ハウオリシティでポケモンによるイタズラの報告が増え始めたのは約半年程前の話だ。
アローラ地方の中でも人口が多いこの街では、ポケモンによる悩み事の報告が多い。
人とポケモンが共に生きるとは言っても、野生のポケモンが全て人々と仲が良いというわけでもないのである。
そんな悩み事に対して、メレメレ島のキャプテンであるイリマは島キングのハラに変わって人々の相談に乗る事も多かった。
彼はその知識量もさる事ながら、ポケモンバトルも、ポケモンと触れ合う技術も持ち合わせている。
人とポケモンの間に立って、彼は何度もポケモンとの問題を解決してきた。
そんな彼の元に、いつものように相談が寄せられる。
街の交番の警察官がパトカーに近付こうとした時、突然見えない壁が出来て躓いたりパトカーの扉が開かなくなったり。
かなり悪質な物だったので、イリマは直ぐに現場に向かった。
そしてその場に居て、警察官にイタズラをしていたのが───マネネである。
「マネネ、そんなイタズラをしてはボク達は困ってしまいます。美味しいご飯をあげるので、止めて貰えませんか?」
イリマは優しく、諭すようにマネネに語りかけた。
ポケモン用のマラサダをマネネに差し出しながら、見惚れる笑顔で姿勢を落とすイリマ。
マネネはそのマラサダを受け取るがしかし、同時にイリマの手を空気の塊で固めて彼を動けなくしてしまう。
「これはこれは……困りましたね」
それでもイリマは怒る事なく、度々マネネに手を差し伸べた。
話し方をもっと優しくしたり与える食べ物を変えてみたり。幾度となくマネネにイタズラを止めるように語りかけたが、この半年間彼の努力が報われることはなく。
そして、彼の前にシルヴィが現れた。
イリマの試練。ヌシールを探す事に挑戦したシルヴィの前にマネネが現れた時は、マネネとは無条件で試練を突破した事にしようと思ったのである。
それ程までにあのマネネは人の言葉を聞かないポケモンだと───そう思っていた。
「───しかし、キミは今そこに居る」
斜めの台座を飛び越えながら、イリマはマネネに視線を向ける。
アレだけ手を伸ばし続けたがそれを拒んだマネネの手を掴んだのは、アローラ地方に来たばかりの幼い少女だった。
悔しくないといえば嘘になる。しかし、その理由は納得のいく物だった。
──イタズラをしてたのはきっと誰かを困らせたかったんじゃない、誰かと遊びたかったんだよね?──
少女の言葉が胸に突き刺さる。
自分はマネネに手を伸ばしていたつもりだった。しかし、そんな事はなかったのだろう。
自分の不甲斐なさに己を恥じながらも、まだまだ自分は成長出来ると思った。
そして───成長しなければならない理由もある。
「ライル……。……さて、行きましょうイーブイ!」
あの日届かなかった手を伸ばすために。
「マネ、マネマネネ?!」
「早すぎない?!」
一方でまだリードを保っていたシルヴィ達だが、イリマとイーブイのあまりの早さに表情を引き攣らせていた。
マネネは足の速いポケモンではない。むしろ、二足歩行なので遅い方でもある。
このままではマズイ。そう考えたシルヴィはハッとした表情をして「よし」と希望を見出した。
「マネネ、ものまね!」
「マネ? マネネ!」
シルヴィの指示でマネネはものまねを発動する。
ものまねは相手が最後に使った技を少しの間自分の技として扱う事が出来るようになる技だ。
そして相手が最後に使った技は───
「───マネネ、こうそくいどう!!」
こうそくいどう。その名の通り、自信の速度を上げる技だ。
イーブイが彼女達に追いつくために使った技を、今度は自分達が使う。
マネネのスピードば大幅に上がり、それに着いてシルヴィは二つ目の障害物──百メートル付近──に辿り着いた。
それから少しだけ遅れてイリマも彼女に追いつく。
『両者並んだ〜! これは白熱したレースになりそうだ〜! お互いにポケモンの技を駆使していて凄〜い!』
カガミのアナウンスで会場は更に湧き上がった。日は沈んだというのに、トラックの周りには熱がこもっている。
「技を駆使してるのはともかく、あの速さで走るポケモンに着いて行く二人も凄いロト」
「凄いっていうかもう常人じゃないよね」
シルヴィはともかくイリマはクリスと同じでインドア派だと思っていたので、クリスとしては意外だった。裏切られた気分である。
『さーて次の障害物はパン食いで〜す』
百メートル付近。二人の前に立ちふさがる障害は障害物競争お馴染みのパン食いだ。
しかし、例によってこれも普通の難易度ではない。
パンがぶら下がっているのは普通なのだが、そのパンは地上から四メートル上に設置されている。
流石のシルヴィでも、これには目を丸くした。
「む、無理だぁぁ?!」
「流石に無理か」
「アレを普通にクリアしたら人間じゃないロト」
今更驚きはしないが、流石に彼女も人間らしい。
「イーブイ、みがわりです!」
追い付いたイリマは、イーブイにみがわりを支持する。
イーブイの身体からエネルギー体が発生し、まるでイーブイがもう一匹その場に現れたかのような姿の『みがわり』が完成した。
イリマは姿勢を一度落としてから地面を蹴る。
飛び上がったイリマの肩を蹴ってイーブイとみがわりが更に跳んだ。
そしてイーブイはみがわりを蹴って、更に上に。遂には地上4メートルのパンに辿り着いて、口でパンを加えて落下する。
そのイーブイをイリマは綺麗に受け止めて、パンを二つに割ってイーブイと二人で食べた。
あまりの綺麗な技に観客はさらに歓声を上げる。
「す、凄い……」
「さてシルヴィ。キミはどうしますか? 早くしないと、置いていきますよ」
パンを食べ終わったイリマは片目を瞑って、直ぐに走り出した。このままではイリマの勝ちだ。
『さ〜てイリマ選手、シルヴィ選手を抜きました〜! シルヴィ選手、どうするか〜!』
「どうするかって言われても……」
例えばマネネのものまねでみがわりをコピーしても、マネネがイーブイのようにジャンプ出来る訳ではない。
頭を抱えそうになるシルヴィだが、マネネは胸を張って自分に任せろとでも言うように両手を上に向ける。
するとシルヴィの目の前で視界が揺れだした。
まるで見えない何かがそこに集まっていくような、そんな感覚がする。
「……そうか、リフレクター」
クリスの言う通り、それはマネネの技リフレクターだった。
念力で空気を固めて壁を作り出す。そしてその壁を垂直ではなく平行に並べれば、それは一つの階段となるのだ。
マネネは自分のリフレクターで作り出した階段を上って、パンを咥えてゲットしてから地上に戻ってくる。
「マネネ……凄い!」
「マネネ」
どんなもんだいと胸を張るマネネは、パンを二つに割ってシルヴィに手渡す。
直ぐにそれを食べると、マネネはこうそくいどうでイーブイを追い掛けた。それにシルヴィも続く。
「流石に、この程度ではリタイアしませんか」
不敵に笑うイリマは、次の障害物。百五十メートル付近に辿り着いていた。
三つ目の障害物は網くぐり。
これも定番だが、網は虫ポケモンのいとをはくで作られており頑丈かつ質量があり重く、粘着質でもある。
「……クリアさせる気ないよね」
モニターを眺めながらクリスは苦笑いを零した。
この先の障害物も見えてはいるが、難易度が高いなんてレベルじゃないものばかりである。
勿論楽しめるように、そしてポケモンとしっかり力を合わせれば小さな子供でもクリア出来る難易度ではあるが。
「イーブイ、大丈夫ですか?」
「ぶ、ブイぃ……」
四足歩行のイーブイは粘着質の網に絡まって上手く動けないようだ。
それに比べてマネネは網に絡まっても手でそれを強引に外しながら前に進んでいく。
先に網くぐりをクリアしたのはシルヴィ達だった。
「うぅ……ベトベトだよぉ……」
糸が絡まって酷い格好になっているが、気にしている場合ではない。
それに、次の障害物はその点も考慮してあるらしく水の中に入る系の物なのでシルヴィは急いでトラックを走る。
二百メートル付近。トラックの半分を走りきり折り返し地点、四つ目の障害物はダイビング水泳。
水面に蓋のされた十メートルのプールを息継ぎなしで泳ぎきる事が出来ればクリアだ。勿論蓋は軽くて頭で押せばプールから出られるので安全だが、その時点で失格である。
粘着質な糸も水で洗い流せるので、シルヴィとマネネはなんの躊躇もなくプールに飛び込んだ。
「遅れましたが、まだ負けませんよ……っ!」
少し遅れてやってきたイリマも、イーブイと共にプールに飛び込む。
難なく先にクリアしたシルヴィは、振り向く事もなく地面を蹴った。
イリマもその背中を追って走る。
『さ〜て折り返し地点を突破〜! 両者一歩も引かない、白熱したレースが続いておりま〜す!』
続く二百五十メートル地点。
五メートルの壁登りは二人と二匹が並んで同時にクリアした。
いくらマネネがこうそくいどうを使っても、ナインエボルブーストでステータスの上がったイーブイに素の速度が劣っている。
次の五十メートルを走る前に、イーブイはマネネを突き放した。
「やばいな……。マネネの技が全部受け身なのがここで響いてくるか」
マネネの技はその性質上、どうしても後出しになってしまう。
三百メートル地点の障害物はアメ食い。
パン粉の中に隠れたアメを『手』を使わずに拾わなければ次に進めないという物だ。
それをイリマはイーブイのみがわりで、みがわりに拾わせてクリアする。みがわりは手ではないので良いらしい。
対するシルヴィも、まねっこでみがわりをコピーしてみがわりにアメを拾わせてクリアした。
確かに順調に、横並びに進んでいるようにも見えるレース。
しかし実際はシルヴィがマネネのものまねやまねっこで後を追う形になっている。
『さ〜、残る障害物は二つ!! 勝敗はどっちのものだ〜?!』
会場の盛り上がりは最高潮に達していた。
「この勝負、勝たせてもらいますよ。シルヴィ」
最後の勝負が、切って落とされる。