障害物レースも大詰め。
残る二つの障害物が視界に入る。
三百五十メートル地点。七つ目の障害物は平均台。
十メートルの綱渡りと言ったら分かりやすいだろうか。
そしてその先、最後の障害物は巨大な岩の塊だった。コース毎に一つずつ置いてある岩はかなり頑丈そうに見える。
これに関しては、シルヴィは見ただけではどんなルールなのか分からなかった。
先に平均台にたどり着いたイリマはイーブイを先頭にゆっくりと細い足場を歩いていく。
ここで慌てて落ちてしまえば失格なので、リードを奪っているイリマは冷静だ。
続けて平均台にたどり着いたシルヴィは「これなら!」とマネネと視線を合わせて首を縦に振る。
「マネネ、リフレクター!」
空気の塊が、平均台の周りに固まって足場を作った。
細い筈の足場は
シルヴィとマネネは走って平均台を突破し、イリマを再び抜いてリードを奪った。
『お〜、これは〜! シルヴィ選手、イリマ選手を突き放したぁ〜!』
これで後は最後の障害物を越えれば勝利。
手に力が入る。
そしてシルヴィは最後の障害物にたどり着いた。
巨大な岩。
「これは……」
その岩の前には紙が貼られていて、この障害物のルールがそこに示されている。
そのルールは───
「この岩を破壊することが出来たら、クリア」
───岩砕き。
単純明快。
この岩を砕く事が出来ればクリアだ。
そして、最初にこの岩を砕いた選手が優勝という事になる。
「こういう単純なの好きだよ、考えなくて良いから! マネネ───」
そうしてマネネに指示を出そうとしたシルヴィだが、彼女は指を岩に向けたままピタリと固まってしまった。
それもその筈である。
「───マネネ、攻撃技……覚えてない」
マネネの覚えている技はまねっこ、
岩に攻撃をする手段がない。
何かまねっこで技をコピーしようにも、イーブイが最後に使った技はみがわりである。
観客達はレースの視聴に集中している為、技を放っているポケモンは周りにもいない。
ものまねはコピーした技を一定時間使い続けられるが、その一定時間コピーした技が使える間はものまねを再び使う事も出来ないのだ。
「お、終わったぁぁ?!」
「ふふ、何をしているのですかシルヴィ。追い付きましたよ」
そんな声に振り向くと、爽やかな笑顔でイリマが彼女の隣に並ぶ。
「最後の障害物は岩砕きですか。なるほど、マネネの技では難しそうですね。これはボクの勝ちでしょうか」
「そ、そんな事ない! マネネは凄いんだから。……よし、マネネ! 私が『たいあたり』するからそれをまねっこで一緒にたいあたりしよう!」
「マネ?! マネマネネ、マネ!!」
流石のマネネもシルヴィの言葉に驚いて青ざめた。確かにシルヴィの身体能力は凄いが、それでも彼女は別にポケモンではない。
「この勝負貰いましたよ。イーブイ、まもる!」
そしてイーブイにまもるを指示するイリマ。イーブイの正面にエネルギーのシールドが出来上がる。
しかし、当たり前だが何も起こらない。
「……何してるんですか?」
「……マネネ?」
「準備は整いました。……イーブイ、とっておきです!」
「イ───ブイッ!!」
イリマの指示で地面を蹴るイーブイ。
飛び上がったイーブイは岩に着地して、表面が砕ける程の衝撃を起こした。
「え、何今の?! たいあたり……じゃない?」
「とっておき。覚えている技全てを使って始めて使う事が出来る技です。その代わり、威力は見てもらった通り絶大ですよ」
その為にまもるを空撃ちした訳で。
イリマは得意げにそう言うと「ちなみに」と言葉を続ける。
「ちなみに、もしマネネがまねっこでとっておきを使おうとしても技は失敗します。ものまねでは別ですが、今はものまねはこうそくいどうをコピーしているので使えませんね」
勝ち誇った表情で、しかしイリマはシルヴィの眼を真っ直ぐに見ながらそう言った。
「……そういう事か」
「どういう事ロト?」
「あの人は意地が悪いけど、正真正銘メレメレ島のキャプテンって事だよ。これは彼からの、試練みたいなものなんだ」
クリスがそう言うも、ロトムはモニターにクエスチョンマークを何個も表示させる。
彼の狙いは多分───
「さてシルヴィ、なすすべもないでしょうし。そこで手でも握って見ていて下さい。僕の目算ですが、後三回も攻撃すれば岩を砕けます」
「そんな……っ」
「マネネ……」
マネネとその場に固まってしまうシルヴィ。
その間にイーブイは二発目のとっておきを放ち、岩を半分砕いた。
「君がここで気が付けないのなら、ボクの勝ちです。イーブイ、とっておき!!」
三発目。岩に亀裂が入って、次の攻撃が決まればその岩が砕けるのが明白になる。
ここまで来たら、何をしても間に合わない。
「私は───」
「……見込違いでしたかね。イーブイ、とっておきです!!」
そして最後の攻撃。イーブイは地面を蹴って───
「───マネネ、リフレクター!!」
「な?!」
───固まっていた筈のシルヴィが突然マネネに指示を出した。
イーブイと岩の前に空気の壁が出来上がる。イーブイのとっておきはリフレクターに阻まれ、岩を砕く事が出来なかった。
「時間稼ぎ?!」
「……私、バカだから。レースの前にイリマさんが言ってた事を思い出すのに時間がかかっちゃった。けれど───」
シルヴィは強く前を見て、マネネと視線を合わせる。
「私にはポケモン達が居る。大切な友達が、バカな私を支えてくれる!!」
声を上げながら、シルヴィは両手を顔の前でクロスして、その手を広げて前に突き出した。
両手が斜めに繋がるように右手を下に左手を上に広げる。
「それが楽しいから、前に……進むんだぁ!!」
そうしてZの文字を描くように、肘から先を自らの身体に寄せた。
「……君はやはり───」
同時にシルヴィの身体を光が包み込み、その光がマネネに向かって行く。
「これが私の───私達の!!」
「マネ!!」
光が放たれた。
「ゼンリョクだぁぁ!!」
「マネネェェェ!!」
同時に地面を蹴るマネネ。
「───まねっこZ!!」
まねっこ。相手が使った技を自分の技として放つ技である。
とっておきはまねっこで放つ事は出来ないが、しかし───
──相手を攻撃するだけが、Z技ではない──
──まねっこは相手が最後に出した技を自分で繰り出す技ですが。この技をZ技として放つと、相手が最後に出した技を元にZ技として放つのです──
Z技は元になった技の威力によってその力が変わる技だ。
元になる技を自分が使えるかどうかは関係ない。
マネネはまねっこでとっておきをZ技に変える。
「───ウルトラダッシュアタック!!」
「───マネネェェエエエエ!!」
地面を蹴ったマネネは、そのまま巨大な岩を突き抜けるように走った。
岩は木っ端微塵に割れて、マネネをシルヴィが追い掛ける。
「……流石ですね」
『ウルトラダッシュアタック決まったぁ〜! そしてこのレースを制したのは、シルヴィ選手だぁ〜!!』
会場は今日一番の大盛り上がりを見せた。
拍手喝采が沸き起こり、島全体が揺れるような盛り上がりを見せる。
「やったよマネネぇ!」
「マネ、マネ!」
抱き合ってお互いを讃え合う姿を見て、イリマは満足気な表情で頷いた。
しかし、それを見たクリスはどうも怪訝そうにイリマを睨む。
そんな事は他所に、カガミのステージ上にて表彰式が行われる事になった。
シルヴィとそのポケモン達とフライゴンがカガミの前に一列に並ぶ。
「優勝おめでと〜う! トロフィーと、エスパーZのクリスタルの授与になりま〜す!」
「ありがとうございます! 皆、やったよ! ほらほら!!」
ポケモン達にZクリスタルを見せるシルヴィは、彼女らしいゼンリョクの笑みでポケモン達と抱き合った。
そんな微笑ましいステージを他所に、会場の端でイリマに詰め寄る青年が一人。
「あの岩、妙に簡単に砕けましたよね」
ジト目でイリマを見上げるクリスは、怪訝そうな表情でそう言う。
「と、言いますと?」
「惚けなくて良いです。確かにZ技は強力な技だけど、あなたのイーブイがとっておき四発で砕けなかった岩が一発で砕けるなんておかしいと思いませんか?」
「さーて、なんの事でしょう」
「出来レースだったんじゃないんですか?」
「……ふふ」
お互いに表情を崩さずに言葉を交わし合うが、最後に折れたのはイリマだった。
「半分は当たりですね。あの岩は特別頑丈ですが、Z技を受けると砕けるように細工をしてあります」
「それを知っていたなら、どうして───」
「それでも勝つ気では居ました。これは真剣な勝負です。彼女の、シルヴィの本気とボクも本気で向き合いました。四発目の攻撃の指示の時は少しガッカリもしましたが、彼女はそれを超えて本気の───ゼンリョクのボクに勝ったのです」
そう言うとイリマはクリスに背を向けて、小さな声でこう続ける。
「今アローラで活動しているというR団。これはボクの勘なのですが、きっと彼女はこの先起きる事件に大きく巻き込まれていくでしょう。……その時必要なのはポケモンとの友情でも根性でもなく、正確な知識と判断力。最後にZ技を使うという判断を下せるように彼女を導いたつもりでしたが……どうやらボクは間違っていたようですね」
「間違っていた?」
「はい。彼女は最後、ポケモンとの友情であの危機を脱しました。彼女は既にボクの予想の遥か上に居たわけです。完敗ですね」
アローラを照らす月を見上げながら、イリマは悔しそうに口を開いた。
その手は少しだけ強く握られている。
「R団の団員らしき人物の一人。ドーブルを使う男の正体をボクは知っています」
「な……」
そして唐突に語られたそんな言葉に、クリスは目を見開いて固まった。
「彼はボクの幼馴染で、名前をライルと言います。でも───」
イリマの言葉を聞いて、クリスは急いでメモを取り始める。
しかし次の瞬間イリマが語った言葉にクリスはメモを取るペンを地面に落とした。
「───でも、彼は死んでいる筈なんですよ」
月の光がイリマの表情に影を作る。
式典で盛り上がる会場の端で、語られた信実はクリスの表情を引き攣らせた。
一章が終わる前に剣盾が発売されてしまう()