残りのアトラクションは二つ。
半分まで来た所で、クリスは周りの様子が気になっていた。
参加者のほとんどは街の子供で、アトラクションをクリアできている人は殆どいない。
このまま行けば、シルヴィや自分が一番初めに全てのアトラクションをクリアするのも現実的に思えてくる。
Z技はとても強力な技だ。それも、かくとうタイプによく効くエスパータイプのZクリスタルは今のシルヴィに必要だろう。
本気で狙ってみるのも良いかもしれないが、気になるのは彼女をこの大会に誘ったイリマの事だった。
「彼の目的は……」
「クリス君クリス君! 次はあそこ!」
そんな事を考えていると、シルヴィに手を引っ張られてステージのような場所に連れて行かれる。
ここはアスレチックなのか? と、首を横に傾けるクリス。
視界に映ったのは、ステージの上に沢山並んだ自転車とその自転車を漕ぐ挑戦者達だった。
「アトラクションAによ〜こそ〜。ここはカガミちゃん特製の〜! 自転車コーナーだよ〜!」
ステージの上で踊りながらアトラクションの説明をしているのは、大会の開会式でも司会をしていたアイドルの女性だった。
整った顔に金髪。何処かで見たことあるような、と首を傾げる。
「カガミちゃんだー! カガミちゃーん!」
シルヴィが目を輝かせながら手を振ると、そのアイドルの女性───カガミは笑顔でシルヴィに手を振った。
「見て見てクリス君! カガミちゃんが手を振ってくれたー!」
「だ、大興奮だね……。しかし、これはアトラクションなのかな……」
ステージ上の自転車を見ながら、クリスは表情を痙攣らせてそう言葉を漏らす。
「君達も参加かな〜?」
クリスが目をそらしていると、カガミが二人に近寄ってきてステージの上から手を伸ばした。
シルヴィは目を輝かせて、クリスはカガミの顔を除き混む。
「あの……失礼ですが、何処かでお会いしましたか?」
「え、えと、え〜、き、気のせいじゃないかな〜。ほ、ほら〜、私〜、一応アイドルだから〜」
笑顔でそう言うカガミを見て目を細めるクリスだが、真横で「はい! はい! 参加します!」と煩いシルヴィの声を聞いて再び彼の顔は引き攣った。
「へい相棒。自転車漕ぐくらい、なんて事ないロト」
「足がない君には労働の辛さが分からないんだよ」
小声でそう言いながら、クリス達はステージの上に登る。
沢山の自転車が並ぶステージの上で、挑戦者達はポケモンと一緒に二人乗り自転車を必死に漕いでいた。
「お二人様参加〜。ルールは簡単、ランニングマシンに固定された自転車で百キロ分ランニングマシンを動かしたらクリアだよ〜! 途中で諦めたらゲームオーバー!」
簡単、というがこの大会の性質上簡単な訳がない。カガミがそう言っている間に、挑戦者の一人が「もう無理ー!」と言ってリタイアする。
「百キロ……」
「よーし、頑張るぞー!」
「いやいや、待ってシルヴィ」
何も考えず挑戦しようと歩き出すシルヴィの肩を掴むクリス。シルヴィは目を丸くして「どうしたの?」と首を横に傾けた。
「ママチャリの平均時速は十五キロ。頑張って時速二十キロで走っても、五時間はペダルを漕がないといけないんだよ?」
「えぇ?!」
深く考えていなかったシルヴィは目を丸くして口を開いたまま固まってしまう。
リタイアしてその場に倒れこむ挑戦者達が、その過酷さを物語っていた。
これまでの二つのアトラクションとは、難易度のベクトルが違う。
「……でも、やってみなきゃ分からない!」
「どこからそんな自信が湧いてくるんだい……」
「君達もここに挑戦ですか」
話していると、背後から聞き覚えのある声が聞こえて二人は振り向いた。
その先にいたのは、タオルを肩から掛けて全身汗だくのイリマ。
肩の上に乗っているイーブイと共に若干の疲労が見える彼は、肩を上下させながら飲み物を喉に流し込む。
「イリマさん!」
「その様子だと……このアトラクションに参加していたって感じですか?」
少し考えて、クリスはイリマにそう問いかけた。
まだ大会が始まって二時間程。もしイリマがこのアトラクションに参加していたとして、単純に考えればリタイアしたという事になる。
「はい。今さっきクリアした所ですよ」
しかし、彼からの返答はそんな言葉だった。
「な、なに……」
「あの時も言いましたが、この大会はポケモンとのアスレチック大会です。技もあり、なんでもあり。ポケモンと力を合わせれば、出来ない事はありません」
人差し指を立てながら笑顔でそう言うイリマは、二人に背を向けてから「急がないと、ボクがエスパーZを手に入れてしまいますよ」と言葉を漏らす。
他のステージに向かうイリマを見て、シルヴィは焦った様子で係の人に参加の申し込みをした。
「どう考えても無理だ……」
全くもって正解が分からない。無謀な事は、無理な事はしない。クリスはそういう主義なのである。
「うーん、誰と挑戦しよう。アシマリとZ技のウルトラダッシュアタックでランニングマシンを……いや、アシマリが疲れちゃうよね……うーんどうすればーーー!」
頭を抱えてからマネネとフライゴンに視線を送るも、二匹は首を横にするだけだ。
「僕は諦めるよ……」
「不甲斐ないロト」
「いや、だってね……」
「諦めたら〜! そこで終わりだ〜!」
ステージから離れようとするクリスに、突然背後からカガミが詰め寄って声を上げる。
「うわぁ?!」
「私が応援するから〜、君もレッツチャレンジだよ〜!」
そう言って、彼女はモンスターボールを二つ取り出してそれを放り投げた。
登場する二匹のポケモン。ライチュウ。
同じライチュウではあるが、リュージョンフォームであるアローラの姿のライチュウと通常の姿のライチュウが並ぶ姿は中々絵になっている。
「行こうライチュウ! さ〜、皆頑張って〜! 私も歌って踊って応援するから〜!」
そうして唐突に、カガミはアイドルとしての自分の持ち曲を歌い出した。
真っ直ぐ自分を見てウインクをする姿に、クリスは不覚にもたじろいでしまう。
「うわ、デデンネ……?」
一方のシルヴィは、カガミが踊り出した瞬間───というかライチュウが出て来た瞬間、突然ボールからデデンネが飛び出して来て首を横に傾けていた。
「デネネ!! デネェ!!」
「うぉぉ……やる気満々! よし、君に決めた!」
目を燃やしてやる気十分のデデンネと共に、シルヴィは自転車で、デデンネは走ってランニングマシンを走らせる。
それを見たクリスは溜息を吐きながら「やれるだけやるか……」と自転車をこぎ始めた。
相棒のゲンガーと共にランニングマシンを走らせるが、彼は重大な事を忘れていたのである。それに気が付くのはもう少し後の話だが。
「ふふふ〜、頑張れ皆〜!」
カガミの応援で、ステージは周りの観客も含めてヒートアップして気温も上がっていった。
ただでさえ気候もよく気温の高いアローラ地方。会場の熱気に加え、自転車を漕いで身体はどんどん熱せられていく。思っていたより遥かにキツい。
「……うぅ。でも……ここまで来たんだ!」
それでもシルヴィは、デデンネと共にランニングマシンを動かし続けた。
かれこれスタートから二時間が経ち、彼女が始める前から参加していた人は既にこの場にはいない。
「うぉぉぉおおおお!!」
「デネェェェエエエ!!」
雄叫びを上げる一人と一匹。マネネは椅子に座ってジュースを飲みながら、そんな主人と仲間を優雅に見上げる。
そしてその横では───
「……もう、無理だ」
───クリスが倒れていた。
「へい相棒。今の心境を一言ロト」
「二度と自転車に乗りたくない」
その場に突っ伏したまま、クリスは燃え尽きたような声で答える。
「おかしい……。どうして同じ時間漕いだのに僕のメーターはシルヴィの半分しかいってないんだ」
確かにシルヴィが自転車を漕ぐ速度は異常だが、それでも計算が合わない程にクリスのランニングマシンは動いていなかった。
「なぁ、ゲンガー……どうしてだと思───」
そうやって理由を考えながら振り向いたクリスの視界に映ったのはランニングマシンの上で足を動かしているゲンガーの姿。
確かにゲンガーの足は動いている。デデンネより遥かに遅いが、それでも動いてはいる。
しかし、ゲンガーの足はマシンをとらえる事なくすり抜けていた。勿論、それでマシンが動く訳がない。
「ふ……僕とした事が」
クリスは頭を抱えてその場に倒れ込む。
ゲンガーはそんなクリスを見て頭を横に傾けながら、主人の為に必死に足を動かすのであった。
勿論、メーターは動かないのだが。ゴーストタイプに実体はない。
「フラ……」
そんなクリスの肩を叩くフライゴンは、横目でシルヴィを気にかける。
流石のシルヴィでも、自転車を二時間も漕いでいれば体力は限界だ。
強がって雄叫びを上げてはいるが、自転車を漕ぐ速度は明らかに遅くなっている。
「君も諦めた方が良いよ……。これは常人にはクリア出来ない」
一体イリマはどうやってここをクリアしたのか。この大会、実は出来レースなのではないかとすら疑い始めるクリス。
そんな彼の気持ちは知らずに、シルヴィはただひたすら自転車をこぎ続けた。
そしてその一時間後。
売店で買ってきたサイコソーダを片手にクリスが見守る中で、シルヴィは唐突に倒れる。
「言わんこっちゃない」
そんな彼女に近寄って、手を伸ばそうとするクリス。
だが彼を差し置いてシルヴィに手を差し伸べたのは、カガミだった。
「クリアおめでと〜う!」
カガミのそんな言葉と同時に、会場に喝采が上がる。
シルヴィのランニングマシンはしっかりと百キロを記録していた。
「本当に……クリアした」
唖然とするクリスに向けて、シルヴィは倒れたまま親指を立てる。
「で、デネ……」
そしてデデンネは、その横で真っ白になっていた。完全に燃え尽きている。
「最後まで諦めない心。ポケモンとの息もピッタリだったよ〜」
どうしてかクリスを横目で見ながらそう言うカガミ。クリスはそんな彼女から視線を逸らして、目を細めた。
「───次!」
して、倒れていたシルヴィは急に立ち上がって歩き出そうとする。
しかし足が全く曲がらず、再び彼女はその場に倒れてしまった。
「だ、大丈夫かい? ほら、とりあえず少し休んで。飲み物買ってこようか?」
「う、うごぉぉぉ……」
「女の子が変な声ださないの……」
苦笑いするクリス。彼の言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、シルヴィは呻き声を上げながら立ち上がる。
「……どうしてそんなに頑張れる?」
「楽しいから、かな」
唐突なクリスの質問に、シルヴィは少しだけ考えてそう答えた。質問の主は虚を突かれた表情で固まる。
「フライゴンやアシマリと遊んだの初めてだし、デデンネと遊ぶのも楽しいし。次はマネネと初めて遊ぶ。別に、私は頑張ってるつもりはないけど……やるからにはゼンリョクで取り組みたいし!」
そう言いながら彼女はボールを取り出して、今度はクチートを呼び出した。
「クチート、デデンネをお願い!」
彼女の言葉に答えるように、クチートは頭の大きな顎で真っ白になっているデデンネを挟み込む。
「よーし行くぞ───うわぁ?!」
気合は充分。しかし、身体がそれについて行かないのかシルヴィは再び倒れてしまった。
「うげぇ……」
「フラ」
そんな彼女に手を伸ばしたのはフライゴン。
首を横に傾けながら手を伸ばすシルヴィの腕を持ち上げて、フライゴンはその大きな背中に彼女を乗せる。
「おわっ?! の、乗せてってくれるの?」
「フラィ」
コクリと頷くフライゴンを見て、シルヴィは嬉しそうにその背中に抱き着いた。
「いいね〜。ゼンリョクだね〜。青春だね〜。そんなあなたに〜、カガミちゃんからプレゼント!」
それを見ていたカガミは、どこから持ってきたのかサイコソーダをシルヴィにプレゼントする。勿論、その場にいる彼女のポケモン達とフライゴンの分まで。
「あ、ありがとうございます!」
「最後のアトラクションも頑張ってね〜!」
シルヴィは手を振るカガミにお礼を言って、フライゴンに連れられて次のアトラクションに向かった。
「キミは、何につかれてるの? もう少し楽しんでもいいと思うよ」
それを追い掛けようとするクリスの横で、カガミは小さくそう呟く。
「……今、なんて?」
「なんでもないよ〜。あの子の応援頑張ってね〜!」
そう言ってステージに戻っていくカガミを見て、クリスは視線を落とした。
「……僕は、何につかれてるんだろうね」
落とした視線の先で、ゲンガーが心配そうに彼を見上げる。
日が沈み掛け、影が伸びてくる時間。
クリスはゆっくりと最後のアトラクションに向かいながら、周りでポケモンとアスレチックを楽しむ人々に視線を向けていた。
残りのアトラクションは一つ。
添削せずに更新されていました。ここにお詫びいたします。