスマ性はジョウトの事件で良く知ってる。だからこそ不思議に思う事があるんだ」
「不思議?」
「うん。本来なら君とお兄さん───サカキの息子と娘は次期首領候補として育てられる筈。だけど、全くその様子はない。……どうして?」
サカキの息子。ジョウト地方でR団残党が事件を起こしたのと同時期に、ウツギ研究所からポケモンを盗んだ人物といえば国際警察では少し有名な人物だ。
しかし彼もまた現在所在不明。R団が彼等を次期首領として扱っているのか、クリスとしては疑問に思う所がある。
「私は多分……出来損ないだから」
「出来損ない……?」
シルヴィの答えに、クリスは表情を曇らせた。
「……R団の、かんぶ? の人達は、確かに私に優しくしてくれた。でも、私の目の前で沢山ポケモンを傷付けて……私が辞めてって言ってもその人達はポケモンは道具だって、そういう物だって」
声が震える。当時を思い出すシルヴィの表情はとても良いものではなかった。
「……ごめん」
しかし、だからこそ今の彼女がある。
「だから、R団の人達はちゃんと私を……その、じきしゅりょう? として育ててくれてたと思うよ。私はダメダメだったみたいだけど……あはは」
「それで良いんだよ。……それが、正しい」
やはりR団は許せない。クリスは今一度その考えを心に刻んだ。
「ありがとう……」
「まぁ、それでも教養はダメダメだけどね」
「クリス君が酷い」
「島キングに勝つんだろう?」
「ぬぬぬ……」
唸ってはいるが、シルヴィも成長していない訳ではない。ここ数日でそこそこの知識は覚えたし、正直決められた相手───ハラと戦うだけなら知識は今あるもので充分である。
「タイプ相性は確かに大事だけど、どうして特訓するのはマネネなの? ハラさんのハリテヤマと相性がいいのはひこうタイプ、エスパータイプ、フェアリータイプなんだよね? クチートもデデンネもフェアリータイプなのに」
「タイプ相性っていうのは、相手の攻撃に対する物だけじゃない。そして、二つのタイプを持っているポケモンはタイプ相性が重複するんだよ」
シルヴィの質問にクリスがそう答えるが、当のシルヴィはまた眼を白くして固まってしまった。
「例えば、クチートはフェアリータイプの他にはがねタイプも持ってるよね。はがねにかくとうの相性は?」
「こうかばつぐん! ダメージは二倍!」
自信満々に答えるシルヴィの言葉にクリスは「正解だ」と漏らしてからこう続ける。
「だけどフェアリータイプにはかくとうタイプの攻撃はこうかいまひとつ。ダメージは半分。その場合、二つのタイプへの相性を掛けた効果が適応される。……シルヴィ、二倍の半分は?」
「えーと……一倍?」
「そう。つまり、クチートにはかくとうタイプの攻撃が等倍で入ってしまう。そしてデデンネには半分。それじゃ、マネネは何タイプだったかな?」
そんなクリスの質問に、シルヴィは両手の人差し指で頭を抑えながら「うーん」と唸った。まるでエスパータイプのZ技のポーズである。
「……エスパーと、フェアリー?」
「正解。そしてエスパータイプはかくとうタイプに強いし、フェアリータイプもかくとうタイプに強い。つまりエスパー、フェアリータイプのマネネにはかくとうタイプの技は半減の半減───四分の一、全体の二十五パーセントまで減らす事が出来るんだ」
クリスの説明に、シルヴィは眼を丸くして「凄いね!」と前のめりになった。ポケモンバトルをするトレーナーなら、知っていて当たり前の知識である。
彼女がそれを知らなかったのは、ポケモンを道具として戦わせるR団の行いを見てポケモンバトルを勘違いしていたからだ。
でも今は違う。確かにバトルでポケモンが気付くとシルヴィはとても心配そうにするが、ここ数日バトルに負けて悔しがるポケモンを励ます事だって多くなってきた。
スポーツとしてのポケモンバトル。それを理解出来た証だろう。
「それにマネネの技は面白いし、上手くやれば攻撃面でも有利を作れると思うよ」
「マネネの技?」
シルヴィが首を横に傾けると、クリスの真横からロトム図鑑がシルヴィの前まで動きモニターを点滅させた。
そこに映ったのはマネネのプロフィール。
マイムポケモン。エスパー、フェアリータイプ。
使える技。まねっこ、ものまね、リフレクター、ひかりのかべ。等々。
「攻撃技はないけれどリフレクターでさらに相手の攻撃の威力を下げられるし、ものまねでこうかばうぐんの技を使えるようにしておけば戦いやすい。あと、シルヴィはノーマルZのクリスタルを持ってるだろう? Zまねっこはかなり面白い攻撃だって聞いたよ」
「Zまねっこ……? それって、Z技なの? Z技ってはたくみたいな攻撃技じゃなくてもゼンリョクの攻撃になるの?」
またもや頭から煙を出し始めるシルヴィ。
これはまたフリーズから治るのに時間がかかりそうだなと眼を細めていたクリスだが、突然部屋の扉が開いてクリスも眼を丸くする。
「Z技はなにも攻撃技だけではありません。Z技の魅力、知りたくはありませんか?」
突然部屋に入って来て、桃色の髪を揺らしながら爽やかな笑顔で語る青年───イリマ。
メレメレ島のキャプンテンを務める人物にしてシルヴィに試練を与えたその人物は、白い歯を見せながら褐色肌の手でシルヴィの手を掴んで眼を輝かせていた。
「「イリマ……さん?」」
二人の声が重なる。
そして声を掛けられたイリマ本人は、爽やかな笑顔のまま「ポケモンスクールで催しがあるのです。息抜きにどうですか?」と二人を部屋の外に誘うように手招きした。
シルヴィはクリスに視線を合わせて、目でどうしようと訴える。
しばらく考えてから、クリスは「行ってみようか」と笑いかけた。
キャプテンのイリマが態々誘いに来たのだ、無意味な事にはならないだろう。
それに、シルヴィは頭で考えるより行動する方が向いているのだ。そう考えている側からシルヴィは出掛ける用意を整えたので、クリスも慌てて用意を整える。
準備を終えた二人を連れてポケモンセンターを出るイリマ。不敵に笑う彼の表情は、それでもやはり爽やかだった。