黒絹の皇妃   作:朱緒

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第224話

「オーベルシュタイン、気分転換に一緒にいらっしゃい」

「御意」

 

 彼女が演習につれて行きたい人は、誰でも連れていくことができる。

 

「私は残りますよ」

 

 彼女の演習に付き従いたい者が大勢いる中、誘われても断ったのはフェルナー。

 

「なにか仕事でもあるの?」

「重要な任務があります」

「なに? あ、私には言えないことかしら?」

「いいえ。私がオーディンに残る理由は、ジークリンデさまが帰還なされた際に、いつも通り過ごせるよう、準備を整えるためです」

「え……それ、でも」

「お帰り当日には、大浴場に熱いお湯を張っておきます、薔薇の花びらも散らしておきましょう。料理や菓子は楽しみにしておいてください」

 

 もっともらしいことを言ってオーディン待機組になったのだが、彼の本当の任務は彼女が演習から帰りたい、もしくは体調不良で演習部隊から離れる場合の引き取り。

 彼女の性格上、演習が飽きたからといって帰りたいとは言わないのは、彼らも解っているが、それでも念のために。

 体調不良に関しては、気管支が特に弱い虚弱な体質。どれほど気配りしても、し過ぎということはない。

 演習は国家に計画書が提出されていることもあり、簡単に中止するわけにもいかない。よって代理で指揮を執るファーレンハイトが、その場を離れるわけにはいかない。

 むろん、彼女の体調に重大な変調があれば即座に中止し付きそうが、どちらかと言えば彼らの我が儘による「体調がよろしくないようですから、お帰り下さい」を押し通すためには、代理指揮官は残るようにしたほうが、彼女が言うことを聞いてくれやすいだろうということ。

 

「シュトライト、よろしくね」

「お任せください」

 

 彼女が演習に参加している間、侍従武官の仕事はシュトライトに任せた ―― 普段も実務は全てシュトライトに任せている状態だが、今回は正式に侍従武官長代理を委任。

 カザリンの様子を毎日報告はせずとも、伺って直接目でみて確かめるよう、それだけは命じていた。

 侍従武官であるリュッケは、当然ながらオーディンに残留。

 なにせ皇帝陛下がお気に召している、奴隷の末裔にして三輪車を押すことを許された第二の男ポプランも演習に参加するため、リュッケはどうしても残らざるを得ない。

 

「開校式? 随分とおかしな時期ね」

 

 ラインハルトの号令により増設された基幹学校。その一つの開校式が三月に執り行うので許可を……という書類を前に、彼女はオーベルシュタインに理由を尋ねた。

 彼女の以前の記憶では、三月四月は入学シーズンだが、帝国はもとより同盟の入学式は、かつての欧米基準の九月。約六ヶ月も早くに、なぜ開校するのか? 気になるのは当然のことだろう。

 オーベルシュタインは、質問されるとは思ってはいなかったが、おかしな時期の開校に関しての理由は調査していた。

 その理由だが、そのいち早く開校式が行われる学校は図書館を兼ねており、進学を希望する平民たちに解放するという目的があってのこと。

 身分や人種差別のない世界の記憶があり、女性というカテゴリーで僅かに差別されるだけの彼女は忘れがちだが、帝国の公共の施設というものは身分で立ち入りが出来る、出来ないがある。

 帝国の図書館は基本、貴族だけが無料で使用できる場所で、平民は一回につき使用料を支払わなくてはならない上に、稀覯本などは閲覧できないという制限がある。

 階級社会なので当たり前のことだが ―― そこでラインハルトは、学校の図書室を大きく取り充実させ、開放することにした。

 設備や管理の関係もあり、一校しか早期開校することはできなかった。

 オーベルシュタインから説明を受けた彼女は、

 

―― ああ、そうでした……でも、演習に参加していなかったら、開校式の様子をこっそりとでいいから見たかったわ……まあ、無理よね。丁度演習が終わった辺りですから、急いで帰ってきて間に合うという状況でもありませんし

 

 階級社会の一端を久しぶりに感じ、そういうことでしたらと国務尚書としてサインをし演習へと向かうため、パーツィバルに乗り込みオーディンを発った。

 

**********

 

「そろそろ演習も終わった頃よね、マールバッハ」

「そうだな、カタリナ」

 

 カタリナとロイエンタールは、彼女が演習へと発ってから毎日新無憂宮で顔を付き合わせていた。

 両者、とくにロイエンタールはカタリナと会いたくなどはないのだが、先日の「髪の乱れを誤魔化すために、フレンチキス」をした行動の罰として、彼女が演習に参加している間、皇帝の様子を伺うことになった。

 この命令を下したのは彼女。

 彼女自身は、これを罰などとは捉えておらず、むしろ毎日皇帝陛下に謁見できるのだから、褒美だと ―― 彼らは彼女にそのように思い込ませ『先日はありがとうございました』と、穢れない笑顔で栄誉ですよと、その権限をロイエンタールに与えた。

 新無憂宮で皇帝の顔を見るということは、すなわち女官長のカタリナと毎日顔を合わせること。

 避けたかったロイエンタールだが、彼女が疑っていなかったこと。そしてなにより、

 

「ロイエンタールが毎日、新無憂宮に通ってくれるのならば安心できます」

 

 そう言われたら、

 

「皇帝のことは任せておけ」

 

 惚れた弱みとはこういうことかと、内心で自嘲しつつも、それ以上に良い気分で引き受けた。

 こうしてロイエンタールは今日も新無憂宮の南苑で、カタリナと顔を付き合わせていた。

 幼い皇帝は、世の多くの女性が熱い眼差しを送る、色男には興味を一切持たず ―― カザリンからすると、三十も年上の男など、ただのおっさんでしかなく、全く興味をもたず、話し掛けてくることすらせず。

 それよりかならば三輪車のほうが余程魅力的であった。

 

「ここまで無視されると、いつまで無視されるか記録を作りたくなってくる」

「あんたがいかに、顔と体と性技で女を捕まえているかが解る結果よね」

「……」

「開始ポイントは右乳首」

「やめろ、カタリナ。皇帝には聞こえないとは言え、やめろ」

 

 殺伐とした二人の何時もの会話。

 

「じゃあ話を変えるわ。フランツィスカは自白したの?」

 

 だが今日は、違う話題が二人の間にのぼった。

 

「ヴァシリー……フェザーン商人の名だが、ヴァシリーの顔を焼いてベネディクトの変わりにしたことは認めたが、夫が何処へいったのかは解らないそうだ。解っていたら、こんなことはしなかった、見つけたら処分していたとのことだ」

 

 レーゲンスブルク伯爵夫人フランツィスカが、憲兵により捕らえらたのは三日前のこと。罪状は、詐欺を行っていたヴァシリーを匿った犯人隠匿罪 ―― むろん、フランツィスカはフェザーン商人がそのようなことを行っていたことなど知らないので、正式には罪には問えぬが、ヴァシリーが唯一ベネディクトに繋がる手がかりであり、彼の妻であるフランツィスカも一度は取り調べをしたいと考えていたので、犯人を隠匿したとして取り調べ行うことにした。

 むろん門閥貴族の当主ゆえ、強引な取り調べなどはできないのだが、逆にフランツィスカをかばえる貴族もいなかった。

 門閥貴族の頼みの綱である彼女は宇宙で演習の総指揮官という名で観覧中で、この期間は尚書としての仕事は全て次官に預けているので、取り次いではもらえず。

 もう一人、ノイエ=シュタウフェン公爵夫人ことカタリナが憲兵総監の上役であるラインハルトに揺さぶりをかけられたが、フランツィスカとカタリナの不仲は誰もが知るところ。

 

「ふーん。きっと本当のことしか言っていないでしょうね」

「だろうな。だが、今のこところ、手がかりはレーゲンスブルク伯爵夫人とヴァシリーだけだ」

「フランツィスカのことだから、その商人の名前すら知らなかったでしょう?」

「よく分かったな」

「それが門閥貴族というものよ、マールバッハ」

「なるほど」

 

 そんな話をしていると、結局彼女の元に復帰できなかったフェルデベルトが、通話用の端末を持って駆け寄ってきた。

 

「失礼つかまつります」

 

 彼は挨拶もそこそこに、二人の前に端末を置く。

 その表情の余裕のなさから、カタリナとロイエンタールはなにも聞かずに、画面を注視する。

 画面に現れたのは、彼女から侍従武官長の代理を任されたシュトライト。

 

『緊急事態ゆえ、挨拶はお許しください。賊が新無憂宮に侵入した恐れがあります。至急第一級警備体制を』

 

 彼は挨拶どころか理由すら飛ばし、賊が侵入した恐れがあると彼らに伝えた。

 

「急ぎなのは解るが、理由だけは教えろ、シュトライト」

 

 シュトライトが虚偽報告に踊らされるような男ではないことは、ロイエンタールも解っているが、さすがに新無憂宮に侵入者の恐れありとなれば、ある程度の証拠を見せてもらわなければ動きようがない。

 

『こちらです』

 

 シュトライトは使用していた持ち運びができる端末を持ち運び、机に俯せになっている軍人を映した。辺りが解るよう少し引いてみせる。

 

「侍従武官の執務室か」

『はい。そして』

 

 シュトライトは再び端末を置き、俯せになっている人物の両脇に手を差し込み、体を起こし背もたれに預けた。

 その人物の胸や腹は血で染まっている。そのまま顔を映し ―― モルト中将であった。

 その肌の色から、死亡してから随分と時間が経っていることがうかがえた。

 侍従武官の執務室には、新無憂宮の警備の配置図が配布されている。

 

『アクセスされた痕跡がありました』

 

 モルト中将がアクセス中に殺害されたのか、殺害後に誰かがアクセスしたのかは不明だが、本日の新無憂宮の警備担当近衛のリストや、警備交代の時間などが、第三者の目に触れた可能性が高い。

 

「解った。こちら……しまった!」

 

 緊急警備体制を敷くとともに、皇帝の脱出させるので、そちらと連携を取りたい……とロイエンタールが提案する前に、通信が途絶した。

 ロイエンタールは隣に立っていたカタリナのほっそりとした腕を掴んで引き寄せ、耳元で囁く。

 

「俺とお前と皇帝以外は、全て疑え」

 

 言われたカタリナは、ロイエンタールの手をゴミでも払うかのようにしてから、

 

「フェルデベルトと三輪車押しは信頼できるわよ。私が確約するわ」

 

 この二人は信用できると言い返す。

 

「そうか」

「私に言わせれば、あんたほど信頼できない男はいないわね、オスカー」

「良い判断力だ。泣いたり叫いたりしないところが、更にいい」

「本当は泣きわめきたいわ。そしたら、あんたから嫌われるもの」

「ふん、安心しろ。今でも充分嫌いだ」

 

 そんなやり取りのあと、彼らは皇帝を安全に脱出させるべく、素早く計画を立て、迅速に動いた。

 

 まず彼らはなにも解らぬカザリンと、身の回りの世話のために、二人ほどの乳母をつけて寝室へ。その前に高級な家具でバリケードを設置させる。

 

「俺とフェルデベルト、そしてリュッケで外部へ連絡をつける」

 

 ロイエンタールは状況を大雑把に説明し、侍女や侍従たちには救助がくるまで、ここにいるよう指示し、すでに先行し安全確認しつつ進んでいるリュッケに合流するために、二人はその場を離れた。

 

「早く、救助を呼んできてね」

「ああ」

 

 カタリナの言葉を背に、丸腰のロイエンタールとフェルデベルトは大急ぎで合流ポイントを目指し、これまた当然丸腰のリュッケと合流する。

 ただしリュッケは丸腰だが、胸元から腰の部分にかけて、とんでもないものを抱いていた。

 

「寝たのか」

「はい。先ほどまで、遊ばれていたので、お疲れになったのでしょう」

「…………」

 

 リュッケのスリングの中にはカザリン・ケートヘン一世。

 銀河帝国において、どれほどの犠牲を払ってでも、守り切らねばならぬ存在 ―― 丸腰の男三名で、その任を完遂しなくてはならなかった。

 

「眠っている間に脱出するか」

 

 ”静かに”と言っても理解してくれないであろうカザリンが眠っているのは僥倖だと、ロイエンタールたちは辺りに注意を払いながら外を目指した。

 この時点で彼らは、シュトライトが援軍を送るなりしてくれるだろうことを、期待していたのだが ―― 

 この三人、身分もそうだが軍人としての階級もロイエンタールが最も高いので、特に確認することもなく、リュッケとフェルデベルトはロイエンタールに従っていた。

 

「閣下、あれを」

 

 皇帝が起きないように注意を払っているリュッケと、周囲に注意を払っている二人。

 フェルデベルトは足を止めて中庭に続く廊下を指さす。

 その指先を見たロイエンタールは、軽く舌打ちをした。

 

「あるとは聞いていたが……隠し通路か」

 

 彼女が終ぞ発見できなかった隠し通路が、大きく口を開いていた。

 

「いかがなさいます?」

 

 彼女が隠し通路を発見できなかった最大の理由。それは、彼女は隠し通路を「人が走って抜けられる通路」だと勘違いしていたこと。

 よく考えれば解ることだが、新無憂宮の尋常ではない大きさ。

 門閥貴族の邸の位置。新無憂宮の近くに邸を持つことはステータスである ―― そして銀河帝国の建築法。

 高層建築が禁止されているオーディンは、地下深い建物が多い。

 庁舎や病院は地上階よりも地下階の方が多く、貴族の邸は地下に大きな金庫を持つ。

 これらを避けて地下通路を作るとしたら、相当な深さが必要になり、また門閥貴族の邸を抜ける構成となるので、徒歩ではとても抜けられない距離が必要となる。

 

「軍用車四台か……見張りは何人だ、フェルデベルト」

 

 地下通路は軍用車が通り抜けられるほど大きかった。

 むしろ、そのくらい通り抜けられねば、地下通路の意味をなさない ―― 

 

「三名です」

「……そうだな。一人は任せた」

 

 武器を大量に積んだ車から、相手の武装度合いが分かる。

 車の大きさから人数を推察し、丸腰では逃げ切れないと踏んだロイエンタールは、三対二ならば勝ち目はあると、入り口を守っている彼らを殺害し、武器を奪うことに決めた。

 リュッケはもちろん隠れ、彼らが負傷した場合は素早くこの場から立ち去る ―― そのように決定するや否や行動に移す。

 

 通信兵とその周囲を伺う兵士二名。

 ロイエンタールがまずは兵士一人を殴り、素早く小銃を奪い、そのままもう一人を銃撃し、フェルデベルトが驚いている隙を突いて通信兵を殴り昏倒させてから、通信兵が装備していたナイフを引き抜き、首を深く引き裂く。

 ロイエンタールは念には念を入れて撃った兵士二名のこめかみを撃ち抜いてから、リュッケを呼ぶ。

 

「辺りを警戒していろ」

 

 子連れのリュッケにブラスターを手渡し見張りをさせ、フェルデベルトに武器をあさらせ、自分はこの襲撃の手がかりを捜す。

 フェルデベルトは予備の銃やエネルギーパック、防弾ベストや医療品や食料品を選び、まずはリュッケに着せた。

 カザリンを抱っこする関係上、しっかりとは着られないのだが、背後から撃たれた場合、胴体を貫通しカザリンが傷つかないようにするためには、必要な装備である。

 防弾ヘルメットを被り、医療品や食料品を詰めたリュックサックを背負う。

 カザリンをはこぶ彼は、ブラスター程度の大きさの銃しか持てないので、荷物運び担当になる。

 装備を調えた彼らは、通信機に触れ ―― 外部の状況を伺うことはできなかったが、

 

「相当な数がいるようですね」

 

 かなりの数の危険分子が新無憂宮に紛れ込んでいることだけは分かった。

 

「そうだな」

 

 ロイエンタールは軍用車に積まれた対空砲をちらりと見て、状況が想像よりも更に悪いことを実感する。

 

「俺の性に合わんが、救助が来るまで、新無憂宮内を逃げ回るぞ」

 

 現状では新無憂宮の外に出ることの方が危険だと判断し ―― それは正しい判断であった。

 

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