今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ   作:皇我リキ

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スタートダッシュはこうそくいどうで

 残りのアトラクションは一つ。

 シルヴィを背中に乗せたフライゴンは、会場を歩いて最後のステージに向かっていた。

 

「えへへー、温かーい」

 背中から抱き着きながら笑顔を見せるシルヴィと目があって、フライゴンは正面に視線を逸らす。

 着いてくるアシマリとマネネ、デデンネを掴んで歩くクチートを置いていかないような速度でたどり着いたのはアトラクションD。

 

 

 会場をグルッと一周囲む、大きな陸上競技用のトラックが視界に入った。

 

 

「待っていましたよ、シルヴィ」

 アトラクションの受付近くで飲み物を飲んでいた青年が、フライゴンの背中に乗っているシルヴィに声を掛ける。

 今回の大会に彼女を誘った青年。メレメレ島のキャプテンを務めるイリマだ。

 

 

「イリマさん?」

「他の三つのアトラクションはクリアしましたか?」

 イリマのそんな質問に、シルヴィはゆっくりと首を縦に振る。

 しかしその質問の意図は彼女には分からなかった。

 

 

「実はボクも他の三つのアトラクションを全てクリアしていましてね。このアトラクションをクリアすれば、今のところ一番早くアトラクションを全制覇した事になるのですよ」

 淡々とそういうイリマの言葉を聞いて、シルヴィを「おー!」と感性の声を上げてから目を丸くして固まる。

 

 ようやく質問の意図が分かったようだ。

 

 

「……それって、マズイのでは?」

「はい。マズイですね」

 爽やかな笑顔でそう返すイリマ。彼がこのアトラクションをシルヴィよりも先にクリアしてしまえば、エスパーZのクリスタルを手に入れる事が出来なくなってしまう。

 

 

「───うぇぇぇええええ?!」

 その事実に気が付いたシルヴィは絶叫してフライゴンの背中から落ちた。

 そんな彼女を見下ろしながら、遅れて来たクリスは怪訝な表情をイリマに向ける。

 

 

「初めから出来レース。こうなるように仕組んでいたような展開ですね」

「さーて、それはどうでしょうか。誰かがボクより早くクリアするかもしれないですし、シルヴィが途中でリタイアするかもしれません。現にキミだってあのステージ以外はクリアしているのですから」

 笑顔を絶やさずにそう答えたイリマは、得意げな表情でこう続けた。

 

 

「それでも彼女がここに辿り着いたのは、奇跡か偶然か。それをボクが読む事は出来ませんよ。……ただ、ボクは信じていましたが。カプに認められ、ボクの試練を突破し、ウルトラビーストと対峙した彼女の力を」

 そう答えるイリマに、クリスは「物は言いようか……」と視線を逸らす。

 

 イリマは「まぁまぁ、怒らないで下さい」と漏らして、倒れているシルヴィに手を伸ばした。

 

 

「シルヴィ、勝負をしましょう」

「勝負……ですか?」

 起き上がったシルヴィは首を横に傾けてイリマに聞き返す。

 勝負といっても、今は大会の最中なのだが。

 

 

「ボク達が今から参加しようとしているこのアトラクションは、障害物競争です」

 トラックに手を向けながら、イリマは最後のアトラクションのルールを説明した。

 

 

 ルールは簡単。

 ポケモン一匹と一緒に四百メートルトラックに設置された障害物競争を最後まで走りきればクリア。

 

 例によって難易度はかなり高く設定されており、五十メートル間隔で八つ用意された障害物はどれもリタイア者が続出している。

 

 

 一番初め。幅一メートルほどの斜めの足場を飛び移りながら、足場の下のプールに落ちないように進む障害物。

 軽々超える者もいれば、運動不足のトレーナーが水面に落ちる光景も視界に映った。

 

 

 

「この障害物レース、見て頂ければ分かる通り他のアトラクション同様何人も同時に挑戦する事が出来ます。ボク達は二人ともこのアトラクションをクリアすれば、全てのアトラクションをクリアした事になる」

「……だから、同時に挑戦して。……勝負」

「はい。このイリマと、ゼンリョクで」

 得意げな表情でそう語るイリマは、係の人に事の経緯を説明し始める。

 

 シルヴィは俯いて何かを考えているようだった。

 

 

「どうも気に食わないのは分かるけど、これに勝てばエスパーZは───」

「うぉぉおおお!! やるぞぉぉおおお!!」

「えぇ……」

 突然叫び出したシルヴィに、クリスは表情を引攣らせる。

 

 

 そうして思い出したのは、前のアトラクションをクリアした後のシルヴィの言葉だった。

 

 

 ──楽しいから、かな──

 

 

「……そういえば君は、遊んでるだけだったね」

 きっと彼女にとってエスパーZはそこまで重要ではないのだろう。ただ彼女は、自分のポケモン達と遊びたいだけなのだ。

 

 

 ──キミは、何につかれてるの?──

 

 

「僕は……」

『さ〜! ここでお知らせだよ〜!』

 突然、会場にカガミの声が響く。声は周りのスピーカーから会場全体に放送されているようだ。

 

 

『なんとなんと〜、この超難関アスレチック大会のステージを二人のトレーナーが三つもクリア! 今から残る一つに挑戦するんだけど〜、この二人のどちらかがアトラクションをクリアすれば、その人は全アトラクションをクリアした事になり! エスパーZを手に入れる事になりま〜す! はい拍手〜!』

 彼女の言葉に、会場は一丸となって拍手喝采が響く。

 

 

 全てのアトラクションが順次停止していき、しまいに観客達はトラックを囲むように集まってきた。

 アローラ地方特有のお祭り騒ぎというか、一体感のある行動にクリスはたじろぎながら人々の列に流されていく。

 

 成る程、復興を兼ねて町の人々を元気付けるという運営の目論見通りだ。

 

 

「自転車のアレ、クリアしなくて良かったよ。この量の観客達の前で障害物レースに出るなんて嫌だしね」

「負け惜しみロト」

「うるさいな」

 クリスがロトムから視線を逸らしていると、再びスピーカーが『あ〜、あ〜テステス』と鳴る。

 どうやら始まるらしい。

 

 

 

「シルヴィ、今日Z技は使いましたか?」

 スタート地点で相棒であるイーブイと準備運動をしながら、イリマはシルヴィとその相棒であるマネネを横目にそんな言葉を漏らした。

 

「えーと、使ってないです」

「なるほど。では一つ僕からの塩を受け取ってください」

「塩?」

 首を横に傾けるシルヴィは、ハッとした表情をしてから慌てて両手を皿にしてイリマに向ける。

 

「いや、本物の塩じゃなくてですね。敵に塩を送るという事ですよ」

「敵……」

「はい。今からボク達は戦います。ライバル、ですね」

 笑顔でそう言って、イリマは白い歯をシルヴィに見せた。シルヴィは息を飲んで、真剣な表情で彼の顔を真っ直ぐに見る。

 

 

「マネネが使う技、ものまねとまねっこはノーマルタイプの技。ノーマルZのクリスタルの恩恵を受ける事が出来ます」

「え、でもZ技って……ゼンリョクの攻撃じゃないんですか?」

「いいえ。ボクは言いましたよね。相手を攻撃するだけが、Z技ではない。時に相手の妨害、自身の強化をする技もゼンリョクのパワーで強化される事があるのです」

 イリマの言葉に、シルヴィは目を回して両手の人差し指を頭に向けた。

 そんな彼女にイリマは苦笑しつつも、一度咳払いをしてからこう続ける。

 

 

「ゼンリョクの変化技は、時にその技の特徴に加えてさらに別の効果を付与する事があります。例えば体力や状態異常が回復したり、ステータスが上がったりとその内容は様々です」

「す、凄い……」

 シルヴィの反応に、イリマは満足げな表情でさらにこう続けた。

 

 

「マネネの覚えているまねっこ、ものまねは二つ共Z技として使うとポケモンの命中率を上げる事が出来るのです。さらに───」

「さらに……?」

「───まねっこは相手が最後に出した技を自分で繰り出す技ですが。この技をZ技として放つと、相手が最後に出した技を元にZ技として放つのです」

「えぇ?!」

 驚くシルヴィにイリマは「それだけじゃありませんよ」と付け足すと、横目でイーブイを見て不敵に笑う。

 

 

「ノーマルZを使うZまねっこですが、ノーマルタイプの技をコピーすれば勿論ノーマルタイプのZ技───ウルトラダッシュアタックが使えます。しかし、例えばほのおタイプの技をコピーした時はほのおタイプのZ技───ダイナミックフルフレイムが使えるのです」

「つ、つまりマネネは……」

「はい。やろうと思えば全てのZ技をノーマルZのクリスタルだけで出せる、凄いポケモンなのですよ」

 イリマの話を聞いて、シルヴィはマネネを持ち上げ「マネネ凄い!」と賞賛の声を上げた。

 まだレースも始まっていないのに、マネネは自慢げな表情である。

 

 

「それを踏まえて、今回のレース───ゼンリョクで戦いましょう。ボクも、ゼンリョクで戦います」

「イリマさん……。……はい!」

 真剣な表情でそう答えて、シルヴィも準備運動を終わらせた。

 

 スピーカーが響き、会場の視線は一丸となってトラックに集中する。

 

 太陽も沈み掛け空が赤く燃える時間。

 二人はトラックのスタート地点に並んだ。

 

 

 

『えー、コホン。只今より、イリマ選手とシルヴィ選手による〜! 障害物競走一騎打ちの勝負を開催しま〜す! 司会は〜、アローラのアイドル。カガミちゃんで〜す!』

 湧き上がる歓声。会場の熱は日が沈みかけているとは思えない程にヒートアップしていく。

 

 

『ご存知の通り〜、二人は他の三つのアトラクションを既にクリア済み。このアトラクションをクリアする事が出来れば、一番早く全てのアトラクションを制覇して〜、このエスパーZのクリスタルを手に入れる事が出来ま〜す! だからだから〜、大会を盛り上げるためにも、二人には一騎打ちで戦ってもらうよ〜! この障害物競走を先にクリアした方が、この大会の優勝者って訳だね〜!』

 中央のステージで司会をするカガミの横には、優勝者に送られるというトロフィーとエスパーZが置いてあった。

 

 ステージには大型のモニターが置いてあり、浮遊するポケモン達が構えるカメラから映像が流れてくる仕組みである。

 トラックの周りと違ってステージのライブモニターはレースの全貌が見られるので、特等席という訳だ。

 

 

 そんな特等席を確保する事が出来たフライゴンとクリスとシルヴィのポケモン達は、サイコソーダ片手にモニターのシルヴィに視線を向ける。

 

 

「フラィ……」

「さて、今度は何を見せてくれるか」

 このアスレチック大会、シルヴィは危なげなくクリアしていった訳ではない。

 

 ただ、彼女はその度にポケモンとの絆と起点と根性でそれらを乗り越えてきた。

 きっと彼女なら。

 

 

「シルヴィ、ゼンリョクの真剣勝負です」

「……はい!」

『両者位置について!』

 カガミの声で、二人はスタート地点に立って姿勢を落とす。足に力を入れて、後は踏み出すだけだ。緊張が走る。

 

 

『よーい───』

「マネネ」

「そういえばキミとは少し因縁がありましたね。……決着をつけましょうか」

 マネネが手をイリマに向け───

 

 

『───ドン!!』

 戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 同時に地面を蹴る二人と二匹。

 しかし、イリマとイーブイはダッシュと同時に突然仰け反ってその場に倒れる。

 まるで見えない壁にぶつかったかのようだ。そしてそこには、確かに見えない壁が置いてあった。

 

 リフレクター。超能力で固められた、空気の壁が。

 

 

『おーと! 開幕マネネが狡〜い!! リフレクターによる妨害だ〜!! あ、ルール上はオーケーで〜す』

 ポケモンの技を使っていいと明言されているし、邪魔をしてはいけないというルールはないのである。

 

「良いのか……」

「フラ……」

「狡いロト」

 

 

「えぇ?!」

 それに対してシルヴィも驚いていたが、マネネに急かされ司会もそう言っているので走る事にした。

 足止めを貰ったイリマはしかし、ゆっくりと立ち上がって不敵に笑う。

 

 

「ふふ、やっぱり()()はイタズラが過ぎますね。……良いでしょう、このイリマ───ゼンリョクで相手をします。イーブイ!」

「ブイ!」

 イリマは立ち止まったまま、両手を前に突き出してから腕を斜めに開いた。

 そのまま肘を曲げて、彼の腕はZの文字を描き出す。

 

 同時にイリマの身体を虹色の光が包み込み、その光は流れるようにイーブイに注がれた。

 

 

「Z技?!」

 五十メートル走り、プールに落ちないように斜めの足場を跳ぶ最初の障害物を軽々と超えながらもシルヴィは冷や汗と唾を飲む。

 

「ウルトラダッシュアタックか……」

 クリスの言う通り、イリマのポーズはノーマルタイプのZ技のポーズだ。

 

 

 ──相手を攻撃するだけが、Z技ではない──

 しかし、そんなイリマの言葉を思い出す。何をする気なのか。

 

 

 

「───ナインエボルブースト」

 刹那。

 イーブイを七色の光が包み込んだ。眩い光が夜を照らす。

 

 

 しかし、何も起こらなかった。

 何か変わった事があるとすれば、イーブイを光が包み込んでその光が消えていない事だけだ。

 

 

「失敗……?」

「い、いやアレは……イーブイのステータスが大幅に上昇してるロト!」

 確かに見た目は殆ど何も変わっていない。しかしロトムの言う通り、イーブイの内なる力は大幅に増幅している。

 

 

 その証拠に───

 

 

「こうそくいどうです!」

 走り出すイリマがそう指示すると、イーブイは信じられないような速度で地面を蹴った。

 

 イーブイはそこまで足の速いポケモンではない。しかし、今のイーブイはマネネのリフレクターで開いた差を一瞬で埋める程の瞬発力を手に入れている。

 

 

「嘘ぉ?! なにそれぇ?!」

「マネェ?!」

「ブイブイ!!」

 イリマ達は直ぐに障害物をクリアして、二人の後ろに着いた。

 

 

「あの日彼に負けて、ボク達はもっと先に進まなければならないと確信しました。だから、イーブイの受け身だった技も一から練り直し───かげぶんしんから応用した前線よりの技。それこそがこのこうそくいどうです」

 あのウルトラビーストの事件以来、イリマとイーブイはただひたすら特訓を重ね新たな技を身に付けている。こうそくいどうはその一つだった。

 

 

 

 

 

「真剣勝負ですよ、シルヴィ」

 シルヴィとイリマの真剣勝負。会場はその熱気に歓声をあげる。

 

 空に浮かぶ月は、まるで二人の戦いを見守るように天高くから会場を照らしていた。




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